表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/23

第2話:『賢者の弟子、誕生(オーダー通りです)』

意識が、浮上する。


最後に覚えているのは、親の遺したわずかな貯金通帳を握りしめ、冷たい部屋で人生に絶望していた記憶。 だが、今、感じるのは、温かな木漏れ日と、頬を撫でる柔らかな風、そして土の匂いだった。


(……なんだ、ここは?)


目を開けると、自然あふれる森の中だった。 大木の下に自分が座り込んでおり、その幹に触れると、自分の腕が、身体が、ありえないほど小さくなっていることに気づいた。


子供の手、子供の足。


混乱する彼の前に、ゆっくりと一人の老人が姿を現した。


「……おお、こんなところに生き残りがおったか。可哀想に……」


現れたのは、白く長い髭を蓄え、樫の木の杖をついた、いかにもな賢者風の老人だった。 彼は、大木に腰掛けるように座ると、自分が住んでいた村が魔物に襲われて全滅したこと、そして自分だけが唯一の生き残りであることを告げた。


記憶はない。だが、この小さな体には、深い喪失感が刻み込まれているようだった。


「おぬし、名はなんという」


「…………」


答えられない。前世の名前を言うべきか? いや、そもそも声の出し方すら、おぼつかない。 老人は、悲しそうに目を伏せ、そして優しく微笑んだ。


「そうか……記憶も失くしたか。ならば、わしが新しい名を授けよう。おぬしの名は……『シン』じゃ。わしはアルパス。この森の賢者と呼ばれておる。今日から、おぬしはわしの弟子として暮らすがよい」


シン。それが、彼の新しい名前。 アルパス。それが、彼の新しい家族。


こうして、彼の二度目の人生は、伝説の賢者の弟子として始まった。



【コントロールルーム】


「ディレクター。一人のクライアントのために、これから十数年分の育成プログラムを組む気ですか? 正気とは思えませんね。規約上、一つの案件にかけられる期間は最大でも……」


モニターに映る、幼いクライアントと賢者役の天使の姿を見て、セラフィムが冷たく指摘する。 すると、神楽は人の悪い笑みを向けた。


「ははは、君は真面目だなぁ、セラフィム監査官。誰が十数年も待つものか」


神楽はコンソールのスイッチを一つ押す。


モニターの隅に、【時間加速フィールド:稼働中(倍率x1000)】という表示が灯った。


「これは、クライアントの魂に『幸福な少年時代』という記憶の土台を焼き付けるための、必要なプロセスだ。前世で欠落していたものを、ここで補填してやるのさ。まあ、違反スレスレの裏コードだがね」


「……あなたは、本当に」


呆れるセラフィムを尻目に、神楽はモニターの中の「シン」へと意識を戻した。


【森の賢者の家】


アルパスとの生活は、穏やかで、幸福だった。


生まれて初めて、誰かに褒められた。 生まれて初めて、温かい食事を毎日食べられた。 生まれて初めて、自分の居場所があると感じた。


幸せだ。幸せなはずなのに。


ふと、アルパスの優しい笑顔が、前世でテストで100点を取らないと怒っていた母親の姿と、それを無視していた父親の姿と重なる。 温かいスープの味が、ブラック企業で啜った冷たいカップ麺の味に変わる。 強烈な頭痛と共に、脳裏にこびりついた失敗の記憶がフラッシュバックした。


(やめろ……思い出すな……!)


シンは、頭を振って必死に記憶を追い出す。「今が幸せなら、それでいいじゃないか」と、自分の心に蓋をする。 その様子を、アルパスは何も言わず、ただ静かに見つめていた。


そして、シンが10歳になった(という設定の)日。 アルパスは、一冊の古びた魔導書を彼の前に置いた。


「シンよ。おぬしには、魔法の才能があるやもしれん。今日から、これを読んでみるがよい」


シンは、期待と、そしてまた失敗するかもしれないという恐怖が入り混じった、複雑な気持ちでその本を開いた。 (……違う。これは、血の滲むような努力をして、100点を強要された『勉強』とは違うんだ。出来なくてもいい。ただ、この世界に僕がいるだけで、いいんだ……!)



【コントロールルーム】


神楽は、椅子の背にもたれかかり、腕を組んだ。


「さて、セラフィム監査官。土台はできた」


モニターの中では、シンが魔導書の最初のページを、恐る恐る指でなぞっている。


「ここからが、このプロジェクトの本番だ。見ていたまえよ」


神楽は、不敵な笑みを浮かべた。


「――今から、ただの凡庸な魂を、歴史に名を遺す『神童』に仕立ててみせよう」

第2話、お読みいただきありがとうございました!


次回、ついにシンが魔法に挑戦! 果たしてその結果は……そして神楽の真の狙いとは!?


少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じていただけたら、 下の【★★★★★】での評価やブックマークが、作者が(天使たちのように)魂を削りながら執筆する、最高の励みになります!


また次話でお会いしましょう。 Studio_13

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ