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第2章 第4話 この子を守るために、私が引き継ぐもの

 数日後の夜、リオンを寝かしつけていると、控えめなノックの音が扉越しに響いた。


「……開いてるから、入って」


 静かに扉を開けて現れたのは、ひとりの青年だった。灰色がかった茶色の短髪を軽く耳にかけ、控えめに頭を下げる。


「奥様……。こちら、書類の整理中に見つけました。置きっぱなしになっていたようです」


 そう言って差し出されたのは、使い古された薄茶色のノートだった。

 表紙には、かすれた文字でこう書かれている。


 《記録:リオンの体調・観察・使用薬草一覧》


 ──リオン。あの子の名前。


 彼から受け取ると、思わずページをめくる。

 そこには拙いけれど丁寧な字で、子どもの日々の様子がびっしりと書かれていた。


「○月×日、咳き込みが酷い。朝は機嫌がよかったが、午後ぐずぐず」

「○月△日、薬草茶を飲まず。嘔吐。夜、熱あり」


 私は、いつの間にかページをめくる手を止める。


「このノートはどうしたの……?」


 問いかけに驚いた表情の青年は、静かに一言だけ答えた。


「……奥様がご自身でお書きになったものでございます」


 私のものだった、ということになっているノート。でもこの字は明らかに、私の筆跡じゃない。

 私なら、もっと効率的にまとめるもの。


 それでも、このノートには――。ただひたすら、必死に子どもを守ろうとした想いがにじんでいた。


「……きっと心配だったんだね、この子のこと」


 記録のなかの小さな一文。


 ──夜、リオンの手が冷たかった。

 

 ──ごはんを残したあと、眠そうに目をこすっていた。


 そのひとつひとつに、エリシアの思いが詰まっている。


「……持って来てくれて、ありがとう」


 そっと呟いた私に、青年は驚いたように一瞬だけ目を見開く。彼はふっと微笑むと、静かに一礼して立ち去って行った。


  ◆


 この屋敷の中はいつも静かだ。だけど、探るような視線をいつも感じていた。

 使用人たちがヒソヒソと話しながら、物陰からこちらを窺って(うかがって)いるから。


 ──後妻様はまた様子が変わられたようだ。


 ──部屋にこもりがちで、坊ちゃまとも距離を置かれていたのに急に……。


「めんどくさ……」 


 小さな噂が、耳に届かないふりをするのにも慣れてしまった。それでも――。

 リオンが私を見上げて、『母しゃま』と笑うとき。それだけで、私はすべてを忘れることができた。


 昼間は元気なリオンも、夜になるとまた小さく咳き込んで熱を持つ。

 何かが、潜んでいる予感がする。誰かの悪意のある何か――。


「もっと詳しく、リオンのことを調べないといけないよね……。どうするのが1番いい?」


 リオンが昼寝している間、彼の側で私は小さく息を吐き、受け取ったノートをそっと胸に抱きしめた。


 ──エリシアが守ろうとしたこの子を、私が守ってみせる。


 それはまだ、頼りない覚悟だったかもしれない。けれど私は、確かに1歩を踏み出した。

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