中間考査前
「ほらよ。問題作ってやったから、今日からおめえら特訓しろ」
「や〜ん。遥くんありがとう〜」
「さすが遥くんだ、感謝だよ〜」
朝のホームルーム前、教室でいつも通りカバン置いてたら、遥が伊東藤本とそんなやり取りしてる光景が目に入ってきた。
わざわざこの2人のために対策問題作ってやったんや…マメやな〜。ちょっとびっくりするマメさやわ。
「いいか? これは施しじゃねえからな。おめえら俺に貸し一つだぞ? 分かったな? 貸しは返せよ」
「返す返すって」
「貸し返すから」
「赤取ったら教師じゃなくて、俺が酷え目に合わせっからな?」
「大丈夫! ちゃんとやるから」
「質問する。教えてね。遥くん」
「……おまえ、家で問題作ってきたんや。すごいな遥」
「復習のついでだし、そんなすごい事はやってねえよ。こいつらのレベル超絶低いし」
「いやでも、普通は問題作ってこんやろ…」
「教えろっつークセに、やらせる工夫してやんねえと、絶対やらねえんだから、しょーがねえだろ?」
「遥くん、分かんない」
「1問目、分かんない」
「さっそくかよ! 1問目って一番簡単だぞ⁉︎ 入学してすぐんとこだぞ。どうなってんだよ。おめえらの頭ん中は?」
そんな文句を言いながら、初歩とも言えんような問題について、めっちゃ丁寧に説明を始める遥に、オレはただびっくりな顔する。
伊東藤本の分かってなさもびっくりやし、遥のマメな教え方にもびっくりや。
そらアテにされるって…こんな面倒見てもらえるなら。
ついでやしとオレも遥の説明に聞き耳を立てると、こいつの説明、数学好きて言うだけあって、丁寧でめっちゃ分かりやすいし。
こらオレも今回はそこそこやれるんちゃうかて思えてくるな。
遥とやれば遅れた分ぐらい、普通に取り返せそうやし、ちゃんとやろ。
「おい待て、伊東。なんでそこが3になるんだ? おかしいだろ? 12ー4で3とか、バカだろ」
「あ、ほんとだ。よく気づいたね、さすが遥くん」
「すごいね遥くん。数学が百点だっただけあるよ」
「すごくねえ。解けて当たり前の問題解いて、すげえとかねえだろ。百点は普通だ」
「数学は百点が普通なんけ?」
「普通だろ。教師がどんぐれえ出来るか調べるテストで、意地悪な問題ねえのに落とさねえだろ」
「引っかけとか、なかったんや?」
「実力テストで教師は勝負かけてきたりしねえしな」
「教師に勝負かけられるって、おまえのテスト観おかしないけ?」
「中学ん時はそうだったぞ? 明らかに範囲越えた問題が絶対1問はあったし」
「弥勒くん、ダメだよ。遥くんの数学は次元違うから」
「そうだよ、弥勒くん。理解出来る次元じゃないから」
「いや、テストの出題範囲越えたらあかんやろ。教師おかしいって」
「中学の数学は変な教師だったから、そういうのが普通だったんだよ」
おかげで鍛えられたとか言うてるけど、意味不明や。
習ってへん事出来るおまえが変なんちゃうんけ? とかオレは思うで。
「む? 中学の数学なりか? 面白す先生だったなりよ」
昼休み、興味が湧いたし慶太んとこきた彼方に、中学の授業の事聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
数学者崩れやったて。
「何やら変わった問題出す、面白す先生だったなり。懐かしき〜」
「数字をこよなく愛するヤツだったしな」
「中学生の遥と彼方をすごく可愛がってたんだよね? 中学生の彼方、かわいかっただろうな〜」
「変わった問題を出すて、どんな問題や?」
「代数先生だったなりから、代数問題だったなり」
「習ってねえ記号使わせてくる変な教師だったよな」
「先生これ解けるなりか? いっぱいしたなり」
「習ってへんのに、何で解けるんや」
「本読めば出てくるじゃん。漢字といっしょで習ってなくても、ある程度は分かるだろ?」
「おまえ数学の本を読むんや?」
「父親数学者だしな。家に数学の本いっぱいあるから」
オレの親も大概やと思てたけど、こいつらの親も大概やな。英才教育っちゅうやつか。
いや、オレは英才教育受けたわけやないけど。
でも数学者崩れが数学者の息子娘に興味持つんは、ある意味当然で普通か。
親が変わってると、子どもは苦労するもんやしな。
「ミロク苦労人なりか?」
「オレのはまた別方向やったけどな。それより、今度のテストは遥のおかげで安心やわ」
「弥勒、俺数学以外は普通だぞ?」
「学年3位やったんやろ? 他もそこそこっちゅう事やんけ」
「かなタソ勝ったなりが、はるタソもよろしだったなりね。ぷぷ」
「うっせえ。次は勝つ。慢心と油断のせいだし、いつまでもその栄光の座は続かねえ」
「また吠え面かかせてやるなりから、かかってくるよろし」
「彼方、おれといっしょに勉強しようね」
放課後、買い出しして着替えたら、遥の料理教室開始や。今日はハンバーグの予定。
油が怖い遥には、ちょっと高度かもしれん。
「う〜弥勒…目が、目が痛え…うー」
「あかんあかん。目擦るな、擦ったら余計酷なる」
玉ねぎのみじん切りごときで泣く遥のせいで、作業がなかなか進まへん。
やめろ代ったるっちゅうても聞かへんし、こいつ。
「諦めてオレに代われって」
「やだ。玉ねぎごときに負けたら、俺のプライドが許さねえ」
「どんなプライドやねん、それ」
「野菜ごときが人間様に勝てると思うんじゃねえっ。切ってやる。うー…」
モタモタ時間かけるせいで、余計玉ねぎの成分が飛ぶし、遥はめっちゃ時間かけて、ハンバーグのタネをまとめるまでやった。
オレがその間に付け合わせとかサラダとか汁物を作ったら、なぜか遥が怒りだす。
何や? オレ、何で怒られてんねん?
「むー。弥勒が勝手な事する」
「勝手て…他も作らな足らんやろ?」
「俺が苦労してる間に他作るんじゃねえ。むー」
「いや、腹減るし早よ食いたいやんけ」
「そっちも作りたかった…作り方知らねえし、それ」
「ちょっとずつ覚えろや。ちょっとずつでええって、何回でも教えるし。な?」
「そんな悠長な事言ってたら、1ヶ月じゃ出来るようなんねえぞ?」
「アホ。1ヶ月で全部出来るようなるとか、無茶言うな。もっと時間かけてやれって」
「ん? 来月も教えてくれるのか?」
「当たり前や。出来るようなるまで教えたるし、今回は納得せえ」
「そか。俺今月だけかと思ってた」
どうやら料理教室は今月限定やと思ってたらしい。
1ヶ月で出来るようになるとか、どんな才能あっても無理や、実はこいつアホなんけ?
機嫌直ってもやっぱり油にビビるし…遥ビビり過ぎや、ビビるからはねるんやって、そんな腰引いたら余計危ないから。
「でも、ジュージュー言ってて怖えじゃんっ」
「大丈夫や。怖ないって」
「飛んだっ! 今ピッて飛んできたっ」
「大丈夫や、ヤケドはしてへんやろ? どもないって」
「でも熱そうで怖えっ! あち! また飛んだ!」
「代われ、オレやるから」
「そうはいかねえだろ! あちちっ! 出来るようなる!」
ビビりながらも出来るようにはなりたいらしく、オレが代わるより手間かかるけど、しゃーないからハンバーグ焼かせたる。
オレはこっちで他やっとくしかないか。
盛り付けとかやれば安全やっちゅうてるのに、こっちやらんでなんで焼く方やりたがるんや。
遥が大騒ぎしながら焼いたハンバーグ持って、テーブル着いたら向かいあって、ようやくメシの時間や。
「うめえ。ハンバーグうめえ、胡麻和えもうめえ、味噌汁もうまー」
「昨日の煮物もちゃんと食えよ」
「食う。味しみてうめえ。弥勒の煮物うめえ」
「明日は平和なやつ作るで。揚げたり焼いたり炒めんメシにしよ。おまえには早いて分かったし」
「えー? 俺ちゃんと出来るようなりてえぞ?」
「いや、他の先に出来るようになれ。その方が効率がええし」
「むー」
「むー言うてもあかん。しばらく遥は煮ると茹でるや、煮る茹でる係な」
「係か。係だったらしょーがねえな。でも切るもしてえ」
「ほな、切る煮る茹でる係や。焼き揚げ炒めはオレがするしな」
「うん。分かった。弥勒と分担だ。分担作業か、チームみてえだな」