第8話:『神剣と、聖女の祈り(祈ってません)』
剣術訓練場は、熱気に包まれていた。騎士団長の息子であるゼイドが、木剣での模擬戦で生徒を圧倒している。
彼は、最後の一人を打ち負かすと、汗を拭い、訓練場の隅で見学していたシンに向かって、挑戦的に言い放った。
「おい、そこの『賢者の弟子』。腹が痛いという言い訳をして、いつまで見学しているつもりだ。お前のその『神童』の力が、剣の世界でどこまで通用するか、試してやろうじゃないか。……無論、真剣でな」
クラスの視線が一斉にシンに集まる。 リリーナが、心配そうに彼を見つめていた。
シンはリリーナからの視線を逸らせずに立ち上がる。
「……いいだろう。受けて立つよ」
彼は、虚勢を張ってそう答えた。
教師役の天使が、二人の間に割って入る。
「待て、ゼイド君。シン君は、まだ自分の剣を持っていない。それに、これは訓練だ。真剣での勝負など……」
「つまらんことを言うな!」
ゼイドが教師を一喝した、その時だった。 訓練場の入り口から、穏やかだが、有無を言わせぬ威厳に満ちた声が響く。
「――面白い。その勝負、私が審判を務めようじゃないか」
声の主は、校長だった。 彼は、従者の天使に、一本の豪奢な剣を運ばせている。
「シン君に渡す物があって来たのだが、随分と面白いことになっておるな」
従者は片膝をついてシンに剣を授ける。 校長はシンがその剣を手に取ると、満足げに言った。
「その剣は、君の師、大賢者アルパスが学生の頃に使っていた『神剣』だ。飾っておくだけでは、剣も泣こうと思ってな。……無論、アルパスからも許可は貰っておる。『お主なら使ってもよい』とのことだ」
校長から、ほとんど無理やり神剣グラムを押し付けられるシン。 彼は、その神々しい輝きに一瞬、心を奪われるが、手に取った瞬間、その表情が絶望に変わった。
(お、重い……! それに、魔力を込めても、何の反応もない!?)
ただの、重くて綺麗な鉄の塊。 シンの顔から、サッと血の気が引いていく。 ゼイドは、そんな彼を見て、勝ち誇ったように笑った。
「どうした? 伝説の剣を手にしても、まだ怖気づくのか」
(どうすればいいんだ……。このままじゃ、僕は……!)
シンが、前世のいじめの記憶がフラッシュバックし、パニックに陥りかけた、その時。
「――シン様」
リリーナが、彼の前に立った。 彼女は、決意を固めた瞳でシンを見つめると、そっと自分の腕に着けていた、美しい宝石のブレスレットを外した。
「これを」
「こ、これは?」
「聖女と呼ばれた母の形見です。この宝石には、『どんな時もあなたの傍らで無事を祈る』という意味があります。……あなたの無事を、心から祈っていますわ」
彼女は、シンの手に、まだ温もりの残るブレスレットを握らせた。
【コントロールルーム】
「……随分と感動的な茶番ですね」
セラフィム監査官が、冷たく続ける。
「校長役の乱入、神剣の貸与、そしてヒロインによるお守りの譲渡。よくも、まあ、ここまで考えますね」
「褒めるな。だが、脚本はここまでだ。あとの展開はクライアント次第になる」
モニターの中では、リリーナの祈りを受け取ったシンが決意した表情で、ゼイドと向き合っている。 彼の腕には、聖女のブレスレットが、キラリと光っていた。
【剣術訓練場】
「始めぇ!」
教師の合図と共に、ゼイドが疾風の如くシンに襲い掛かった。 シンは、身体強化魔法でなんとか反応するが、剣術は素人。 剣を、ただがむしゃらに振り回すことしかできない。
キン!
ガキン!
金属音が、訓練場に響き渡る。 ゼイドは、シンの重いだけの剣戟を、赤子の手をひねるように受け流していく。
「どうした! その程度か、『神童』!」
ゼイドの嘲笑が、シンの心を抉る。
(くそっ、実力が違いすぎる……! 剣じゃ無理だ!)
シンは距離を取り、得意の魔法を放つ。 《火球》、《氷弾》。 しかし、ゼイドはそれら全てを、卓越した剣技で切り払う。
半刻近く、シンは魔術主体で攻撃していたが、遂に魔力も枯渇寸前に陥った。 身体強化も切れ、神剣を杖代わりに地面に突き刺し、辛うじて立っている状況だった。
何をしても、通じない。 圧倒的な、実力差。
周囲の生徒たちの嘲笑が聞こえる気がする。
「なんだ、やっぱり口だけか」
シンは悔しさから口元を噛みしめる。 (そうだ……僕は、いつだってこうだった。何もできない。何をやっても、うまくいかない。結局、この世界に来ても何も変わってないじゃないか!)
膝が、笑う。神剣が、さらに重く感じる。 彼が、全てを諦めかけた、その時だった。
「――シン様! 諦めないでください!」
リリーナの、悲痛なほどの声援が、彼の耳に届いた。 シンは、ハッと顔を上げる。
(そうだ。今の僕には、信じてくれる人がいる。この剣は、師匠が託してくれたものだ。このブレスレットは、彼女の祈りそのものだ。――僕は、もう、一人なんかじゃない!)
シンの感情が、最高潮に達した。 彼は、最後の力を振り絞り、神剣を握りしめ、ゼイドに向かって突撃した。
【コントロールルーム】
「……感情レベル、トリガーポイントに到達! リリーナ、やれ!」
神楽が、インカムに指示を飛ばす。 モニターの隅で、リリーナが、祈るように瞳を閉じ、ブレスレットに意識を集中させる。
【剣術訓練場】
シンの腕で、ブレスレットが淡い光を放つ。 その光に呼応するように、今までただの鉄塊だった神剣グラムが、黄金の輝きを放ち始めた。
「なっ……!?」
ゼイドが、その神々しい光景に一瞬、怯む。 シンの剣が、ゼイドの剣と激突した。 先ほどまでとは比較にならない、圧倒的な剣圧。ゼイドは、全力で受け止めるが、耐え切れずに後ろへ吹き飛ばされた。
(この剣圧に、この速度……! 冗談じゃないぞ、リリーナ役! 神剣の能力を開放させすぎ! もっと同調を落とせ! こんなの一撃でも食らったらマジヤバい、ほんっとにヤバいって!)
ゼイドは目でリリーナに訴える。リリーナは苦い顔をしながら目で返す。
(文句があるなら、あのクズディレクターに言いなさいよ! 久方ぶりすぎて、加減が分かんないの! ……というか、周囲のエキストラがさっきから五月蠅いのよ。ずっと仕事終わりの打ち上げの話と、転属の話で盛り上がって!)
シンとゼイドの激しい攻防が始まる。 リリーナの微調整により、神剣の出力は辛うじてゼイドが対応できるレベルに落とされた。 だが、優位に立ったシンは、笑みを浮かべて言い放つ。
「……ゼイド。あんたの底はもう見えた」
「抜かせ、この神童紛いが!」 (キツイ、マジでキツイ……! 今の状況、ヒノキの棒で炸裂弾を破裂させず撃ち落とせって、言ってるようなもんだぞ!)
シンは全力を込めて神剣を振り下ろす。 ゼイドは死ぬ気でその一振りを受け流すが、彼の剣は、甲高い音を立てて砕け散った。
「ば、馬鹿な……!」 (……ですよねぇ。二束三文の安物の剣で、よくここまで持ったよ)
シンの剣が、ゼイドの首元寸前で止まる。
「……俺の勝ちだ、ゼイド」
勝負は、決した。
【コントロールルーム】
神楽は、満足げに頷いている。 しかし、隣に立つセラフィムの表情は、冷え切っていた。
「あのブレスレット。中央の遺物管理台帳で見たことがあります。『魂の特性を、接触者に同期させる』……酷いからくりですね。ただの鉄塊のはずの神剣を、ヒロイン役の魂を動力源にして、無理やり起動させるなんて。魂すら利用するとは、天使の風上にも置けません。悪魔的な発想ですよ」
「悪魔的? 違うな、合理的、と言うべきだ」
神楽は、決意を固めた表情で立ち上がるシンの姿を、モニターで見つめていた。
「さて、そろそろ、次の段階へ移行する時だな。……脚本班、聞こえるか。明日の午前、クライアントとヒロインに特別クエストを発行する。タイトルは『聖獣、グリフォンの襲来』だ。準備は?」
そのクエスト名を聞いた瞬間、セラフィムは手元のデータパッドで詳細を確認し始めた。そして、その内容を見て、息を呑む。
「ディレクター、このクエストに出てくるグリフォン……。中央の聖域で厳重に管理されている、本物の聖獣ではありませんか」
彼女は、信じられないものを見る目で神楽を睨みつけた。
「まさか、クライアントの承認欲求のためだけに、神剣で聖獣を斬り伏せると……?」
「斬り伏せる? はっ、ははっ、セラ。君は物語というものを、まるで分かっていない」
神楽は、モニターの中で、勝利したシンに駆け寄り、その手当をするリリーナの姿を指さした。
「このクエストの主役は、クライアントじゃない。次の主役は、『聖女リリーナ』だよ」
神楽は困惑するセラフィムに告げる。
「――クライアントは、そのための、最高の『舞台装置』兼『観客』さ」
第8話、お読みいただきありがとうございました!
次回、ついに本物の聖獣グリフォンが登場! しかし神楽曰く、主役はリリーナ…!? シンは最高の「観客」に…? 一体何が始まるのか!
「奇跡」の真相(と役者たちの心の叫び)にゾクッとした!と感じていただけたら、 下の【★★★★★】での評価やブックマークが、作者にとっての「動力源」になります!
また明日19時にお会いしましょう。 Studio_13




