帰還
次に私は、召喚魔法を転用して、異世界に転移する魔法に変更した。
コード的には間違いないし、大丈夫だろうと思うが、少し勇気がいった。
ただ長期休暇も、もう残り少ない。
今のうちにやっておかないと、失踪扱いになり、次のプロジェクトに影響する。
商社マンとして、リアルで命の危険を感じるのは、これが初めてではない。
内紛地に行った時も、治安の悪い地域に行った時も、命の危険を肌で感じた。
リターンを得るには、リスクを取らなければならない。
それが日常だった。
私は最悪の場合を考えて、
今後の対応のメモ書きを残しておいた。これで異世界の方は大丈夫だろう。
元いた世界も引き継ぎはすぐにできるように、いつも資料はまとめてあるので、
最悪のケースでも、問題は起きない。
ただ、そこに私が存在しているか、いないかの問題だけだ。
そして、私は転移を行い、元いた世界に戻った。
数日留守にしていたのに、ホテルは何もしていなかった。
探しもしないし、誰も気にかけていなかった。
まぁ客の事を詮索しないのが、ホテルの基本方針なので、当然と言えば当然だろうが……。
私は、ホテルの食事をとり、久しぶりに風呂に入った。
やはり異世界より、こちらの世界の方が快適だ。
そして1時間ほど、こちらで過ごし、再度異世界に転移する。
転移のための道具は、ホテルに言うと、すぐに用意してくれた。
コンビニでも揃うから、日本に帰っても、容易に戻ることができるだろう。
執務室に戻った私は、ヒナを呼び出す。
大事な話があるからだ。
「お呼びですか?」
とヒナは尋ねた。
「大事な要件があってね。
私は元いた世界に戻れる方法を発見し、さっき戻って、またこちらに帰ってきた」
と私は答えた。
「なぜ、戻れたなら……。
そのまま帰ってこなくても良かったのでは?」
とヒナは尋ねた。
「そうも、いかないさ。
この国の人やヒナが困るだろ」
と私は答えた。
「それはそうですが……、
それで、どうされるおつもりですか」
とヒナは尋ねた。
「私は仕事があるから、朝だけこちらに来ようと思う。
それでだ。
これを王に伝え、
条件を提示したい。
それには君との結婚も含まれる。
同意してもらえるかい?」
と私は答えた。
「勇者様が望まれるなら……」
とヒナは少し驚いた顔をしたが、全てを飲みこむように答えた。
「プランの概要だけ説明しておく。
・私は朝だけ、こちらに戻り執務をする。
・転移の件は口外しない。引きこもって仕事をしていることにする。
・補佐官はヒナ。
・ヒナとは結婚する。
・ヒナを21時には寝室に戻させる。
・こちらが指定した人しか会わない
・領土を貰う
・今いるメンバー(盗賊・少数民族)は勇者直轄とする。ただし領土からの収入が安定するまで(約5年間)は王室が給料を支払う
・可能な限りやり取りは文書で行う。
・承諾できない場合は、協力に応じない。
以上だ」
と私は答えた。
「もしかして、私の身を案じて」
とヒナは少し言いにくそうに言った。
「どうなんだろう。
私は非合理な判断はしないつもりではいるが、非合理なのだろうか」
と私は答えた。
「強制的に連れられてきて、強制労働されておられる立場なのに、バカですよ……。
私がハニートラップだとは思わなかったのですか」
とヒナは尋ねた。
「ヒナがハニートラップなのであれば、
もうそれは仕方がない。
お手上げだ」
と私は笑った。
「私には、3年前以前の記憶がありません。
身分も高くないし、いつ消されてもおかしくない存在です。
だから身を守るために、
死を恐れるがために……、
権力に従順になるしかありませんでした。
しかし、この世に本当に愛や恋というモノが存在するとしたなら、
きっと今私が勇者殿に抱いている感情と同義なのでしょう。
あなたの為に生きたい……、
あなたと共に喜びを感じたい。
そう思ったのです」
とヒナは言った。
私は何と答えていいのかわからなかった。
愛や恋というものは、私の論理の中には、入っていなかったのだ。
ただ……、
私は彼女を優しく抱きしめた。
これ以外の選択は、
すべて(false)に見えたのである。
……
私たちは王に謁見をした。
人払いを求め、
王と宰相だけに伝えた。
王と宰相は、
しばしの間やりとりをし、
王はただ一言
「わかった。保証しよう」
とだけ答えた。
「下がれ」
そう言った王の顔は少しやつれて見えた。
私たちは、王宮を離れ、屋敷に戻った。
「これから、どうなるのでしょうか」
とヒナは尋ねた。
「主語がないと答えられないよ」
と私は言った。
「そうですね。私はなにを聞きたかったのでしょうか。
う~ん、この国の未来かな」
とヒナは答えた。
「そうか……。
この場合、どうするかによって未来は変わるというのが正しい回答だったかもしれないな」
と私は答えた。
「たしかに、汎用性のある答えですね」
とヒナは笑った。
「すまない。普通の会話ができないんだ」
と私は答えた。
「だいじょうぶです。勇者殿に普通は望んでいませんから」
とヒナは言った。
「忍だ」
と私はつぶやいた。
「しのぶ?なんですか」
とヒナは言った。
「私の名前だ」
と私は答えた。
「それで呼んでほしいと……、
ずいぶんデレましたね」
とヒナは私をつついた。
デレ?
「デレ?
その言葉を知っているのか」
と私は尋ねた。
「はい。ツンデレのデレです」
とヒナは答えた。
なぜ異世界にツンデレの概念があるんだ……。
もしかして、断片的に元いた世界の記憶が。
いや、考えすぎかもしれない。
「でも、なんでしょう。
忍という言葉は、とても懐かしい。
忘れてはいけない何かだったような気がするのです」
(どくん)
心臓が大きく脈打ち、視界が歪んだ。
「忍、忍、だいじょうぶ……」
ヒナの声が、遠ざかっていく。
私はその場に崩れ落ちながら、思った。
ーー私は、何を思い出しかけたのだ。
END




