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第5話 白の大地、目覚める魂たち (後編)

白の世界に沈黙が満ちていた。


七つの魂が集った今、オリステラは静かに瞼を開いた。

その深紅の瞳に映るのは、まだ何もない――けれど、無限の可能性を抱いた“空白の世界”。


その静謐に、ネフェリは思わず息を呑んだ。

オリステラの目が変わっていた。かすかに揺れるその光には、未来と、覚悟と、願いが滲んでいた。


それは優しさではなく。威厳でもなく。

ただ、“責任”という名の光だった。


そしてその光を前に、七人の導かれし者たちは――

ただ静かに“彼”を見つめていた。


「……誰?」

ティアナが、無意識に呟いたその問いは、他の誰かの心にも波紋のように広がっていく。


オリステラは、その一言に応えるように一歩を踏み出した。


「私は――オリステラ・エグジス」

空間が微かに揺れた。名前という“定義”が、この世界に新たな律動を与えたようだった。


「観察者であり、創造主であり……けれど本当は、君たちと同じ“旅の者”だ。

君たちが見た世界を、何千、何万年と見つめ続けてきた。

私は、君たちの歩みを、共に記し、共に築きたいと願ってここにいる」


誰かが息を呑んだ。

神ではない。導き手でもない。

それでも、この場所にいて当然のような存在。


――それが、オリステラだった。


 


「……始めようか」


その声は、風すらも震わせるほど静かでありながら、世界の底まで染み込むようだった。


彼の足元から、静かな光が広がっていく。

幾何学的な魔法式が、まるで水面に投げられた雫のように、正確で緻密な波紋を描いていく。


それは宇宙の構成式。秩序そのもの。

静寂に満ちた世界に、“形なき意思”が光として視覚化されてゆく。


オリステラが、宙へと手を伸ばす。

その指先が、世界の輪郭に触れた。


次の瞬間――空間が“応答”した。


音はない。だが確かに、“響き”があった。

色はない。だが視界が明滅し、法則が書き換えられていく。

重力のない場所に、はっきりと“存在”の実感が満ちていった。


そして――天が割れた。


紙のように裂けた白の空。

その裂け目から、七本の光柱が垂直に落ちてきた。


蒼。緋。金。碧。黒。銀。紫。


それらは、ただの光ではなかった。

七人の導かれし者たちの“魂の本質”が、オリステラの創造と共鳴し、空間に色を与えていく。


空間の座標が、七色に染まって編まれていく。

魔法というより、“理”が視覚化された現象だった。


あまりにも純粋で、あまりにも強すぎる構造体魔法。

だがオリステラは、それを自在に“調律”していた。


ネフェリは足元が脈打つのを感じた。

まるで、地面の下に心臓があるかのように。

世界が、いま初めて“鼓動”を始めた。


 


そして、大地が鳴った。


破壊ではない。

それは“誕生”の音だった。


空間が反転する。

どこまでも続いていた白が、軌跡を描きながら“形”を得ていく。

魔法式が七方に伸び、各々の色に導かれるようにして――世界が、具体を持ち始める。


白が消え、そこに“質量”が宿る。


崩壊でも、隆起でもない。

それはただ、“在るべき場所が、ようやく現れた”ような静謐な出現だった。


地殻が再構築され、重力が形を取り、大気が循環を始める。

海が満ち、風が流れ、光が射す。


――まるで、世界そのものが納得しているかのように。


「この世界は、最初から君たちを待っていた。私は……それを引き出しただけだ」


オリステラの呟きに、誰かが思わず目を伏せた。

理解を超えた光景が、理屈ではなく、“魂”に訴えかけてくる。


蒼の大地には、高低差のある台地と鉱石の走る断層が刻まれていた。

それはまるで、知の積層と探究の試練を象徴するかのように複雑で、美しかった。

重層的に広がる地層の奥から、かすかに淡い青光を放つ鉱石群が“知識の眠る深淵”を予感させた。


その景色を見た佐久間ルナは、無言のまま眼鏡を押し上げ、そして小さく呟いた。

「……この地形、理論構築に最適。意図的に“学び”の流動性を設計してる……? いや……そんなバカな……」


だが否定はしない。

なぜなら、彼女の内奥が、それを“正しい”と理解してしまっているからだ。

目の前の景色は、彼女の魂の“深度”にリンクしている。


一方、緋の大地。

そこには赤銅色の岩壁と、風の通る荒野が現れた。

乾いた熱風が地を撫で、砂粒がまるで火の粉のように舞う。

その中心には、まるで戦神の祭壇のような高台があった。


カティア・エヴィーナは、眉ひとつ動かさず、その大地を見据えた。

「……こんな場所、あたしの記憶にもない。けど……血が騒ぐ」


握った拳が、微かに熱を帯びた。

この荒野は、彼女に問いかけている。

“闘いとは何か”、“力とは誰のために在るのか”を。


金の大地には、川が走り、段丘に沿って段々畑のような都市構造が描かれていた。

陽光のような魔力の流れが、食と音楽と人の気配を先取りしているかのようだった。


カリス・フェリーチェはゆっくりと立ち上がり、胸元に手を当てた。

「……ここは、温かい。まだ誰も住んでいないのに、人の匂いがする。ああ、早く料理がしたいな……誰かのために」


彼の目には、まだ見ぬ人々の笑顔が映っていた。

この地に流れる“和”の空気は、まるで心を抱きしめるようだった。


碧の大地は、水と森に抱かれた緑の複合体。

山と湖、草原と谷が調和しながらも、精緻な生態系を形づくっている。

風が音を運び、水が光を反射するたび、大地が“呼吸”していると感じられた。


アナ・マリセル・ロサスは、まるで懐かしむようにその森を見つめた。

「この静けさ……ううん、“呼吸”してる。生きてるんだ、この大地……」


彼女の足元には、小さな草花が芽吹いていた。

それは彼女の心に応えるように、そっと咲いた命の証だった。


黒の大地は、どこまでも沈黙していた。

低い丘陵と断続する深い谷。視界を濁す霧が這い、地形の全容を掴ませない。

それはまるで、“見る者”の心を試すかのような構造だった。


地表の一部には、黒鉄のように光を呑む鉱脈が走り、まるで神経網のように広がる魔力線が“情報の流れ”を仄めかす。


リアム・ヴァレスは、ただ一度だけ、霧の中で何かを見た気がして目を細めた。

「……完璧な隠密設計。情報の制御、視界の遮断、心理導線。これは……管理された混沌」


だが彼は、その混沌に“秩序”を見出していた。

この地は脅威ではない。観測と検証によって、真実を浮かび上がらせる“舞台”だった。


銀の大地は、他とは明らかに異なる構造を持っていた。

まるで幾何学を物理世界に落とし込んだような、規則的な断層と層状のプレートが広がり、結晶の柱が立ち並んでいた。

それらは光を反射し、音のように揺らぎを発している。

まるで、世界が記録されているかのような、“記憶の書庫”を想起させた。


アレン・クロムウェルは、懐から手を差し出した。

指先には光のペンが宿り、空間に情報の糸が走る。


「……これは“記録”じゃない。“再生”だ……」

彼の呟きは、空間そのものが応えたかのように、共鳴するような反射を返してきた。


銀の大地は、彼にとって“未来の書き手”としてのキャンバスだった。


紫の大地は、どこまでも幻想的だった。

浮遊する島々は一定のリズムでゆっくりと揺れ、空気は虹のような残光に満ち、淡い旋律のような風が流れていた。

重力が曖昧で、まるで心が軽くなっていくような感覚。


ティアナ・ヴェルデは一歩、また一歩と踏み出し、風に合わせて舞う。

その動きはもはや踊りではなく、感情そのものだった。


「……ここなら、私の“声”が届く。心が、伝えられる……」


彼女の足元に咲く花が、彼女の動きに合わせて花弁を揺らした。

この大地は、彼女の“表現”を許容し、祝福していた。



そして、七人の導かれしもの達が、それぞれの大地と“感応”していく中――


世界は、まだ形を確定させていなかった。

すべてが始まりであり、すべてが“問いかけ”のまま残されていた。


誰もが感じていた。


これは終わりではない。

“旅の始まり”であり、“自分自身に向き合う問い”の始まり。


この創造の余韻の中、風が再び吹き抜けた。

だがそれは先程よりも“温かい”。

音も色もないはずの空間に、明確な“感触”が生まれていた。


それは、命が芽吹いた証。


そして、すべてが創造されたのち。

風が吹いた。


世界は“呼吸”を始めていた。

空は白から、わずかに青を帯び始める。

それは、世界に“環境”という名の構造が芽吹いた証。


オリステラは、七人に向けて語りかける。


「私は命じない。支配しない。導きもしない。

だが、一つだけ、君たちに“条件”を与えよう」


彼の声が、優しく、それでいて確かに世界に刻まれていく。


「――選べ。誰よりも深く。自らの意思で、未来を」


それは命令でも、指示でもなかった。

ただ、“希望と責任”のバトンだった。


「この世界は、私のものではない。

君たちが意味を与えることでしか、世界は完成しない」


「そして私は――その歩みに、共に在りたい」


沈黙の中、ひとつの声が割って入った。


「……ねぇ、オリステラ」


ネフェリだった。

その声はかすれていたが、確かに彼に届いた。


「私……ここにいて、いいの?」


彼女は、自分が何者かまだ知らない。

だが、この創造の中で、自分だけが“余白”のように感じていた。


オリステラは、わずかに口元を緩めた。

それは、誰も知らなかった“人間らしさ”だった。


「君はここに居ていい。居るべきだよ、ネフェリ。

この世界で、私と共に生き、共に歩もう」


その言葉が、ネフェリの魂に届いた。


ただそれだけで、彼女の目に涙が浮かんだ。


「……ありがとう」


たった一言。

けれど、それは彼女がこの世界に“自らを刻んだ”最初の言葉だった。


風が、静かに彼女の頬を撫でた。


まだ名もないこの空間に――

“物語”が、確かに芽吹いた瞬間だった。


 


これは、選ばれし者の物語ではない。


選び続ける者たちの物語だ。


そしてそれは、まだ誰にも知られていない――


新たな世界の、プロローグ。


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