ハニートラップ
愚かな男だけが『ハニートラップ』にかかる。
私はそう信じてきた。
しかし、現実は違った。
優秀な私でさえ、逃れられない罠があったのだ。
私は二階堂忍
大手商社で働く、いわゆるエリート商社マンだ。
私は大型案件をこなし、一週間の有休を取り、南の島に一人バカンスに訪れた。
日本から時差5時間程度の場所だ。
商社マンはワークホリッカーに見られがちだが、
私はそこまでハードワークは望まない。
有休は戦略的に取るのが私の流儀だ。
いつもはオーダーメイドのスーツに、オーダーメイドの靴で決める私だが、
プライベートでは、ジーンズに古着のTシャツにスニーカー。
ラフな格好で過ごす。
この恰好では、
だれも決してエリートだとは思わないだろう。
この島には、特にアクティビティを求めてきたわけじゃない。
ただ誰にも邪魔されず、ぼーっとしたかった。
だからスマホはオフにしている。
もちろん、取引先にも、勤め先にもスマホはオフにしていると伝えてある。
ただぼーっとしたいのだ。
真っ白な砂浜で、ヤシの木が揺れているのを見ながら、ぼーっとしていると、
空の真ん中に雲が集まり始めた。
青空の中に、不相応な黒い雲が集まる。
少し嫌な予感がする。
(ごろごろごろごろ)
雷鳴が聞こえる。
雲を見ると、遠くで雷が横に走っている。
おぉ、珍しい気象現象だ。
こんな気象現象を見るのはレアだな。
運が良いに違いない。
そう思っていると、身体が空に舞った。
そうして、意識がスーッと消えていく。
あれ?
………
気が付くと、
白いローブを着た者達が、私を囲んで跪いていた。
「おぉ勇者様がお目覚めになられたぞ」
と誰かが言った。
勇者……。
何を言っているのだ。
しかし、
しびれているのか身体が動かない。
かろうじて動く眼球を動かし、周りを見渡す。
白い大理石のような壁面と天井で囲まれた部屋に、私は横たわっている。
部屋は、体育館くらいの広さはあるだろう。
特に飾り気はなく、シンプルだ。
ここは病院なのか。
背中の感覚もなく、全身麻酔をかけられたような感覚だ。
「誰か勇者様を起き上がらせろ」
声がした。
私は、体を抱きかかえられる。
しかし感覚はない。
ローブの下から、髭ヅラの男の顔が見える。
眉間にしわを寄せ、見るからに屈強そうな男。
軍人か……。
「いったい、ここはどこなんだ」
と私は言った。
(勇者様の言っている言葉がわかる)
白いローブを着た者達は、ざわめきだした。
「申し訳ないが、私は勇者というものではない。
二階堂忍、商社マンだ」
と私は言った。
「勇者様の名前は、二階堂忍ですか」
と男が尋ねた。
勇者というのは、名前ではなく、職業なのか?
「私の職業は勇者ではなく、商社マンだ」
と私は言った。
徐々に体の感覚も戻り始めた。
白いローブを着た者達は、
なにか話し合いをしている。
「すまないが、私は今どこにいる」
と私は尋ねた。
「荒地の王国です」
と男は答えた。
聞いたことのない名前だ。
「荒地の王国とはどこにある。なぜ私はここにいる」
と私は尋ねた。
「勇者様は、我々が召喚したのです」
と男は答えた。
「召喚とは、どういう事だ」
と私は尋ねた。
「実は、我々は荒地の王国は、危機に瀕しておりまして、救うには勇者召喚しかないとの言い伝えにより、召喚の儀を執り行いました」
と男は答えた。
馬鹿げている。
夢か何かなのだろう。
しかしリアルな夢だ。
どうする。
これは夢だろうと、夢の中で言うのも、大人気ない。
どうせ、
ぼーっと過ごす気だったのだから、少し話に乗ってやるのも悪くない。
私はそう思った。
しかし、勇者というのは、あれか。
アニメとか小説とかでよく見る奴か。
勉強と仕事に明け暮れて、その辺の知識は疎い。
ここは話を聞きつつ、情報整理をしていこう。
「勇者とは、問題を解決する者というような理解でいいのか?」
と私は尋ねた。
「そうです。まさに我々の困っている問題を解決していただきたいのです」
と男は言った。
場にいた者達は、すこしざわめいている。定義が合っていたのだろう。
「つまり、
・ここは日本ではない
・君たちは私を呼び出した
・私に“問題解決役”を求めている
そういう理解でいいか?」
と私は尋ねた。
「左様にございます」
と男は頭を深く下げた。
「では、まず話を伺おう」
と私は言った。
「では、
まず王に謁見してください」
と男は答えた。
王に謁見か……。
私は自分の姿を確認する。
ジーンズにTシャツ、そしてスニーカー。
王族に会える恰好ではない。
「少し待ってくれ。
私は休暇中だったのだ。
だからこんな恰好しかしていない。
王族に会うのに、この恰好では無礼にあたる。
なにか正式な服を用意してくれないか」
と私は尋ねた。
「ではこちらへ」
と男は私を別室に連れて行ってくれた。
ここは王宮の中なのだろう。
どこも先ほどの部屋と同じようだった。
別室は衣装室のようで、
見た事のないような派手な服が多かったが、
さすがに気恥ずかしい。
タキシードのような服もあったので、
それが正式な服装かどうか確認し、それを着る事にした。
そして私は男に連れられ、
謁見室といわれる部屋に通された。
室内はやはり一面白い大理石のようで、
中央には赤いじゅうたんがひかれていた。
そしてその奥に堂々たる風貌の男がいた。
あれが王か。
歳の頃は60歳前後、服の上からもわかる筋肉。
鋭い眼光と圧力。
上場企業のCEOとも何人も会ったが、ここまでの圧力がある人物はいなかった。
軍隊出身か、なにかなのだろうか。
あの風体であれば、恐らく結論を急ぐタイプだろう。
あまり刺激するのは得策ではなさそうだ。
私は中央に案内され、跪くように要請される。
「お初にお目にかかります。
私は二階堂忍、商社で働いております。
なにか問題をお抱えで、私を呼ばれたそうですが、いかなる問題かお聞かせいただきますか?」
と私は頭を下げた。
「私がお答えしましょう。勇者様……」
どこか聞き覚えのある女性の声がする。
あれは先輩―――




