第5話:『期待の新人(期待してない)』
「アルカディア魔法学園」――。
この世界で三指に入る名門であり、卒業後は安泰な人生が約束されるという(設定上の)最高学府。
その壮麗な正門に、シンはヒロインであるリリーナと共に、彼女の白馬に跨って降り立った。
「こ、ここがアルカディア魔法学園……」
広大な敷地を囲む城壁と、歴史の重さを思わせる荘厳な校舎の数々。 その圧倒的な光景に、シンは感嘆の声を漏らす。
「ええ、そうです。千年の歴史を誇る、学び舎です。この校舎ができる前は、本館と呼ばれる、少し古くて小さいですが……」
リリーナがおっとりとした話し方で、学び舎の歴史を語っていると、少し遅れてアルパスを乗せた馬車が追いついた。 アルパスが馬車から降り立つと、シンの目を見て言う。
「さて、わしはここまでじゃ。あまり目立つのは好かんのでな。……シンよ、よく学び、良い仲間を作るのじゃぞ」
そう言うと、彼は再び馬車に乗り、元来た道を帰っていった。
【コントロールルーム】
「よし、アルパス役は無事に離脱。完璧なタイミングだ」
ディレクターこと、神楽はモニターを見ながら頷く。
「……ディレクター。あの校舎群、メインゲート周辺以外は全てプロジェクションマッピングと張りぼてじゃないですか。目を凝らせば、違和感に気づきますよ」
セラフィムが、冷静に欠陥を指摘する。
「はは、素人目には分からんよ。それに、彼が細部を見る前に、聖堂へ誘導する手はずになっている」
【アルカディア魔法学園・敷地内】
「さあ、シン様。入学式が始まります。中央聖堂へ参りましょう」
ヒロイン役のリリーナに手を握られ、シンは赤面して小さく頷く。 リリーナと共に聖堂へと向かう途中、彼はふと足を止めた。
「あ、あの。その前に、と、トイレに……」
リリーナの顔が、一瞬、引きつった。
「お、お手洗いは、式典の後にご案内いたします! さあ、こちらへ!」
リリーナは手に力を込めて、強引にでも聖堂へと引っ張ろうとする。
「いや、今行きたいんだけど。……あの建物にはトイレがありますよね?」
シンが指さしたのは、壮麗な見た目の図書館(の、ハリボテ)だった。
「だ、駄目です! あそこは今、改装中でして!」
明らかに狼狽えるリリーナの様子に、シンは違和感を覚える。 (なんだ……? 何か、様子がおかしい……。第一、あんなに綺麗な建物が改装中って?)
彼はリリーナの手を放し、好奇心から図書館(張りぼて)に向かって歩き始めた。
【コントロールルーム】
「イマージェンシー! イマージェンシー! 緊急事態発生、緊急事態発生!」
スタッフの一人が悲鳴を上げる。 神楽は指を噛みしめると、机を叩きつけた。
「くそっ、このタイミングで生理現象だと!? ……校長役を投入しろ! 緊急プランC-3『期待新人へのサプライズの出迎え』だ! 急げ!」
【アルカディア魔法学園・敷地内】
シンが、図書館の入口に手を伸ばそうとした、まさにその時。
「――待っていたぞ、賢者の弟子、シン君よ!」
背後から、威厳のある、しかしどこか温かな声が響いた。 振り返ると、そこに立っていたのは、立派な式典用のローブをまとった老人――この学園の校長だった。
「君の噂はかねがね聞いておったぞ。まさか、これほどの逸材が入学してくれるとはな! 君は、校長である。わし自らが聖堂まで案内しよう。さあ、こちらへ。皆が君を待っておるぞ」
校長は、シンの肩をがっしりと掴むと、有無を言わせぬ力で彼を聖堂へと導いていく。 シンは、突然の最高責任者からの出迎えに戸惑いながらも、悪い気はしなかった。 先ほど感じた違和感と尿意は、興奮の片隅へと追いやられていく。
中央聖堂へと続く回廊を歩きながら、校長は誇らしげに語る。
「知っての通り、我が校は千年の歴史を誇っておってな。この学舎ができたのは百年前ではあるが、元々は本館が存在しておって……」
校長はこの学舎の成り立ちを言葉巧みに伝える。
「……というわけじゃ。まあ、わしとしては、あの古びた本館の方が愛着があるのだがな」
「そ、そうなのですか」
シンは、この学園の壮大な歴史を聞いて圧巻されていた。
【コントロールルーム】
「……ふぅ、危なかったな」
神楽が安堵のため息をついた、その時だった。
「警告! スタントチームのライバル役『ゼイド』、校長投入の修正案を無視して予定通り動いています! 目標、中央聖堂前!」
「あいつ、緊急事態のアナウンスを聞いてなかったのか!」
神楽が片手で頭を掻きむしりながらモニターを凝視した。
【中央聖堂・扉前】
校長の出迎えにまんざらでもない気分のシンの前に、一人の青年が割り込んできた。 目つきの悪い、短髪の青年――ライバル役のゼイドだった。
「お前が、シンか。腑抜けた面をしてやがる。とても、あの大賢者アルパス様の弟子とは思えねぇな」
「……だ、誰ですか」
不良のような青年の威圧感に、シンの心臓が跳ね上がる。中学時代、自分をいじめていた連中の顔が、脳裏にフラッシュバックした。 これまで築き上げてきた自信が、恐怖によって上書きされていく。
「ゼイドだ。……ちょっと、お前の腕前を試してやるよ」
ゼイドは抜刀して脚本を思い出す。 (えーっと、脅すように剣を振り回し、誤って傍にいるヒロイン役の髪を切ってしまう、だったよな。……傍にいるヒロイン、ヒロイン……)
ゼイドは校長役のおっさんの天使と目が合う。
(……おっさん役の天使しかいねぇぞ。もしかして、あのおっさんがヒロイン!? 今回のクライアントのヒロイン像は、あのおっさん!?)
ゼイドは抜刀してから思考が彼方に飛び、シンと校長役の天使を何度も見比べて目が点になる。
【コントロールルーム】
「あの馬鹿ぁ! 何固まってやがる! アドリブでなんとかしろ!」
神楽が、マイクを握りしめて叫ぶ。 モニターの向こうでは、明らかに動揺しているゼイドと、恐怖に固まるクライアント、そして困惑顔の校長という、放送事故さながらの光景が広がっていた。
【中央聖堂・扉前】
膠着する空気。シンは恐怖で動けず、ゼイドは混乱で動けない。 その沈黙を破ったのは、百戦錬磨のベテラン、校長役の天使だった。
彼は呆然と立ち尽くすゼイドを見て、わざとらしく、しかし威厳たっぷりに溜息をついた。
「……ゼイド君。君ほどの男が、彼の持つ覇気に呑まれて、思考まで停止してしまうとはな。しかし、無理もない。私も、初めて会った時は息を呑んだほどだ」
「「へ?」」
ゼイドとシン、二人の声が重なった。
「だが、校長である! 私の前で剣を抜くとは感心せんな。その剣は、しかるべき時に、しかるべき相手に抜きなさい。……分かったら、下がりたまえ! 私は校長だぞ!」
校長役の見事な助け舟に、ゼイドは我に返った。 彼は、この状況を打開してくれた校長に内心で感謝しつつ、完璧なライバル役の演技で応える。
「……ちっ。今日のところは、校長の顔に免じて見逃してやる。まぁ、どうせ、入学のクラス分けで本当の実力が分かるからな。せいぜい、俺に食らいつける程度の力は持っていろよ」
そう言い捨てると、ゼイドは剣を鞘に納め、去っていった。 残されたシンは、恐怖と混乱でまだ小刻みに震えている。
「さあ、シン君。つまらんことは忘れて、式典に向かおうじゃないか」
校長は、優しい笑みでシンの肩を抱き、聖堂の中へと促した。
【コントロールルーム】
「ゼイド役! 後で始末書どころじゃないぞ! ……だが校長役は、見事なアドリブだった! 特別ボーナスを加算する!」
神楽は、安堵と怒りで感情がぐちゃぐちゃになりながら叫んでいた。 その隣で、セラフィムは申請書類を見つめながら呟く。
「……ディレクター。改めて異議を申し立てます。作戦コード『カタストロフ』は、私の想定通りだとすると、あまりにも危険すぎます。万が一、クライアントの魂に回復不能な損傷が生じた場合、あなただけの責任では……」
「セラフィム監査官」
神楽は、彼女の言葉を遮った。
「君は、物語で最も重要なパートがどこか、知っているかい?」
「……話の脈絡が見えませんね」
「『始まり』だよ。見る者の心を掴み、決して離さない、強烈な第一印象。クライアントにとって、今日が彼の『物語』の本当の始まりだ。平凡な始まりからは、平凡な魂しか育たん。僕は、平凡な物語を作るつもりはないのでね」
神楽がそう言い切ったのと、モニターの中で校長が入学式の開始を宣言したのは、ほぼ同時だった。 聖堂の荘厳なパイプオルガンの音色が、コントロールルームにまで響いてくる。
神楽は、全部署に繋がる通信機のスイッチに、そっと指をかけた。 その声は、先ほどまでの軽薄さが嘘のように、冷たく、そして静かだった。
「全職員に告ぐ。これより、クライアントの『入学』を祝し、作戦コード『カタストロフ』を開始する。作戦決行はクラス選定の時。皆、死力を尽くせ、以上だ」
神楽は、隣で息を呑むセラフィムを一瞥した。 彼女の顔は、すっかり血の気が引いていた。
「――せいぜい、瞬きしないことだな、監査官殿」
神楽は、最高に楽しそうな、悪魔の笑みで言った。
「伝説の始まりを、見逃さぬためにな」
第5話、お読みいただきありがとうございました!
トラブル続きでしたが、次回はいよいよ入学式の本番…そして神楽の言う『カタストロフ』開始です! 一体何が起こるのか!?
このドタバタ劇の続きが気になる!と感じていただけましたら、 下の【★★★★★】での評価やブックマークが、作者の大きな力になります!
また6話にお会いしましょう。 Studio_13




