第15話「遠き救い手」
爆発の轟音は、金属と岩盤を揺るがす衝撃波だった。奈落の底で生まれ、そして死んだ雷鳴。
爆風に吹き飛ばされたカエルは、埃と痛みの世界で目を開いた。キィィィンという甲高い耳鳴りが、他のすべてを掻き消している。彼は歪んだダクトの足場を這うように進んだ。目をしばたたかせると、口の中に焼けた金属の味が広がった。
刺激臭のある煙が肺を焼き、息をするたびに拷問のようだ。涙の滲む目で、眼前の惨状を見渡す。「『先触れ』!?」 嗄れた、ほとんど聞き取れない声で彼が叫んだ。
だが、最初に目に入ったのは『先触れ』ではなかった。数メートル先、捻じ曲がった残骸の中に、あの二人の兄弟が横たわっていた。
カエルは、自身の足に突き刺さった破片の激痛を無視し、彼らの方へと這って行く。衛兵としての義務感が、疲弊した彼を突き動かした。
金属使いの男は――すでに肩からおびただしい血を流していた――意識がなく、その呼吸は弱く苦しげな泡を吹いていた。カエルはもう一人、槍使いの男へと向き直り、胃の中身が逆流しそうになるのをこらえた。男の頭は…割れていた。まるでガラスで切り裂かれたかのような、左目の下から始まるグロテスクで綺麗な線が、頭蓋骨を二分していた。あの女が、爆発の瞬間に殺したのだ。
死んでいる。もう一人は、死にかけている。
無力感が彼を打ちのめす。それでも、彼は生き残った弟の肩口に手を押し当て、流れ落ちる命を止めようと虚しい試みをした。「今死ぬな、このクソが…」
敵の血がその手にベットリと付着した、その時。彼は最も重要な二人の不在に気づいた。
『先触れ』…そして、あの女…二人は消えていた。
彼は眼下、キサナトラを切り裂く広大な裂け目を見下ろした。遥か下、下層都市が錆びた天井を形成するその先に、旧市街の遺跡が崖っぷちに張り付いている。さらにその下は、光さえも吸い込むかのような、底なしの絶対的な暗黒――奈落。
(一体、何が起きてる!?)
その時、虚空から音が昇ってきた。弱いが、しかし紛れもない。純粋な怒りが放つ叫び声が。
カエルは眩暈に耐えながら身を乗り出す。彼らが見えた。忘れられた都市を照らす緑色の炎の中、二つの小さな色と動きの点。
「今、あそこに行けさえすれば…」
彼は体を支えようとしたが、苦痛の呻きが唇から漏れた。膝から崩れ落ちる。金属の破片――兄弟の最後の一撃の残骸――が両足に深々と突き刺さり、ただ立っていることさえも激痛に変えていた。
「クソが…」彼が呟き、捻じ曲がった金属を拳で叩いた。「『先触れ』…」
だが、その目はカッと見開かれた。
遥か数十メートル上。下層都市の縁から。
裂け目へと身を投じた黒い人影が、重力に抗うかのような制御された速度で、遺跡へと降下していくのが見えた。
◇ ◇ ◇
じっとりとした血の熱が服に染み込む。痛みは絶え間ない圧となり、吐き気を催させる。遺跡の淀んだ空気――松明の硫黄臭と、幾世紀もの腐敗臭が混じり合った悪臭――が喉を引っ掻いた。周囲では、打ち捨てられた者たちの虚ろなうめき声が、この地獄のBGMとなっていた。
だが、トムには何も見えていなかった。
彼女の瞳は、冷たい月光の青い光を宿し、ただ目の前のシルエットに釘付けになっていた。
あの女。その顔はサイコパスの仮面だ。深く紅い唇が、病的な笑みに歪んでいる。同じ血の色で縁取られた蒼黒い瞳が、他人の苦痛を貪るかのようにキラリと光っていた。
「…私みたいなか弱いレディの命を奪うだなんて。ヒーロー失格よ?」
「……お前に、美しいところなんて何もねぇ…!」 トムは嗄れた声で呟いた。
彼女は、守るべき「がらんどう」たちから離れ、よろめきながら一歩前に出た。体が痙攣し、ゴボッと音を立て、石畳に血を吐き出す。彼女を守っていた青いルーン文字が、不安定に揺らめく。
女が歩き出した。ゆっくりと、確かめるように。その音が、トムの耳に届く。
カラン、コロン…
古い石畳を叩く木製の履物の音。 それは、太陽の光が決して届かないこの場所において、あまりに甲高く不協和な嘲笑だった。
一歩。
二歩。
女は、トムがその暗い瞳の楽しげな光を間近で見られるほど、すぐそこまで迫っていた。
トムは顔を上げた。額から流れる血が唇から滴る血と混じり合う。だが、その顔に浮かんでいたのは、赤く染まった傲岸な笑み――最後の挑戦だった。
女の目がわずかに見開かれる。楽しげな視線が好奇心へと変わる。彼女の視線がトムの体を走査し――そして、その笑みが僅かに揺らいだ。
銀色の棍が見当たらない。
それこそが、トムの狙いだった。
女が近づいた、その瞬間。トムは動いた。女は、反射的に左右――彼女自身の真横――を見た。
二つの先端が、同時に薄闇を切り裂いて迫っていた。
もはや棍ではない。銀色の金属は空中で再構成され、巨大な半月形の斧の刃と化していた。 それらを繋ぐ液状の鎖は隠され、トムが後ろに引いていた左足首――影に隠した踵――に、ピンと張った輪となって絡みついていた。
「生意気ね、坊や!」 女は叫び、その暗い笑みが戻る。
彼女は避けようとせず、腕を交差させ、迫り来る二つの刃にそれぞれ掌を向けた。
その手から、小さな紫色の球体が現れる。中心には、病的な黄色い螺旋が渦巻いていた。
バキリ! まるで空間が割れたかのようだった。
斧は渦に飲み込まれ、彼女が創り出した空間を通り抜け、無力に彼女の体を通過して消えた。
だが、トムはその隙を見逃さなかった。刃に集中した女は、下から迫るトムのブーツの裏に気づかない。
蹴り上げと同時に、銀色の鎖が踵から解き放たれる。金属の糸が斧から切り離され、彼女の足に繋がっていた先端が伸びる。金属が流れ、鋭い槍が形成され、その爪先から撃ち出された。
(アンタのアイデア、真似させてもらうぜ、槍使い!)
女の眼球まで、あと数センチ。貫通する、はずだった。
だが。
「あなた…本当に面白いわね!」
その声にパニックの色はない。純粋な恍惚だった。
蹴りの勢いでまだ宙にあったトムは、女の恐ろしい笑みが広がるのを見た。目の前に、再びあの紫色の球体が現れる。より大きく、濃密に、中心の黄色い螺旋が渦巻いている。
そして、その渦の中心から現れたのは――彼女自身の槍の先端。
彼女の足、彼女の脚、彼女自身の武器が、女の創った門を通り抜け、今や真っ直ぐに、彼女自身の頭部へと向けられていた。
(どうするの、先触れ? フフフフフ…)
(まずい…止めなきゃ! 槍を解除――)
(ダメだ…間に合わない…!)
彼女のものではない叫びが、頭蓋に響いた。
(――避けろ! イングリッドッ!!)
反応する暇もなかった。ズドンッ! 矢に射抜かれたかのような鋭い痛みが腹部を襲う。衝撃で彼女はドガッと吹き飛ばされ、自身の攻撃軌道から逸脱した。
古い石柱に激突。ゴロゴロと時代の埃が降り注ぐ。腹を押さえ、吐き気を堪えながら、自分を打った物体を認識する。ビー玉ほどの小さな石ころだった。
視界がチカチカと霞む。女が背を向け、弾丸が飛んできた裂け目の方を見つめているのが見えた。その笑みが、**ニィィ…**とさらに歪み、これまでになく凶悪で、サイコティックなものへと変わっていく。
「『先触れ』は美味しい前菜だったけど…あなたは…あなたこそ…私の晩餐よッ!」
裂け目から差し込む微かな光を背に、一つの人影が浮かび上がる。無造作な団子頭に、無精髭。その眼差しは、純粋な倦怠感と退屈に満ちていた。右手で、小石をポン、ポンと弄んでいる。
ヴェルンだった。
「悪ぃな、嬢ちゃん。だが、降参してくれねぇか?」 彼は、気怠い傲慢さを滲ませた間延びした声で言った。「俺ぁ、女を痛めつけるのは好きじゃねぇんだ。あんたみてぇな『イイ女』なら、尚更な」
女はクスクスと低い笑い声を漏らし、芝居がかった三文芝居のような恥じらいを見せる。紅い唇を指先で隠した。「あらあら…あなたほどのお方から口説かれるなんて。フフフフフ…」
トムはギリギリと歯を食いしばり、体を起こそうとする。落下と腹部への痛撃で、体はガクガクと震えていた。震えは恐怖からではなく、全身を蝕む痛みと怒りからだ。彼女は目の前の光景をジロッと睨みつけた。
(あの女…そして、あの酔っ払い…)
(…この酔っ払いを、強いと認識した…分かっていたことだ…でも、まだ『感じる』だけじゃ分からない…! この女…この女も、『賢者』だ!)
「それで? あなたは、何ができるの?」 女は、恍惚とした狂気の声をヴェルンに向けた。
「大したことはできねぇよ…」 ヴェルンは億劫そうに肩をすくめた。「男なら誰でもできる、簡単なことだけだ」。ニヤリと、自信に満ちた汚れた笑みが浮かぶ。
女は目をパチクリさせ、再びわざとらしい羞恥を装った。「あら…そんな卑猥なことを…」 頬に手を当てる。「お食事にも誘ってくれないの?」
ヴェルンは小石をヒョイと宙に放った。「あー、やめとく」 挑発的な笑みが浮かぶ。「今、一文無しなんでな」
石が軌道の頂点に達し、落ちてくる。ヴェルンの手は動かない。その代わり、人差し指が親指にピタリと重ねられた。デコピンの構えだ。
ピンッ! 石が手の高さに来た瞬間、彼がそれを弾いた。
石は、ただ投げられたのではなく、砲弾となって飛んだ。**ヒュオォッ!**と甲高い風切り音を立て、熱の軌跡を描きながら、女の頭部へと真っ直ぐに突き進む。
女は、あの病的な笑みを浮かべたまま、スッと何気なく一歩横にズレた。
完璧な回避。石は、ミリ単位で彼女の頭があった場所を通過し、超高熱の衝撃波が彼女の高いポニーテールをシュッと掠め、その黄色い毛先を焼き切った。弾丸が通り過ぎた。
その瞬間、彼女はヴェルンから視線を逸らさず、右腕をスッと後ろに上げ、過ぎ去った弾丸に掌を向けた。
同時に、ヴェルンは顔の横で左手を上げる。バシッ! 銃弾の速度で飛んできた何かが、彼の手のひらに収まった。
さっきと同じ石だ。
**ジュウゥ…**と摩擦と運動エネルギーの熱で煙が上がっている。女は、回避した後の攻撃をポータルで捕獲し、即座に送り返したのだ。
息つく暇もなく、女が動いた。
シュッ! 既に彼の目の前にいる。両腕を胸の前で「X」字に交差させ、指は爪のように伸ばされている。切り裂くための構え。そのまま、彼女は空気を**ザンッ!**と薙いだ。
ヴェルンは――その退屈そうな半目で――既に後ろへ跳んでいた。**ヒュウッ!と空気が鳴る。空間が引き裂かれる不気味な風切り音が彼を掠め、裂け目の対岸の岩壁にズガガガッ!**と深い溝を刻んだ。
着地するより早く、ヴェルンは空中でクルリと回転。伸ばした右手が女の頭にポンと乗る。それを支えに体操選手のように体を回し、最後に強烈な蹴りを**ズドンッ!**と腹部に叩き込み、彼女を遺跡の柱へと吹き飛ばした。
だが、衝撃音が響く前に、彼女はスウッとヴェルンの前に再び現れ、ゆっくりと歩きながら、あの恐ろしい笑みを浮かべていた。
「テレポートとは、随分と便利な『芸』だな」 彼は肩の埃をパンパンと払いながら嘲笑した。「俺にもそいつがありゃあ、ベッドから酒場までひとっ飛びだ。最高じゃねぇか」
「その『芸』が何をしてくれるか、見せてあげるわ…」




