第1話:『地獄のプロジェクトへようこそ』
その島は、美しかった。 中央の無機質な白とは真逆に、生命の息吹に満ちている。
……だが、セラフィムの目には、その全てが完璧に管理された庭園のように見えて、どこか息苦しさすら感じていた。
「おお、やっと、お出ましか。君がセラフィム監査官だな? 僕は、この島のディレクターの神楽正義。ディレクターでも、神楽でも好きな風に呼んでくれ」
転移ゲートの先で待っていたのは、報告書にあった「悪魔」のイメージとは程遠い、人懐っこい笑顔の男だった。 威圧感はない。だが、馴れ馴れしいその距離感が、彼女の警戒心を無意識に煽った。
ディレクター室は、戦場の司令部だった。 床には資料が散乱し、壁のモニターには、天使の治療風景や、ドラゴンの着ぐるみの補修作業が映し出されている。
神楽が指を鳴らすと中央のスクリーンに、今回のクライアントデータが表示された。
「見るがよい、監査官殿! 此度も素晴らしいオーダーだ!『賢者の孫となり、魔法学園で無双したい』うむ、この純粋な渇望! これこそ、僕らが手を差し伸べるべき魂の輝きだ!」
神楽は、少年のように目を輝かせている。 (これが彼の「聖人」の顔か)
セラフィムはあくまで冷静に、監査官として口を開いた。
「……神楽ディレクター。事前報告書によれば、この第13番島の現行リソースでは、この規模の案件は不可能かと」
「だからこそ、作戦会議を開くのではないか」
会議室に集まっていたのは、光輪が切れかけの蛍光灯のように明滅し、翼も力なく垂れ下がった、見るからに疲弊しきった天使たちだった。
神楽がにこやかに議題をスクリーンに映し出すと、会議室は深い絶望のため息に包まれた。
「ディレクター……無理です。ほんっと、無理です。先日、前のクライアントが盛大に暴れたせいで、第一校舎は全壊したままですよ」
「そもそも、今の予算じゃ修繕どころか、張りぼて小屋すら……」
「第一、稼働できる天使は、たったの20名です!」
部下たちの悲痛な声を聞きながら、彼女は内心で頷いた。 (報告書にあった通り……いや、それ以上に酷い)
神楽は、腕を組んで黙って聞いていたが、やがて芝居がかったように、深くため息をついた。
「……で? 君たちは、僕の前に集まって『無理です』という報告をするためだけに、貴重な時間を使っているのかい?」
空気が、凍る。
先ほどまでの人懐っこい笑みは消え、その瞳が鋭く部下たちを射抜く。
「僕が聞きたいのは『できない理由』じゃない。『どうすればできるか』、その一点だけだ。よもや、知恵を尽くそうとしない者に、女神さまは微笑まない。君たちの言動は女神さまの否定につながるよ」
直接的ではない。だが、それはどんな罵声よりも冷たく、彼らの存在価値を問う、悪魔の質問だった。
苦い顔を浮かべる部下たちを満足げに見回し、彼は、再びカッと笑った。
「安心するがいい。解決策なら、既にある」
そして、聖人のごとき笑顔で、とんでもないことを言った。
「校舎は、クライアント自身に、派手にぶっ壊してもらおうじゃないか」
「…………は?」
会議室にいた全員の、そしてセラフィムの声が、完全に一致した。
(報告書にあった通り……いや、それ以上だ)
(あの男は、聖人でも悪魔でもない)
彼女は、目の前の男の本質を、この瞬間、直感的に理解した。
(――ただの、性質の悪い経営者だ)
第1話、お読みいただきありがとうございました!
次回、いよいよ神楽による「神童」育成計画が始動…!?
面白い・続きが気になる、と感じていただけましたら、 下の【★★★★★】やブックマークが、作者の執筆の励みになります!
また次話でお会いしましょう。 Studio_13




