就寝前
メシ食ったあと、風呂入れって言われて、行ったらまたびっくり。
ちょ、風呂にこのデカさの窓はねえだろ? これじゃ外からまる見えだぞ。
とりあえず風呂場のデケえ窓は、閉めといて湯船に浸かるけど、しかし風呂広いな。
田舎だから土地が余ってるとかか?
ちょっと古い造りだけど、一般の倍ぐれえ広そうな風呂だな。
風呂広いの気持ちいいな。ふぃ〜、いいお湯だ。
もしかしてと思って、ちょっと窓開けて覗いたら、きれいな月が見えた。
このための窓か? …いや、ばあさんもいるのにか?
ばあさんはさすがに、まる見えは恥ずかしいだろうよ。
なんで風呂場にデケえ窓があるんだ? これ俺の部屋ぐれえの窓だよな。?
汗流してさっぱりした風呂上がり、弥勒と泊めてもらう部屋に戻ると、布団が2組並べて敷いてあった。
普段ベッドの俺は、布団っつーだけでちょっとテンション上がるな。
まさに他所んち、窓から見える月が、海を照らしてきれいだ。
「弥勒、風呂上がったぞ〜。すげえいい湯だった」
「おう。窓デカいん気持ちよかったやろ」
「窓は閉めたに決まってるだろ。前人が通ったらまる見えじゃん」
「あそこは家の裏やし、滅多に人通らんで? ババアも窓開けて入っとるし」
「えー、ばあさん窓開けて風呂入るのか? まる見え恥ずかしいだろ?」
「そういうの、気にせんのがババアっちゅうもんや」
「そうなのか? うーん。ところで弥勒、もしかしてこれ弥勒のアルバムか?」
「おう。おまえに見せよか思てな、ババアに出してもらった。見るけ?」
「すっげえ見てえ。見せて弥勒!」
布団の上にあるアルバムはたった1冊だけだ。
俺のアルバムは10冊じゃきかねえのに、比べちゃいけねえ事だけど、少ねえって思っちまう。
「これがオレの生まれたて。赤子のオレや」
「うわ…“12月25日午後1時8分 命名 弥勒 4127g”って、デケえな、おい」
「おう。オレ生まれた時からデカかったらしいわ。めっちゃ丈夫やったって」
「4127gって俺の倍以上じゃん。4kg以上だぞ。2ℓペットボトル2本分以上…」
「遥1894gやったみたいやしな、ちょっとびっくりやろ?」
「ちょっとじゃねえ。かなりびっくりだ。でもこれがちっせえ弥勒かー」
生まれたばっかでくしゃってした顏の弥勒が、不思議そうな顏でこっち見てるポラロイドの写真。
すげえ、これ病院での撮影か。
「そういうサービスしてくれる病院やったらしいわ」
「名前、最初から決まってたんだな」
「おう。日本のジジイが男でも女でも“弥勒”にせえってな」
「なんで弥勒なんだ?」
「生きとし生けるものを慈しむ仏の名やしや。そういう風に生きて欲しかったらしい」
「そか。生きてるものを慈しむ名前か。じいさんからいいのもらえてよかったな」
「せやろ? ま、向こうじゃ呼びにくいて、さんざん言われたけどな」
「馴染みのねえ音だもんな。俺はよく弟?って言われるぞ」
「そらそやろ。オレも言うたしそれ。最初聞いた時は?やったで」
「弥勒、自分の日本語疑ってたもんな」
「お、これは初めてオレが日本来た時の写真らしいで。ババアがいっしょやろ」
フランスのじいさんばあさん、日本のじいさんばあさん、弥勒の父さん母さん、親戚のおじさんおばさん、弥勒の従兄弟たち。
写真の中で笑うちっせえ弥勒が、ページめくるごとに成長してくのが面白え。
む。滝発見!これはあとで彼方に自慢しねえとだ。
飛び飛びのアルバムを見ながら、俺は弥勒のちっせえ頃の話を聞いて、いっしょに笑う。
弥勒の家族、友だち、色々見せてもらう。
「すげえ、弥勒の母さん強そうだな」
「めっちゃ強い。あのクソ親は手の出るタイプや。遥んちとか、どつかれた事なさそうやな」
「む。頭ゴツンぐれえあったぞ。するのは母さんじゃなくて父さんだったけど」
「頭ゴツンはあったんや? あの優しそうなおとんが?」
「そだぞ。いたずらしすぎると、父さんの頭ゴツンだ。俺と彼方はそれすげえやだった」
「そういう事もするんや? 見えへんなー」
「そうか? 琢磨もやられた事あるぞ。琢磨んちの親、遅い事あったからな」
「へえ、他人んちの子ども、ちゃんと怒る事出来るんは偉いやんけ」
「今はちょっとぐれえそう思うけど、怒られた時はむーだった。よく怒んねえ大人になるって思ったぞ」
「そうか。やっぱ、大人になったら子どもは欲しいけ?」
「子どもな、俺は分かんね。たぶん俺、ずっと日本にはいねえし、まだそんな先の事は分かんねえんだよ」
「そうなんけ? 日本出てどこ行くつもりや? なんかやりたい事でもあるんけ?」
「マサチューセッツ工科大行くんだ。やりてえのは数学じゃなくて物理学」
「工科大か。ほなオレいっしょにアメリカ行くわ」
「ええ? 弥勒は弥勒で自分のやりてえ事やらねえとだろ?」
「オレのやりたい事の本場、アメリカやし、遥が行くんはちょうどええんや」
「マジか? 弥勒、何やりてえんだ?」
「あんま他人には言うなよ。エンバーマーや。知ってるけ?」
「エンバーマー、エンバーミングするヤツって事か? 死んだ人きれいにする仕事、だっけ?」
「おう。死体触る仕事やし、日本じゃあんまメジャーやないからな」
「なんで弥勒はそれなりてえって思ったか聞いていいか?」
「ええで。アメリカのオレのツレにな、たった11で死んだのがいてな……」
弥勒がアメリカで出来た最初の友だち、リアムは身体が生まれつき弱くて、病院を出たり入ったりしてたらしい。
明るくていいヤツだったけど、元々医者からも長生き出来ねえって言われてて、死ぬ半年ぐれえ前から寝たきりだったそうだ。
最期はメシが食えねえで、ガリガリに痩せこけてて、身体にチューブもいっぱい付けてて、見るのも辛い状態だったって。
それが弥勒の行ったお葬式で見たリアムは、優しく微笑むみたいな表情で、痩せこけてたほっぺたに血の気を感じる顏で、もうこれで苦しくないんだって、友だちみんな、泣きながらでもリアムの表情を見て安心して送り出せたって。
「あん時ほんまオレ、リアムきれいにしてくれたエンバーマーには感謝してん」
「そか。エンバーマーっていい仕事なんだな。人に感謝される仕事だ」
「おう。だから最初日本に行くて決まった時は、ムカついてしょーがなかった。またクソ親の勝手で振り回されるてな」
「そりゃそうだ。弥勒に勉強してえ事があったなら、ムカつくよな」
「おう。日本は火葬やし、エンバーミングするんが一般的やないから、技術学ぶならアメリカやし」
「じゃあ弥勒も高校出たらアメリカなのか」
「そのつもりやで。遥を日本で待たすん不安やったけど、これで安心や」
「工科大は寮があるから、俺そこ入るつもりだけど、近えといっぱい会えるな」
「オレは出来たらいっしょに暮らしたいけど?」
「む。ルームシェアか。スネ齧ってる間は出来ねえけど、大学出たらそれもいいかもだ」
「えー、大学出るまで無理け? オレ安いとこ探すで?」
「仕送り身分だしムリだろ。いっしょ住むのは稼げるようなってからだ」
「稼ぐようになってからか。ま、それもあとの楽しみに取っておくて思たらええか」
「弥勒は、俺が大学出る頃まで、俺の事好きか?」
「当然好きや。オレ遥の事一生好きやし、そんな短期間で変わるわけあらへんやんけ」
「弥勒は自分の気持ちに自信満々だなー。なんでそんな自信あるんだ?」
「分からん。分からんけど、一生好きて思える。オレは変わらんて信じれる」
「むー…」
「遥は焦らんでええって。それよりオレも聞いてええけ? なんで工科大で物理学なんや」
「俺のはそんな深くねえぞ。ファインマンっつーすげえ学者に憧れたからだ」
「へえ、リチャード・ファインマンか。鬼頭ええ物理学者やんけ」
「そだぞ。俺、ヤツの本読んで、絶対MIT行って勉強してみてえって思ってさ」
弥勒と色んな事を喋る。
布団並べて、将来の夢、好きな本の事、いつかやってみてえ目標、色々いっぱい、弥勒も俺も眠くなるまで。
「遥、おやすみ」
「うん。おやすみ、弥勒」
いくら喋っても、まだ全然喋り足りねえけど、明日もあるしって布団に潜って、おやすみの挨拶して目をつむる。弥勒、おやすみ。