料理教室
「弥勒、はよー。家で話したら、迷惑ならねえ範囲ならやってみろって」
「そうか。さっそく今日から家来るけ?」
「その前にこれ親から。教えてもらうんだし、材料費は必要だろ?」
「………こんなに? ちょっと多ないこれ」
「親が持ってけっつったんだから、受け取ってくんねえと俺が怒られる」
「……せやったらええけど。ほな、なんかやってみたいメニューとかあれば言えや」
「やっぱ定番といえば、カレーじゃねえ? 飯盒炊飯なら行った事あるし」
「ほな、放課後はカレーの材料買い出しやな」
朝のホームルーム前、弥勒と放課後の料理教室について相談する。
なるほど、家にある物は出来るだけ利用するのか。ふむふむ。にんじんと玉ねぎは買わねえでいい、と。
昨日教科書と体操服を無事ゲット出来たらしい弥勒は、今日から普通に授業を受ける。
そういや弥勒、体操服を体育服っつってたな。
ニュアンスの違いがあるんだけど、こういうのは、黙っておいてこっそり楽しもう。
「弥勒、次は選択だから、移動だぞ」
「おう。遥も選択は書道やったっけ?」
書道の授業は現在、篆刻っつー石のハンコの製作中だ。細え図案をひたすらコリコリ彫ってく、地道だけど楽しい作業。
「弥勒、刻印する図案、決まったか?」
「まあな。篆書体の“弥”にするわ。“弥勒”はちょっと難しそうやしな」
「ん? 弥勒は苗字で彫るのか? 俺、下の名前だけど」
「あ、そうか。自己紹介で弥勒高嶺て言うたしな。オレ、ファーストネームが弥勒やねん。クセでつい、な」
「そか。高嶺が苗字だったのか。……弥勒って呼んでていいよな?」
「おう。オレも遥て呼んでるし、弥勒でええで」
当然なんだけど、弥勒は横文字の発音がやたらと流暢で、俺はいちいちちょっと、えって思う。
弥勒にとっちゃ当たり前なんだけど、ちょっとだけ、え、だ。
放課後、カレーの材料買い出しして、弥勒の家に突撃して、制服の上着脱いでエプロン付けて、台所で料理教室の開始だ。
親戚のおじさんが大家のマンションは、玄関入ってすぐの手前がダイニングキッチン、奥が弥勒の寝室になってる2部屋の間取り。
高校生の一人暮らしにしては、けっこう贅沢な造りのマンションで、俺はちょっと羨ましい反面、掃除とか大変そうだって思う。
「新しくて綺麗な台所だな。俺んちとは大違いだ」
「ただの賃貸マンションやって。まずは野菜洗おか。洗剤使うなよ?」
「弥勒、常識だ。俺そこまで物知らずじゃねえよ」
「アメリカじゃ、やるヤツたまにおるで」
「マジかよ⁉︎」
にんじんジャガイモ玉ねぎ、野菜洗って弥勒に包丁の使い方習いながら、ゆっくり切ってく。
なんだ、俺やれば出来るじゃん?
「ぷ。遥、肩の力もうちょい抜けって。ガッチガチ」
「うっせえ。肩の力抜くってどうすんだよ?」
ちょっと弥勒に肩に力入り過ぎって笑われたけど、それ以外はわりと順調じゃん?
具材を次は炒めるんだったよな?
「ちょっとオレ、トイレ行ってくるし、遥それ、炒めとけよ」
「ちょ、行くなよ弥勒」
「は?」
「火使うんだぞ? 包丁より断然怖えだろ。俺置いて行くんじゃねえ」
「……すぐ戻るし、ほな待っとけや」
「呆れた顔すんじゃねえ弥勒。初心者だぞ俺」
ちょっと途中、ハプニングはあったけど、無事具材も炒める事が出来た。
ふむふむ。玉ねぎがしんなりっつーのは、こういう状態か。
「次は水入れて火通すしな?」
「ヨシヨシ、これでもう、油はねるの怖くねえな」
「怖ないっちゅうてんのに」
「いや怖えだろ、油だぞ? すっげえ高温なるんだぞ?」
「分かった分かった。ついでやし、こっちでサラダ作るし、沸いたらアク取れよ? 出来るやろ?」
「了解。アク取りだな」
俺は鍋見張ってアクが出てきたら取っていく。これがうまくねえやつなんだな?
ヨシヨシ、いっぱい取るから、うまくなれよー?
「もう火ぃ通ったやろ、一旦止めてルウ入れるで」
「弥勒、まだアク残ってるぞ?」
「遥、全部とか無理やし、キリないから止めろ」
「むー俺のアク取りが」
よく分かんねえけど、アク取りは、ほどほどっつー加減が必要らしい。
むー、まだアク取りてえけど、今回はここまでか。無念。
火止めてルウの投入だ。
ルウ1号から6号、行ってこい!
行って鍋ん中をカレー味で制覇するんだ!
「楽しそうやな、遥」
「えー? ルウ隊員の活躍想像したら、楽しくなってこねえ?」
「オレはおまえの発想聞いてるんがおもろい」
「………………弥勒、おめえの目って、今気づいたけど、青くね? 青いよな?」
ふと横見たら、隣に並ぶ弥勒の目は、海みてえなすげえきれいな青い色だ。
なんで? たしか学校では黒かったよな? いつの間に青くなった?
「学校行く時はカラコン入れて、黒してるしな。さっきトイレ行った時はずしてん」
「なんで青いの隠すんだ? きれいなのに」
「生活指導の教師に言われたんや。真似するヤツ出てややこいし隠せて。遥は言われんかったんけ?」
「あー。そういえば俺と彼方も似たような事言われたな。どう見ても真似は無理だろって拒否ったけど」
「拒否ったんや?」
「うん。中学の時も似たような事あって、イジメの原因なるとか言われたけど」
「おまえイジメられてたんけ?」
「全然。むしろ周りがうっせえよって言ってくれたし」
「そうか。オレも面倒いしやめよかな?」
「やめていいんじゃね? 色黒に化粧して隠せっつーようなバカは無視だろ。俺味方なってやるし」
「ははは。色黒に化粧な、学校化粧禁止やのに?」
「そーそー。矛盾に気づかねえで、バカ言うヤツは無視しとこうぜ弥勒」
「郷に入りては郷に従えの方が、ええかと思てたけど、やめるわ。いっしょに怒られてくれや」
「任せろ。元々生活指導には目ぇ付けられてっしな」
出来上がったカレーを盛り付けて、2人で向かい合って食う。
うまっ。自分カレーうまーっ。うめえっ。家で食うのよりうめえっ。
弥勒の作ったサラダもうめえぞ。
こうやってサクッと、卵茹でたサラダ作れるっつーのがすげえな。弥勒はサラダ名人か?
「うま。やっぱメシは人と食う方がうまいわ」
「そっか。弥勒一人暮らしだもんな。メシも一人だ」
「せやしメシ作るん誘ったんや。向こうでもツレんちとかよう行った」
「向こうの友だちと離れんのは寂しかっただろ?」
「まあな。そんでもクラスに慶太おったし、遥とも仲良なったし、悪い事ばっかりやないで」
「そか。だったら俺、料理教室で習う事なくなっても弥勒といっしょ食ってやろう」
「マジか? 約束やで? 絶対メシ食いにこさせるしな?」
弥勒と色んな事いっぱい喋りながら食うカレーはすげえうめえっ。
メシ食うのって、いっしょ食う相手も、結構重要なんだな。
次の日から弥勒は、宣言どおりカラコンやめて、青い目のままで登校する事にしたみてえだ。
やっぱその色、弥勒に似合ってんよ。