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【完結】いずれ退場する身ですから、どうぞお構いなく  作者: 阪 美黎


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第四話:春の舞踏祭

 春の舞踏祭で開幕の舞手に選ばれたのは、やはりリリアだった。

 この流れは過去に経験した通りでセレスティーヌは安堵した。

 春の花やファブリックで飾られた広間には正装をした令嬢、令息が集まり、いつも以上に華やかな空気で満ちていた。

 フィリックスとパートナーのセレスティーヌが広間入りを果たすと、子女らは頭を垂れて彼らを迎える。

 現在、学院にいる王族はフィリックスのみ。

 何段か高い位置に設けられた席は彼専用だ。その横にスツールが置かれ、それがセレスティーヌの位置。

 正装で固めたフィリックスとセレスティーヌに浮ついたところはなく、ぴりっとした緊張感を子女らもたらす。

 ふたりが腰掛けると、広間に再びざわめきが戻る。


 セレスティーヌのドレスは、フィリックスから贈られた髪飾りに合わせて選んだ。

 メイドたちの献身により美しく仕上がったセレスティーヌに、フィリックスは満足げに笑っていた。

「俺の女が一番美しいな。髪飾りもよく似合ってる」

「左様でございますか」

「……また本気にしてないな」

 他人行儀に答える時はまともに取り合う気がないという彼女の意思表示。

「殿下も行儀良く正装なさっていて……やればできるのですね。感動いたしましたわ」

「感動するな。今すぐ脱ぎたいくらいだ」

 そう言って悪態をつくが、昔の彼とは大違いだ。そもそも、まともに正装の装束を纏ってくれたことがなかった。口うるさく諫言しては、煙たがられていた昔が嘘のよう。

 正装をして黙っていれば、尋常でない美貌の王子なのだ(口の悪さだけは健在)。

 広間に入る前、休憩室での砕けたやりとりを思い返しながら、春の舞踏祭の始まりを待つ。

 目線を泳がせ、春色のドレスを身につけたリリアを見つける。

 緊張の面持ちで、出番を待っている。

 学院長が舞踏祭の開幕を宣言すると、室内楽団は軽快な音楽を奏で始め、リリアは広間の中央に躍り出る。

 舞踏祭冒頭に舞われるひとり舞踏の演目は、風の妖精の舞と定められている。

 リリアは笑顔を浮かべながら軽やかに、そして楽しそうに舞っていた。

 風の妖精と小鳥との戯れを表現しているその演目において、リリアは妖精であり、小鳥であった。

 セレスティーヌはちらりとフィリックスを見やる。

 彼は肘掛けに腕をあずけて彼女に目を向けている。

 あなたは踊るリリアに自由を重ね、心を惹かれた。

 鬱屈していたあなたに、変化の風をもたらした者……。

 この舞踏祭が運命の別れ目。

 急激にリリアに傾いていくあなたを、私は引き止めることができなかった。

 両手ですくった水が、なすすべもなく指の隙間からこぼれ落ちるように……。

 セレスティーヌは、過去の痛みを振り切るように再びリリアに目を向ける。

 さぁ、愛らしい自由の小鳥(ヒバリ)

 目一杯にこの舞台で風を起こして、私から殿下をさらっていきなさい。

 そうして私は端役となり、この舞台から退場するのよ。

 リリアは見事に舞手をつとめ、盛大な拍手の中、四方にお辞儀をすると共に袖へと捌けていく。

 セレスティーヌも拍手を送りながら、フィリックスに問いかける。

「まさに妖精。素晴らしい舞でございましたわね、殿下」

「そうだな。……まあ、悪くはなかったが」

「?」

 セレスティーヌは違和感を覚える。

 昔の彼は、食い入るように彼女を見つめていた。けれど今の彼の瞳は薙いでいる。

「……まさか、お気に召しませんでしたか?」

 怪訝に尋ねると、彼は嫌悪感に眉を寄せる。

「やめろ、その側女でもすすめるような言い方は。父上を唆す奸臣共を思い出す」

「……」

 まるでリリアに惹かれている様子のないフィリックスに彼女は戸惑った。

 なぜ、どうして?

 あなたは彼女の舞に魅了され、恋人にしたのではありませんか。

「……申し訳ございません」

「セス」

 その視線をセレスティーヌに向けて、今度は彼の方から問いかけてくる。

「開幕の舞手の打診、そなたにもあったと耳にした。令嬢たちの前で高等舞踏を舞い、教師を黙らせたそなただ。当然、俺はそなたが披露するものだと疑っていなかったが……なぜ断った?」

「……っ……」

 知られているとは思わず、彼女はわずかに動揺する。

 意地の悪い舞踏の教師の挑発によりセレスティーヌは令嬢たちの前で高等舞踏を披露した。そこから別の舞踏の教師陣から密かに打診を受けていたのだった。

 しかし。この春の舞踏祭の主役(ヒロイン)は、リリアだ。彼女でなければならない。フィリックスとの出会いの筋書きを歪めるのは本意ではない。

「……私よりも、相応しい令嬢がいると思っていたからですわ」

 私の舞踏は、リリアのような純粋さはない。

 無心になるために選んだ手段が舞踏ではあったけれど、そこに感情の矛盾がなかったわけではない。

 私はリリアの得意なもので、彼女に挑んでみたかった。

 肉体が若返ると、精神までも逆行してしまうのか。自分自身の邪さに彼女は微苦笑した。

「学院では、家格を問わず公平に機会を与えられるべきでございましょう?私はすでに皆様の前で披露いたしましたから」

「……遠慮がすぎるぞ、セス」

 少し呆れたように息をつきながら、フィリックスは続ける。

「俺はそなたの舞踏が見たかった」

「……左様でございますか」

「嘘ではない」

「……」

「だが、そうだな……。そなたの舞踏は俺だけが見られれば、それでいいか。いや、それがいい」

「……殿下」

 フィリックスは納得をすると席から立ち上がり、手を差し出す。

「セレスフィーヌ嬢、私と一曲踊って欲しい」

 公の場で彼女に拒否権はない。

 丁寧な誘いに、「喜んで」と告げ自らの手をあずけると、広間の踊り場へと誘い出される。

 周囲の子女たちは立場の高いふたりに場所を譲る。

 三拍子の舞踏曲が流れる中、ふたりは踊り始めた。

 フィリックスのリードに任せて円を舞う。

 踊りながら考える。

 どうして、この追体験のような日々をあなたと過ごせなかったのだろう。

 すぐに引っかかりを覚える。

 ……追体験……?

 いいえ、違う。もう……追体験ではない。

 随分前から私の知らない筋書きが走り出している。私に構うなと言ったあの日から、私の制御を離れてしまった。

「セス」

 踊りながら話しかけられてハッと我にかえる。

「……はい、殿下」

「正式な婚約はいつにする?」

「……は?」

「は?とはなんだ。そろそろ婚約披露をしてもいい頃合いだと思っていた。父上や母上も賛成してくれている。そなたの父にも許可をとった。あとは、そなたが頷くだけだ」

「…………な、なにを……」

「いつまでも半端な立場に置いてはおきたくはない」

 セレスティーヌを見つめるフィリックスの眼差しは真剣で、冗談を言っているようには思えなかった。

「……なぜ、今、そんなことを言うのです……?」

「先ほども言った。頃合いだと」

「……頃合い……?」

 セレスティーヌは乾いた笑が溢れた。

 違うでしょう?

 私との婚約ではなく、あなたがリリアに惹かれる頃合い。

 あなたが変化し、私たちの関係が角度を変えても、変容しきれないものはある。

 あなたはリリアの自由の風を愛し、私に背を向ける人。

 私はもうすぐ、退場するの。それが結末。

 過ぎ去った時間は、変えられないの。

 それなのに、あなたはどうして私を求めるの……?!こんなのは、間違ってる……!

 混乱してセレスティーヌはダンスの足を止めた。フィリックスの手から離れて、数歩後ずさる。

「セス?どうした?」

「……っ……」

 問われても、うまく言葉が紡げそうになかった。

 これは夢よ。

 本当の私は、28歳の修道女……クララ。

 少女の私は、公爵令嬢のセレスティーヌは、もういない。どこにもいないのよ。

 ……だとしたら、これは……この筋書きは……。

 彼女はゆるやかに顔をあげた。

 怪訝に見返すフィリックスの顔をまじまじと見つめて、悟る。

「……あ……」

 そうよ。わかっていたことじゃない。

 これは、私の夢。

 夢は願望を映し出す鏡。

 心の奥底でくすぶっていた少女時代の願望の残滓か、はたまた未練か。

 私に都合よく、あなたと結ばれる夢想。

 あったかもしれないふたりの未来。

「……全てを諦めたつもりで、後悔はしてないなんて言いながら、負け惜しみのような悔いを……こんな形で成就させようだなんて……」

 過去の追体験から変化していく筋書きは、私が身勝手に作り出した物語。

「……なんて、恥知らずな……!」

 小さく吐き捨てる。

 腑に落ちると同時、セレスティーヌはたまらなく自分が恥ずかしくなって、フィリックスに断りを入れることもなく身を翻して足早に広間を飛び出す。

「……セス……!セレスティーヌ?!」

 フィリックスの呼びかけに耳を塞ぐ。

 あなたとダンスを踊るのは私ではない。私にその資格なんてない。

 現実の私はあなたと踊ったことなんて一度もないのだから……!


 彼女の行動にざわめきが起こったが、セレスティーヌはドレスを掴んで構わず走った。

 自覚してしまったら、もうここにはいられないと思ってしまったのだ。


リリアがヒバリなら、セレスティーヌはナイチンゲール(小夜鳴き鳥)。

ヒロインの性質の違いは、きっと舞踏のスタイルにも出ているのだろうと思います。

リリアの舞は、見る人を楽しくさせる。セレスティーヌは、ただただ見惚れる。どちらも好ましいし、間違いではない。

次話でラストです。最後まで見届けてくださると嬉しいです。

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