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この恋のために  作者: ひなた真水


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33/41

しばらくの

「む。父さんの後輩の息子さん、そんなヤベえのか」

「そうらしいんだよ。遥、頼めるかい?」

「むー母さま〜はるタソばかりアルバイトはズルす〜」

「でも彼方、息子さんなら教えるのは遥の方がいいでしょ?」


 父さんの後輩の中学生の息子さんの成績が、高校受験控えてるのにかなりヤベえらしい。

 俺は平日夕方の時間は弥勒と晩メシ作ってるけど、週1でいいから、時間都合つけて家庭教師頼めねえかっつー話が舞い込んできた。


「父さん、本人はどう言ってるとか知ってるか?」

「高校にはちゃんと行きたいらしいけど、授業についていけないって言ってるみたいだね」

「ふむ…本人にやる気があるなら、都合つけるよう相談してみる」

「そうだね。弥勒くんに習ってる料理の回数、減らす方向で相談してみてくれると嬉しいよ」



 そんなわけで、さっそく弥勒と晩メシ食う頻度の相談しよう。その子の受験期間が終わるまでだし、そんな怒る事はねえだろうけど。


「え、家庭教師てマジか。ゼミ生とかには頼めへんのけ?」

「4時から7時までだし講義の時間に被るから、ゼミ生だと時間的に難しいんだよ」

「そうか。ま、遥がやりたいて思うなら、オレがどうこう言うのは筋違いやし、頑張れや」

「うん。責任重大だけど、本人が頑張るならやり甲斐もあるだろうしな」

「ほな、週1回いつ行くか決まったら教えてくれや」

「すまねえな弥勒。晩メシ1人で食うの、寂しいだろうけど」


 弥勒も怒んなかったし、俺も頑張って準備して、その子をいっぱい応援しよう。日浦拓巳くん、14歳か、どんな子だろうな?



 授業終わったら、直接電車乗って30分移動して、今日から毎週水曜日4時から7時は、日浦拓巳くんの家庭教師をやろう。


「こんにちは。拓巳くん、俺は楠木遥だ。受験までの間、いっしょに頑張りにきたぞ」

「………はぁ、よろしくお願いしま〜す」


 拓巳くんはなんと言うか、髪の毛茶色くて派手なTシャツで、ちょっとイタズラ坊主な感じで、俺の周りにはあんまいねえタイプだ。

 何はともあれ、まずは拓巳くんが勉強のどこで躓いて困ってるのか、そこを把握しねえと始まらねえな。

 色々聞いてみようか。


「じゃまずは授業についていけてねえって聞いたけど、いつ頃から勉強が難しいって思うようになったんだ?」

「分かんね。気がついたらっつー感じ?」

「その気がついたらっつーのがいつ頃だ? 俺の知ってるヤツの中には、小学校3年ぐれえからってのもいるけど」


 中学生になってから家庭教師つけたって事は、全く勉強が出来ねえってわけじゃねえ。

 なら、どっかで積み損なった時期があるはず。

 字が読めて加減乗除を習うぐれえまでは、躓くヤツは少ねえから、分かんなくなったとこからやれば出来るようなるはずだしな。

 伊東藤本なんかは小学校で習う分数で躓いた口だし、歴史を習う時に躓くヤツや、英語で躓くヤツもいるからな。


「………つかさ、おれ高校行けりゃどこでもいいから、先生も適当でいいよ」

「む。拓巳くんは行きてえ高校とか大学はねえのか?」


 そりゃ勿体ねえ。拓巳くんの父さんは、うちの父さんの後輩だから、家庭環境は大学行けるはずだ。

 大学行かねえのは勿体ねえぞ?


「…別にぃ。勉強なんか、どーせやっても、たかが知れてるし」


 なんだ? なんかエラく不貞腐れた感じだな。

 たかが知れてるっつーほど、今までいっぱい勉強やってきたわけじゃねえだろ?


「そうか? 俺は勉強ってやり方次第だと思うぞ? いくらでも楽しくなる」

「は? 楽しくなるわけねえじゃん、あんなの。みんな親とかがうっせえから、やってるだけっ」

「ふむ。勉強が楽しくねえのか…じゃ俺とちょっと勝負してみねえ?」

「………勝負?」

「うん。俺さ、友だちと遊ぶ時はよくゲームで戦うんだけどな、ゲームの勝ち負けは楽しいだろ?」

「まあ…でもゲームと勉強は違えじゃん」

「ゲームみてえな勉強もあるんだよ。ちょっとやってみねえ?」


 俺がちっせえ頃、彼方とよくやった計算競争をやってみようか。

 マスに数字埋めてく一桁の単純な足し算の、スピードを競うヤツ。

 タイマー使ってスピード測定しながら、正答率も競えるっつー楽しい勝負だ。

 俺のベストスコアは百問1分07秒。

 誰とでも出来て、意外と白熱して、楽しく勉強出来るっつー事で、よく中学の時にも、テスト前には友だちと勝負したっけ。

 ノートを縦10マス横10マスに区切って、一桁の数をランダムに端っこに書いて、9×9マスをヨーイドンで計算勝負開始する。

 これに慣れるだけで、2桁でも3桁でも、暗算が飛躍的に早くなるっつー楽しくて、かなりお得な勉強方法だったりする。


「ちょ、先生早くね? 2分切るっておかしいよっ!」

「ふっふっふー。慣れたら賢さ関係なく、こんぐれえ誰でも出来るんだぞ? しかも勝つと楽しい」

「ズリいっ! すげえ先生慣れてるっつー事だろ! ズリいぞそれっ!」

「今日ちょっと練習したら、クラスの頭いいヤツとやってみなよ。すぐに勝てるから」

「マジ? 塾通ってるヤツらに、そんな簡単に勝てるようなるわけねえって」

「そう思うだろ? これ意外とそうでもねえんだよ。慣れてるかどうかがすげえデケえしな」


 見た目通り負けん気が強いらしい拓巳くんは、1時間の練習でみるみる計算スピードをアップさせて、百問の計算が3分以内になる。

 なんだ、楽しくねえからやる気出ねえだけじゃん。

 やる気になったら、こんなすぐに成果の出せる子なんだ。これなら大丈夫だ。


「どうだ? 成果が出ると楽しくなるだろ? これ以外にも色々あるぞ」

「これ以外の色々って? 計算早くてもあんま自慢出来ねえけど」


 俺は伊達に双子をやってねえから、かつて彼方とやって盛り上がった競争を色々教えてやる。

 覚えるのも誰かと競争すれば楽しいぞ。


「5分以内? ムリムリっ! 一個も覚えらんねえって!」

「そう思うか? 初めて聞いた歌の歌詞、内容一個も覚えらんねえ事ねえだろ?」


 こんなの掛け算の九九覚えた時、ぶつぶつ一生懸命呟いて覚えたのといっしょだ。

 ちょっとやればすぐに出来るようになるって。


「歌とは違えってー。こんな意味ねえ言葉じゃムリだよ〜」

「いっしょだぞ。イメージがねえから意味ねえって思うだけだよ。この記号、すげえ簡単だろ?」


 足し算のプラスの記号が覚えられるなら、他のも意味さえ解れば覚えられるんだ。

 ようはこいつを使いてえっつー気持ちの問題だよ。

 友だちを歴史上の人物に例えるのは楽しいぞ?

 欠点がねえような有名な武将でも、意外と欠点だらけだし、こっそり面白えんだ。

 こっそり英語でからかうのも、難しそうな古語使って相手を煙にまくのも、面白え遊びだろ?

 勉強っつーのは楽しくするもんだ。



「おれ、ずっと自分は意味ねえ事やってるって思ってた」


 俺の普段やってる勉強の楽しみ方を教えてやると、拓巳くんは嬉しそうに勉強やりながら、そんな事をしみじみと言った。

「そんなわけねえ。生きるのを楽しくするのが勉強で知識だ。楽しくねえ事をズルい大人が頑張るわけねえよ」

 どんなに楽しくても、遊ぶと疲れるのといっしょで、勉強もやれば疲れるけど、頑張ればやりてえ事が出来るようになるぞ。


「先生、おれでも、今からなんか目指して間に合うかな?」

「当たり前だ。俺もいっしょに頑張りに来てるんだから、手伝いならやってやる」


 つか、中学生ごときで色々諦めるとか、あり得ねえだろ。

 まだ自分が何に興味があるかすら、自分で分かってねえんじゃねえのか?


「マジ? 先生が行ってる高校でも行ける?」

「あの程度なら楽ショーだ。分数がヤベえヤツも、英語でfourが書けねえヤツも受かってる」

「ちょ、それマジ? さすがにおれ、それはどっちも出来るぞ?」


 俺が通ってる高校は普通の公立高校で、特別な進学校でもなんでもねえから、テストの平均35点じゃ厳しいけど、十分間に合う。

 35点のヤツを80点にするのは、85点のヤツを100点にするより、よっぽど簡単な事だし、拓巳くん全然余裕で目指せるぞ。


「拓巳くんは覚える事と考える事が苦痛だって思い込んでるだけだからな。うちの高校ぐれえ楽ショーだ」


 拓巳くんの躓いてるとこは、伊東藤本の出来なさに比べりゃ全然かわいいもんだし、やればガンガン伸びるのも分かったしな。

 この子は学校の勉強が楽しくねえだけで、楽しい勉強のやり方さえ知れば、俺の力なんかすぐに必要ねえようになるだろう。


「先生、頭いいのに、なんでそこ行ったんだ?」

「公立で安くて近えから。俺大学で金かかるとこ行く予定だし、高校の勉強なら家で出来るからな」


 俺は理系男子のカッコ良さを説明しながら、拓巳くんに大学でチーム組んでやるような面白え研究内容をいくつか教えてやる。

 すげえくだらねえ事について、真面目にアルゴリズム…手順や計算方法の解明を試みたり、定理や法則性を必死こいて探したりだ。


「そんなアホっぽい事、真面目に研究するもんなのか?」

「大真面目にやってるヤツがいっぱいいるぞ。だから大学行きてえんだ」


 バカじゃねえのかっつー疑問も、実は解明されてねえ事がある。

 大学っつーのは自分のやりてえ勉強出来るから、行く価値あるんだ。


「うわ…聞いてたらおれ、大学行きたくなってきた」

「だったら色々勉強して、出来る事増やそうぜ。勉強するっつーのは、すげえ楽しいぞ」


 俺はすっかりやる気になった拓巳くんと、時間いっぱいしっかり勉強して、いくつか次の時までに、これやっておくといいっつーアドバイスして、初めての家庭教師の授業を終えた。



「───弥勒? もうメシ食ったか? 俺今家庭教師終わったとこだ」

『ちょうど今から食うとこや。お疲れさんやったな。初の授業はどやった?』

「いい子だったぞ。最初はちょっと不貞腐れた感じだったけど、学校の勉強が楽しくねえだけだったし」

『そらよかったな。まあ、伊東藤本に教えられるんやし、たいがいのヤツは大丈夫やと思てたけど』

「うん。俺、責任果たせるか心配だったけど、大丈夫そうでほっとしたよ」

『よかったら今日の話、もっと聞かせてくれや』

「でも、今からメシ食うんだろ?」

『メシ食うから、話し相手が欲しいんや。やっぱ1人で食うんは味気ないし』

「なら話しながら帰るな。まず最初見て思ったのがさ………」


 ワイヤレスイヤホンの向こう側で、弥勒が晩メシ食いながら、俺の今日の頑張りを楽しそうに聞いてくれる。

 なるほど、今日は弥勒、グラタンだったのか。

 あつあつのマカロニグラタンに、鮭のムニエルと、ベーコンのコンソメスープ。

 いいな、最近寒くなってきたから、あったけえメニューはうめえだろ、俺もいっしょに食いたかったぞ。

 今度いっしょに作りてえ。


『ほな今度いっしょに作ろや。グラタンばっかはあれやし、シチューとかでもええで?』

「む。シチューもいいな。ホワイトソースのやつだろ?」

『おう。ベシャメルソースは今日作り置きしたから、シチューなら簡単に出来るし』


 冬の本格的な寒さはまだだけど、11月の冷える夜道を歩いて帰りながら、明日の晩メシの相談をしてると、心がほっこりする。

 弥勒が応援してくれるなら、俺もいっぱい頑張れるから、きっと拓巳くんを志望の高校に合格させてみせるぞって元気が湧いてきた。

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