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後妻はもう恋をしない。愛をくれたのは、この子だけでした  作者: 秋月 爽良


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第11話 牙をむく影。もう誰にも奪わせない

 朝の光が、カーテンの隙間から細く差し込んでいる。

 今朝もまだ、リオンは眠っていた。頬の赤みはだいぶ引いたものの、熱は完全には下がっていない。


 私がいた世界では、すぐに医者にかかればよかった。しかし今は処方された薬を飲ませても、彼の症状は改善しない。

 もどかしく思う気持ちを必死に抑えながら、そっとベッドの端に腰掛けた。


 部屋の隅ではマリネ達が小さな机を囲み、今日の作戦会議をしている。誰ひとり、大きな声は出さない。

 ひそやかに、確かな熱を持って互いに情報を共有していた。


「……みんな、今日もお願いね?」


「はい、奥様!」

「お任せくださいませ」

「……承知しました」


 3人の答え方にそれぞれの性格が出ていて、少しだけ気持ちが穏やかになる。

 この絆だけが、私の唯一の頼りだった。


(さあ、今日も手がかりを探さないと。絶対に見逃さないんだから!)


 午前のうちに、カイとマリネはそれぞれ厨房と薬草庫へ向かった。

 私はセスとともに、昨日までの記録と今日のリストを照らし合わせながら、屋敷内の異常を探っていく。


 しばらくすると――、カイが慌てた様子で戻ってきた。


「奥様、奥様。すみません、ちょっと……!」


 周りをキョロキョロと見渡し、囁くように声をかける彼を見て、私はすぐに立ち上がる。

 カイは、小さな袋を大事そうに抱えていた。


「今日納品された食材の中に……。納品書とは微妙に違うものが混ざってたんです」


 彼は袋から取り出した野菜を机に置いた。一見、普通の葉野菜に見える。

 けれどカイは、指で葉の端を摘まみながら言った。


「色も形も似てるんですけど、香りが違うんですよ。……ほんの、わずかに」


 私が身を乗り出して顔を近づけてみると、かすかに刺すような苦みのある匂いがした。


(これ……、食材として出回っている物と香りが違わない?)


「私達が知っている物と、よく似ているのね……?」

「見た目ではごまかせても、味や香りまでは隠せません。 厨房でこれを切ってるときに、違和感に気づきました」


「あなた、よく気が付いたわね。凄いわ」


 カイは褒められたのが嬉しかったのか、照れくさそうに鼻の頭をかく。

 そこへ、今度はマリネが静かに部屋へ戻ってきた。


「エリシア様。薬草庫の管理表に、微妙なズレがございました」

「ズレ……? 見せて」


「はい。ごくわずかですが、帳簿と実際の在庫数が合いませんでした」


 帳簿を眺めると、たった1日、2日で分かるような差ではなかった。

 ずっと長い間、少しずつ――誰かが手を加えてきた証拠がそこにある。


(これは……、偶然なんかじゃなくなった。確実な証拠が見つかったんだもん)


 リオンを蝕もうとする『何か』が、確かにこの屋敷の中にいた。それが今も、牙を向けている。


「ふたりともありがとう。セスも……」


 私の声は自然と震えていた。証拠を見つけられた嬉しさでも、安心でもない。

 これは、小さな怒りだった。


 手に持った記録ノートを、大切に胸にぎゅっと抱きしめる。


「これで、ようやく1歩踏み出せるよね?」

「ええ、最後までお供致します」


 驚くことに、呟いた私に1番最初に応えたのはセスだった。マリネとカイも静かに頷く。


「あなたも冷静に見えて、案外熱しやすいのね?」

「……私は不正が許せないだけですよ」


 プイとそっぽを向いた彼に、ツンデレなのねと苦笑する。

 

 私はリオンのベッドに近づいて、その寝顔を覗き込んだ。

 まだ微かな熱は残っているけれど、リオンは穏やかな寝息を立てていた。

 

(大切な私の子を、もう誰にも奪わせはしない――)


「えっ……?」


「奥様、どうかされましたか?」

「……いえ。何でもない」


(今のは、一体何だったの……?) 


 何か忘れていた気持ちに、手が届きかけたような気がした。だけど今はまだ、思い出せない。

 こうしてリオンを守るための私の小さな戦いは、静かに次の段階へと進み始めた。


 ――次は、必ず、敵の正体を突き止めるために。

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