第20話 待って、今いいとこなのに!邪魔するやつ誰ですの!?
「やだっ! いやあぁぁー!」
リオンが泣き叫ぶ。
「リオン、お願いだから落ち着いて?」
彼は私の腕を掴んで、放そうとしない。側にいるレオニスは、困惑の表情を浮かべていた。
レオニスが私達ふたりに謝罪したい――と、言った翌日。
リオンは私の側を、片時も離れようとはしなかった。
すでにレオニスから私達を冷遇したことについては、謝罪を受けている。私達が許すかどうかは別として。
「あとは、君の気持ち次第だ。俺はいつまでも待つ。……もし君が他の人生を選ぶと言うなら、できる限りの援助はするよ」
そう言って寂しそうに笑う彼が、少し気の毒に思ってしまった。
結婚した当時、エリシアは自分についての噂も知っていたはずなのに、弁解しようとはしなかった。
不器用な彼女は王子に陥れられたことで、実家からも随分酷い扱いを受けていた。
全てに絶望していたのかもしれない。
(こういう時、子どもって何でか気付くんだっけ。聞いたことある気がする……)
「困ったな……、どうしたらいい? レオニス」
「ううむ……。リオンが寝入ってから話をしようとしても、いつの間にか目を覚まして君を探すからな……」
謝罪はしてもらったけど、子どもがいる前ではできない、大人の話もある。
今はレオニスの叔父の件もあって、みんな忙しい。、
全部が終わってからでもいいと私は言ってみたけど、彼は案外頑固だった。
「その……。一応提案なんだが、聞いてもらえないか?」
「あ、……うん。何?」
レオニスは気まずそうにそっと視線を下げると、ポリポリと指で顔をかく。
「し、寝室を共同にする。……というのはどうだろう、か……?」
「えっ!?」
目を見開く私に焦ったのか、レオニスは慌てて立ち上がる。
「い、いや! さ、3人でだ! それに君が嫌なら無理強いはしない!
それにベッドもふたつ置くし……、いや、3つか!? つ、衝立も用意する……!」
ゴチャゴチャと言い訳をしている彼を見て、私は思わず笑ってしまった。
「……駄目か?」
「うーん。リオンがいいって言うならいいけど……。どうしよっか?」
私はリオンにやさしく視線を送って、小さな声でたずねた。
「ほ、本当か!? やったぞ、リオン!」
「まだリオンは何も言ってないわよ?」
レオニスは私の話を聞いていないのか、満面の笑みを浮かべ、リオンの両脇を抱えて持ち上げる。
飛行機のように優しく宙を泳がせ、笑いながらクルクルと回った。
「きゃあ、きゃあぁ!」
リオンはフワフワとした感覚が楽しかったのか、嬉しそうに笑う。
(この人も、本当に変わった……)
拒絶するのは簡単だ。でも少しずつ変わり始めた、彼の話を聞いてからでも遅くないと思った。
私にも、いずれ話さなければならないことがある。それがいつかは分からないけど……。
結局夫婦の寝室として用意されていた部屋に、大きなベッドが運び込まれた。
真ん中にリオンを挟んで、私達は彼の左右に横になる形だ。
「何だそのノート。いつも使っているのか?」
私がいつものように、リオンの様子を書き込んでいる後ろから、レオニスが覗き込んでくる。
「そう、リオンの体調を毎日記録してるの。見てみる?」
「ああ」
彼はノートを手に、私の隣の席に座る。
(前の私なら、こんなふうにノートを見せるなんて考えられなかった……)
でも今は、不思議とそうするのが自然に思えた。
「随分細かく書いているんだな?」
「リオンの体調が悪化する原因が、分からなかったからね……」
そうか、と彼は呟いてページをめくる。
「君に任せっきりですまなかった……」
「もう謝罪は受けたけど?」
私がふふっと笑うと、彼も苦笑する。夫婦ってこんな感じなのかな?
レオニスはノートを閉じると、私の目の前に置いて姿勢を正した。
「言い訳に聞こえるかもしれないが、俺がリオンと向き合わなかった理由を聞いて欲しい」
「無理しなくてもいいよ?」
彼は軽く頭を振った。
「……いや、いいんだ。前の妻――アンジェリカと私は、政略結婚だったのは知っているだろ?
彼女はここに来てからしばらくすると、毎日のように俺を詰るようになった。
リオンの瞳が彼女にそっくりで、俺は逃げるように戦場に身を投じてしまったんだ」
「彼女がそうした理由を、聞いてもいい?」
「今思えば、彼女はきっと寂しかったんだろう。長い間仕事で屋敷を留守にする俺が、気に食わなかったらしい」
「そんなことで……!?」
社畜だった私が驚いていると、彼はふっと微笑む。
「君は随分と貴族らしくないんだな、元々そうなのか?
……妻は俺が仕事で屋敷にいないせいで、夜会もパーティーも欠席することが多かったんだ。
新婚の女性が、ひとりでフラフラ出席するわけにはいかないだろ? 蝶よ花よと育てられた彼女には、耐えられなかったんだろう」
レオニスはかみ砕くように、ゆっくりと丁寧に私に説明をしてくれる。
倒れたあと記憶が曖昧になっていることを、執事のエルマーから聞いて知っているんだろう。
「リオンが産まれたあと、彼女の体調が徐々に悪くなった。
その頃にはすでに、彼女に嫌われていたからな……。見舞いも拒絶されてしまったよ。
君との結婚が決まったとき、その……噂を聞いて、関わらなければお互い傷つくこともないと思ったんだ」
「そうだったんだ。それで、初対面でああいう風に言ったんだね……」
うんうんと妙に納得している私が不思議に思えるのか、レオニスは心配そうに覗き込んでくる。
「君は……、本当にエリシアなのか……?」
顔を上げた私は、きゅっと唇を引き結んだ。
話さなくちゃ……。彼は心を開いてくれている。今度は私の番だ。
「私、本当はね――」
その瞬間――。扉がドンッドンッ!と叩かれ、護衛の叫ぶ声が響き渡った。
「大変です、旦那様! 屋敷の周りが――、包囲されています!」




