利害調整
次に取り掛かるべきは、利害調整だ。
今回のケースのように、利害関係が関わるケースでは慎重に事を進めないと、思わぬ横やりがある。
私は考えを巡らせていた。
「お茶にでもいたしませんか」
とヒナは尋ねた。
先輩がお茶……。
いや彼女は先輩ではない。
「お茶は飲まないんだ」
と私は答えた。
ヒナは怪訝な顔をしている。
彼女には説明しておこう。
「私は、
もといた世界でもお茶とお酒は飲まなかったんだ。
理由は両方とも、飲むと微妙に精神が揺れる。
眠れなくなったり、衝動的になったり、
それを私はリスクと考えているのだよ」
と私は言った。
先輩の受け売りだった。
それを先輩に似た女性に言っているのだから、
訳がわからない。
「なるほど。それは一理ある。私もそうしましょう」
とヒナはうなづいた。
「いやいや。君まで真似をしなくて良い」
と私は止めた。
「私は好きでやるだけです。しかし外部の接待の時は言い訳を考えなくてはいけないですね」
とヒナは考えている。
先輩とまるで同じ思考だ。
私は少し愉快になってきた。
「それは、こうするといいですよ」
と私は彼女の耳元でささやいた。
「なるほど。勇者殿は、勇者というより、策士ですね」
とヒナは笑った。
放っておけ。
と言いたいところだったが、まんざら悪い気もしなかった。
「それより、この農業関係だが、厄介そうな利害関係者はいるだろうか?」
と私は尋ねた。
「厄介かどうかはわかりませんが、農業大臣の動向は注目すべきでしょう」
とヒナは答えた。
「では、その農業大臣が行った施策などの資料を集めてくれ」
と私は伝えた。
ヒナはうなづき、部屋から出て行った。
30分後、資料を集めて返ってくる。
資料に目を通しながら、
「面会の準備をしてくれ。私から出向く」
と私は言った。
早速、ヒナは動き、1時間30分後にアポイントメントが取れた。
私は農業大臣の執務室に向かう。
少し小太りで背が低く気の弱そうな男だった。
しかし、眼光は鋭い。
なるほど、敵に回せば厄介そうな男だ。
王のように、
圧の強い男は、ある意味やりやすい。
本当に厄介なのは、圧がない男だ。
理由は、攻撃がまったく読めないからだ。
「お初にお目にかかります。大臣殿」
と私は頭を下げた。
「いえ。私は初めてではないのですよ。あの謁見の間にいましたから」
と農業大臣は笑みを浮かべた。
「そうでしたか。あの時は緊張で周りがよく見えていませんでした」
と私は頭をかいた。
「そりゃそうでしょう。王の前であんな啖呵を切られるのですから、緊張して当然ですよ。
どうぞ、お座りください」
と農業大臣は笑った。
私は会釈をして、ソファーに座る。
ヒナは側に立ったままだ。
ドアがノックされ、お茶が運ばれてくる。
「お茶はいかがですか」
と農業大臣は言った。
紅茶のいい香りが漂う。
私は紅茶を手に香りを嗅ぐ。
「あぁいい香りだ。
私は紅茶の香りを嗅ぐのは好きなのですが、飲むのはどうも苦手なのです。
ほら、眠れなくなるでしょ。
あれが、どうも。
香りだけ楽しませていただいても、
失礼には当たらないでしょうか」
と私は言った。
「もちろん、どうぞどうぞ。私も最近眠れないことが多い。私もお茶を少し控えめにしよう。
それで、お話とは?」
と農業大臣は笑った。
笑顔の中に冷たい目があった。
冷静に値踏みをする目だ。
やはり、喰えない男だ。
「まず、初めに貴殿の行われた農業政策は実に素晴らしい。
私のいた世界でも、正しい選択だ」
と私は言った。
農業大臣は、うなづきながら、冷静に見ている。
「ただ、ほんの一部、現在の事情にあっていないところがある。
それがこれです。
これを私は実行したいと思っています」
と私は資料を手渡した。
農業大臣は、鼻を手で触りながら考えている。
「ほう……、なるほど。
道理にはあっている。
こういう方法は昔の文献にあったな」
と農業大臣は頷いている。
私も頷いた。
「ただし、もしこれを実行して上手くいったとすれば、この事を利用して、あなたの失脚を狙う輩が出るかもしれない。
これはこの国の未来にとって望ましくない。
あなたはやはり、農業に携わるべきだ。
だから私はこうしたい。
この案はあなたと相談して決めた案であると。
私の知識とあなたの知識をあわせた合作であると、
そしてこの成果は私が6、あなたが4。
そうしたい。
しかしながら、もしかして失敗するかもしれない。
その場合の責任は全部私が負うことにする。
成功した場合のみ、あなたが利益を得る。
それでどうだろうか?」
と私は尋ねた。
農業大臣は意外そうな顔でこちらを見る。
「そんな美味しい話を信じろと」
農業大臣は言った。
「信じるも信じないもあなたに任せる。
ただ私は異世界の人間であり、この国の政情には、まったく興味がない。
ある程度の利益が得られるなら十分だ。
それに、ここであなたに恩を売っておけば、いずれ味方になってくれるでしょう。
私には損な話ではないのですよ」
と私はじっと農業大臣の目を見た。
農業大臣の冷たい目の奥が、緩んだ。
そしてにんまりと笑顔になる。
「なかなか、清廉潔白に見えて、したたかなお方のようだ。
わかりました。手を結びましょう。
ただ独断でやられたとあっては、私の立場がない。
私からも人と金を出しましょう。
ただ、トラブルになった場合、王の直轄ということで仕方がなく。
と言い訳をしますが、よろしいかな」
と農業大臣は身を乗り出した。
「もちろん。約束の契約書でも交わしましょうか?」
と私は口角を上げた。
「それには、及ばない。それにこのような事で、証拠を残すのは、やめておきたい。わかるかね」
と農業大臣はじっと目を見た。
「ええ、もちろん。念のためにお聞きしただけです。
では、この国の農業をお守りください。守護者殿」
と私は答えた。
私と農業大臣は握手をし、
大臣の執務室をあとにした。




