秋というものは
「弥勒おはよー。これ母さんが弥勒に渡せって」
「おはよう遥。なんやこれ?」
「ぎんなんだって。秋だからじゃねえか?」
「ぎんなん? 何それ」
「む。ぎんなん知らねえか? イチョウの実をぎんなんっつーんだよ。食った事ねえ?」
「イチョウの実って、秋に臭なるあれけ? あんなん食えんのけ?」
「塩つけて食うとうめえぞ」
「はー日本の秋の味覚っちゅうやつか。ぎんなん…」
弥勒はどうやら、日本に来るのはいつも夏と冬ばっかだったらしく、春や秋の日本の事は、あんまよく知らねえらしい。
夏と冬の長期間の休みの間は、たいていフランスのじいさんばあさんちか、日本のじいさんばあさんちにいたみてえだけどな。
「そゆ事なら、弥勒には日本の秋を満喫させねえとだな」
「秋ってなんか祭りとかやるんけ?」
「やる地域もあるけど、それより行事が色々あるぞ。9月にも節句とかお月見とかお彼岸とかな」
「へえ、9月に3つも行事があるんや」
「それぞれ栗ごはん食って、団子食って、おはぎ食うぞ」
「日本の伝統行事て、なんか食うてばっかりやな」
「遥、それは弥勒が誤解するよ。それぞれの日に、ちなんだ食べ物はあるけどさ」
「む。滝は詳しいのか?」
「遥よりはね。9月の節句は重陽の節句って言ってね…」
滝の説明を聞きながら、やっぱ重陽の節句は栗ごはん食って、お月見には団子食って、お彼岸はおはぎ食うじゃんって俺は思う。
「なるほどな、それぞれ、そういう謂れがあるんや」
「ま、家でちょっとやる行事だし、派手さはねえけど、季節感じるにはいい行事だろ」
「おう。ほな10月とか11月にも、似たようなんあるけ?」
「10月には衣替えとか十三夜があるね。11月は立冬や七五三があるし紅葉狩りもするよ」
「やっぱり日本は伝統行事多いな。アメリカの秋はハロウィンと感謝祭ぐらいや」
「弥勒はハロウィンで仮装した事あるか?」
「当然ある。オオカミ男、フランケンシュタイン、殺人鬼ジェイソンとかな。気合い入れてミイラやった事もあったな」
「すげえ。いいなー、仮装って楽しそうじゃん。俺ちょっとやってみてえぞ」
「遥、女装も仮装の一種だよ。今度ガッツリ女装するじゃない」
「む。あれは俺一人じゃん。あれも悪くねえけど、みんなで仮装パーティするっつーのが楽しそうじゃね?」
「おれは彼方とやる予定だよ。なんならみんなで仮装して集まって遊ぶ?」
「お? ええな。でも仮装パーティ言うてもどこでやるんや?」
「仮装パーティなら場所さえ借りれば、どこででもやれるって。カラオケボックスでもね」
「たしかに、肝試しで屋敷借りるより簡単で安いだろうな。大勢の方が楽しいし、みんなでやろうぜ」
「賛成ー! あたしもそれ参加したーいっ! 遥が仮装するとか、見るしかないっしょ!」
「おまえなんか参加せんでええって。あっち行け」
「もーまた弥勒くん邪魔するーっ! 滝くん、あたしも絶対参加だし!」
大勢の方が楽しそうっつった手前、仮装パーティ来んなとも言えねえ俺は、黙って弥勒と相沢の攻防を眺めながら、ちゃんと相沢の気持ちはどうにかしねえとって思う。
俺は弥勒が好きだし、弥勒も俺が好きっつってくれるから、でも俺、まだ弥勒と付き合う勇気は出ねえから、うーん…
俺がなんて言ったらいいか、考えてる間に相沢はさささっと、仮装パーティに参加するっつって、いつものように引いてった。むー
「手強い…あいつほんま手強いし嫌やー」
「今回は遥もああ言った手前、無下には出来ないね」
「ほんと、めげねえよな…」
帰り道の買い出しで、弥勒とせっかくだしって今日はサンマを選ぶ。
日本の秋の味覚だし、食わねえのは勿体ねえからな。
俺は魚の下拵えに初挑戦だから、気合い入れて頑張るぞ。
なになに? まずはしっぽから頭向けて包丁で擦ってくのか。ふむふむ。
「擦りすぎんなよ? 適当にウロコとかヌメリが取れたらええしな」
「了解だ。中身がグズってならねえようにだな」
サンマの表面をきれいにしたら、次は塩を均一に振って味付けか。
塩振って味付けしたら、切り目入れて魚焼きグリルで焼いてくぞ。
「おっしゃ、ええ感じや。焼いてる間、オレの代わりにこれ擦ってくれ」
「ダイコンか。付け合わせにダイコンおろしは絶対だもんな」
「おまえも、ついに付け合わせに手が出せるようになったやんけ」
「そういやそうだ。すげえ、俺なかなか成長してるじゃんか。全部自分だけで出来るようになるのも夢じゃねえな」
「気合い入れておろしや。ダイコンは力込めた方が上手い事おろせるからな」
「がってんだ! ぐあーっておろすぞ、ぐあーって」
弥勒から引き継いでダイコンを力いっぱいおろして、サンマがいい感じに焼けたら、母さんのぎんなんといっしょにいただきます。
「うまっ。これがぎんなんの味かー。うまいな、これ」
「サンマもうめえが、ぎんなんもうまっ。秋っつー味だなー」
「栗ごはんも食いたいな。スーパーに剥いたやつ売ってたし、今度栗ごはんも炊こか」
「いいな。秋はキノコもうめえから、キノコも食いてえぞ」
「ええな。うまいもん色々食いたいわ。秋の味覚や。食欲の秋やし」
松茸は高えけど、しめじなら買えるなとか、弥勒といっしょに、今年食えそうな秋の味覚について、色々相談してくぞ。
柿、梨、栗、サンマ、カツオ、しゃけ、きのこ、レンコン、かぼちゃ、さつまいも、秋の果物や魚や野菜も、うめえ物いっぱいだな。
「そういや弥勒、今年のクリスマスは日本でいいのか?」
「おう。学校があるし、ジジイもババアもそんなワガママは言わんで。正月にでも行くわ」
「そっか。フランスの新年っつーのはどんなだ?」
「特になんもないんがフランスの新年やな。店も開いてるのが普通やし」
「日本の正月みてえに、新年のお祝いとかしねえのか?」
「別にせんな。ノエルはどこの家でもやるけど、新年は地味なんがフランスや」
へえ、フランスじゃクリスマスは、基本的に家族でお祝いするもんで、友だちや恋人よりもいっしょに過ごすことが多いんだ?
「マジか。じゃやっぱ年玉もねえのか?」
「ないけど、代わりにプレゼントはめっちゃもらうで、その日会わへんような親戚もくれる」
弥勒の母さんは兄妹が5人もいるらしく、日本の親戚と違ってその全部が、毎年きっちりクリスマスプレゼントくれるのか。
俺の親戚はばあさん以外、正月に会わねえと年玉くれねえから、そっちの方がいいかもしんねえ。
山盛りのプレゼント、すげえな。
「む。年玉ねえのはあれだけど、クリスマスプレゼントがいっぱいあるのはいいな」
「日本のジジイババアは、クリスマスプレゼントの代わりに年玉っちゅう感じやったな」
「なるほど。日本のばあさんっつーのはクリスマスとか、あんまだもんな」
「おう。さすがに親もクリスマスと誕生日のプレゼントはくれたな。たいがい1個やったけど」
「そこはやっぱ分けて欲しかっただろ?」
「まあ、2個欲しい時もあったけど、その分高いのくれてたわ。チャリとかスケボーとかな」
ふむ。乗り物系のプレゼントか、俺には縁がねえけど、自転車とかはたしかに、1台の値段が安い物でもそれなりにするらしいな。
「安いの2個より高いの1個か。なるほど、それは仕方ねえな。俺は誕生日オモチャが多かったぞ」
「数学の本やなかったんや?」
「父さんにとって、それは隙みて渡す物だ。誕生日じゃなくてもくれるし、当然付いてくるな」
数学パズルやらクイズやら暗号などなど、何かっつーとやってみろって持ってくるし、解かねえと拗ねるのがうちの父さんだ。
ちっせえ頃は数学クイズとか楽しかったけど、テストが終わるたびに新しい問題持ってくるから、もういらねえってなるんだよな。
「くれるん日常やったんや。オレにとっての化石みたいな物か。いらん言うてもくれるな」
「やっぱ化石はもらったのか」
「これいつのやと思う? とか、嬉しそうに聞いてくるんが親っちゅうもんやと思てたけど、普通の親はくれんみたいやな」
弥勒の父さん母さんもやっぱ、化石見て弥勒が解説とか説明聞かねえと、すげえ機嫌悪くなるんだな。
親っつーのは勝手な生き物だ。
「そうなんだよ。普通の父さんは嬉々とした顔で、自分の考えた問題持ってこねえ。俺は琢磨がいたから知ってたぞ」
「オレは学校行くぐらいまで知らんかったな。親が自分の仕事に関係する物くれへんっちゅうのは」
「む。友だちに聞かなかったのか…って、修行してたんだったな」
「おう。アメリカで、ツレの親に歯医者がいたから、ほなおまえがもらうんは抜いた歯なんかって聞いた事ある」
「ん? 親が歯医者なら抜いた歯はくれるだろ?」
見ろ、これはむし歯の乳歯だぞ! とか、この歯はすげえ年寄りのでな! とか言って自分のじゃねえ歯を押し付けてこねえのか?
いや、俺ならそんな物、どんな学術的価値が高え物でも、絶対いらねえけどさ、いらねえっつっても押し付けてくるのが親だろ?
「くれへんらしいで。専門家の親でもくれへんヤツはくれへんみたいや」
「専門家の親が特別に、自分の子どもにはあれこれを教えてえんじゃねえのか」
「そうらしい。オレも、なんもくれんのはオフィスワーカーの親だけやと思てたけど、違うらしいで」
「今まで知らなかったな。専門家の親っつーのは、好きで専門家なんだし、自分の専門分野を教えたがると思ってたぞ」
「世間ではそうでもないようやわ。オレもそん時まで知らんかったけどな」
「じゃ俺の父さんは特別変わったヤツなんだな。前からそんな気がしてたけどさ」
「ええやんけ。化石みたいにかさばる物やないんやし、もらっても困らん」
「化石はもらうと困りそうだよな。問題解いて紙は捨てるっつーわけいかねえじゃん」
「そやねん。しかも似たような貝とかの化石いっぱいやで。もういらんて普通はなるもんや」
「珍しい恐竜の牙とか爪はねえのか? もらうならやっぱ珍しいのじゃねえとだ」
「そういう珍しいのは学術的価値が高いやんけ。研究に使うからもらえんって。…いやいらんけどな」
琢磨の父さん母さんが普通の会社員だし、会社員が仕事の物くれねえっつーのは知ってたけど、専門家の親が仕事の物くれねえのか。
自分の興味ある物事に関心ありすぎるのが、専門家の特徴だと思ってたけど、そうでもねえっつー事を初めて知ったな。
でもパン屋の友だちんちはパンいっぱいだったし、みかん作ってる弥勒のばあさんはみかんたらふくだったけど、普通は違うのか?
そういう親って、自分の子どもにどう接してるもんなんだろう? 何もしねえっつー事はねえだろうしなー?
「やっぱあれちゃうけ。子どもに変わってるて思われんような物にしてるとか」
「こっそり自分に関係あるような物っつー事か。なるほど、歯医者の子どもは顎の本もらうとかな」
「おう。子どもが嫌にならん配慮が出来るっちゅう賢さがある親やろ」
「そうでなきゃおかしいよな。親が自分の仕事の物を何もくれねえわけねえ。絶対なんかやってるはずだもんな」
「オフィスワーカーでも自分の趣味やる時に、いっしょに子ども遊びに連れて行くんが親やしな」
俺と弥勒はそんな結論をつけて、親っつーのは、ほんと勝手だっつって笑いあった。
弥勒んちでメシ食って片付けが終わったら、秋の夜道をてくてく歩いて、約束の場所、相沢バイトのコンビニ前までやって来た。
缶コーヒー飲みながら、ぼんやり月を見上げてしばらく待ってたら、バイトが終わった相沢がコンビニから出てきた。
「ごめーん、遥。バイト長引いちゃった。けっこう待たせたよね?」
「かまわねえよ。話があるっつったの俺だからな。とりあえず駅前まで歩こっか」
「送ってくれんの? 遥の家すぐそこなのに、なんか逆に悪い気がするなっ」
「いいって。その代わり話は歩きながらでもいいか?」
「うん。遥の話って?」
月のきれいな夜道を、相沢と駅向かって、並んでゆっくり歩きながら、ちょっと顔上げて、ひと息吸ってから、言った。
「ごめんな相沢。俺、好きなヤツが出来たんだ」
そのまま2人で並んで5分ぐれえ歩いただろうか、長い沈黙のあと、俯き加減の相沢はちっせえ声で「そっか…」って言った。
やっぱ覚悟してても、傷つく言葉を言うっつーのは痛えな…そう思いながら、俺は相沢に言うべき、次の言葉を探しながら歩く。
「せっかく頑張ってくれたけど、俺の気持ちが応えらんねえってなった」
「そっか……その子と付き合うの?」
「付き合えるかどうかは、まだ分かんねえ。俺の気持ちは、まだ誰にも言ってねえからな」
「そうなんだ。それってさ、その子とダメだってなったら?」
「それでも相沢には応えてやれねえ。俺の中にある、そいつへの好きっつー気持ちが、相沢にはねえ。だからムリだ」
「あはは。じゃ完璧フラれたってことかー…」
「ごめんな。せっかく好きになってくれたのに、応えらんねえでさ」
「遥の気持ちで、出した答えがそれなら、文句言えないな…」
「分かってくれてよかった。好きだって言われたのは嬉しかったぞ。いっぱい頑張ってくれて、さんきゅな」
「そう言われたら、あたしもなんか、やり切った気持ちになれそうだよ。すぐにってのはムリだけど、諦められるよう頑張ってみる」
「うん。俺も頑張る。まだ全然上手く行くか分かんねえけどさ」
「いいなー。遥に好かれる子か、羨ましいなー。あたしも次は、自分を好きになってくれる人にしよっと」
「相沢なら、きっとすげえいいヤツが見つかるはずだよ」
「遥も頑張んなよー? あたしフったんだからさ」
暑くもなく寒くもない月のきれいな夜、少しだけ先を歩く相沢の背中を眺めながら、俺はポケットに手を突っ込んで歩いてく。
泣かれるかもしんねえとか、責められるかもしんねえって思ってたから、相沢がいい子で、そうならなくてよかったって思いながら。
駅の改札まで送ってって、振り返って「じゃまた学校で」って言ってくれた相沢を、見送って踵を返して自分ちに向かう。
弥勒の事、どうしようかって、もっといっぱい考えねえとって思いながら、でも、気持ち告げる決心のつかねえまま帰った。
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