第20話:『解呪の代償』
シンは、ひたすら真面目に働いた。 助監督として現場を走り回り、失敗し、怒鳴られ、それでも仲間たちと一つのものを創り上げる。その日々は、彼にとって、新たな「日常」になった。
休みの日は、聖域で眠る師とリリーナに、ささやかな好物を供え、そして、まだ見ぬ賢者「マキナ」の情報を、町から町へと探し回っていた。
ある日、現場に、病欠した塗装魔法使いの代わりとして、博識な老魔術師が臨時でやってきた。 シンが休憩時間に、いつものように「マキナという賢者を知りませんか?」と尋ねると、その老魔術師は、あっさりと答える。
「ああ、マキナ殿か。知っておるよ。『生ける図書館』と呼ばれる、変わり者じゃ。僻地の霊峰に住んでおり、ここから馬車を乗り継いでも、一ヶ月はかかるじゃろうな」
「ほ、本当ですか……!」
初めて掴んだ、確かな手がかり。 しかし、それは、今の仕事を放り出すことへの罪悪感を、シンに与えた。 (どうやって、親方に切り出せば……)
昼休憩後の仕事は、ミスこそしなかったものの、上の空だった。
「…………」
親方は、そんなシンを黙って見ていた。
その日の仕事が終わり、シンが帰ろうとすると、親方に呼び止められ、作業小屋に招かれる。 (何か、またやらかしただろうか……) シンが不安に思いながら小屋に入ると、親方は椅子に座っており、開口一番に宣言した。
「……シン。お前、もう明日から来なくていいぞ。クビだ」
突然の「解雇宣告」に、シンは困惑する。
「え……? はっ? な、何か、俺、また、やっちゃいました?」
「ああ、そうだ」
親方は、シンが反論する間も与えず、彼の過去の失態を、一つ一つ、指折り数え始めた。
「まず、初日。てめえは、気を利かせたつもりかもしれねえが、勝手に資材を動かして、石工の連中の作業を半日止めやがった」
「次の週には、段取りを覚えろと言ったそばから、一人で突っ走って、足場の木材を組み間違えやがった。あのままだったら、誰かが死んでたかもしれねえぞ」
「その次の月には、発注書の数量を読み間違えて100倍も注文しやがって。あの時、気づくのが遅れたら、この現場は資材の山に囲まれて、作業どころじゃなかっただろうな」
親方は、シンの蒼白している顔も見ずに、淡々と続ける。
「……だが」
彼の声のトーンが、少しだけ、変わった。
「今のてめえは違う。誰よりも周りを見て、誰よりも汗をかき、今じゃ、この現場に無くてはならねえ男だ。色んなやつの顔や作業がちらついて、辞めづれぇだろう。――だからこそ、俺の命令で、お前をクビにする」
親方は、封筒に入った、分厚い金貨をシンの胸に叩きつけた。
「ゼイドから、おめぇの事情は全て聞いてる。探し人が見つかったんなら、さっさと行け。……じゃねぇと、俺が通報するぞ。指名手配犯の賢者様よ」
彼は、シンの正体を全て知った上で、ニヤリと笑った。
シンは、何も言えなかった。ただ、深く、深く、頭を下げた。
シンが受け取った金貨は、一年遊んでも有り余るほどの額だった。 餞別として、馬も一頭渡された。彼は、僅かな荷物をまとめると、仲間たちに見送られながら、馬を走らせた。
一ヶ月後――。
シンは僻地の霊峰にたどり着き、山頂の小さな庵の前に立った。
一年近く探し求めていた人物との対面に、胸の鼓動が高鳴る。
シンは覚悟を決め、ドアを数度叩いた。
「すみません。どなたかいらっしゃいますか」
「…………」
数分経っても、中からは返事がない。 シンが諦めかけた時、緩やかにドアが開いた。
「……どちらさんじゃ」
そこに立っていたのは、かつて市場で軽蔑した、あの「浮浪者風の賢者」だった。 シンは、自分が最も贖罪したかった相手との再会に、激しく動揺した。
「あ……あなたが、マキナ様、ですか」
「ああ、そうじゃが」
シンは、呼吸を飲み込み、その場で頭を地面にこすりつけて土下座した。
「あの時は、本当に、申し訳ありませんでした! あの時の自分は、傲慢で、愚かで……!」
シンが声を震わせながら謝罪すると、マキナは、心底困惑したように言う。
「……すまぬが、どの時のことじゃ? ワシには、全く心当たりがないのじゃが」
「一年前の市場で、ジャガイモを、僕が……!」
「ジャガイモ? ……ああ、あの時のことか」
マキナは、思い出したかのように言うと、シンの顔を、好奇に満ちた表情でまじまじと見つめた。
「ほう。随分と、引き締まった良い顔つきになった。あの時の若造とは、あまりにも別人じゃったんで、分からんかったわ。……まあ、はいんなさい。こんな辺境まで来たからには、理由があるんじゃろう。中へ」
庵の中でお茶を振る舞われ、シンは、本題を切り出した。
「リリーナの、旧王家の血を継ぐ少女の、呪いを解く方法を、教えてください」
マキナは、静かにお茶を啜ると、シンが腰に差した神剣グラムを一瞥した。
「教えるも何も、その娘とやらの呪いを解く方法は、お主は持っておる」
「え……?」
「お主が持つその剣、神剣グラムの本質は『解呪』にある。その力を解放するための条件は、魂の純度を高めること。……お主は、この一年近くの旅路で、その基準に達しておる」
「本当、ですか!?」
希望に満ちた表情になるシン。
「うむ。心を落ち着かせ、その剣を握ってみよ。惑いなく、無となり、一切の執着を捨てて神剣に魔力を込めるのじゃ」
シンは神剣を握り、マキナのアドバイス通りに無心で魔力を込める。 すると、神剣は清浄なる息吹を放ち、刀身が透き通った。
「こ、これは……!」
シンが驚きの声を漏らすと、神剣はすぐに元の鉄の塊に戻る。
「雑念を入れれば、すぐに戻る。精進が足りぬな」
マキナは老獪な笑みを浮かべた後、真顔に戻って続ける。
「浮かれておる所、悪いが、その神剣で呪いを断ち切れば終わる、という話ではない。むしろ、本題はここからじゃ」
マキナは一呼吸おいて告げる。
「その少女の呪いは、この世界の理そのものに深く結びついておる。それを解くということは、この世界に『矛盾』を引き起こすことに他ならぬ。そして、世界は矛盾を許さず、術者に対して『代償』を求める」
「代償……」
「それ即ち……お主の、この世界における『肉体』の崩壊である」
シンは、そのあまりにも過酷な代償を、しかし、驚くほど穏やかな顔で受け入れた。
「はっ、なんだ、そんなことですか。よかった。……それで、すむなら、安いものですよ」
「自身の死を安いとは、随分と賢者らしからぬことを言う」
シンは悟ったような笑みを見せる。
「僕は、この世界に来て、色んな事を経験しました。元の世界で千年経っても経験できないような、たくさんのことを。……僕は、自己犠牲が尊いとも、素晴らしとも思いません。だけど、リリーナと、師匠が、また前みたいな笑顔で生きてくれるのなら。僕の命なんて、安いものですよ」
シンが覚悟を決めた目で言うと、マキナは、満足げに、そして、少しだけ寂しそうに、微笑んだ。
「……本当に、随分と、成長したものじゃな」
【コントロールルーム】
セラフィムは、モニターに映るそのやり取りを、ただ、息を呑んで見つめていた。 彼女は、隣に立つ神楽に言う。
「ディレクター。うまく行きましたね。後半はアドリブばかりでしたが、結果として、魂の純度が高まりました」
「……セラよ。君は一つ、取り違えている」
「取り違えている?」
「魂の純度を上げることは、確かに重要だ。それが、中央への評価指数の大きな項目になっている。だがな……」
神楽は、静かに、別のモニターを指さした。 そこには、クライアント(シン)の、魂の状態を示す、詳細なデータが表示されていた。
【記憶定着率:99.8%】
「……記憶、定着率……? これは、一体……」
「彼の『肉体』は、予定通り、この世界から消える。……普通なら、この世界での記憶は、時と共に摩耗し、元の世界で死ぬ頃には、ただの夢として処理されてしまうだろう」
「それが、普通では?」
神楽の表情が初めて変わる。
「普通では駄目なのだ、普通では! ……私は、これらの経験を夢の一つで終わらせる気は、断じてない!」
神楽の声に、ただの演出家ではない、魂の救済者としての激情が迸る。
「彼がこの世界で得た全ての経験。仲間を信じる心、泥だらけで働くことの尊さ、そして、愛する者のために、自らを犠牲にするという、その覚悟……!」
神楽は、モニターの中で、穏やかな顔で庵を去ろうとしているシンを見つめる。
「その全てを、強烈な『記憶』として、彼の魂の最も深い場所に、永遠に刻みつける必要があるのだ」
セラフィムは、ようやく、神楽の本当の狙いを、そして、このプログラムの真の目的を、理解した。
「――我々の仕事は、彼をこの世界で生かすことでも、魂の純度を一時的に上げることでもない」
神楽は、上層部の判が押された、形だけの評価書類を、忌々しげに睨みつけた。 そして、万感の思いを込めて、自らの存在意義を懸けるかのように、断言する。
「彼が、次の、そして、そのまた次の、どんな理不尽な『現実』という旅路でも立ち止まらぬように、『不屈の愛』という名の、お守りを作ってやることこそが、我々の本当の『使命』である!」
「……不屈の、愛……」
その言葉は、セラフィムの魂に、深く、静かに、染み渡っていった。
モニターの中では、シンが、自らの命と引き換えに、愛する者たちを救うため、最後の戦いの舞台へと、確かな足取りで、歩き出していた。
第20話、お読みいただきありがとうございました!
シンの覚悟と、神楽が明かす「本当の使命」。 次回、ついに物語は完結へ。彼が掴んだ「お守り」を手に、本当の人生が始まります。
この物語の結末を見届けたい!と感じていただけましたら、 下の【★★★★★】での評価やブックマークが、作者が魂を込めて最終回を執筆した、何よりの証となります!
また明日の6時30分にお会いしましょう。 Studio_13




