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月の斑(はん)  作者: エーテル
第一幕・序章:「熾火と前兆」
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第13話「蒼き貴婦人」

 ゴゴゴゴゴッ! 耳を聾するような轟音が、キサナトラの基盤そのものを揺るがした煙が世界だった。モクモクと立ち込める灰色の濃霧が、光も色も奪い去り、崩壊した宇宙の静寂だけが残る。


 並の爆発音とは違う、ドゴォォンという甲高い音ではない。地の底から響くような、グォォォッという獣の咆哮。街の工業交響曲を切り裂く残忍な一撃が、ハンマーの音も、歯車のギギギという軋みも、一瞬にして黙らせた。


 爆発は、乾いたダクトの壁からズドンと噴き出した。白い火の花と金属片が、恐ろしく咲き誇る。**ピカァァッ!**と眩い閃光が影を消し去り、すべてを再び闇に突き落とした。


 一層上の工場では、金属の床がガタガタガタッと激しく揺れ、作業台から重い工具がガシャンと落ち、巨大な歯車がギシギシと抗議の音を立てた。熱と金属臭が充満する空気が、キャァァッという甲高いパニックの悲鳴で満たされる。さっきまで疲労で背を丸めていた労働者たちが、今や原始的な恐怖に顔を歪ませ、ワアワアと右往左往に逃げ惑っていた。


 ついさっきまで気だるげに巡回していた「番人」たちは、工業用の明かりの下でゾッと青ざめた。彼らの手はガシッと無意識に剣の柄に伸び、その目は熱と爆風が未だに噴き出すダクトの入り口にカッと見開かれたまま釘付けになっている。


「また攻撃か!?」


 一人の叫び声が、混沌の中で空しく響いた。


 下層都市では、衝撃波が、神の怒りの吐息のように路地裏をザァァッと吹き抜けた。ゴツゴツとした石畳から突き上げる揺れに、誰もがよろめいた。酒場の前の椅子から人々が転げ落ち、粗末な露店はバタバタと倒れ、わずかな商品を汚れた地面にぶちまけた。この忘れられた社会の底流で常にザワザワと囁かれていた恐怖が、今や集団的なパニックの叫びとなった。


 酒場の近くで、いつもの倦怠感で往来を眺めていたヴェルンは、足元の揺れを感じた。彼はビクともしない。むしろ、その赤い瞳がスッと細められ、アルコールの靄がサァーッと晴れていく。彼はただ、計算するような冷たい真剣さで、裂け目を見つめていた。


 ドォォン…という遠雷のようなくぐもった爆発音が、上層都市の澄んだ空気にまで届いた。黄金の大通りでは、優雅な人々と乗り物の流れがピタッと止まる。会話が途絶え、笑顔が凍りつく。人々は困惑し、音の出所を探してキョロキョロと首を巡らせた。あの「絶え間ない見せかけ」の平穏に、ヒビが入ったのだ。


 兵舎本部では、ブリッグス大尉がダクトの状況について部下から必死の報告を受けていた。二度目の爆発音が要塞の壁にズンと響いた時、その石のように硬い表情は、怒りと不信の仮面へと変わった。


 遥か彼方、街の頂上では、パーティーが続いていた。オークたちのゲラゲラという哄笑と、オーケストラの壮大な音楽の中で、爆発音は誰の耳にも届かない。死の音は、そこまで高く登ることはできなかった。


 だが、グンダーは「感じた」。


 床のビリビリとした振動でも、くぐもった音でもない。精神的な衝撃波だ。純粋なパニックの奔流、下層から響く、何百もの魂がギャァァッと一斉に叫ぶ声。その感覚が足元から這い上がり、背筋をゾワゾワと凍らせた。


 彼はピタッと歩みを止める。手に持ったシャンパングラスが微動だにしない。ヴィセントの言葉が、遠くの羽音のようにブーンと響くだけだ。その猫のような瞳が、偽りの丁寧さから一転、ギラリと危険なほど真剣なものになる。


 ヴィセントは、その急変に気づいた。


「ラモント殿? どうかなされたか?」


 グンダーはパチリと瞬きをし、思考から戻る。カメレオンのような速さで無関心の仮面を貼り付け、内なる氷の怒りを再び閉じ込めた。


「いえ、何でも」 穏やかに、抑揚なく答える。「あなたのパーティーの壮大さに、少々気を取られておりました」


◇ ◇ ◇


 煙が世界だった。モクモクと立ち込める灰色の濃霧が、光も色も奪い去り、崩壊した宇宙の静寂だけが残る。


 何も見えない。


 キィィィンという耳を劈く甲高い耳鳴りだけが、トムの鼓膜を突き刺していた。爆発で地面に叩きつけられた残響だ。


 歪んだ金属の上に膝をつき、彼女は立ち上がろうとするが、手足はガクガクと震え、言うことを聞かない。焼けた金属と埃の味がする空気が、ゼェゼェと喘ぐたびにヒリヒリと喉を焼いた。


 やがて、煙の帳が薄れ始めた時、彼女の心を最初に打ったのは、自身の怪我の痛みではなかった。


 絶望だった。


「アアアアアアッ!」


 張り裂けるような、獣じみた叫びが響き渡った。苦悶に満ちた、形を持つかのような音。続いて、慰めようのない、壊れた嗚咽が響く。


 金属使いが床に倒れ込み、動かなくなった弟の体を抱きしめている。煤で汚れた顔を、涙がツーッと伝い、彼は終わりない苦悶の叫びを上げた。


 煙はまだ視界を濁らせていたが、破壊されたダクトの出口から差し込む細い陽光が、灰色の闇を刃のように切り裂いた。その瞬間、トムの心からフッと全ての音が消えた。耳鳴りも、叫び声も。


 ドクン、ドクン…


 自分自身の重い心音だけが響く。彼女の目は見開かれた。数分前の冷たい脅威は、今やゾッとする麻痺した恐怖へと変わっていた。


 その時、彼女は「それ」を見た。


 槍の男の頭が、スパッと真っぷたつに割れていた。左目のすぐ下から始まるグロテスクで不自然な線が、頭蓋骨を二つに分けていた。


 だが、兄弟の慟哭の中、別の音がトムの注意を引いた。


 カラン、コロン…


 軽い、しかし妙に重く響く、甲高い足音。


 一人の女が、煙の中からスッと優雅に姿を現した。


「クスクス…」


 まるで虫けらの断末魔でも見ているかのように、メロディアスで嘲るような笑い声が漏れた。


「あら? 大事な弟さん、守れなかったの?」


 ねっとりとした毒が滴る、作ったような無邪気な声。


「てめぇ…!」 金属使いが、涙と憎悪に充血した目で叫ぶ。弟の体はまだ胸にギュッと抱かれたままだ。「話が違うじゃねぇか!」


「ええー? なんのお話?」 女は、心底侮辱するような、わざとらしい困惑の口調で答えた。「私、なんにも知らないなあ…」


 彼女が近づくにつれ、煙は彼女に触れるのを恐れるかのようにサァッと晴れていく。徐々に、トムはその細部を認識した。そして、ついにその全身を捉えた時、恐怖で見開かれていた彼女の目は、純粋な怒りでギリッと細められた。


 足元には、あのカラン、コロンという不協和音を立てる木製の履物。


 黄色味がかった艶のない髪が、高い位置でキュッと結われている。


 その顔は、邪悪な芸術品だった。目元にはベットリと暗い緋色の化粧が施され、唇も同じ色でニィィと残酷な笑みに歪んでいる。蒼黒い瞳が、冷たく愉快そうにキラリと光った。


 そして、欠けていたピース。トムが探していたもの。


 彼女が纏う服。あの青いマント。


 女は立ち止まった。その視線が辺りをさまよい、まだ床に膝をつくトムの姿を捉えた。トムの顔には、歯を食いしばった怒りの表情がベットリと張り付いている。女の視線が鋭くなり、純粋な悦びの笑みがその唇に浮かんだ。舌がヌラリと唇を舐める。


「あなた、すっごくきれいな!」


「……なぜだ!?」


 トムは、煙と怒りでガラガラになった声で叫んだ。


 女は人形のようにパチパチと瞬きをし、驚いたふりをした。「え? なあに?」


「なぜ殺す必要があった!?」


「だって…」 女は**ニタァ…**と笑った。その笑みは純粋なサイコパスのものだった。彼女は顔の前で手を組み、一瞬目を閉じ、絶対的な侮蔑のポーズで答えた。


「…もう、いらないもの」


 トムはギリギリと拳を握りしめる。爪が手のひらに食い込んでいた。


(あの服! あの青マント! あの狂気! あの爆発! こいつだ。間違いなく。こいつが…!)


「アハハハハハ!」


 女の狂った笑い声が、静まり返ったダクトに響き渡る。兄は絶望とパニックの中で泣き叫んでいる。トムは、グルルッと獣のような怒りの声を漏らした。目の前で繰り広げられる光景を楽しみ、他人が生み出した苦痛を貪るあの女の姿。それだけが、イングリッドの心にベットリと焼き付いた。


「……絶対に…殺してやる……!」

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