再崩落
塔跡に戻ったとき、空が赤く染まっていた。
魔力の光が雲を焦がし、街全体が脈を打っている。
「完全に、再起動してるな……」
ルノの声が震えた。
「塔の核、臨界寸前。時間流が暴れてる」
私はロッドを構え、針を動かした。
端末の波形が乱れて、測定不能のエラーが連続する。
「干渉強度が高すぎる……。このままだと、王都ごと巻き込まれる」
「止められるのか?」
「止めるんじゃない。正確に“測る”」
塔跡の中心に、巨大な砂時計が再び浮かび上がっていた。
割れたガラスは修復され、砂が逆流している。
時間そのものが、逆向きに動いている。
「……何だこれ。塔が、自分の時間を巻き戻してる?」
「時術核の自動防御。崩壊の瞬間を無かったことにしようとしてる」
「そんなことできんのかよ!」
「できるのよ、理論上は。でも――その理論を試す命が、街全部ってのが最悪」
議会の狙いが読めた。
東区の崩壊を「なかったこと」にすれば、北区を消した理由も、改竄の証拠も全部帳消しになる。
まるで、時間ごと隠蔽するつもり。
「つまり、塔を再起動させたのは、罪を消すため……?」
ルノがつぶやく。
「そう。自分たちの時間だけ、都合よく書き換えるためよ」
けれど、そのせいで時間層が二重になった。
議会は崩壊した“今日”の都市を、崩壊前――つまり“昨日の座標”へ無理やり重ねた。
けれど、時間は地面のように単純には戻らない。
過去と現在の魔力流がぶつかって、街の地脈そのものがずれた。
あの「境界線のズレ」は、その歪みの痕跡。
「都市が……過去と現在のあいだに引き裂かれてるってことか?」
「そう。二つの時間が同じ場所を取り合ってる。放っておけば、街そのものが裂ける」
……地図を直すつもりで、世界を壊してる。
そんな連中に、時間を任せておけるわけがない。
私はロッドを握り直した。
「測る。今度こそ、時間そのものを」
「ミリア、逃げよう! 今度こそやばい!」
「逃げたら街が裂ける。時間の層が崩れたら、どこにも戻れなくなる!」
「じゃあ、どうすんだ!」
「測って、暴走の中心を突き止める!」
風が吹き荒れた。砂が渦を巻き、視界が白く染まる。
私はロッドを両手で握り、針を強制的に回転させた。
「ルノ、記録装置を起動して! 魔力波、全部記録!」
「了解!」
針が軋む音。砂が空中に舞い上がる。
「――時間、測定開始!」
頭の中で数値が流れる。秒の概念が消え、光が歪む。
空の色が裏返り、過去と現在が重なった。
「ミリア! おまえ、どこにいる!」
ルノの声が遠い。
……音が遅れて聞こえる。時間が伸びてる。
「大丈夫! まだ制御できてる!」
ロッドが震え、手の中で熱を帯びる。
「――もう少しで、核座標に届く……!」
砂時計の中心に、青白い光の渦が生まれた。
それはまるで、心臓の鼓動のように脈打っていた。
「あれが核!?」
「そう。あれを“止める”!」
「どうやって!」
「観測を完了させる。理論上、観測が確定すれば、状態も固定される!」
「意味わかんねえけど、やれ!」
私はロッドを核に向けて突き出した。
「時間よ――測定限界まで、静止して!」
世界が白く反転した。
音も、風も、光も、止まった。
……一秒。二秒。三秒。
体の中で何かが焼けるように熱い。
魔力が抜けていく。
「まだ……終わってない……!」
ロッドの針が完全に止まった瞬間、光の渦が静まり返った。
時間流が凍りつき、砂の動きが止まる。
「ミリア!」
ルノの声が、ようやく届いた。
私は膝をついた。
「……止まった、のか?」
「うん。塔も、時間も。――今は安定してる」
塔の上部が静かに崩れ落ちた。
砂がふわりと舞い、夜明けの光を反射する。
「成功……したのか?」
「観測結果は……保存中」
端末の画面に、膨大なデータが流れていく。
「これで、議会の改竄も証明できる」
「ミリア、おまえ、ほんとに無茶するな……」
「測るってそういうこと。誰かがやらなきゃ、時間も真実も止まらない」
私は空を見上げた。
雲の切れ間から光が差し込み、塔跡を照らした。
「……ルノ、記録、ちゃんと残ってる?」
「ああ、全部。おまえの叫び声まで」
「それ、削除して」
ルノが笑った。
「無理だな。これは証拠だ」
私は苦笑して立ち上がった。
「じゃあ、世界の真ん中に、私の声を残してやる」
ロッドの針が、再びゆっくりと回り始めた。
時間は、もう正しい方向へ流れている。




