表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/23

第10話:『遅れてきた反抗期』

聖獣グリフォンは去り、森林ではリリーナを「本物の聖女」と称賛する、熱狂の渦に包まれていた。 シンもまた、彼女を守り、結果的に事件を解決に導いた自分自身に酔いしれていた。


王都に戻ると、聖獣を追い払ったことでパレードが開かれ、市場の中央には宴の席が設けられていた。 膨大な料理が並び、数多の観衆が「英雄と聖女の凱旋だ」ともてはやす。


シンは、聖獣と互角に渡り合った【英雄】として。


リリーナは、対話(物理)によって聖獣の心を癒した【聖女】として、称賛の的となっていた。


シンがリリーナと談笑しながら料理を食べていると、皿が空になる。すかさず、リリーナが彼の好みを把握しているかのように、完璧な采配で皿に料理を乗せてくれた。 二皿目を食べている最中、シンはふと遠方に置かれた、見慣れない料理に興味を惹かれる。


「シ、シン様、どちらへ行かれるのです」


「いや、あのテーブルの料理が気になってね。ちょっと食べてみたいなって」


シンが大皿に向かおうとすると、一人の少年が駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん、聖獣グリフォンを追っ払ったんだって! どうやって倒したの!? 詳しく教えて、教えて!」


シンはその子供を見て、ニート時代に親戚の子供に馬鹿にされた記憶が頭をよぎる。


「……悪いけど、子供は苦手でね。あそこのお姉ちゃんに聞いて」



【コントロールルーム】】


「緊急事態発生! クライアント、F-4地区に配置されたプロジェクションマッピング(映像)のトルコ料理に興味を抱いた模様!」


「まずいです! 子供の武勇伝トラップも、彼が子供嫌いのために突破されました! このままでは張りぼてに突撃します!」


「くそっ、あんな隅の映像に興味を持つとは、予想外だ……!」


セラフィムは申請資料を見て、ため息を漏らす。


「大量の料理を映像で並べておきながら、実物は二十品しかないじゃないですか。どうして、こんなに種類が少なく、料理も偏っているのです」


「ああ、あれは、スタッフの昼食の残りだからな。スタッフに好きなものを出前で注文させ、残ったものをリリーナが皿にまとめる。そして、クライアントに食べさせる。クライアントと我々の腹を満たす、完璧な采配だろう」


「クライアントに残飯処理をさせているだけでは……」


「とりあえず王様を投入して時間稼ぎをさせろ! 僕は今すぐ、あの料理を出前で取る!」


神楽は慣れた手つきでインカムを操作し、出前を注文し始めた。


「最短で十分……助かります。……えっ、追加料金? そんなに? ……なるほど、少々お待ちを」


神楽はインカムを保留にし、セラフィムに向き直った。


「ところで、麗しのセラフィム嬢。トルコ料理にご興味は? もしよろしければ、追加料金分をご負担いただけると非常に助かるのですが。もちろん、クライアントが食べているあの豪勢な料理の残りも、食べられますよ」


「……私に残飯の残飯を処理させる気とは、いい度胸です。あなたに対する最後の温情も消え失せました。これで、心置きなくあなたの解任に向けて動けます」


神楽がインカムに断りの連絡を入れると、セラフィムが、深い溜息と共に、言った。


「……助け船を出す気はありませんが。あなたが先ほど言っていた、フェイズ2(リリーナが気を失う)とやらを実行する。最高のタイミングではありませんか?」


その言葉に、神楽はハッとし、そして、悪魔のように微笑んだ。


「……そうだな」


神楽は、リリーナのインカムに、直接指示を飛ばす。


「――聞こえるか、リリーナ。フェイズ2に移行する。今すぐ実行しろ」



【王都・宴会場】


シンが、遠くのテーブルに向かって歩き出そうとした、その時。


「―――あっ」


リリーナが、か弱い悲鳴と共に、ふらり、とよろめき、崩れ落ちた。


「聖女様!?」


近くにいた子供が驚きの声を上げる。 シンは一目散にリリーナに駆け寄った。


「リリーナ、リリーナ! しっかりしろ!」


シンが慌てて彼女を抱きかかえる。リリーナはゆっくりと目を開け、シンの腕を弱々しく握りしめた。


「し、シン様……。大丈夫です。……ただ、少し、疲れが一気に出てしまったようで……。申し訳ありませんが、寮まで、一緒に……」


彼女の顔色は、一瞬だけ、ゾッとするほど青白かった。 シンは、料理のことなどすっかり忘れ、彼女の体調を心配しながら、お姫様抱っこで寮まで運んだ。


――それから、数日後。


リリーナの体調も回復し、学園生活は平穏に戻り始めていた。



【王都・市場】


グリフォンの騒動から一週間後。


Sクラスの生徒たちは、課外授業として再び王都の市場を訪れていた。 市場の隅で、みすぼらしいローブをまとった老人を見かける。


彼は、店主と「買ったジャガイモが腐っているから、交換してほしい」と交渉をしていた。


シンはリリーナに良いところを見せようと、店に近づく。


「店主、ここにあるジャガイモ、全部貰おうか」


彼は、ジャガイモの入った麻袋を丸ごと買い上げ、老人に無造作に差し出した。


「ほら、お爺さん。持っていきな」


「……い、いや、わしは、ただ腐っていたジャガイモを交換してほしかっただけなんじゃが」


「いいから、いいから。身なりを見ればわかるよ。貧しいんでしょ? 遠慮は不要だよ」


シンは、ジャガイモの袋を老人の目の前に乱暴に置く。 そして、立ち去り際に、リリーナにだけ聞こえるように、軽蔑を込めて呟いた。


「ああは、なりたくないもんだね」


「…………」


その老人は何も言わず、自分が持っていた。たった一つの腐ったジャガイモを手に、静かに市場から立ち去っていった。


市場に買い物に来ていた師のアルパスが、その一部始終を偶然見ており、アルパスは、厳しい顔をしてシンに近づく。


「シ、シンよ! 今の言動は一体何事であるか」


「あっ、師匠、お久しぶりです」


「再開の挨拶なぞはよい、お主の先の行動について聞いておるのじゃ!」


「先の行動って。……ただ、貧しい人に親切をしただけですが、どうしてそんなに怒るのです」


シンは、怒られた理由が分からない、といった様子で首をかしげる。


「その態度に怒っておるのじゃ! 今のお主は、無意識に人を見下しておる。あのご老体に対してもそうだ。理由も聞かず、ただ身なりだけで貧しいと見做し、傲慢さから『救ってやった』とでも言わんばかりの行動を取っておるではないか。少し見ぬ間に、なんと浅薄な人間に成り下がったものか!」


公衆の面前で、そしてリリーナの前で叱責され、シンの顔が羞恥に赤く染まる。シンは周囲の視線に気づくと、アルパスを睨みつけた。


「……では、師匠。言わせてもらいますがね。施しを与えることの何が悪いのです。あの老人だって、僕のおかげで大量のジャガイモを手に入れたのですよ。軽んじられようが馬鹿にされようが、ただで食料が手に入った。合理的に考えれば、僕が正しいことをしたのですよ」


シンは論理的には間違いは何一つないという表情で言うと、アルパスは憐れんだ表情で返す。


「合理的、か。ならば、なぜあの者は、お主の合理的な施しとやらを受け取らず、腐ったジャガイモを握りしめて帰ったのだ」


「……なっ」


シンが店を振り返ると、地面には、彼が買い与えたジャガイモの袋が、虚しく残されていた。


「どうやら、お主をあの学校に入れたのは、失敗じゃったようじゃな」


「……しっ、ぱい……?」


シンの瞳孔が大きく開く。口を数度、声なく動かしてから、必死になって反論した。


「な、何を言っているのですか! 僕はあの学校へ行って多くのことを学び、始まって以来の神童とまで言われたのですよ! 失敗なものか! この僕が、失敗であるものか!」


シンはこの世界で初めて大きく取り乱し、頭を掻きむしると、敵意を込めた目でアルパスを見た。


「言っておきますけど、僕はもう、古代魔術書を読み解けるようになっているのです。賢者の条件は古代魔法を読み解くことが条件の一つ……。そ、そうだ! この本はこれまで誰一人として読み解けなかったものです。大賢者の肩書を持つ師匠なら、もちろん読めますよね?」


シンは、懐から古代魔術書(日本語で書かれている)を取り出し、アルバスに投げつける。 アルパスは冒頭を読んだだけで、表情を曇らせた。


「……ぬ、ぬぅ……」


シンはアルパスが古代魔導書を読めなかったことに対して安堵と侮蔑の笑みを浮かべる。


「ふっ、ふふふ。……分かったでしょう。僕は、もう、あなたより上の次元にいるのです。だから、そんな低次元な話で僕を諭そうとしないでください。……行こう、リリーナ。もう、ここに用はない」


「で、ですが、アルパス様はあなたのお師匠様なのでしょう。そのような言い方をしなくても……」


シンは複雑な表情を見せたが、それを断ち切るように言い放つ。


「もう、師匠じゃないよ。自分より下の者に、教えを乞う必要はないだろう」


シンはそう言うと、リリーナの腕を強引に引っ張り、師との関係を断ち切るように歩き始めた。



【コントロールルーム】


モニターで一連の茶番劇を見ていたセラフィムは、神楽の前に立ち、机を掌で叩きつけて抗議する。


「ディレクター、やりすぎです! あなたのやり方は、ただクライアントを増長させるだけです! 彼に都合のいい世界を与え続けるから、ああも増長するのです!」


セラの言葉に、神楽は掛けていた眼鏡をはずし、レンズを拭きながら告げる。


「……セラ、言っておくが、あれは必要なプロセスだ」


「プロセス、ですって?」


「現実世界で、彼は恐らく、反抗することすら否定されて育ってきたのだろう。親からは、反抗しない良い子であれ。学校では、問題を起こさない良い生徒であれ。社会では、扱いやすい良い駒であれ、と。……そして今、ようやく訪れた、遅すぎる反抗期なのさ。一度思い切り増長し、世界の王にでもなったつもりでなければ、本当の意味で、魂は成長せん」


「…………」


神楽の言葉は、まるで、かつての自分自身を語っているかのようだった。 彼は、眼鏡をかけなおす。 モニターの中では、必死にプライドを取り繕っているシンと、その隣で、どこか不安げな表情を浮かべるリリーナが映っていた。


「彼は今や、この世界の王様のようなものだ。そして、傲慢な王が心を入れ替えるのは決まって、大切な『何か』を失った時だ」


セラフィムは息を呑む。


「……あなた、まさか」


神楽は、彼女の言葉を遮るように、静かに、しかし明瞭に、リリーナ役のエルザの個人回線に指示を飛ばした。


「――聞こえるか、リリーナ。これより、脚本シナリオのフェイズ2・メインパートに移行する」


モニターの中で、強がっているシンと談笑していたリリーナ(エルザ)の表情が、僅かに引き締まる。


「明日からの授業では、徐々に体調が悪化していく聖女を演じろ。授業中に時折、咳き込み、食事を残し、そして……君の得意な治癒魔法を使うたびに、僅かに苦痛に顔を歪め、魔法陣が一瞬、揺らぐように見せるんだ」


その、あまりにも非情な演技指示に、セラフィムは言葉を失った。 神楽は、これから始まる悲劇の主役となる、シンを見つめる。


「さぁて、何重にも身にまとった王様の鎧を、一枚一枚剝いでいこうか。……裸の王様になるまでな」


第10話、お読みいただきありがとうございました!


シン、ついに師と決別…。ここからが彼の「試練」の始まり。 次回、リリーナの身に異変が…!? 神楽の非情な脚本が動き出します。


少しでも「面白い!」「シンの行く末が気になる!」と感じていただけたら、 下の【★★★★★】での評価やブックマークが、作者が睡眠時間を削りながら執筆する原動力になります!


また明日19時にお会いしましょう。 Studio_13

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ