第19話 カイル復活!?仕込まれた鉄板の謎
私は声を出したくても出せない。レオニスに口を塞がれているから。
「うぐぅう……? うごぉうあ――!」
男性が刺されたことに動揺して、必死に彼の手を剥がそうともがく。
「アハハハ、甘すぎるんじゃないの? これで証人は消えたわ!」
彼女は笑いながら護衛達の間を、華麗に身を翻しすり抜ける。あっという間に、目の前から消えてしまった。
「レ、レホォニュス……?」
「……ああ、悪い」
私は刺された男性を直接見るのが怖くて、顔を両手で覆いながらガタガタと震えていた。
「大丈夫か?」
落ち着かせるように、彼がそっと私を抱きしめる。
「は、早く彼に手当を……! あなた、最初から彼女が怪しいって分かってたの……?」
「ああ、そうだ」
「教えてくれれば良かったのに……! 私のせいで……、カイルさんが刺されちゃったじゃない!」
やつ当たりだとは分かっていたが、恨めしそうにレオニスの顔を見る。
「俺も君の言葉を聞いて、急に思い付いたんだ……。それに心配しなくても大丈夫だ」
「そうですよ、奥様! 俺はこんなにピンピンしてますよ!」
後ろから聞き覚えのある声がして、私は驚いて振り向いた。
「えっ、カイルさん!? あなた刺されたんじゃないの!?」
私は無理矢理、レオニスの腕を引き剥がす。
「急に呼び出されたんで驚きましたよ。ほら見てください! 鉄板を仕込んでたんで怪我ひとつありません。
それと俺のことは、カイルと呼び捨てにしてもらえると嬉しいです」
カイルが無邪気に胸を張って言うけど、私はその明るさに戸惑った。
(分かってたつもりだけど、こういう世界なんだ……)
彼の無事を確認できたことで、少しだけほっとしたけど、それでも胸の中には叔父への不安と怒りが消えない。
「分かった、カイルね? まったく……。貴方達、最初からこういうつもりだったんでしょ?
……でもカイルが無事で良かった。心配だから、あんまり無茶はしないで」
「……とりあえず、部屋へ戻るか」
ばつが悪そうな顔をするレオニスに促され、3人で廊下を歩く。カイルは鼻歌を歌いながら、リズムに合わせて歩いていた。
その音程が外れているところが彼らしい無邪気さで、私は思わず苦笑する。
「閣下。女は逃がしましたが監視を付け、現在泳がせています」
「そうか。ご苦労」
私達がソファに腰掛けると、報告のために兵士のひとりが部屋へ入ってくる。
「上手く引っかかってくれて良かったですね? 旦那」
「……ああ、そうだな。エリシア、君のおかげだ」
「私は何もしてないわ。しかも、敵をわざわざ屋敷の中に招き入れたし……。責任感じてる、ごめんなさい」
「いやいや、それが良かったんですよ。これで相手は油断しますから」
「ふたりとも、ありがとう……」
ぎこちなく微笑もうとしたけど、言葉を続けるのがやっとで、手はいまだに震えていた。
ふたりは、しゅんと肩を落とす私を慰めてくれる。本当に反省しなくちゃ。
「……まだ、怖いのか? 手が震えている」
レオニスはそう言うと、そっと私の手をとろうとした――。
コンコン。
扉がノックする音が響いて、リオンがマリネに抱きかかえられたまま、顔を覗かせる。
「母しゃま!!」
「リオン!」
手を伸ばす彼に思わず駆け寄り、力強く抱きしめる。
ほんの少し会えなかっただけなのに、随分長くその温かさに触れていなかったような気がした。
「お熱も下がったようで、奥様を探しておられましたから」
「マリネ、ありがとう。リオンはもう大丈夫なの? ……どれどれ、母しゃまに見せてごらん」
そっと額に手を当てると、全ての数値が緑色に変わっていた。
「本当だ! よく頑張ったね、リオン」
彼が無事で本当に良かった、と心から思う。彼のほっぺを指でスリスリしながら、涙がこぼれそうになった。
「さあ、一緒に座ろっか」
リオンを抱きかかえたままソファに座ると、レオニスとカイルがじっとこっちを見ている。
「……何? どうかした?」
リオンも隣に座るレオニスから目を離さず、お互いに見つめ合っていた。
「いや、奥様は随分変わられたなぁと思いまして」
「そんなに? ……どこか変だった? でもリオンがいてくれるから、私は今すごく幸せなの」
私は少し首を傾げ、リオンを優しく抱きしめながら微笑んだ。
カイルは慌ててブンブンと、手を振る。
「いやいや! 断然今の奥様の方が魅力的ですよ!」
「貴方、女性にモテるでしょ?」
「いやぁ、そんなことは……。ありますけどね!」
「コイツは、自信過剰だからな……」
カイルとレオニスの様子に、思わず笑ってしまう。私達が話し込んでいると、リオンが急に口を開いた。
「めっ! めっ! 母しゃま、とっちゃだめ!」
「……!?」
レオニスの肩をペチペチと叩くリオン。叩かれている彼は、驚愕の表情を浮かべた。
「リオン? どうしたの?」
私がリオンの顔を覗き込んでいると、カイルはニヤリと笑う。
「あー、もしかしてヤキモチ焼いてらっしゃるんですかねぇ? 旦那、完全にライバルと思われてますよ?」
「なっ! か、彼女は俺の妻だ……」
彼の言葉に、私はちょっとだけムッとして言い返した。
「あら? レオニスが干渉するなって最初に言ったじゃない、忘れたの?」
「ぐっ! そ、それは。……いや、キチンと君と話をしたい。ふたりに謝罪も。どうか俺に時間をくれないか?」
どう返事を返すべきか、私はしばらく考え込む。エリシアが残した想いのためにも、逃げちゃいけない気がした。




