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第15話:『私を、殺して』

アルパスの助けによって、森の奥深くへと逃げ込んだシンとリリーナ。 人の気配が完全に途絶え、動植物の息吹だけが聞こえるようになると、シンの張り詰めていたアドレナリンが切れ、糸が切れた人形のように身体から力が抜け、落馬する。


「シン様!」


リリーナは馬から飛び降りて、シンを抱きかかえる。 シンの瞳はリリーナを捉えておらず、いつ来るか分からぬ追っ手に怯えるように、虚空を彷徨っていた。 だが、自分を支えるリリーナの腕が、恐怖に震えているのが分かると、シンはハッと我に返り、無理やり笑顔を作って彼女の手を握った。


「大丈夫、大丈夫だよ。たとえ、世界中が敵になろうとも、僕だけはリリーナの味方だから」



【コントロールルーム】


「やはり物語は、脚本から外れて初めて息吹を上げる。そうは思わんか、なぁ、セラ……いや、失敬。セラフィム騎士団長殿」


神楽が厭味ったらしく、ぐったりとしているセラフィムに言う。


「……悪かったと言っているでしょう。もう、でしゃばりませんから、そういう呼び方はやめてください」


セラフィムは魔力切れから来る疲弊を隠せない表情で問いかける。


「逃避行はいいですが、ゴールはどこになるのです。山奥でひっそりと暮らしてハッピーエンド、という訳にはいかないのでしょう?」


「ふっ、ここからスローライフになるのも悪くはないが、スローライフを送るには、彼は敵を作りすぎた」


神楽は眼鏡を外し、モニターに映るシンを見つめる。


「これまでは、この世界がクライアントの味方であった。だが、これからは、この世界がクライアントの敵へと変貌する」


「…………」


「唯一の味方であるヒロインを、彼はいつまで守りきれるか。しかと見せてもらおうか」



【地方の市場にて】


逃走から三日目。


二人は食料を調達するため、フードで深く顔を隠し、人里離れた村の市場に立ち寄っていた。 見慣れない二人組は、村人たちの好奇の視線を集める。シンはリリーナの手を握り、決して離さないように、混雑する市場の中を進んで食料を買い込んだ。


一通りの買い物を済ませた、その時だった。


市場の中央に立った王都の官吏が、高らかに宣言する。


「皆の者、聞けぇ! 先日、王都を騒がせた聖獣グリフォンは、かの『災厄の魔女』リリーナが原因であった! そして、その魔女リリーナを唆し、王国に反旗を翻した大罪人がいる! その者の名は、シン!」


官吏が壁に貼り付けたのは、稚拙だが、しかし特徴を捉えた、シンとリリーナの似顔絵が描かれた手配書だった。


「……!」


シンの目が見開かれ、唇がわずかに震える。


知らず知らず、リリーナを握る手に力がこもった。リリーナが、心配げに彼の顔を見上げている。


「大丈夫、大丈夫だから」


その言葉は、リリーナに向けていたはずが、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。 周囲の村人たちの視線が、先ほどまでの好奇から、疑いと恐怖の色に変わっていくのを感じる。 シンは、リリーナの手を強く引き、逃げるように、その市場から立ち去った。


四日目の夜。


逃避行を続ける二人の前に、初めてアンデッドの群れが現れた。数はまだ少なく、シンは神剣を用いて難なく打ち倒す。


「なんだ、この程度か。これなら、僕一人でもどうとでもなる。王都には王国騎士団もいるし、大した問題じゃないさ」


シンは、自分の力がまだ通用することに安堵し、問題を過小評価することで、リリーナを、そして自分自身を納得させようとした。 しかし、リリーナは、アンデッドが自分に引き寄せられているかのような、嫌な感覚に顔を青ざめさせていた。


八日目の夜。


二人が野営していると、一体のフクロウ(校長が使役する魔法の伝令)が飛来し、シンの元に一通の書状を落とす。 それは、校長からの極秘の通達だった。


シンは警戒しながらも、ゆっくりと書状を開く。


『シン君、……まずは謝罪させてほしい。私は、リリーナ君の処刑を知っていた。だが、君にその事実を告げるのは酷だと思い、嘘をついてしまった。贖罪になるとは思わぬが、君に、一つの道を授ける。私が王と評議会を説得し、君に救済の道を作った。……君が、その手で「災厄の魔女」となったリリーナを討つならば、君の罪は全て不問とする。これは、嘘ではない。王と評議会の刻印が刻まれた、一級の公式書類である』


「なっ……!?」


それは、シンにとって、この地獄から抜け出すための、あまりにも魅力的で、そして、あまりにも残酷な「逃げ道」だった。 シンは、リリーナに見られないよう、その書状を、震える手で握り潰す。 書状を破り捨てたい衝動と、華やかな生活に戻れるという甘い誘惑。そして、そんな選択肢を捨てきれない自分に、心底嫌気がさしていた。


それからも、地獄のような日々が続いた。 アンデッドの数は日に日に増え、質も凶悪になっていく。 シンの神剣の力は絶大だが、終わりのない戦いに、彼の魔力と精神は確実にすり減っていった。


そして、逃走開始から二週間目――。


二人は、補給のために立ち寄ろうとした僻地の村が、アンデッドによって完全に滅ぼされている無残な光景を目の当たりにする。


静まり返った村、無人の家々、そして、生活感がある中に残された、おびただしい数の死体。


リリーナは、その光景を見て、完全に心が折れた。


膝から地面に崩れ落ち、涙をこぼしながら、ただ、 「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……」 と、壊れた人形のように、ひたすら謝罪を繰り返していた。


この悲劇が、生きている自分自身の「呪い」によって引き起こされた、紛れもない現実であることを、悟ってしまったからだ。


シンは、かける言葉が見つからず、ただ、リリーナが泣き疲れて気を失うまで、何も言わずに、ずっとその傍にいた。


その夜、雨が降りしきる洞窟の中。


リリーナは、焚火の光に照らされながら、静かに、しかし、はっきりとした口調で、シンに告げた。


「……シン様。校長先生のお手紙、私、読んでしまいました」


「え……」


「あなたは、『英雄』になるべきお方です。こんなところで、私のような魔女といるべき存在ではありません。……この世界の災厄である私を討ち、どうか、世界を……」


彼女は、シンが傍らに置いていた神剣グラムを、震える手で拾い上げる。 そして、シンの前にひざまずき、神剣の柄を、彼に向かって差し出した。 その瞳には、恐怖も、絶望もない。 ただ、絶対的な覚悟の色だけが浮かんでいた。


「お願い……。私が、これ以上、災厄を振りまく前に。あなたのその手で、この災厄わたしを、終わらせてください」


「―――私を、殺して」



【コントロールルーム】


部屋は、水を打ったように静まり返っている。スタッフの誰もが、モニターに映る、あまりにも痛切な光景に、息を呑んでいた。


「……これが……あなたの言う『絶望』ですか」


セラフィムが、絞り出すように言った。 神楽は、彼女の言葉には答えず、ただ、モニターの中で、神剣を手に、立ち尽くすシンの姿を、食い入るように見つめていた。


「――さあ、クライアントよ。『本当の選択』の時間が来たぞ」


神楽は、まるで神のように、静かに宣告した。


「世界を救うために、愛する一人を切り捨てる『英雄』になるか」


「世界を敵に回してでも、たった一人を救おうと足掻く『愚者』になるか」


「―――さあ、選べ」


第15話、お読みいただきありがとうございました!


世界から切り離され、リリーナに突き付けられた、悲痛な願い。 次回、シンは「英雄」か「愚者」か、その「本当の選択」を迫られます。


この二人の運命の行方が気になる!と感じていただけましたら、 下の【★★★★★】での評価やブックマークが、作者が(希望を込めて)物語を紡ぐ、最高の励みになります!


また明日の6時30分にお会いしましょう。 Studio_13

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