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第19話:『本物の賢者へ』

ゼイドの紹介で、シンが向かったのは「隣国の魔法学園・建設現場」だった。


現場監督で、気性が荒そうな50代の男――親方の元へ、ゼイドと共に挨拶に向かう。


「お久しぶりです、親方。こちらが、先にお話しさせていただいたシン君です。職務経歴的には、現場との接点は少ないですが、それを補うほどのやる気を持っておりまして……」


親方は、ゼイドが差し出したシンの経歴書を一瞥しただけで、興味なさそうに言った。


「いや、そんなもんはどうでもいい。今は人手が足りねぇんだ。猫の手でも借りたい。……新入り、お前、力仕事はできるか?」


「は、はい、多分……」


「よし。なら、あそこの資材を、あの角まで全部運んでおけ。一人でできるな」


親方はシンに乱暴に命令すると、今度はゼイドに向き直った。


「ああ、そうだ、ゼイド。雇用保険とか、諸々の面倒な申請書類がある。ちょっと仮設小屋まで来い」


「はい、もちろんです」


ゼイドと親方が小屋に入っていく。 一人残されたシンは、目の前の、山のような資材を見つめた。 他の作業員たちが、数本の木材を、台車を使って運んでいるのを見て、内心で笑う。


(僕なら、もっと効率的にできる)


シンは、身体強化魔法を発動させ、常人では持ち上がらないほどの量の木材を一度に担ぎ上げた。 そして、「気を利かせて」、指定された場所とは違う、木材を使うであろう作業場近くに資材を運びこむ。


数十分後。


(ふぅ、こんなもんか。これで親方も、僕の有能さを認めるだろう) シンが、汗を拭い、誇らしげに胸を張った、その時だった。


「―――おい、新入りぃっ!!!」


背後から、鬼のような形相の親方が、猛然とダッシュしてきた。


「な、なんですか!?」


「なんですか、じゃねえよ、この馬鹿野郎! 何、勝手なことしてやがる!」


親方は、シンが積み上げた資材の山を指さした。


「お前が資材を置いたそこはな、次に石工の連中がセメントを練る場所なんだよ! お前のせいで、作業が完全にストップしてるじゃねえか!」


「え……」


「それに、なんだこの木材の割れは! 力任せに運びやがって。……いいか、お前にとっちゃただの木材かもしれねぇが、この一本一本が商品なんだよ。てめぇは、ボロボロの木材で作られた、適当な仕事しかしねぇ奴が作った家に住みてぇか? あぁ?」


「す、すみません……」


「まあ良い。これからは、報告・連絡・相談を徹底しろ! いいな!」


「……は、はい」


「声が小せぇ!」


「はいっ!」


その日の昼休み。一人落ち込むシンの元に、ゼイドがパンと水を差しだす。


「どうだ、やっていけそうか」


「……分かんない」


「どんな仕事でも、慣れるまでは難しく感じるものだ」


「……ゼイドは、こういう仕事の経験があるのか?」


「一通りはな。まあ、俺から言えるアドバイスは一つだ。三か月、踏ん張ってみろ。三か月後には、見える景色も違ってくるだろう」


「三か月か……長いな」


「お前の荷物は、寄宿舎に運んでおいた。……何かあったら、連絡しろ」


ゼイドはそう言うと、立ち去った。 昼休憩が終わり、仕事が再開する。シンは言われた通りの作業をするが、全体像が見えず、皆が忙しく働いているため、声をかけづらい。 親方の指示を終えた後、呆然と立ち尽くしていると、怒声が飛ぶ。


「なに、ボサッと突っ立ってやがる! 終わったなら声掛けに来い! 次の作業に入るぞ!」


「は、はい!」


その日の作業は、ほとんどが怒鳴られて終わった。 工具を片付けずに怒鳴られ、聞き取れなかった内容を再確認せず「いつになったらメジャー持ってくんだ、この新人!」と怒鳴られた。 シンの初日は、散々だった。


仕事が終わると、シンは現場の寄宿舎に案内された。 そこは、ベッドと机が一つあるだけの、独房のような小部屋だった。 片隅に、ゼイドが運んでくれた荷物が置かれている。 シンは、力が抜けた人形のように、ベッドに倒れこんだ。


そのまま、泥のように眠り、目を開けると、もう朝になっていた。 体中が、悲鳴を上げている。 それでも、無理やり体を起こして現場へと向かった。


そこからの一か月。 シンは、ただ、無心で働いた。 怒鳴られ、失敗し、体は日に日に重くなっていく。 挨拶の声も、日に日に小さくなっていった。


一か月後の、昼休み。


再び、ゼイドが彼の元を訪れた。 彼は、死んだ魚のような目でパンをかじるシンの姿を見て、深いため息をつく。


「……シン。お前は、ただ『耐えている』だけだ。それは『仕事』じゃない、ただの『苦行』だ」


「……だって」


「いいか」と、ゼイドはシンの目を、まっすぐに見た。「お前に、一番大事なことを教えてやる」


「――嘘でもいいから、この仕事に、興味を持て。嘘でもいいから、この仕事を、『楽しい』と思い込んでみろ」


「え……?」


「なぜ、この石をここに積む? この木材は、建物のどこに使われる? 親方の指示の、その『次』を、常に考えろ。仕事を受動的な『作業』だと思うな。能動的な『ゲーム』だと思え。……どうせやるなら、その方が、幾分かマシだろう」


「あれを、ゲームって……」


シンが自嘲気味に笑うと、ゼイドは続けた。


「前に言ったはずだ。『式』を組み立てる側に立て、と。今のお前は、ただ与えられた『答えと言う名の作業』を、思考停止でこなしているだけだ」


「……うっ」


「騙されたと思ってやってみろ。仕事の『なぜ』を考えろ。そうすれば、自然と、『式』を組み立てる側の視点に立てるはずだ」


ゼイドはそう言うと、高そうなパンや紅茶の葉を置いて立ち去った。


休憩が終わり、シンは半信半疑のまま、仕事を「ゲーム」だと思い込もうとして働き始めた。 相変わらず怒られるが、彼の意識は、少しずつであるが変わり始める。


(この資材は、明日の壁の基礎工事で使うはずだ。なら、今のうちに、あっちに運んでおいた方がいいか……いや、その前に、親方に確認を取りに行かなきゃ)


自然と、段取りが見えてくる。親方に言われる前に準備をし、次に何をすべきかを見越せるようになる。 しかしながら、まだ段取りは甘く、「準備が早ぇんだよ! もっと周りを見ろ!」と怒鳴られるが、彼の目には、以前のような絶望の色はなかった。


三日後の帰り道。


親方が、シンを食事に誘った。


「……お前、最近、少しはマシな顔つきになったじゃねえか。いい兆候だ」


「あ、ありがとうございます」


「言っておくが、俺はお前を買ってるんだぞ」


「身体強化や魔術が使えるから、ですか?」


「ちげぇよ。毎日怒鳴られても、逃げずにここに来る、その根性だ。……その根性だけは、立派だ。認めてやるよ。だがな、怒られたくらいで暗い顔になるんじゃねえぞ。そんな奴に、こっちも声をかけるほど暇でもお人よしでもねぇからな。……まあ、よく頑張ってるよ、お前は」


親方はそういうと、シンの背中を軽く叩いた。

ぶっきらぼうな、しかし、初めての、親方からの称賛の言葉だった。 その一言が、シンの心を変えた。


翌日から、シンの仕事への取り組み方が、劇的に変わった。 彼は、叱られることを恐れずに、質問を始める。


「親方、この資材は、次にどこで使いますか?」


「この作業の意味は、何ですか?」


最初は面倒そうにしていた親方や先輩も、彼の熱意に根負けし、ぶっきらぼうに、しかし、的確に、仕事の「全体図」を教え始めた。


三ヶ月後。


体育館は無事に完成し、シンは、現場の仲間として認められ始める。


「次は、本校舎の建設だ。シン、お前には、俺の助監督として、施工管理の一部を任せる」


それは「昇進」だったが、本当の地獄の始まりでもあった。 彼は、資材の発注、各業者との連絡、トラブル対応に、文字通り、死ぬ気で奔走することになる。


羊皮紙の図面を両手に抱え、現場を走り回り、汗だくで問題を解決していく。


そんな、ある日の朝。


「助監督! 大変です! 二階部分で使う木材が、一週間も早く納品されちまいました!」


「なっ……! 置き場所は!? 資材置き場は、もう一杯なはずだぞ! 第一、どうして今、資材が入ってくるんだ」


「それが、運送業者が、『契約書通りだ。置き場所がねえのは、そっちの段取りの問題だ』と……!」


シンが現場に駆けつけると、山のような木材の前で、運送業者の男が腕を組んで座り込んでいる。 シンは、必死に頭を働かせた。


(確か、基礎工事の場所に、一時的なスペースが……!)


「……分かった! その木材は、中央棟に仮置きしてくれ!」


それが、致命的な判断ミスだった。 夕刻過ぎ、基礎工事班のリーダーが、鬼のような形相で怒鳴り込んでくる。


「おい、助監督! どういうことだ! 明日、作業する場所に、木材の山ができてやがるじゃねえか! これじゃ、仕事にならねぇよ!」


「えっ!? その工事は、三日後では……」


「はぁ? 朝礼で、前倒しになったって言っただろうが!」


「すみません! 近隣からのクレーム対応で朝礼は出られず……!」


「言い訳すんのか、てめぇ!」


「いえ、申し訳ございません! ただちに移動させます!」


リーダーが去ると、シンは重いため息を漏らす。 (親方に報告すれば、もっと怒鳴られる……。一人でやるしかないか。今から始めても、朝までかかるだろうな)


その日の夜。


シンは、たった一人で、月明かりの下、山のように積まれた木材を運び続けた。 身体強化の魔術を使っても、その膨大な量は、朝日が昇るまでかかった。 涙を流す暇すらなかった。


寄宿舎に戻った彼は、ついに、心が折れる。


「……なんで、なんで、こんな理不尽に怒られ続けなきゃいけないんだよ。いくら、頑張っても自分じゃ制御できないところで問題が生じるし、寝る時間もないから、頭も回らないし。もう、どうしようもないよ」


膨大なストレスと疲労から、涙が溢れてくる。


「も、もう、無理…」


シンは誰にも見つからないように、こっそりと現場を抜け出し、馬に乗り込んだ。


師匠とリリーナがいる、あの静かな庵へと。


馬を走らせるたび、開放感に満たされる。


数刻後、結界が張られた森の庵へと入った。 シンは、週に一度の休みは必ず、眠る二人に会いに来ていた。師匠の横には、好物の草まんじゅうを。リリーナの傍らには、一輪の白い花を。


いつもなら、草まんじゅうと白い花をもって入るため。

手ぶらで入ったことに違和感を抱く。


リリーナの顔は、穏やかに眠っている。 アルバスは、仮死状態にあっても、なお威厳を保って魔術を行使し続けていた。 その二人の姿を見て、シンの表情が固まる。


(……また、逃げるのか? 元の世界と、同じように?)

(こんなにも、自分のことを信じてくれた、この人たちを、裏切って……また、にげる?)


シンの脳裏に、リリーナとの学園生活や、師であるアルバスとの幼い日の思い出が、一気にフラッシュバックする。


「―――っ! くっそったれ。負けてられるか、こんなことで……!」


彼は、涙を流しながら、しかし、力強く、そう呟くと、再び馬を走らせ、現場へと戻った。


そこからのシンの働きぶりは、鬼気迫るものがあった。


失敗と叱責にまみれながらも、必死に頭を下げ、走り回り、泥臭く問題を解決していく。 そして、休憩時間には、マキナの情報を探し始めた。


それから半年後――。


本校舎の骨組みが、完成した日。


夕日に照らされる、自分が建てた巨大な建造物を見上げながら、シンは、これまでの人生で感じたことのない、本物の「達成感」に包まれていた。


「……こんな巨大な建物を、僕が……」


仲間たちが、そんな彼の肩を叩き、その成長を喜んでいる。 休日、シンは、いつものように、得た給金で、アルバスのための草まんじゅうと、リリーナのための一本の白い花を買った。 聖域の庵に戻り、眠る二人に、感謝と、自らの成長を報告する。


「師匠、ありがとう。……そして、リリーナ、待ってて。必ず、助けるからね」


その、見返りを求めない純粋な行動。 その瞬間に、彼の魂は、ついに「白」へと到達した。



【コントロールルーム】


【警告:クライアントの魂の純度、白(Sランク)に到達】


コントロールルームのモニターが、甲高いアラートを発した。 「やった!」とスタッフたちが歓声を上げる中、セラフィムも、モニターに映るシンの姿に、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。


しかし、その隣で、ディレクターの神楽だけが、「……ちっ。早すぎる……!」と、忌々しげに舌打ちする。


「……なぜ、そんな顔をされているのですか。計画は、成功したのでしょう?」


セラフィムが疑問を呈すると、神楽は苛立ちを隠さずに言った。


「成功? 馬鹿を言え! 予定では、本校舎が完成するまで、彼の魂がこのレベルに達するはずではなかった! あと一年は、無償タダで使える、最高の労働力だったんだぞ!」


「……は?」


「いや、まだだ。純度が上がった理由を『リリーナや師の魂に感化されたから』とでもこじつけて、職業訓練を強引にでも継続させ……」


神楽が、クライアントをさらに搾取しようと画策した、その瞬間だった。


「―――おっと、失礼。足が滑りました」


セラフィムは、振り向きざま、神楽の座る椅子の脚を、ハイヒールで蹴り飛ばした。 椅子の足は砕け散り。後頭部から床に叩きつけられる神楽。


彼女は、泡を吹いて気絶している神楽を見下ろし、コントロールルーム全体の通信マイクを掴んだ。


「――全職員に通達します。クライアントの魂の純度は、規定レベルに到達。これより、監査官権限において、本プロジェクトの最終フェイズへの移行を、承認します」


そして、彼女は、力強く、そして、どこか晴れやかな声で、最後の命令を下した。


「……さあ、物語の幕を、閉じましょうか」


第19話、お読みいただきありがとうございました!


泥にまみれ、理不尽に耐え、それでも立ち上がったシン。彼が得た「本物の達成感」、そして、セラフィムの最後の一撃! 次回、ついに物語の「幕」が閉じられます。シンの最後の旅路とは――。


この物語の結末が気になる!と感じていただけましたら、 下の【★★★★★】での評価やブックマークが、作者にとっての何よりの力になります!


また明日の6時30分にお会いしましょう。 Studio_13

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