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月の斑(はん)  作者: エーテル
第一幕・隣接する夜: 「鋼鉄と月光の奔流」
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第38話「鋼鉄の迷宮と不完全な仮面」

 黒鉄の階段が街路の縁を蛇のようにうねり、巨大な樹木の金属の根となって薄暗い闇へと潜り込んでいく。キサナトラ。それは単なる都市ではない。鋼鉄と石で構成された垂直の巣窟であり、自らの上に増殖し、重力と常識に抗い続ける怪物だ。広場も、歩道も、大通りも、息苦しいほどの層を成して積み重なり、貧しいあばら家の屋根が、上の階層の路地の舗装として機能している。


 すべてはこの亀裂の岩盤から削り出され、後に金属板で覆われたものだが、今では歳月と煤煙による腐食の兆候を露わにしていた。


 階段を一段下るごとに空気は重くなり、メトロポリスの臓腑が放つ湿った熱気を帯びていく。彼らは工業の中心地、直径が常軌を逸した巨大なパイプ群が、採掘の副産物である腐食性の酸を絶えず嘔吐し続けるエリアへと近づいていた。


 ヴェルンは、錆びついた手すりの向こうに広がる深淵へと視線を投げた。遥か下、底知れぬ深淵にある遺跡――そこでは病的な緑色の炎が闇の中で揺らめき、硫黄と焦げた錬金薬の鼻を突く悪臭を吐き出している。


 頭上を見上げれば、亀裂の反対側に下層都市の続きが威圧的にそびえ立っていた。岩壁から突き出した鋼鉄と岩の巨大な柱が、巨人の靭帯のように亀裂の両側を繋ぎ止めている。環境音は絶え間ない低い唸り声――遠くの機械の振動と、高圧で噴き出す蒸気の音だ。


「ふぅ……」その傭兵――あるいは都合によってボディガードとも呼ばれる男――は、紫煙と共に溜息を吐き出した。ヴェルンは、護衛対象である人物を、疲労と実存的な退屈によって半眼になった瞳で見つめた。


 彼の前方で、少女が立ち止まった。手に入れたばかりの地図をあらゆる方向に回し、周囲の迷宮じみた現実と紙の上の線を一致させようと無駄な努力をしている。クルクル、と地図が回る。


 ガス灯の頼りない緑がかった光が、彼女の髪に反射した。鮮血のように鮮やかな緋色の髪。不規則に切られ、肩のすぐ上で揺れるその髪は、繊細な顔立ちに対してあまりに無秩序なフレームとなっていた。彼女が身につけているのは、グンダーが急いで買い揃えた男物の服だ。粗末な麻のシャツ、使い古された革のベスト、そしてシンプルなベルトで締められた太いズボン。以前着ていた汚れて邪魔なドレスは、早々に処分が決まり、下の有毒な霧の中へと投げ捨てられた。


 だぶついた服で隠そうとしてはいるが、そのシルエットは茶番を裏切っていた。胸のわずかな膨らみと肩の華奢さは、少年の服の下にあるのが紛れもなく少女の体であることを主張している。


 ヴェルンは無精髭をジョリ、と掻き、眉をひそめた。元騎士の勘が、何かがおかしいと告げている。


(なんでこのガキ、変身してねぇんだ?)


 数分前、宿屋の一室で交わされた議論の記憶が、傭兵の脳裏に蘇る。あの精霊は、相変わらず神経を逆撫でする尊大な態度で、彼女に「トム」の変装に戻るよう主張したのだ。迷子の貴族の娘として捕食的な視線を集めるより、それが論理的なカモフラージュだと。


『でも、トムはもっと髪が短いよ!』彼女は即座に反論した。その声は震え、まるで追い詰められた小動物のように、両手で自身の赤い髪を庇っていた。


『ふむ……』グンダーは顎を撫で、劇的な思案のポーズをとった。『確かに。毛髪の不一致はペルソナの信憑性を損なうな』


 壁にもたれ、苛立ちながらその寸劇を眺めていたヴェルンは、最も明白で残酷な解決策を提示した。『このまま行く気か?いっそ髪を切っちまって、問題を解決した方が早くねぇか』


『嫌だッ!!!』イングリッドの叫び声が部屋の壁に反響した。はさみという単語が出ただけで、その目は純粋なパニックで見開かれていた。


『貴様の言うことにも一理ある』グンダーは少女の絶望を無視し、ヴェルンに向かって軽く肩をすくめた。『だが、再考してみよう……今、「トム」の変装をそのまま使うのは、少々好ましくない注目を集めるやもしれん。もし誰かが、配管で騒ぎを起こした「赤毛の若い先触れ」を具体的に探しているとしたら、特定されるリスクがある』


 彼は幽霊のような顔に計算高い笑みを浮かべ、彼女に向き直った。『髪は残そう。だが、それはつまり、そなたがトムではいられないということだ。そして当然、本名を風に叫ぶわけにもいかぬ。よって当面の間、そなたは別人となるのだ』


『了解!』彼女は髪を守れた安堵から、別の嘘を生きることになっても構わないとばかりに、元気よく答えたのだった。


 ――現実に意識を引き戻し、ヴェルンは不揃いなボブカットの少女を見つめた。彼女の顔は混乱の仮面を被り、ガス灯の貧弱な明かりの下で地図の解読に完全に失敗している。


(たかが髪を切りたくないって理由だけで、これかよ……)男装の緩い布地が、女性的なラインを隠しきれていないのを見て、彼は呆れ果てた。


 ヴェルンは目を細めた。錆と焦げた油の臭いが鼻腔を満たす。いや、それだけではない。あの頑なな抵抗には、単なる虚栄心以上の理由が隠されている気がする。(一体、何から隠れようとしてるんだ?)


「……で、フェンリエ」ヴェルンは少女の新しい偽名を試すように呼んだ。その響きは奇妙で、舌の上で重く転がった。


「あ!」驚きの声。イングリッドはくしゃくしゃになった紙に顔を埋め、血眼になってインクの線を追った。「そっちだ!」


 確認も待たず、彼女は歪んだ建物の隙間を指差すと、不格好な走り方でダッシュした。タタタタッ!取り残されたヴェルンのこめかみで、ストレスの血管がピキリと脈打ち、瞼が痙攣した。彼は疲れ切った雄牛のように鼻からフンッ、と息を吐き出すと、重い足取りで少女の後を追った。


 二人が出たのは商業路地だった。下層都市の臓腑に食い込んだ小さな区画で、この地域に巣食う他の数十の路地と何ら変わりはない。そこは五感への暴力だった。空気は安い揚げ油と、剥き出しの配管から漂う湿った錆の臭いが混ざり合っている。汚れた防水布や波板で作られた即席のテントが互いに重なり合い、出所の怪しいスクラップ部品から、誰も原材料を尋ねようとはしない肉の串焼きまで、あらゆるものを売っていた。


「ど、どれだろう……?」彼女は独り言を呟きながら、かかとを軸にクルクルと回り、煤けた顔の商人やテントを茶色い瞳でスキャンしていた。


「一つ答えろ」ようやく追いついたヴェルンが言った。息が切れているのは肉体的な疲労ではなく、子守りという精神的な重圧のせいだ。


「なに?」彼女が振り返る。その無垢な表情は、周囲の殺伐とした環境とあまりに不釣り合いだった。ヴェルンは周囲を一瞥した。地元の連中が、彼らの服装や武器を値踏みするような視線で見ている。


「あの『砂箱トイレ野郎』はどこへ消えやがった?」その質問には、傭兵特有の毒が含まれていた。彼は蚊帳の外に置かれるのを嫌う。特に、あの傲慢な精霊相手なら尚更だ。


「宮殿を見に行くって言ってたよ」イングリッドは事もなげに答え、視線を再び複雑怪奇な地図へと戻した。


 ヴェルンは急停止した。人の流れが、岩を避ける川のように彼の周りで割れる。彼は少女の後頭部を、信じられないものを見るような形相で睨みつけた。


「なに……?」背中から放たれる元騎士の不満オーラを感じ取り、彼女は肩をすくめて尋ねた。


「あの『大精霊様』とやらが、その宮殿とやらを好きに行き来できるんなら、なんで俺たちがわざわざ案内人ガイドを雇う必要があるんだ……?」ヴェルンの論理は反論の余地がない。もしあの化け物が探検場所へ直行できるなら、現地人を雇うなど金と時間の無駄だ。


「規定だからだよ」その返答はあまりに官僚的で、ヴェルンは唖然として瞬きをした。


「……は?」


「あの宮殿みたいな場所の場合、古いルールがあるんだ」イングリッドは、明らかにグンダーの受け売りである教師のような口調で説明した。「たとえ先触れや指揮官が強くても、案内人なしでの立ち入りは……『アンカー』のプロトコル違反になるんだと思う。とにかく、案内人なしじゃ入れないの」


 ヴェルンは手で顔を覆い、想像上の汗と煤を拭い取った。


「なら、なんでオードリーやブリックスが手配しない?連中なら軍隊を動かせるだろうが」


「できるだろうけど……グンダーはあんまり彼らを信用してないから」彼女は短くなった髪の毛先を指でいじりながら溜息をついた。「彼の不信感のせいで、雇われの傭兵ガイドを好むんだよ。お金で雇えて、いざとなったら外交問題なしで切り捨てられる人たちをね」


 彼は周囲を見渡した。溶鉱炉の熱で焼けた肌、化学火傷や採掘の傷跡が刻まれた腕を持つ男や女たち。彼らは生存者だ。この亀裂のあらゆる穴を知り尽くした、トンネルのネズミたち。


「で、ここにその案内人がいるのか?」


「たぶんね」イングリッドは酔っ払いの前を通り過ぎ、再び先頭に立った。「こういう人たちは深層採掘で働いてる。亀裂がどう呼吸してどう動くか、一番よく知ってる人たちだから」


 彼女は一瞬立ち止まり、疲れた皮肉っぽい笑みを浮かべた。「まあ、グンダーのことだから……結局、案内人が役に立たないってこともありえるけど」


 その言葉は宙に消えたが、ヴェルンは完全に理解した。結局のところ、あの精霊は案内人を無視して全てを独断で進め、この捜索を単なる苛立たしい形式手続きに変えるのだろう。


「ここだ」イングリッドは、店というよりは金属の壁をくり抜いた洞窟のような構造物の前で立ち止まった。


 入り口には煤で汚れた重い防水布が垂れ下がっている。その内側からは、しわがれた話し声と、すずのジョッキがぶつかるカチンという音が、安煙草の強い臭いと共に漏れ出していた。そこは、人々が太陽の存在を忘れるために訪れる、そんな場所だった。

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