第41話「古の伝説の囁き」
住居の内部は、外の世界で砂漠を苛む太陽の憤怒から彼らを守り、安堵感を与える空気に満ちていた。そのドワーフの小規模な住まいは、素朴で風化した外観とは裏腹に、魔法技術と実用性が見事に融合していた。
黄色味を帯びた石壁にはめ込まれた小型機械が、脈打つような青い光を放つクリスタルを動力源として、一定のリズムで稼働している。
ヴゥゥゥン……
低い駆動音が空間を満たし、熱気を濾過していく。濡れた石と鉱物の微かな香りを孕んだ涼風が、室内の空気を浄化していた。
グリムは、粗野な親しみやすさを込めた仕草で、自身の荷物をキッチンの隅へと放り出した。
ドスンッ!
鈍い音が響く。対照的に、リリムドールは細心の注意を払って荷物を置いた。経験に裏打ちされた荒っぽさと、若さゆえの慎重さ。その対比が鮮やかだった。胸まで届く髭を揺らしながら、老ドワーフは隣室へと向かう。
「…………」
彼が口の中で呟く母国語は、圧力をかけられた岩石が擦れ合う音のように、無骨で耳障りな響きを持っていた。
その間、若いドワーフはテーブルの近くに二つの椅子を引き寄せた。フェンリエとヴェルンの身長からすれば、それらは低く頑丈な、まるで丸太から削り出されたような腰掛けに見えた。そのコンパクトな外見に反して、どれほどの重量にも耐えうる堅牢さがある。洗練された仕草で着席を促され、二人が腰を下ろすと、リリムドールは中身の冷たさで汗をかいた素焼きの壺を持ってきた。重厚な陶器のカップに、澄んだ水が注がれる。
トクトクトク……
「ありがとう……」
フェンリエは控えめに会釈して礼を述べた。カップから伝わる湿り気が、肌に残っていた熱を和らげていくのを感じる。
「悪いな……」
ヴェルンは砂埃で嗄れた声でぶっきらぼうに言った。角質化した武骨な手でカップを包み込み、渇きを隠しきれない無関心さで液体を見つめる。
「くつろいでくれ。親父もすぐに戻って来る」
若きドワーフは、何十年もの使用とナイフの痕が刻まれた古い木のテーブルに壺を置くと、父親が姿を消した部屋へと下がっていった。
フェンリエはキッチンの内部へと視線をさまよわせた。そこには時の痕跡があった。天井の梁には薄い煤の層があり、粘土のかまどの近くの壁には油の染みがいくつか見受けられる。だが、そのすべてが静謐な秩序と温かさを醸し出していた。
そんな中、彼女の目を真に奪ったのは、石の流し台の縁に几帳面に掛けられた布巾だった。そこには、おとぎ話から飛び出してきたような、丸みを帯びた小さなキャラクターの繊細な刺繍が施されていたのだ。
(……ぷっ)
鋼鉄と採掘の民の住処において、あまりに予期せぬその光景に、フェンリエの喉の奥から間の抜けた笑いがこみ上げた。彼女はその小さな喜びの火花を、必死に噛み殺そうとする。
ヴェルンが横目で彼女を見た。その表情には、実存的な疲労が刻まれている。彼は片方の眉を上げ、無言のまま雄弁に語りかけていた。 『お前、マジで何笑ってんだ?』と。
ドス、ドス、ドス……
重い足音が、その場の空気を断ち切った。奥から聞こえていた話し声が止み、数分後、グリムが戻ってきた。太い指の間に黒檀のパイプを挟み、彼は遠慮会釈もなく客の前の椅子を引き寄せた。この土地のすべてを知り尽くした者特有の威厳を漂わせ、ドカリと腰を下ろす。
「待たせたのう」
ドワーフは肺から空気を吐き出し、小さく鋭い眼光を二人に固定した。
「して、『先触れ』よ……その任務とやらは何じゃ?」
フェンリエは、責任の重圧が肩にのしかかるのを感じた。彼女は身を乗り出し、木製のテーブルに前腕をつく。その表情は一瞬にして冷徹になり、焦点が定まった。
「遺跡での紛争の最中、私たちは深淵の奥底に『古代の宮殿』の痕跡を発見しました」
「あぁ!?」
老ドワーフが唸り声を上げ、太い眉を寄せて不信感を露わにする。太い指がテーブルを叩いた。
タン、タン、タン。
「深淵の奥底じゃと?自殺志願者かお主らは!またあの手の無謀な遠征隊か!」
「事情が違う……」
ヴェルンが割って入った。その声は気だるげで、退屈さに満ちている。彼は薄暗いキッチンの中で目を細め、ドワーフを見据えた。
「入り口は『旧市街』から直結だ。深淵への遠征だの、その他の狂った真似をするつもりは毛頭ない」
「その通りです」
フェンリエは同意し、ヴェルンに短い視線を投げてから、再びグリムと目を合わせた。
「『秩序の番人』の掟により、このような状況下では、資格を持つ『ガイド』の同行が義務付けられています」
「知っておるわ……」
ドワーフは呟いた。警戒心は残っているものの、声からは攻撃性が幾分か失われていた。
「以前にも似たような仕事はやったことがあるわい、娘!」
彼はパイプを口に運び、長く息を吸い込んだ。
スパァァァー…………
吐き出すと同時に、広く丸い鼻孔から濃密な煙の柱が噴出し、部屋中に広がっていく。それは炒った木の根を思わせる、強烈で土臭い香りだった。重厚な芳香が石壁に染み込んでいくようだ。
灰色の霧が二人に向かって漂う。ヴェルンは瞬きひとつしなかった。その刺激臭は、彼の酷使された肺にとって旧知の友のようなものらしい。しかし、フェンリエは顔をしかめるのを避けられなかった。強引に鼻腔を侵略する臭いに、彼女は咳き込みたい衝動と戦いながら、ドワーフの前での姿勢を保とうと必死になる。
(う、げほ……っ、くさ……ッ)
父の隣に静かに座っていたリリムドールが、礼儀正しい迅速さで動いた。彼は老人が再び吸い込む前に手からパイプを取り上げ、金属製の消火蓋で火種を消し、テーブルの上に置く。
カチャン。
グリムは何やら聞き取れない文句を言ったが、息子の介入に抗議することはなく、話を続けた。
「しかし、お主は『古代の宮殿』と言ったな?」
彼は短く節くれだった指で、埃と油の名残で微かに光る髭をさすった。
「そういう場所は得てして、機械仕掛けの罠や悪魔的な魔法で満ちておるもんじゃ。それが『失墜の叙事詩』の時代のものなら尚更な」
「あなたも、信じているんですか!?」
フェンリエの反応は劇的だった。彼女は椅子から飛び上がらんばかりの勢いで、ドワーフの顔に迫った。先ほどまでの深刻さとは対照的な、生き生きとした表情。その瞳は、まるで長く忘れられていた絶対的な真理を前にした子供のように、期待に輝いている。
「なんじゃ、藪から棒に。何のことだ、娘?」
グリムは急激な調子の変化に虚を突かれ、問い返した。ヴェルンは重い溜息をつき、視線を天井へと逸らす。こめかみが痛み始めるのを感じた。――またか。『セレストの王冠』の話かよ。
元傭兵の脳裏には、これから続くであろう冗談や嘲笑の声が既に聞こえていた。そんな妄想じみた探求に関わっていると思われること自体、苦々しい不快感を彼に与える。
「『失墜の叙事詩』の伝説ですよ!『セレストの王冠』についてです!!」
フェンリエは胸から溢れ出るような興奮を言葉に乗せて言い放った。その瞳は、話題に上った遺物の黄金そのものを映し出しているかのように輝いている。
「そのことなんだが……」
ヴェルンは割って入ろうとし、曖昧なジェスチャーで硬い手を挙げた。彼の顔には疲弊した色褪せた笑みが浮かんでいる。若者の楽観主義が失望によって粉砕される瞬間を予見している者特有の表情だ。
「ふむ」
老ドワーフは喉を鳴らし、剛毛の髭を力強く引っ張りながら思案した。
「そりゃあ信じるに決まっておろうが、阿呆」
「えっ……」
「は……?」
フェンリエは目を見開き、顎を微かに震わせながら衝撃を顔に走らせた。その反応があまりに唐突で、その後に訪れた静寂さえもが振動しているように感じられた。
「待て、マジか?」
ヴェルンとフェンリエの声が重なった。彼女の声が信じられない希望を帯びていたのに対し、彼の声は純粋な驚きに彩られていた。まるで、自身の皮肉な論理を支える柱の一つが崩れ落ちたかのように。
「そうじゃと言っとろうが……」
「わ、私のこと、笑わないんですか?馬鹿にしたりとか……」
フェンリエは顔を傾け、震える声で尋ねた。彼女はその夢を他人の嘲笑から守ることに慣れすぎていた。今この瞬間も、ドワーフがしゃがれた声で高笑いするのを身構えて待っている。
「何故わしが笑わねばならんのじゃ、娘」
グリムは髭を放さずに問い返した。その眼差しは揺るぎなく、嘲りの色は微塵もない。
「昨今の連中は『叙事詩』を信じないのが一般的じゃ。当時の記録など殆ど残っておらんからな……時は紙も肉も食らい尽くす」
フェンリエは予想外の肯定に頬を染め、新たな魅了をもって彼を見つめた。対してヴェルンは、ドワーフを凝視したまま、泥のように混乱した思考を巡らせていた。現実が乾いた音を立てて、彼の顔面を平手打ちしたような気分だ。
「だが、神々の魔法は実在するじゃろうが?人々は学院や工房で奴らの魔法を学び、研究しておる。『叙事詩』は、神々が支配し、空が血を流すまで争った世界の物語じゃ。今じゃ子供を寝かしつけるための昔話だとしても、本質は変わらん。物語の通りではなかったにせよ、何か偉大なものが存在した証拠はそこにある」
ドワーフは無骨な笑みを浮かべ、灰色の口髭の下から黄色い歯を覗かせた。
「神々の魔法はこの街の配管や水晶の中を流れておる。だというのに、何故その神々自身が存在しなかったと言える?」
「ということは……私が探していたものは、本当に暗闇の中の幻じゃなかった……?」
(僕の、夢は……)
フェンリエは自分自身に言い聞かせるように、低い、ほとんど聞き取れない声で呟いた。その啓示が、触れれば砕けてしまう脆い結晶であるかのように。
元騎士は視線を逸らし、目に見えて居心地が悪そうに項を掻いた。用意していた辛辣なジョークは喉元で死に絶え、乾いた後味だけを残す。ヴェルンは自分自身に対して微かな苛立ちを覚えた。彼女の感情など知ったことではないが、あのような純真さを踏みにじるのは、手負いの獣を蹴るようなものだ。
(哀れな……)
そう思い、少女に対して苦い憐憫を感じる。今のところは、彼女をその幻想の中に浸らせておけばいい。
「お主、『月の女神の王冠』に随分と執心しているようじゃな、娘」
グリムは彼女を観察し、小さく鋭い瞳を革のような皮膚の皺の間に細めた。
「まあ……あれもあの時代の遺物の一つじゃ。実在したかどうかは誰も知らん。だが、この地獄のような街は、『叙事詩』に実在した都市の上に築かれておる。軍神の鍛冶場、とか言ったかのう。その宮殿とやらが本当に当時のものなら、何か手がかりがあるかもしれん」
『先触れ』は微笑んだ。疲れ切った顔を照らす、控えめだが満足げな笑み。彼女は隣の傭兵に振り向き、勝利の輝きを目に宿して言った。
「ほら、見たでしょ?」
ヴェルンはただ頷くだけだった。彼女の視線を長く受け止めることができない。
「まだ報酬の額を聞いとらんぞ、『先触れ』」
ドワーフはその場の空気を断ち切り、生き残るために必要な冷徹な実利主義で核心を突いた。もっとも、その指は先ほどまでは無かった不安を表すように、テーブルを叩いている。
カタカタカタ……
フェンリエは躊躇わなかった。毅然とした口調で告げる。
「金貨二袋です!」
「ぶふぅッ!」
ヴェルンは自分の息で溺れかけ、乾いた咳を喉から漏らした。雷に打たれたような衝撃が走る。――その額は、以前グンダーとの交渉で失った金額と全く同じだった。つまり、あの聖霊は最初から彼にその額を支払うつもりなどなかったということだ。
(あの砂箱野郎……俺をハメやがったな……)
「ヘッ」
グリムは太い喉を震わせ、喉の奥から振動するような笑い声を上げた。
「死と隣り合わせにしては安すぎるわい。だが、引き受けよう」




