表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】いずれ退場する身ですから、どうぞお構いなく  作者: 阪 美黎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/5

第五話:目覚めたあと

 セレスティーヌは学院通いをやめ、屋敷に閉じ籠る。

 家族や使用人たちは沈み込む彼女を心配したが、これらもすべて夢の出来事だと思うと取り繕う必要はなくなり、どうでもよくなっていた。


 春の舞踏祭の後、フィリックスは何度も彼女を尋ねて屋敷にやってきたが、会うことは頑なに拒否をした。

 嘘を生きることに、耐えかねたからだ。

 しかし、セレスティーヌの態度の急変にフィリックスが納得し、おとなしくしているわけもなかった。

 フィリックスが使用人たちの静止を振り切って、彼女の居室へと無理やり踏み込んだ時、セレスティーヌは別段彼の登場に驚くこともなく、旅行鞄に荷物をまとめている最中だった。

 彼に目を向けることなく、旅支度を進める手を止めない。

 明らかにどこかへ向かう準備をする彼女にフィリックスは眉を寄せた。

「セス、どこへ行くつもりだ」

「……ここではないどこかであれば、どこであっても構いません。……そうですわね、船旅でもいたしましょうか。もう一層のこと、修道院がよいのかもしれませんね」

 そうすれば筋書き通りになる。

「……そなたが旅立つのなら、俺も共に行く。だが修道院は駄目だ。修道院だけは……」

 わずかに狼狽した彼を気にとめることもなく、すっと立ち上がり、向き合う。

「殿下、これは夢です」

「夢……?」

「こんな事実はありはしなかった。あなたと結ばれる未来はなかった。あなたは彼女を選び、私は……私は、道化になった」

 セレスティーヌは瞳を歪めた。

「こんな形で、目を背けていた私の気持ち……浅ましさを突きつけられるなんて思いもしませんでした」

「……セス?」

「私は婚約を解消された惨めさを直視できなかった。別の縁談が持ち上がりどこに嫁いだとしても、殿下に婚約を解消された令嬢だと囁かれる。同情と好奇心の眼差しを向けられることに耐えられなかった。傷ついてるだなんて口に出せなかった。……そんなものは王子妃になる者にはふさわしくない弱さだったからです。公爵令嬢である私に許されるはずもなかった」

 だから逃げた。修道院という信仰と静寂の檻の中へと。

 両手で顔を覆う。

「このまま殿下と過ごせば自分が恥ずかしくなるばかり……!ありもしない希望を……、嘘で嘘を塗り固めるほどに苦しくなる……。どうか、もう私のことは捨て置いてくださいませ。これ以上、もう……」

「…………」

 セレスティーヌの嘆きに、フィリックスは沈黙する。

 そして視線を彷徨わせながら「そうか」と掠れた声でつぶやく。

「やはり、これは……『夢』なのか」

「……え……?」

「だとすればこれは、そなたではなく俺の夢だ。ありもしない現実を生きられたらと……俺が望んだ砂上の楼閣。浅ましいのは、俺の方だ」

 フィリックスは儚く笑う。

「そなたが、ずっと俺の中に何か……誰かを重ね見ていることに気づいていた。そなたはいつも比較していたな。俺と……その何かを。それは、()()()だったのか」

「……っ……」

 セレスティーヌは肩を震わせた。

 気づかれていたのか。

「薄々は勘づいていた。だが、俺は自分を偽るのだけは得意だ。偽り続ければ、壊れないと思っていた」

「……壊れない……?」

「そうだ。こうして、あったかもしれないそなたの日々を……やり直しができるのではないかという希望が」

「……殿下……?」

 セレスティーヌは戸惑う。

 これは、私の夢のはず。殿下は何を言っているの?

「そんなに都合よくなど出来てはいないな。このまま夢の中……そなたと閉じた世界で生きられたらと……。だが、もう駄目らしい」

「殿下?」

「そなたは何も悪くない。そなたが高潔なままで、安心した」

 フィリックスは泣きそうな顔を見せながら、彼女の頬に触れる。

 刹那。

 世界は静止し、同時に砂絵が流れ落ちるように背景から崩れ始める。

 崩壊する世界の中でフィリックスはセレスティーヌをそっと抱きしめた。

「……殿下」

「……セス。セレスティーヌ、傷つけてすまなかった。……俺は……」

 臆病者だな。

 彼の呟きを最後に、崩壊の流砂に飲まれてふたりは消えた。



 ※



 はっと息を呑み、目を覚ます。

 しばらくそのまま身じろぎもせず、セレスティーヌは目線だけを動かして周囲を確認する。

 そこは、質素な薄暗い部屋。硬いベッドと薄い寝具。

 彼女はゆるゆると起き上がり、狭い部屋を見渡した。

 そして、小さく笑う。

「……ほら、やっぱり夢だった」

 無感動につぶやくが、瞳からは一筋の涙が流れる。

「……どうして泣くの。わかっていたことでしょう、これが私の現実だってことを」

 この涙は、ただの感傷。

 現実を生きる私は、公爵令嬢のセレスティーヌではなく、修道女のクララなの。

 心をしずめて涙を拭い、身支度を始める。

 部屋を出る前に半分忘れかけていた1日の予定を確認して、ミサの準備に向かうと今日は彼女の当番ではなかった。

 戸惑いながら修道院の中を歩いていると、彼女の感覚から1日がずれていることを知る。

 本日の彼女の予定は教会が運営する施療院への寄付者対応。そして帳簿付けの補助だと教えてもらったのだ。

「……それは、昨日。確か、昨日こなしたような?」

 不可解な現象に首を捻りながら、洗濯を手伝うために施療院へ向かうと、記憶通りに同時期に出家した商家の娘が彼女に近づきそっと告げる。

「クララさん、今日はお誕生日よね」

「…………」

 この会話は、前もした。

「ええ。そうね」

 1日が巻き戻っているようなやりとりにさらに戸惑った。

「あら、今年はちゃんと覚えていたのね。感心よ。大事なことだもの、しっかり覚えておかなくてはね」

 にっこり笑う彼女は、ふと視線を外す。

 何かに気づいたようだ。

「……あ、き、貴族の方かしら……?」

「……え?」

 もう寄付者の婦人がやってきたのだろうかとそちらに顔を向けると、高価な馬具のついた馬から降りた身なりの整わない紳士がおぼつかない足取りでこちらへと向かってきていた。

「……ど、どなたかしら……?」

 商家出の修道女はクララに隠れるようにして問いかけてくる。

 クララは食い入るようにその紳士を見つめる。

 高価な馬具のついた馬に乗る者は限られている。

 仕立てのよい着衣は薄汚れ、少しくすんだ銀の髪は乱れたままに、奥から微かに見える赤い眼差しで彼女を捉えて近づいてくる。

「ど、どうしましょう。修道院長様にご報告した方がいいかしら?」

 貴族のような風体ではあるものの、その整わない身なりからして不審人物とみなした彼女は囁いてきたが「……いいえ、必要ないわ」とクララは首を横に振り、自ら歩を進めて近づく。

 彼は彼女を前に立ち止まり、疲れた眼差しを彼女に注ぐ。

 乾いた唇が動く。

「…………セレスティーヌ……」

 名前を呼ばれて瞳を震わせる。

 ああ、やはり。

 クララは、この青年の正体に確信を持つ。

「……フィリックス殿下」

 名を呼び、言葉にならない感慨を募らせながら、クララは戸惑う。

 すると彼の方から口をひらく。

「……夢を見た。ずっと前……そなたが俺のそばにいてくれた時の、幸福な夢を……」

「…………夢……?」

 殿下も?同じように?私の夢を……?

「俺は、宮廷では道化でなければならなかった。そうでなければ母上をお守りできない……。俺が泥に沈むのはいい。……だが、そなたまで道連れにはしたくなかった」

「…………」

「俺とまともに向き合おうとしてくれたのは、そなただけだ。眩しくて高潔で、俺には過ぎた女だと思った。だからこそ、解放せねばならないと思った。そなたに、好かれてはならないと……」

 だから煙たがり、距離を置き、嫌われることを選んだ。

 それでもセレスティーヌはフィリックスのそばを離れず、献身を示した。

「他の女を選べば、そなたは今度こそ俺に失望して離れてくれると思った」

「……だから、リリアを選んだと?」

「……あぁ。自分を偽るのは、得意だからな……」

「リリアを利用したのですか」

「そうだ。酷い男だろう?だがそなたが学院から去ってからしばらくして、母は病に伏した。そしてあっけないほどのはやさで儚くなった。……そなたを傷つけた罰がくだったのだな」

 浅く笑う。

「あの娘は、そなたが考えていた以上に強かなものだった。すぐに別の男に慰めを見出していた」

「…………そうですか」

 リリアとフィリックスが結ばれなかったことは知っていたが、彼女のその後については知るよしもなかった。

「……繊細なのは、あの娘ではなくそなた方だった。俺から離れたそなたが、修道院に出家するなどとは想定していなかった。そなたならば、引く手数多。そう思っていたからだ」

「……それで、あなたは……ここに何をしにきたのです」

 フィリックスは少し沈黙し、セレスティーヌを再び見る。

「……わかっている。過ぎた時間は取り戻せない。……そなたとふたり、目覚めることなく閉じた世界で溺死できればよかったが……それも終わった」

「…………」

「セス」

 愛称を呼ばれて彼女はハッとして顔を上げる。

 現実では呼ばれなかったそれ。夢の中でだけだ。彼がそう呼んでいたのは。

「……そなたを手放し、母は死に、望まぬ皇太子に指名され逃げ場もなく。……俺は、苦しくてたまらない。そなたにとって、俺ほど忌むべき者はないことを承知で言わせてくれ。……俺を、助けてくれセス……。助けてほしい……誰でもないそなたに」

「…………」

 クララ……いやセレスティーヌは、フィリックスの告白に憤りと同時に、泣きたいほどの理不尽に震えた。

「……今更……、今更私にそんなこと言うなんて……!それを、10年前に言ってくださっていたら、私は……私はどんな困難であろうと、あなたの傍にいるとお誓いしましたものを……!」

 両手を震わせながら、やるせない言葉が溢れる。

「……なんて身勝手で……不器用な人なの……」

 突き放したら、この人は死んでしまうだろう。

 昨日までの彼女であれば、冷ややかに彼を突き放した。

 しかし奇しくも同じ夢を見て、持ち得なかった時間を共有し、フィリックスの内側を理解した。

 夢に囚われ続けていたら、ふたりは過ぎ去った時間を取り戻せたかもしれない。……が、セレスティーヌは嘘を拒み、夢は終わりを迎えた。

 若さゆえの掛け違いか、現実は残酷にふたりから10年の時を奪った。どんなに言い繕っても10年の時は戻らない。

 だが、今なら受け入れられる。

 未熟だった私のこと、不実だったあなたのことを。

 10年という遠回りの末に、やっと私とあなたは向き合えるようになったのだと。

 これが夢の続きなのか、新たな夢の始まりなのかはわからない。

 でも。そんなことはもう、どうでもいいわ。

 セレスティーヌは修道女ではない凛とした公爵令嬢の顔を作り、彼と向き合う。

「……お情けない!そんなにも乱れた身なりで、髪も整えず……それでも殿下は皇太子なのですか!」

「……セス……」

「私が必要とおっしゃるのであれば、私のために王家の馬車を用意してくだらなければ!そして近衛兵や従者を引き連れて、正装姿で正面からきちんと迎えに来てくださいませ。でなけば、私はどんな顔で還俗し、宮廷に入ればいいのですか!」

 彼女の叱責に、彼は一瞬面食らったように瞳を震わせ、そしてうっすらと笑みを作った。

「……あぁ……ああ、そうだな。そなたの言う通りだ、セス……」

 セレスティーヌの言葉を噛み締めるようにして頷いて、フィリックはふらりと踵を返す。……途中、思い出したように肩越しに彼女に告げる。

「……セス、そなたの舞踏を見せてほしい。夢の中で何度も見た」

「今の私では、足がもつれてうまく舞えないかもしれませんわ」

「……構わない。もつれるなら……俺が、そなたを支える」

 ささやかに笑って、彼は「ありがとう」と呟き、今度こそ背を向けた。

「ごきげんよう、殿下」

 目一杯に淑女らしく優雅にカーテシーをして見送る。

 フィリックスが本気で彼女を迎えにくるかどうか。その沙汰など期待しない。

 けれど、夢を通して10代の自分の気持ちと向き合い、彼へのわだかまりに終止符をつけることが出来た。

 ……それだけで、充分だ。


 見上げると、曇天から光が差し始めていた。

 洗濯物は、乾きそうだ。



 了

お話を最後までご覧いただき、ありがとうございました。

当初は一万字以内で……と想定していたのですが、全然無理でした(結果的に24000文字強)。

よくあるやり直し系のお話を期待した方には肩透かしの内容だったかと思いますが(申し訳なく。汗)、このお話はいくつかの解釈ができるかなと思います。

読んでくださる方の価値観や年齢によって印象の角度が異なってくるかなと……。

みなさんはどんな印象をもちましたか?

わたしがあれこれ語ると無粋になってしまうから、全体的な世界観や物語の考察、エンディングの解釈などは自由です。方向性は読んでくださった方の感じるままで。


お話が気に入ってくださったらブクマや評価、いいね等をくださると嬉しいです。ポチっとよろしくお願いいたします(平伏)。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ