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月の斑(はん)  作者: エーテル
第一幕・隣接する夜: 「鋼鉄と月光の奔流」
29/41

第29話「祝福されし者の呪い」

 ブゥゥゥゥン……


 会議室は重苦しい静寂に包まれていた。それは破滅の前触れのような、人工的で息苦しい凪だった。頭上では、酸化した青銅の支持具に固定された照明用結晶が、低く不快な羽音のような音を立てている。


チカ……チカッ……


 光は不規則に明滅し、ダークオークのテーブルを病的な琥珀色に染め上げては、壁に飢えた亡霊のような長い影を躍らせていた。


「二日前……あなた方が関与したあの事件のわずか数時間後です。ヴィンセント・ラグランダーが、自邸で遺体となって発見されました」


 オードリーはその情報を、まるで古い死亡記事を読み上げるような冷たさで告げた。彼女の声は澄んでいて、淀んだ空気を切り裂く氷の刃のようだった。熱量も共感もそこにはない。彼女にとって、それは単なる戦術データの一つに過ぎないのだ。


 その名を聞いた瞬間、グンダーは目を細めた。


コツ、コツ、コツ……


 皮手袋に包まれた指が、ソファの脇にある小さな木製テーブルをリズミカルに叩く。彼の目元の皺が深くなり、皮肉めいた地図を描き出す。驚きはない。その表情は、脳裏に根を張っていた腐った疑念が裏付けられたという、陰鬱な納得だけを映していた。


「彼――あるいは、かつて人間だった肉塊の残骸は、胴体をえぐり取られた死体として発見されました」


 司令官は計算された間を置き、そのグロテスクなイメージが全員の脳裏に定着するのを待った。縫い針のように鋭い彼女の瞳が、横に立つ大柄な男へと滑る。部屋には油と埃の匂いが漂っているはずなのに、その生々しい描写だけで、鉄錆びた血の幻臭が立ち込めた気がした。


「あなた方の部下と同じようにね」


 ブリッグスは彼女を横目で睨みつけたまま、花崗岩の彫像のように動かなかった。首筋は強張り、顎の筋肉が皮膚の下で堅く盛り上がっている。


ギリリ……


 歯軋りの音が聞こえそうなほど、彼は感情の鎧にひびが入るのを拒んでいた。だが、その場に漂う告発の空気は重く、有毒な静電気のように肌にまとわりつく。


ゾクッ。


 トムの背筋を、冷たい指で椎骨を一つずつなぞられるような悪寒が走り抜けた。部屋の冷気が服を通り越して骨にまで染み込んでくる。脳裏に浮かぶイメージはあまりに鮮烈で、あまりに忌まわしかった。


「僕たちの部下と……同じって、どういうこと?」


 トムが問いかける。その声は押し殺され、隠そうとした不快感が滲み出ていた。


フンッ。


 グンダーが鼻から重く息を吐き出した。それは抑制された嘲笑の音だった。


ギシッ……


 彼が前傾姿勢になると、椅子が軋んだ音を立てる。彼はテーブルに肘をつき、猛禽類のような瞳でブリッグスを見据えた。


「ここ数日で死んだ番人や伝令たち……その損耗は、通常の交戦や小競り合い以外で発生したものだな?」


 グンダーの眼差しにあるのは、絶対的で氷のような断罪だった。彼は腫瘍を切除する外科医のような正確さで、ブリッグスの態度を解剖していく。


「彼らもヴィンセントと同じように死んだ。違うか?内臓をぶちまけられてな」


 グンダーは縦に割れた猫のような瞳孔に、無関心と冷徹さを重ねて目を細めた。


「貴様が報告書の一部を隠蔽していたことは知っていたぞ、ブリッグス。余にはお見通しだ。だが、戦術的な詳細を省くことと、自らの部下の死に様を隠すことには、埋めがたい深淵がある。なぜそのような情報を秘匿した?」


 室内の緊張は物理的な質量を伴い、今にも弾け飛びそうなほど張り詰めたヴァイオリンの弦のようだった。


「……知れば、お前たちが手を引くと思ったからだ」


 ブリッグスの答えは速く、乾いていて、無感情だった。それは兵士を管理すべき資源として、許容損失の数値として見る軍人の冷酷な論理だった。


 ソファの反対側で、ヴェルンが姿勢を直した。


ガサッ。


 長年の戦いと後悔によって刻まれた彼の疲れた顔には、露骨な嫌悪感が浮かんでいた。彼は首を振り、視線を反対側の壁の虚空へと彷徨わせる。その眼差しは、この会話と同じくらい苦い味のする古い裏切りを反芻しているようだった。


「これだから……テメェらみたいな連中とは関わりたくねぇんだ……」


 ヴェルンが呟く。その声は長年の喫煙で荒れ、古く深い軽蔑を帯びていた。


 室内の視線が、錨のような重さでヴェルンに集中した。


プゥン……


 男からは安酒特有の甘ったるく鼻を突く臭いが漂い、この場の軍事的な清潔さと不協和音を奏でている。彼は顔を背け、自らの腕に重そうに頭を預けていた。まるで、シラフでいるには存在そのものが重荷すぎると言わんばかりに。


「ハラー殿、なぜそこまで拒絶反応を示すのですか?」


 オードリーが問うた。その口調には、彼女なりの礼儀正しさが含まれていたが、同時に深い困惑も混じっていた。彼女のような秩序だった精神にとって、彼の混沌とした敵意は解けない謎なのだ。


「チッ……」


 舌打ち。それがベテラン傭兵の唯一の答えだった。ヴェルンはさらに顔を背け、言葉を尽くすことさえ拒絶する純粋な侮蔑を示した。


 それまで目を閉じ、瞑想するような姿勢を保っていたグンダーが、再び沈黙を破った。その声からは、抑制された毒が滴り落ちていた。


「トムを助けたのが貴様のような手合いだとは、驚きもしないな」


 グンダーの顔は虚ろな仮面のまま、読み取れない表情で傭兵を分析する。


「無力な少女を助ければ、何かしらの褒美にありつけるとでも計算したか?余が思うに、利他主義で腹は膨れんし、酒代も払えんからな」


ピキッ。


 ヴェルンの肩が瞬時に強張った。首の筋肉が鋼のケーブルのように張り詰める。


「……あぁ?なんだと?」


「あるいは……」


 グンダーが片目を開けた。氷の裂け目のような瞳が、捕食者の強烈さで傭兵を見据える。


「別の『何か』を探していたのかもな」


「お願いします、やめてください……」


 オードリーが仲裁に入ろうとしたが、二人の男の間に充満する敵意の密度にかき消され、その声は弱々しく響くだけだった。


「どうして身内で争ってるのさ!」


 トムの声が場を切り裂いた。彼女は激しくグンダーの方を向き、眉をひそめ、拳を固く握りしめて苛立ちを露わにする。


「僕の命を救ってくれた人たちだ。理由は今さら関係ない。彼らに敵意を向けるなんて時間の無駄だよ、グンダー」


 グンダーは長く、不快な一秒間、彼女を見つめた。そして再び視線を逸らし、いつもの無関心さで会話を打ち切った。答える労力さえ惜しいという態度は、トムをさらに苛立たせるだけだった。


フンッ!


 トムは鼻息荒く息を吐き出し、ヴェルンへと向き直った。彼女に見つめられるという単純な行為が、男に物理的な苦痛を与えているようだった。ヴェルンは顔を歪め、その深い皺に説明しがたい無言の苦悶を滲ませる。


「あなたが僕を助けたのは、そうしなきゃいけないと思ったからだろ?」


 トムは譲らなかった。その声には力が宿り、論理を超えた場所から来る確信が震えていた。


「あなたが、何かを『感じた』からだ」


シーン……


 続く沈黙は重く、隠された意味を孕んでいた。他の者たちも、緋色の髪の少女から発せられる奇妙な確信に引き寄せられていた。


 ヴェルンは横目で彼女を見た。見開かれた瞳が微かに震え、無関心の仮面に亀裂が走る。


「感じたとかじゃねぇよ……俺はただ……」


 彼は言葉を詰まらせた。冷徹な論理、現実的な言い訳を探したが、今の彼には何も見つけられなかった。


「そうするべきだと、思っただけだ……」


「やっぱり!感じたんだね!」


 トムが遮る。その瞳は突然の発見に輝いていた。


パチクリ。


 オードリーは瞬きをし、二人を交互に見比べた。「私には……正直、理解が追いつきませんが……」


 トムは深く息を吸い込んだ。肺に入った空気は、啓示の重みを帯びていた。そして彼女が口を開いたとき、その声は絶対的な宣告として金属と木の壁に反響した。


「彼は、『賢者ケンジャ』なんだ!」


 全員の視線がトムに集まった。彼女の声にある確信は、軍人たちの冷ややかな懐疑主義の海の中で、頑固に燃え続ける孤独な炎のようだった。気まずい沈黙の中、照明結晶のブゥゥゥンという音だけが大きく聞こえる。


 ヴェルンは革のソファにさらに深く沈み込んだ。まるでクッションのひだに消え入り、家具と同化してこの追求から逃れたいと願うように肩をすくめる。彼は口を開き、否定しようと、あるいは自虐的な冗談で誤魔化そうと乾いた唇を動かしたが、言葉は喉で窒息して出てこなかった。ただ眉をひそめ、ブーツの下の擦り切れた絨毯の模様に視線を落とすことしかできない。


「賢者……だと?」


 ブリッグスが口を挟んだ。その声からは酸のような不信感が滴っている。彼は腕を組み、座っている者たちの前に塔のように立ちはだかり、テーブルに長い影を落とした。


「セヴァー嬢。賢者とは帝国の『大魔導師アークメイジ』たちのことだ。大理石の回廊でエーテルと政治の研究に何十年も、あるいは一生を捧げる碩学せきがくたちだぞ。この男を見てみろ」


 彼は火打石のように硬い灰色の瞳を、ソファに放り出された洗濯物の山のようなヴェルンに向けた。


「安酒と古錆の臭いをプンプンさせている。どう見ても、深遠な魔法の知恵の柱とは程遠い」


「キャプテンの意見に、部分的には同意せざるを得ません」


 オードリーが付け加えた。その口調は融和的だが、揺るぎない断固さでコーティングされている。彼女は書類挟みの上で指をトントンと叩いた。


「記録によれば、ハラー氏はかつて凄腕の騎士だったそうです。剣の達人であることは確かでしょう。ですが、標準テストにおける彼の魔力適性は限定的、ほぼ皆無です。彼は物理戦闘員ですよ、セヴァー嬢。術師とは対極の存在です」


「二人は間違ってる!肩書きの話じゃないんだ!」


 トムは必死に訴え、ソファの生地を強く握りしめた。拳の関節が白くなる。


「あの女……ダクトで僕たちを襲った敵だよ。彼女も『賢者』だった。あのエネルギー……彼女から感じた感覚は、彼と全く同じだったんだ!」


 濃密な混乱が場を支配した。オードリーはブリッグスと素早く意味深な視線を交わす。敵が「賢者」――帝国の高官クラス――であるという言及は、彼らの軍事的な思考回路において、トムの話を支離滅裂なものにしていた。


ククッ……


 その時、ソファの隅から、短く乾いた、ユーモアの欠片もない笑い声が漏れた。


 それまで死ぬほど退屈そうに目を閉じていたグンダーが、ゆっくりと瞼を開ける。立ち上がる気配はない。ただ足を組み直し、まるで王座に座る王のように、傲慢にくつろいだまま空間を支配した。


「貴様らは現代のセマンティクス(意味論)に囚われすぎている。だから全体像が見えんのだ」


 グンダーは背もたれに頭を預け、自分だけが理解している盤上の駒を見るように、出席者を下からねめ回した。


「トムが言っている『賢者』……それは古語としての用法だ。時の中に埋もれた、俗語だよ」


 彼は劇的な間を置き、好奇心が発酵するのを待った。


「彼らの本質を表す正しい名は――『聖刻』だ」


「聖刻……?」


 オードリーがその言葉を繰り返す。まるで異国の危険な果実を味わうように、舌の上で転がしながら。


「かつての時代、定命の者たちが魔法を学校や特許で規格化し、瓶詰めしようとする遥か以前……『聖痕』を持って生まれる者たちがいた。霊的な特異点アノマリー。譲渡不可能な、固有の魔法だ。稀に遺伝することはあれど、決して教わることも学ぶこともできない力……」


 グンダーは肘を肘掛けから離さずに、手袋をはめた手を上げて空中に曖昧な形を描いた。


「あの金属を操る兄弟のような……僕とカエル隊長がダクトで戦った奴らだね!」


 トムが叫ぶ。理解の光が顔に差した。


「報告書を読む限りは、そうだろうな」


 グンダーは頷いて肯定した。


「あれらは原始的な聖痕を持っていた」


ハァ……


 彼は馬鹿にしたような溜息をつき、ソファの快適さにさらに深く沈み込んだ。明白なことを説明しなければならないことに飽き飽きしているようだ。


「だが、『聖刻』という言葉には別の重みがある。それは世界がまだ神々の影の下で呼吸していた時代、選ばれし者に与えられた称号だ。しかし大戦後、真の聖痕持ちが希少な伝説となると、人々はその魔力の才を持って生まれた者を手当たり次第に『賢者』と呼び始めた。力と知性を混同してな。彼らはその能力が天才性や研究、あるいは研磨された神の祝福から来ると信じていた。だが、それは祝福された者――あるいは呪われた者への、誤った呼称に過ぎん」


 グンダーは唇を歪めて笑った。だが、その笑みは目に達していない。


「それは運命の気まぐれだ。純粋な運であり、研究や功績の結果ではない」


 グンダーはゆっくりと首を巡らせた。捕食者の知性を宿したその瞳が、隣のトムに固定され、次に対面のヴェルンへと滑り、最後にオードリーの上に重くのしかかった。


「貴様らと同じようにな」


 部屋の空気が凍りついた。


「……その発言の意図を測りかねます、グンダー殿」


 オードリーが言った。声は張り詰め、いつもの礼儀正しさを失っている。彼女は身構えるように背筋を伸ばした。


「ましてや、戦術報告に古い伝説や迷信を持ち出す理由も」


「あの女は『賢者』でも『聖刻』でも、テメェがつけたいどんなクソみたいな名前の存在でもねぇよ!」


バンッ!


 ヴェルンが遮った。そのしわがれた声が苛立ちと共に爆発する。彼は突然ソファで身を起こし、アルコールの無気力さを捨てて防御的な攻撃性を露わにした。ようやく顔を上げ、押し殺した怒りでグンダーを睨みつけ、それから汚い秘密を暴かれたかのようにトムを鋭く睨んだ。


「あいつはただ、マナの知覚が異常に鋭かっただけだ。それ以上でも以下でもねぇ」


「マナの知覚……か」


 グンダーはその言葉をゆっくりと繰り返した。酸っぱいワインを味わうように。彼はわざとらしい憐れみを込めて首を振り、長い溜息をついた。


「そのドブ川のような語彙で、無限を合理化しようとする姿は愛らしいな。まるで猿が壁にクソを投げつけながら、宇宙物理学を説明しようとしているのを見ているようだ」


ピキピキ……


 ヴェルンの額に青筋が浮かび、日焼けした皮膚の下で脈打った。傭兵は完全に立ち上がった。純粋な激怒の前に、酔いは蒸発していた。喧嘩を望む者の攻撃的な動きだ。


「聞きやがれ、このホルマリン漬けのクソ野郎」


 ヴェルンの声は低く、毒を孕んだ汚い唸り声だった。


「テメェは難しい言葉を使って、高尚な存在ぶるのが好きらしいがな……本当のところ、テメェからはナフタリンと臆病者の臭いがプンプンするぜ。テメェは墓穴に横たわるのを忘れた、ただの自惚れた死体だ」


 グンダーの笑みが引きつった。


ピクリ。


 目尻が微かに震える。完璧な仮面に生じた極小の亀裂。彼はゆっくりと足を解いた。その一挙手一投足に、急激に三倍になったかのような重圧が伴い、ブーツの下で床板が悲鳴を上げる。


「口を慎めよ、小僧」


 グンダーの声はオクターブ下がり、本物の殺気を帯びて振動した。


「余の前だ。貴様の取るに足らない寿命を考えれば、その無知は許してやってもいい。だが……その不遜な態度は、そろそろ癇に障るぞ」


「小僧だと?」


ケッ!


 ヴェルンは耳障りな笑い声を上げ、会議室のカーペットに唾を吐き捨てた。


「俺のブーツのほうが、テメェの生きる気力より年季が入ってるぜ、このクソ化石が。安全な玉座にふんぞり返って、一緒に血を流す度胸もねぇから他人をチェスの駒扱いしてんだろ?体が崩れる前にホルマリンに戻りな、この猫砂野郎」


ギチチチチ……!


 グンダーが歯を食いしばる。骨と骨が擦れ合う音が聞こえた。彼の周囲のオーラが黒く染まり、空気が重く、金属的な味を帯びていく。


「勇気と愚かさを履き違えるとはな。貴様のような種族にはありがちだが……余はな、貴様が親父の金玉の中にさえいなかった頃から、帝国の興亡を見てきたんだ。試すなよ、不届きな子供め。貴様がその錆びた剣を抜く前に、その肺をガラスに変えてやることもできるんだぞ」


「やってみろよ、ジジイ」


 血走った目がグンダーを射抜く。


「テメェから血が出るか、埃しか出ねぇか、試してみようじゃねぇか」


 室内の緊張は窒息しそうなほどだった。ブリッグスが一歩踏み出し、物理的に介入しようとしたが、オードリーが手で制した。彼女は信じられないものを見るように目を見開いている。


 彼女はゆっくりとトムの方へ身を乗り出した。大きな音を立てれば目の前の時限爆弾が爆発すると恐れるように、その声はささやき声になっていた。


「セヴァー嬢……あの二人は、何か複雑な因縁でもあるのですか?数百年にわたる戦争の宿敵同士とか……あるいは、決裂した元共同経営者とか?」


 トムはソファに沈み込み、両手で顔を覆った。


カァァァ……


 耳が熱くなるのを感じた。今この瞬間、透明化の魔法が使えればどれほどよかったか。


「違うよ……」


 指の隙間から漏れるトムの声は、深く痛ましい恥辱に満ちていた。


「あの二人……今さっき知り合ったばかりなんだ……」

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