第17話「廃墟から昇る月光」
そこは宮殿、あるいはその骸だった。
時間そのものが過ぎるのを忘れたかのような時代に建てられた、ゴゴゴ…とそびえ立つ霊廟は今、ゆっくりと、しかし無慈悲に崩壊の抱擁へと身を委ねていた。空気はズシリと重く、冷たい石の匂い、千年の埃、そして失われた歴史の石化した悲しみを運んでくる。かつては想像を絶する美しさの彫刻が施された荘厳なモニュメントであったものが、今や夢の抜け殻となり、バキバキと砕け、汚れ、自らの永遠の重みでガラガラと崩れ落ちていた。
彼らは世界の基盤に立っていた。
キサナトラの母岩に掘られた広大な洞窟、真空の空洞が、その遺跡を抱いていた。唯一の「外」への窓は、ポッカリと開いた天井の巨大な穴。それは奈落へと通じる開いた傷口であり、そこからフワリ…と幽霊のような灰色の光が辛うじて差し込むだけだ。洞窟の反対側の端には、暗いアーチがポカリと口を開け、更なる漆黒へと続くトンネルを覗かせていた。
塔のように幅広く、ズドン!と巨大な柱が、遠い天井に向かって伸びている。その表面では、永遠の炎がメラメラと螺旋を描いて燃え上がっていた。消費することなく燃え続ける青白い炎、数え切れぬ時代にわたって灯され続けた炎だ。それらが、頂上の宮殿の入り口へと続く、ガタガタにすり減った大階段の両脇を固めていた。建築様式は異質で、不安を掻き立てるような幾何学模様。どの歴史書もあえて記録しようとしないほど古い民の仕業だった。
そして、そこ。忘れられた聖域の中心、メラメラと燃える柱の間で、二つの影がジリジリとにらみ合っていた。
女は力に包まれていた。悪魔的な相貌が彼女の顔を乗っ取り、その美しさをグニャリと歪め、グロテスクで恍惚としたものに変えていた。**ニタァ…と病的な笑みがその唇を歪め、今や紫と黄色の純粋なエネルギーの渦となったその瞳は、殲滅の約束にゴゴゴゴ…**と振動していた。
その真正面に、トムがいた。
彼女はスッ…と構え、戦いに備えていた。周囲の世界は消え去っていた。柱も、遺跡も、痛みさえも。その顔はキリリと引き締まり、視界は女ただ一人になるまで狭まっていた。
月のルーンの青い火花が、彼女の体の周りで**バチバチッ!**と激しく爆ぜる。**ポタ…ポタ…**と滴る血。熱く、ベトベトとしたそれが彼女の服を汚し、額と口から流れ落ち、自らの死すべき運命を絶えず突きつけていた。
痛みは、ズキズキと全身の繊維という繊維で奏でられる苦悶の交響曲だった。
それは、あの少女が、あの瞬間、思い出すことを拒否した記憶。
(この瞬間…この小僧、私の顔を掴んで…無理やり渦を…!? 私が背後に現れると読んでいた…? 私を読んだ…? コイツが…コイツが…!)
その認識は、**カッ!と超新星のごとき力で女の脳内に炸裂した。ほんの数秒前の恍惚としたエクスタシーは瞬時に毒され、メラメラと凝固していく。あまりに純粋で絶対的な憤怒に、彼女自身の力がゴオオオッ!**と呼応した。あの小僧はただ反応したのではない。予測したのだ。この血まみれの虫ケラが、あえて私の戦略を冒涜し、私の力を予測可能なものとして扱った。
屈辱は、ジリジリと彼女を焼く酸だった。
「よくもッッ!!!!」
彼女の喉をビリビリと引き裂いた叫びは、人間のものではなかった。それはグワングワンと歪み、多面的な響きを持っていた。まるで千の声が彼女の内側から一斉に叫んでいるかのようだった。
彼女の存在の内側にある紫と黄色の渦が、その怒りに応じてバチバチと音を立てた。古い洞窟の空気が、ゴオオオオッ!と耳をつんざくようなうなり声と共に、彼女に向かって吸い込まれていく。彼女の足元の石畳がバリバリバリッ!と内側から崩壊した。固い岩盤が塵のようにサラサラと崩れ、飢えた重力の井戸のように急速に形成されるクレーターへと飲み込まれていく。
憎悪に目を眩ませ、彼女は**ズバァッ!**と薙ぎ払った。
彼女の腕が空を切り裂き、現実そのものがビリビリと引き裂かれた。巨大な柱も、淀んだ空気も、古い岩も——その進路上にあるものすべてが飲み込まれる。**ゴオオオオッ!**と空間の歪みとなって可視化された殲滅の波が、物質を存在から消し去りながら、トムに向かって殺到した。
だが、先触れはすでに動いていた。
トムは、中央の柄を握ったまま**ヒュルルルッ!と棍を回転させる。銀色の金属が、青白い光の下で水銀のようにグニャリ…と流れ、円形の月光の盾をカキンッ!**と形成した。彼女はそれを、衝撃の直前、自らの前に構えた。
「無」の波が障壁に激突した。**キィィィィィン!と恐ろしい音が響く。それはエネルギーがシュウウウウ…と衝突し合う甲高い耳障りな音、真空が消し去られることを拒否する金属を貪ろうとする音だった。盾の周囲の物質はスウウ…**と消滅したが、トムは存在の孤島に守られ、無傷だった。
女はそれを予測していた。**ニィィ…**と病的な笑みがその唇に浮かぶ。
トムも次に来るものを**ハッ!**と理解していた。彼女は空間の歪みを、自らの背後に形成される真空を感じていた。
だが、女の方が速かった。
トムは唯一の自由なベクトル——上方へ——ダンッ!と跳んだ。まだズキズキと痛む体で血をポタポタと滴らせながら**ビュッ!**と跳躍し、ほんの一瞬前まで彼女の足があった場所を消し去った殲滅の一撃から逃れる。
彼女は空中にいて、無防備だった。そして、**ボワッ!**と紫の渦が即座に彼女の頭上に出現した。
トムは**グッ!**と体を捻り、氷のように冷たい青い瞳をポータルに向け、防御に備えた。エネルギーの奔流、空間の断裂、女が繰り出しうるあらゆる魔法を待ち構えた。
彼女は消滅を覚悟した。だがその代わり、**ズドォォン!**と物理的で野蛮な衝撃が彼女を襲った。
女が渦そのものから、**スッ…**と流れるような捕食者の動きで出現した。その顔に浮かぶ笑みは、純粋な侮蔑に満ちていた。魔法を無視し、彼女は単純に強烈な蹴りを放った。**ドガァッ!**と下駄の底がトムの胸を真正面から捉え、まるで壊れた布人形のように彼女を激しく後方へと吹き飛ばした。
**ガッ!とトムの体が、宮殿へと続く巨大な石の階段に叩きつけられた。肉と骨が古い岩にぶつかるゴシャッ!**という鈍い音が洞窟に響き渡り、**モワァァ…**と千年の埃が砕けた石段から爆発的に舞い上がった。
古代の岩からなる埃のカーテンが彼女の周りでフワリと巻き起こり、乾燥した砕けた石と腐敗の匂いで空気を満たした。トムの体は**ドサッ!**と石段に打ち付けられ、数メートル滑ってから、ピタリと力なく停止した。**ズキズキ…**と痛みが胸に、背中に、あらゆる場所に脈打っていた。
衝撃で前方に投げ出された彼女の手が、一瞬、宙を彷徨った。そして、その腕は**スウ…**とゆっくりと、重く、敗北したように落ちていく。手のひらが開かれたまま。
**カラカラ…**と小石が跳ね、転がっていく音が聞こえた…
音は**フッ…**と柔らかくなる。肺を引っ掻いていた空気が止んだ。**ベチャ…**と冷たく汚れた石に向かって落ちていた手が、フワリと優しい感触に掴まれた。
温かい感触。
懐かしい。
墓場のような匂いの古い埃は、**スッ…**と湿った土と青々とした葉の生きた香りに変わった。**ゴゴゴ…**と圧し掛かるような岩の砕ける音は、**チチチ…と澄んだ鳥のさえずりと、梢の葉をサラサラ…**と揺らす風の囁きに取って代わられた。
「イングリッド! 気をつけろって言っただろ!」
男性的な声が響いた。それは優しい心配によって和らげられた、叱責に満ちた声だった。
彼は若く、今の彼女よりほんの数歳年上なだけだ。実用的な旅装束——厚手のチュニックと亜麻のズボン——を身に着けており、今のトムが着ているものとよく似ていた。その髪は、ほとんど軍隊式と言えるほど短く刈り込まれ、その眼差しは真剣そのもの。自らの責務を真摯に受け止める、兄のそれだった。
(…ああ…覚えてる…)
小川のせせらぎがサラサラと楽しげに泡立ち、キラキラと透明な水が滑らかな石の上を流れていく。彼女は自信満々に跳んだが、**ツルッ!**と足が濡れた石の上で滑ったのだ。**キャッ!と小さな悲鳴が漏れたが、彼は彼女が落ちる前にガシッ!**と、その手を固く掴んで救い出した。
当時の彼女自身の髪は長く、強く鮮やかな栗色の波となって流れていた。その色は、木々の隙間から差し込む太陽の光を浴びると、ほとんど緋色に近く見えるほど。その髪に縁取られた彼女の顔は、まるでカンバスに描かれたかのように繊細だった。彼女はクリーム色のシンプルな夏のドレスを着ており、その繊細なレースの裾には今、ピチャピチャと小川の水が跳ねていた。
「ご、ごめんなさい、お兄さま…」 彼女は**モジモジ…**と恥ずかしそうに答えながら、安全な岩の上で体勢を整えた。
「どうしてお前はついて来たんだ?」 彼はフゥ…と大袈裟にため息をつき、腰に手を当て、疲れ果てたというポーズを取った。「お母様が、お姫様が森の中でドロドロに汚れてるのを見たら、カンカンになられるぞ…」
「だってお兄さまと遊びたいんだもん!」 彼女は**ブンブン!**と腕を振って抗議した。プクーッと頬を膨らませる。それは甘やかされた少女の古典的な表情。実際、その通りだったのだが。
彼は腕を組み、無関心を装った。顔をそむけ、目を閉じたまま言った。「俺は、お母様に叱られたくないんでな」
彼の耳に返ってきたのは、**ウウウ…**と癇癪を起こす子供の低い唸り声だけだった。
彼は片目を**チラリ…**と、ほんの隙間だけ開け、**ムスッ…**とした顔で彼を睨みつける子供を覗き見た。クスッと、短く楽しげな笑い声が彼の唇から漏れた。
「お兄さまっ!!」
「悪い…悪い、悪い…」 彼はゲラゲラと笑いを堪えきれずに答え、その真剣な表情はフニャリと溶けていた。彼は再び彼女に手を差し伸べた。「行くぞ、イングリッド」
少女は、彼の手に自分の手を重ねた。兄に助けられ、今度はトントンと慎重に、石から石へと飛び移り、小さな小川を渡りきった。
(…ああ…覚えてる…)
**ギュッ…**と繋がれた二つの手。兄の手は、大きく力強い。妹の手は、小さく繊細だ。彼女は彼を自らの支え、礎として握っていた。そして彼は彼女を、自らの目的として握っていた。
だが、その手が…彼の手が…**サラサラ…**と解けていく。
温もりが**スウウウ…**と消えた。優しい感触が「無」へと溶けていった。
そして、かつて安全へと向かって落ちていた手は、その支えを失った。記憶が**パリィィン!**と粉々に砕け散り、トムの手は落ちるのを再開し、**ガツンッ!**と階段の冷たく砕けた岩に激しく叩きつけられた。
鋭い石が肌に突き刺さる衝撃は、残忍な現実への帰還だった。腕の切り傷からダラダラと流れる血が、今やその虚しい手の上を伝っていた。彼女の体は砕けた石段の上にグッタリと打ち捨てられ、埃と荒廃の中に横たわっていた。
カラン、コロン…
下駄が古い石を叩く甲高い音が、静まり返った洞窟に響き渡った。
一歩一歩が意図的で、近づいてくる時を嘲笑う時計のようだ。女はズンズンとゆっくりと階段に向かって歩き、そのシルエットがチラチラと踊る炎を背に切り取られていた。
「あら? もう死んじゃった?」 彼女の声はメロディアスで、毒をポタポタと滴らせる、作り物の無邪気な好奇心に満ちていた。
彼女はカツン…カツン…と一段ずつ、階段を上っていく。その一歩ごとの音がトムの鼓膜をキリキリと突き刺すようだった。それは肉体的な苦痛に加わる、聴覚の拷問だった。彼女はピタッと立ち止まり、倒れた先触れの真正面に仁王立ちになった。彼女の影がトムを覆い隠し、僅かな青白い光さえも奪い去った。
トムはそこにいた。動かず、石に打ち捨てられた壊れた人形。彼女はロクに身動きもできなかった。衝撃が彼女の息を止め、**ゼェ…ゼェ…**と息を吸おうとするたびに、**ズキッ!**と肺に短刀が突き刺さるかのようで、吐き気を催す痛みの波が胸を走った。**ゴボッ…**と自身の血の金属の味が口に広がり、苦悶の呼吸のたびにそれを吐き出さないよう、**グッ…**と堪えていた。
「ねえ、先触れ…」 女は、恐ろしいほどに平然と言った。彼女はストンとトムの隣の石段に腰掛けた。まるで休み時間の友人のように。その青白く長い指の手がスウ…とゆっくりと上がり、汗と血で額にベッタリと張り付いたトムの緋色の髪に**サラリ…**と触れた。彼女はそれを愛撫した。
「さっきあなたの顔を見た時、」 彼女は思案するような声でポツリと呟いた。「どうしてこんなに女みたいな顔立ちをしてるのかしらって、思ったの…」
彼女の手が下り、トムのこめかみから頬へとススス…と滑った。その冷たい指が熱を持った肌に触れ、親指が額の切り傷から流れる血をヌグ…と拭った。彼女の指がベットリと赤く染まる。
「キレイだってことは否定しないわ」 彼女は認めた。「でも…あなたが月光魔法を使うのを見て…**ピン!**と来ちゃった!」
彼女は手を引っ込め、自分を汚した血を眺めた。トムはただ彼女を見ていた。その青い瞳は無力な憎悪にギラギラと燃え、体はピクリとも動かせない。彼女には、何もできなかった。
「あなた、その魔法を使うために、その女みたいな見た目を保ってないといけないんでしょ? だって月光魔法って、女のものですものね?」
その問いは修辞的なもので、勝ち誇った結論だった。そして、最後の冒涜的な行為として、女はベッタリと染まった指を自らの唇へと運び、**ペロリ…**とゆっくりとトムの血を舐め取った。
「男のクセに…なんて馬鹿げてるの!」
女は**カカカッ!**と頭を仰け反らせ、アハハハハハ!と笑い転げた。その音は古い洞窟にキンキンと響き渡った。トムの痛みを、過去を嘲笑う、ヒステリックで病的な音だった。
ヒステリックな笑い声が、ピタッ…と、まるで刃物で断ち切られたかのように止まった。女はグッと身を傾け、突如訪れた静寂が洞窟を**シーン…と圧迫する。彼女は再びトムの顔に手を置き、冷たい指が汚れの下の顎のラインをスウ…**と辿った。「この顔のせいで…血と泥に塗れてる方が、よっぽど男らしく見えるわよ…」
彼女はスッと立ち上がり、トムの上に高くそびえ立つ暗い影となった。青白い炎の光が彼女の瞳でチラチラと揺らめいた。「こんなキレイな男を殺さなきゃいけないなんて、残念だわ」
彼女は胸の前で両手を組み、キュンとわざとらしい、芝居がかった無邪気さのポーズをとった。ニッ…と悪戯っぽい笑みが、その紅い唇を照らした。彼女はパチリとゆっくりと瞬きをした。「恨みっこなしよ。でも、今からあなたを殺すわね。てへっ!」
彼女は腕を振り上げた。手は広げられ、指は爪のように伸ばされ、ヒュッと空気と、そこにあるものすべてを引き裂かんと構えられた。病的な笑みが、グニャリと広がっていく。
その腕が、**ザンッ!**と振り下ろされようとした。
だが、その一撃が形成されるより早く、**ピカァァァァッ!**と目も眩むような青い光が爆発した。彼女の視界が、**カッ!**と氷のように冷たい輝きに完全に焼き付けられた。
トムの上の空気がビリビリと振動していた。かつて彼女の体の周りで不規則にバチバチと爆ぜていた青いルーン文字が収束し、一体となり、空中でゆっくりと回転する複雑な魔法円を織り成していた。古代の文字が、この世のものとは思えぬ力でキィィンと輝く。そして、その中心に、紛れもなく、ルーン文字は月のシルエットを描いていた。
セレストの月。
聖なる印。
月の女神の。
魔法円は砲門となった。ブォォォンという深い唸りと、天上の合唱が同時に響き渡り、月光のビームが**ドゴォォォン!**と炸裂した。液状の月光のように青みがかった純粋なエネルギーの奔流が、**ゴオオオオッ!**と轟音を立てて発射された。
女は、その速度と威力にギョッ!と目を見開き、なすすべなくビームに飲み込まれた。彼女は弾丸のようにズドドドドッ!と後方へ吹き飛ばされ、洞窟の対岸の壁にドガァァァン!と激突し、岩と光の耳を聾するような爆発を巻き起こした。モワモワと埃と瓦礫のカーテンが舞い上がり、衝突地点を覆い隠す。その灰色の雲の中で、青いルーン文字がキラキラと、まるで霞んだ夜の星のように漂い、輝いていた。
「ギィィィィッ!」
埃の中から、人ならざる憤怒の叫びが引き裂かれた。女がガラガラと瓦礫の中から這い出してくる。青いマントはボロボロに引き裂かれ、顔の半分と両腕はジュクジュクと暗い赤色に焼け爛れていた。
その笑みはビキビキと純粋な憎悪の形相に引き攣っている。彼女の紫の瞳が**ギラリ!**と暗闇を走査し、青い輝きを捉えた。トムはもはや倒れてはいなかった。彼女は立っていた。洞窟の反対側の階段の上に。
胸の痛みはズキズキと耐え難かったが、あの声が苦悶を**スッ…**と断ち切った。
「覚えておけ、イングリッド…」
記憶が、フッ…と鮮明に蘇る。兄の笑う顔。今度は、その目は太陽の光に遮られて見えなかったが、その笑みはキラリと輝いていた。栗色が強すぎて緋色にさえ見える短い髪がサラリと揺れている。彼は手に木剣を握っていた。
「どれだけ敵が強くても。父上が聖騎士の誇りだとか何とか言ってても…真の戦士ってのはな…」
彼は自由な手を彼女に差し伸べた。今や記憶の中ではっきりと見えるその目は、優しく、慈しみに満ちていた。
「最後に立っていた奴の勝ちだ。何度倒れようが、関係ない!」
階段の上のトムは、**スウ…**と一瞬だけ目を閉じた。**フゥゥ…**とゆっくりと息を吐き出すと、その息は洞窟の冷たい空気の中で白い靄となった。**ポタ…と血が顎から滴り落ちる。彼女はカッ!**と目を開いた。氷のように冷たい青い輝きが、その瞳に宿った。
(なに?) 女は思い、**ピクッ…**と目を細めた。
シュバッ! 青い閃光が奔り、まるで瞬間移動のように、トムが階段から**パッ!**と消えた。
(上!?)
一瞬のうちに、トムは空中に、女の真上に再び出現した。その視線は完全に獲物にロックオンされ、捕食者のそれだった。血はまだダラダラと顔から流れ、月のルーン文字がバチバチと彼女の周りで火花を散らしている。その腕はすでに動いており、ギュッと銀色の棍の先端を握りしめていた。中央の柄はグニャリと液状化し、三つ目の先端が空中で再構成されていた。**グンッ!**と、半月の形をした戦斧が、切り裂かんと待ち構えていた。
「させるかァァッ!」 女は、ビキビキと憎悪に焼け爛れた顔を歪ませて叫んだ。
彼女の腕が**ズババババッ!**と空を切った。現実が引き裂かれる。すべてを飲み込む「無」が突進し、**ボワッ! ボワッ!**と紫の渦がそれと共に出現し、殲滅の嵐となってトムへと殺到した。
トムは、ただ**クルン!**と回転した。
空中で、彼女はシュルルルッ!と一筋の残像となった。銀色の金属の液状の鎖が、回転する彼女の体にヒュルルルッ!と巻き付く。戦斧はフッと解体された。その鎖は、もう一方の先端と共に、**グンッ! グンッ!**と瞬時に棘だらけの鞭へと再構成された。金属の液体が彼女を取り囲み、先端は増殖し、トムを致死的な回転するモーニングスターの中心点へと変えた。
女の渦と空間の断裂が、その回転する防御に**ガガガガガッ!**と激突した。**キィィィン!とエネルギーが引き裂かれる甲高い音が響く。攻撃はカン!と弾かれ、空間魔法は月光の力の前にシュウウ…**と霧散した。
(なに? あいつの魔法が…私を相殺してる?)
ドゴォォォン! トムと女は、目も眩むような速度で地面に激突した。古代の岩盤がバリバリと粉々になる。衝突によって巻き上がった埃のカーテンはあまりに濃密で、その衝撃音は**ゴゴゴゴ…と洞窟に反響し、女が作った天井の穴からブワァァッ!**と噴き上がっていった。
ビュン! 煙の中から、魚雷のように女が射出された。まだ空中にいる間にも、その腕は**ズバババ!**と空を切り、埃の雲に向かって攻撃を放ち返していた。
ビュン! 二つ目の魚雷として、トムもまた爆発の中から飛び出した。
彼女は今や、中央の柄を握っていた。二つの先端は、**カキン!と短く、銀色に輝く刃へと変わっていた。彼女はそれをブォンブォン!と高速で回転させ、その刃はキィンキィンキィン!**と致死的な風車のように舞い、彼女に向かって飛んでくる紫の断裂をことごとく弾き返していた。
(視える…!)
女はズバッ!と攻撃を放つ。トムはそれをカン!と弾く。彼女には意図が、断裂が形成される前の、空気のユラリとした微かな震えが視えていた。追跡はすぐに**ヒュッ! ヒュッ!と不気味な舞となった。かつては狩人だった女が、今や獲物だった。彼女はトン!**と遺跡を飛び回り、**ザンッ!と空を切り、トムはカン! カン!**と容赦なく彼女を追い詰め、その攻撃が生まれる瞬間に叩き潰していった。
(こいつ…私と互角に…!?) 女の顔は、**ギリリ…**と怒りと恐怖が混じり合う形相となっていた。
(この感じ…) トムは思った。**ズキッ!**と体が動くたびに激痛が走る。(いつまで体が保つか分からない。でも…これは、あの時と同じ…)
**ザッ…**と記憶のフラッシュが彼女の視界を遮り、戦闘と混じり合う。あの夜。白い髪。暗い森の中、彼女の前を走る兄の姿。
(ミシュペシュ…)
**ヒュオッ!**と、ある一撃の合間に、彼女は女との距離を詰めた。中央の柄を握る彼女の腕が、**ブンッ!**と頭の後ろで踊り、片方の刃を力強い弧を描いて振りかぶり、彼女を断ち切らんと迫った。
(この力は嫌いだ…でも…!)
冷たい一閃が、**ズバァァァッ!**と振り下ろされた。
打ち下ろされた瞬間、**ピカァァッ!**と氷のように冷たい青い輝きが、銀色の刃を包み込んだ。閃光のように、月光のエネルギーがそこから迸り、女を真正面から打ち据えた。**カッ!**と光が彼女を飲み込み、彼女は凄まじい力で後方へと吹き飛ばされ、**ドガァァァン!**と、かつてトムが叩きつけられたのと同じ階段に激突した。
トムの脳裏に、フッ…とある光景が鮮明に浮かんだ。長い黒髪の、猫のようにギラリと光る目を持つ女。その声はガラガラと嗄れ、少し傲慢で、紫のマントの下から響いてくる。
彼女の言葉が、トムの心の中でこだました。
「たとえ、あんたがそれを憎んでいても。たとえ、自分を受け入れたくなくても」
トムはゼェ…ハァ…と荒い息をつきながら、そこに立っていた。血がダラダラと顔を伝い、ポタポタと石畳に滴り落ちる。棍は**スウ…**とゆっくりと自然な状態に戻り、彼女はそれをいつもの構えで握り直した。一本は右手に、一本は左手に、中央の柄は背中の後ろで弧を描いている。
「その力は。あんたのもんだ」
「僕の…勝ち、だ…」 トムはついに、嗄れ果てた疲弊しきった声で、そう宣言した。




