追撃戦
夜の王都東区は、焦げた匂いがまだ残っていた。
塔の跡地に近づくほど、空気がぴりぴりする。
……魔力の残留。塔の時術核の名残だ。
「なあミリア、本当に入るのか?」
ルノが後ろでささやいた。
「入るに決まってる。魔力の残留を測らないと」
「でも、封印線がまだ生きてるぞ」
塔跡を囲む地面には、薄く光る線が走っていた。
魔力を遮断する防護結界――触れたら即座に反応して壊れる。
「結界の境界だけ測る。中には入らない」
「おまえ、ほんとに見るだけだぞ?」
「分かってる、大丈夫……たぶん」
塔跡は崩れた瓦礫の山で、月光に白く光っていた。
私はロッドを構え、残留魔力をスキャンする。
ピピッ。針がわずかに揺れた。
「反応あり。中心は……あっち」
「魔力の残留ってやつか?」
「そう。けど、妙だな……脈がある。まるで誰かが動いてるみたい」
「おい、もう真夜中だぞ。誰も来ねえって」
「その“誰か”が、来てる気がする」
足音が、風の向こうから聞こえた。
コツ、コツ、と硬い靴の音。
……この時間に他の調査員? いや、違う。気配が重い。
「誰だ!」
私がロッドを向けると、黒いローブの男が瓦礫の陰から現れた。
顔を隠していて、目だけが光っている。
「立入禁止区域だ。調査許可を持ってるなら、名を名乗れ!」
ルノが声を張った。
返事はなかった。
代わりに、男の手から黒い閃光が飛んだ。
「下がって!」
ルノを突き飛ばす。閃光が地面を焼いた。
「やっぱり来た……議会直属の監視か!」
「はあ!? なんでそんなやつが!」
「改竄を隠すためよ!」
男が再び魔弾を放つ。地面の砂が爆ぜた。
眩しい光に目が焼ける。
「くっ……!」
私はロッドを構え直し、針を限界まで回した。
……あのとき見た、止まった砂。
時間そのものを測っていたなら、逆算すれば一瞬だけ制御できるはず。
理論上、数秒――たぶん、やれる。
「ミリア、逃げろ!」
「逃げない!」
ロッドの先端が光り、砂粒が空中に浮いた。
「時間よ、止まれ!」
空気がぴたりと静止した。
砂が宙に固定され、魔弾が途中で止まっている。
「……止まった?」
ルノが息をのむ。
「数秒ももたない。早く距離取って!」
私は走り出し、止まった魔弾の横をすり抜けた。
背中に冷たい感覚。時間の膜を抜けた。
針がカチンと音を立てた瞬間、世界が動き出す。
魔弾が後方で爆発した。
「危ねええ!」
「言ったでしょ! 数秒しか止まらないって!」
……体が熱い。魔力の反動がひどい。
でも、動ける。止まってる暇なんてない。
男がまた詠唱を始めた。
「何度でもやる気? なら、私も測る!」
ロッドを地面に突き立てる。針が高速回転し、砂が舞い上がる。
光の波が広がり、男の足元を包んだ。
「ぐっ……!?」
「時間の揺らぎ、観測完了。――解除!」
ロッドを振り下ろすと、男の動きが一瞬止まった。
その隙にルノが後ろから体当たりを食らわせる。
「おらっ!」
「ルノ!?」
「おまえが逃げないって言うんだから、仕方がないだろ!」
男は瓦礫に崩れ落ちた。フードが外れ、若い顔が見えた。
胸元の金のバッジに、議会の紋章が光っていた。
「……議会の、使い?」
「最初から、隠す気なんてなかったんだな」
私は息を整えた。
「記録を、残す。戦闘ログも全部」
「それ、また消されるぞ」
「消されても、測った事実は残るよ」
……それだけは、誰にも消させやしない。
遠くで塔の残骸がきらめいた。
砂が光って、また何かを訴えるように舞い上がる。
「まだ終わってないみたいね」
ロッドを握り直す。
「次は――時間の奥を測る番だ」




