家庭科クッキー
「弥勒〜女子が呼んでるよ〜」
「おー」
まただ。すげえなー弥勒、また女子に呼び出されてるよ。今度はどこのクラスの誰ちゃんだ? いいよなー、モテるヤツは。
ま、弥勒はいかにもモテそうだし、当然といえば当然だけど、俺はかなり羨ましいぞ? 俺も女子に告られてみてえな。
「おかえりー。弥勒、誰ちゃんだったんだ?」
「3組の佐々木やった。家庭科で作ったってこれくれた」
「うわーいいなー、クッキーか…って、告られたんじゃねえのか?」
「いや? 食うて欲しいからってだけ。そんな毎回なわけあらへんやろ?」
「物くれるっつー事は気があるんだろ。プレゼントだぞ?」
「プレゼントて。そんな事言うたらティッシュ配ってるヤツどうなんねん」
「ティッシュと手作りクッキーは違えだろ。女子の手作りだぞ? プレゼントだろ」
「まあ、でもこれは大丈夫やろうけど、手作りて怖いやんけ。何入ってるか分からんし」
「怖えって例えば?」
「髪の毛とかウッカリっちゅう事もあるけど、わざととか…気持ち悪いやろ? 知らんヤツやと」
「うへぇ。何? 弥勒そゆの経験あるわけ?」
「いや、そういう事するヤツの話を聞いて以来ちょっと警戒してまうんや」
「俺まで警戒するぞ。そんな話聞いたら。気持ち悪い〜」
「滅多にそんなヤツおらんやろうし、家庭科の授業のやし変な物は混入してへんやろけどな」
「わ、それ食うんだ? 髪の毛入り?」
「これはたぶんどもないって、おまえも食うけ? いっしょに犠牲者になれや」
「うー手作りのクッキーは気になるけど…大丈夫か?」
「食わせるために作った家庭科のクッキーやったら、おかしな物入ってへんやろ」
「なら1枚くれ。………む。甘いな」
「クッキーやしな」
「うひょ。ミロク、どなたかからの、いただき物なりか?」
「いいだろ家庭科クッキーだぞ。彼方も家庭科だったんじゃね?」
「うむり。かなタソ、タキにクッキー持って来たなりよ」
「わ。彼方の作ったクッキー? おれにくれるの?」
「うむり。タキ、かなタソクッキー食うよろし?」
彼方が手作りクッキー…授業で作った物だけど…さすが滝。弟には出来ねえ事をさらりとやるとは、痺れたり憧れたりしねえけど。
彼方が普通の女子に見えるように矯正されたっつーのは、やっぱ尊敬に値するだろうよ。
変てこな喋り方は変わんねえけど、彼方がちゃんと女子に見える気がするのは滝のおかげだし。
「いいなー。俺も女子に告られてみてえっ」
「意外とめんどくさい物やけど?」
「ええー、それが言えるっつーのが羨ましいぞ、弥勒ー」
「そうけ? 告られて泣かれたらけっこう困るで?」
「贅沢言って断るから泣くんじゃん。断んなよ」
「いや、なんかそれ…まあええか」
「まあ、目もあてられねえような不細工だったら、俺もムリだけどさ」
「結局そうやって選ぶんやって、誰でもええわけやないやんけ」
「でも許容範囲なら付き合ってみるもんだろ?」
「許容範囲やなかったんや。だいたいおまえ、オレがOKしたら晩メシどうすんねん?」
「む。それもそか。ヨシ、弥勒は当分彼女作んな。俺との友情優先しとけ」
「勝手やなー。女は作ったりせんけど、遥は勝手や」
「勝手じゃねえ。俺との友情は優先だろ」
そうだそうだ。弥勒には俺との晩メシ食うっつー最優先任務があるんだったな。
それが終わるまで弥勒は彼女作んの禁止だ。
「お邪魔しまーす」
「おう。上がれや」
放課後はいつものように買い出しして弥勒んちに突撃だ。今日は生姜焼きを教えてくれるらしい。
俺もちょっと慣れてきたぞ。
作業しながらでも、弥勒とちょっとは喋る余裕が出てきたし、色々喋ってみよう。
例えばこの今日使う調味料についてだ。
「弥勒ってけっこう醤油とか味噌使うよな」
「おう。向こうでもそうやったで」
「へえ、味噌醤油はアメリカでも売ってるんだ?」
「まあな。味噌と醤油は親が好きやったし、わりと家にいつもあったわ」
「親は日本人…じゃねえよな?」
「半分は国籍日本や。クオーターで完全な日本人っちゅうわけやないけど」
「もう半分がアメリカ?」
「フランス」
「は? アメリカのニューヨークから来たクセに?」
「おう。生まれはドイツ」
「多国籍だな。じゃ今弥勒の国籍はどこになってんだ?」
「今はまだ重国籍や。選んでへんしな。成人年齢までに選ぶ予定やけど」
「もしかして、英語以外も喋れるのか?」
「多少はな。言うてもドイツは5歳、フランスは8歳までやったし、そこまでやけど」
「そのあと15までアメリカ?」
「一瞬だけ中国やったけど、あと日本にはちょこちょこ来てた」
「中国語まで喋れるのか」
「ちょっとだけや。読むのは辛いし」
中国にいたのは半年ぐれえだから、訛りも酷えし忘れてるから、ちゃんと喋れるって範囲じゃねえっつー事らしい。
ちなみに弥勒が分かるのは北京語オンリーなんだとか、広東語とかの他言語は出来ねえって、中国は言語がいっぱいあるみてえだ。
「弥勒の親ってなんでそんなウロウロしてんだ?」
「あちこちで教える古生物学者やしや」
「弥勒んちも学者なのか。あちこち行く親の子どもって大変そうだな」
「ちょっとは大変やな。変わった親持つと苦労する」
「どんな苦労したんだ?」
「身体作れって無理矢理格闘技やらされたりとか」
「えー無理矢理なのかよ。やだなそれ」
「おう。体力ないとフィールドワークに連れてけんっちゅうてな」
「勝手な親だなー。過酷なとこに子ども連れてくなよ」
「ほんまそう。置いて行けんっちゅうてたクセ、今は置いてっとるっちゅうな」
「矛盾だな。でも着いて行きたかった?」
「もう勘弁して欲しい。親おらんのせいせいするわ。オレが自立するまで元気で金だけくれたらええ」
「あは。元気ではいて欲しいんだな」
「まあな。嫌いやないし。いっしょにおると、ムカつくけどな」
「滝とは顔見知りだったみてえだけど、会ってたのって日本だよな」
「おう。日本のばばあんちの近くに慶太のばばあんちがあるんや。めっちゃ長閑な田舎やで」
「フランスにもばあさん居るのか?」
「8歳までいたんはフランスのばばあんちや。3年放置で預けられてな」
「なんだそれ。放置すんなだ」
「あん時は参った。置き去りで体力つけろて格闘技やし」
「酷え」
「まあ、その後も帰って来ん事多かったし、慣れてあれこれ思わんようなったけど」
「………ん? もしかして弥勒、どっちかいねえ?」
「いや、これが両方健在っちゅう酷い話や。普通はせんと思うんやけどなー」
「さらに酷え話だった。そう思うと俺んちは普通だな」
父親はちょっと変わった仕事だけど、母親は普通の主婦だし、預けられて放置される事もなかったし、外国連れ回されてもねえ。
ちっせえ頃から変な本ばっか勧めてくる困った親だったけどさ。
出来上がったメシ囲んで食う。うめえ。生姜焼きうめえ。
焼くのは弥勒が係になってから、俺はすげえ安全だ。
危険な時は弥勒を盾にして隠れられるポジションにいる。うま。
「やっぱ英才教育やったんや?」
「英才教育とは違うな。あれは自分の趣味の押し付けだ」
「数学の趣味を共有したがってるんや」
「母さん数学得意じゃねえから、俺と彼方が餌食だったんだよ」
うちの母さん超絶文系だから、大学入学と同時に算数以上は使わねえ生活にシフトしたらしいし、数学の話しは全然合わねえんだ。
「分かってもらえて嬉しかったとかちゃうけ?」
「あいつは歩み寄るときりがねえヤツだし、あんま歩み寄っちゃなんねえけどな」
「きりないんや? ちょっとぐらい歩み寄ったれや」
「やだ。何時間も話に付き合わされてみろ。ウンザリするぞ。付き合うのは小学生までだよ」
「小学生で数学者の話に付き合えるレベルやった事が驚きやけどな」
「そこはちゃんとあいつもレベルは落としてたぞ? 最初は数学に興味持つように色々してたけど、レベルそんなにだったし」
俺と彼方は長さ測って遊んでたけど、幼稚園入って分かった事は、他所んちじゃ積み木に、長さのメモリは付いてねえっつー事だ。
2歳ぐれえで三角形の積み木の長さについて、頭捻る遊びは一般的じゃなかった。
それ知った時はカルチャーショックだったぞ。
「ぷ。三角の積み木の一辺の長さに悩む2歳児て」
「幼稚園入って他の遊びとか徐々に覚えると、拗ねるようなってな」
「ぷは。拗ねたて、親拗ねるんか?」
「せっかく2人も居るのに、相手してくんねえって、ぶつぶつ言ったりだ」
ヤツは一旦拗ね始めたら長えから、ギリギリを見極めて、なるべく放置する方がいいんだよ。
相手してたらキリがねえヤツだ。
「愛情表現が濃いな。オレそこまでまとわりつかれた事はないな」
「親の書いた論文見せてきたりしねえんだ?」
「それはあった。それ学者の子どものあるあるやろ」
「やっぱどこの学者も子どもにやるんだな」
弥勒と親の文句言い合いながら盛り上がる。弥勒も俺も親の文句を楽しそうに言う。
嫌いってほどじゃねえけど、親はムカつくし、親の悪口いっぱい言ってやろう。