エピローグ:『そして、新たな物語へ』
【天界・大神殿】
そこは、時間も、空間も、意味をなさない場所。
第13番島のような、作られた自然も、コントロールルームのような喧騒もない。 ただ、無限の白が広がる、神々の領域。
その中央に、二柱の女神が座していた。 二人の容貌と体型は全く同じであり、左右対称の髪型だけが、二柱の異なりを示している。
一人は、右側の髪だけが肩まで伸びており、楽しげに宙に浮かぶ物語の断片を眺めていた。 もう一人は、左側の髪が肩まで伸びており、ただ、静かに目を閉じていた。
その御前に、セラフィム・レイは、一人ひざまずき、丁寧な口調で報告する。
「――以上が、第13番島における、クライアント番号 G-776……コードネーム『シン(sin 罪)』のプロジェクトに関する、最終報告です」
セラフィムは、淡々と、しかし、どこか、以前とは違う響きを持つ声で、報告を締めくくった。 彼女の報告は、事実に基づき、完璧なものだった。
数百項目に及ぶ規約違反。
天界法に抵触する、数々の禁術の使用。
そして、脚本なんてあってないような、役者たちのアドリブに依存した内容。
報告書の結論だけを見れば、「即時、プロジェクトの凍結。及び、責任者である神楽正義の解任」という勧告以外、ありえなかった。
楽しげに報告を聞いていた女神、姉様と呼ばれる存在が、セラフィムに問う。
「それで、セラフィム。あなたの、監査官としての最終的な『評価』は、どう下すの?」
セラフィムは、一度、深く、目を閉じた。
脳裏に、あまりにも混沌として、あまりにも無茶苦茶で、そして……元の世界に戻り、逞しく生きているクライアントの表情が蘇る。
彼女は、顔を上げ、自らの職務と、自らの魂に、寸分違わぬ、誠実な言葉を口にした。
「……報告いたします。本プロジェクトは、プロセスにおいては、観測史上、最も劣悪で、最も規約を無視した、落第点以下の計画です」
「……ふぅん」
「ですが、その最終的な成果……クライアントの魂の救済という、ただ一点においては、私が知る中で、最も完璧で、最も美しい、最高の評価を与えるに値するものでした」
そして、彼女は、続けた。
「私の、いえ、これまでのやり方では、決して、あの魂をあそこまで救うことはできなかったでしょう。彼のやり方を、肯定するつもりは一切ありません。ですが、その結果は……認めざるを得ません」
その言葉に、姉様は、くすくすと、鈴の鳴るような声で笑った。
「それが、あなたの答えなのね、セラフィム。……さて、どうしましょうか、姉様。あの男を解雇するか否かは、姉様が決めてください。私としては、もう少し、様子を見てみたいのだけど」
今まで微動だにしなかった、もう一人の女神――姉様が、ゆっくりと、その瞼を開いた。
彼女は、ただ、静かに、セラフィムを見つめ、そして、僅かに、本当に、僅かに、微笑んだように、見えた。
それだけで、全てが決した。
【コントロールルーム】
プロジェクトは「S評価」となり、神楽の解任は「次期プロジェクトの結果次第」で保留となった。 セラフィムは、窓の外の、どこまでも続く天界の空を眺めながら、そっと呟く。
「……監査の、継続、ですか」
彼女が静かに空を見つめていると、その端末に、冷たい通知音が響いた。
【――第13番島。新規クライアント様が確定しました――】
ファイルが開かれ、次のクライアントのデータが表示される。
【魂の損傷原因:サバイバーズ・ギルト(※原因:大規模火災事故における唯一の生存者)】
【オーダー:「裁かれるべき悪役として、『処刑』されることを求めます」】
セラフィムは、そのデータを見た瞬間、先ほどまでの感傷が吹き飛び、蒼白となった。 シンとは比較にならないほどの「魂の歪み」に目を疑う。
「……しょ、処刑を求めるですって。 こ、こんな魂、どうやって!」
セラフィムが戦慄しながら神楽の元へ向かうと、彼は、既に、いつもの余裕の笑みを浮かべて、次の脚本の構想を練っていた。
「おお、セラよ。次の依頼人が、決まったぞ」
彼は、セラフィムに向き直ると、心底楽しそうに、言った。
「――さあ、最高の舞台を用意しようじゃないか」
――物語は、まだ、始まったばかりだ。
――◇お礼とお願い◆――
エピローグまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
シンの『物語』は、ここで幕引きとなります。 ですが、神楽とセラフィムの「地獄の職場」での戦いは、まだ始まったばかり。 次なるクライアントは、「静かに消えたい」と願う、あまりにも絶望的な魂……。
第一部完結! この先の「天使たちの奮闘」も覗いてみたい!と感じていただけましたら、 ぜひ【★】での応援、フォロー、そして作品へのレビューをいただけますと、 作者が第二部の脚本を練る、最高の力になります!
第二部の更新まで、今しばらくお待ちください。 Studio_13
エピローグまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
シンの『物語』は、ここで幕引きとなります。 ですが、神楽とセラフィムの「地獄の職場」での戦いは、まだ始まったばかり。
次なるクライアントは、「静かに消えたい」と願う、あまりにも絶望的な魂……。
第一部完結! この先の「天使たちの奮闘」も覗いてみたい!と感じていただけましたら、 下の【★★★★★】での評価やブックマークが、作者が(第二部の脚本を練る)ための、最高の力になります!
第二部の更新まで、今しばらくお待ちいただけますと幸いです。 Studio_13




