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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王の娘とクズ系女子たちによる、倫理観なき魔王討伐の旅

作者: 早海ヒロ

次回連載予定の作品の予告作品です。これ単体でも完結はしていますので、通常の短編ファンタジーと同じようにお楽しみ頂けるとは思います。

また、作中の設定などは本連載の時に変更される可能性、または短編としてまとめるために少し設定を変更している場合があります。

 人族と魔族の戦争が始まってから、今や1000年余。

 繰り返されてきた勇者と魔王の戦い。幾度とない代替わり。双方、互いの種族を絶滅させるまで止まらないつもりの大激戦。

 勇者が殺されれば魔族が人族を滅亡させかけ、魔王が殺されれば人族が魔族を虐殺する。そんなシーソーゲームが交互に起こり続ける。


 そんな戦乱の世界にアタシーーーエイプリル・ヴァン・ユーヴェルヘルムは生まれた。

 12人いる魔王の子供の第8子、4女として。


「ふぅ……」


 望まない母を無理やり孕ませてアタシを産ませたあのクソ野郎。

 そんな境遇のアタシをそれでも愛してくれた母を、蔑ろにして見捨てたクズ野郎。

 あのクソ親父を殺すことが、アタシの使命だと思っている。


 だけどアタシは、才能に恵まれなかった。

 どれだけ努力しても、筋肉も魔力も成長しない貧弱体質。どう足掻いても、アタシに魔王は殺せない。

 だからアタシは、集めることにした。魔王を殺せるポテンシャルを秘めた仲間を。

 いつの日か、魔王を殺す日のために。


 数年に渡る仲間集め。度重なる魔王軍の幹部との戦い。人族との関わり。

 ここまでの道のりは決して楽なものじゃなかった。

 野を越え山を越え、時に戦い時に逃げ、世界を股にかけての大立ち回り。

 多くの罪なき命を救い、時にはこの身を盾にしてでも人を守った。


 そうして多くの実績と経験を重ね、千里の道を一歩ずつ進んでいき、アタシはついにここまで来た。

 仲間たちも随分と強くなった。今ならあの魔王すらも殺せる可能性があると思うほどに。

 気を抜いてはいけないと分かってはいても、得も言われぬ充足感がアタシを満たしてくれる。


 そう、ここまで来たのだ。

 アタシはついに、あのクソ親父の喉元まで―――!!





 ―――ガチャ。



「あ、エイプリル。ちょっとそこの路地裏で4名ほど刀の錆にしてしまったのですが、後始末と証拠隠滅ちゃちゃっとやってくれませんか?」

「…………」


 ……はて、何か聞こえた気がする。

 いや、気のせいだな。空耳だ。

 なんか柔らかい言い方してたけど要するに「罪のない人間を斬り殺しました」みたいな宣言なんて聞こえてない聞こえてない。

 えーっと、さて、なんだっけ?

 そうだ、アタシはついにあのクソ親父に



 ガチャ。


「はいはーい、アタシの部屋はここですよ~」

「ぷでゅふ、つ、ついにそれがし、ははははは初めて……」

「え、初めてなんだ~、じゃあ今日は……」

「リネット。なんですかその横の雄豚は。養豚場に返してきなさい」

「ぷぎぃっ」

「あ、エイプリルとナギサいたのか。悪いんだけどちょっとばかしヤるから明日の朝帰ってきてくんない?」

「今、昼の1時ですが」

「ほら、明日からの仕事に精を出すために長めにね」


 ………。っすぅーーー。

 落ち着けアタシ。そう珍しいことじゃないだろう、こんなの。

 そうだ、ここまで長い道のりを共にしてもまったく変化がないこのアットホームな雰囲気が良いのだと思えばいいんじゃないか?

 あー、なんかそんな気してきたわ。いやーアタシの仲間はいつも変わらないなあ。ははは。

 つわけでモノローグの続きだ。えーと?

 アタシは



 ガチャ。


「ただいま。ちょっと誰か手伝ってくれないかい」

「ん?何よフューリィ、この袋」

「……うっわ、財布がぎっしり」

「商店街で集めてきたんだ。人口密度が高い街はやりやすくていいねぇ」

「集めて来たって要するにスってきたんでしょうに」

「まあそうとも言うかねぇ。ああそうだ、この前成金の中年から騙し取った金もあるんだった。ちょっとエイプリル、窓の外なんて見ている暇があったら金勘定手伝っておくれよ」



 ……。

 …………。

 ………ふぅーーー。


 えーっと、うん。なんだっけ。

 ダメだ全部頭から飛んだわ。でも代わりに別の言葉が色々と頭に浮かんできてくれた。

 アタシはくるりと仲間(と仲間の1人が連れてきた豚野郎)の方を振り向き。

 宿を震わす大声で。

 思いっきり、叫んだ―――。




 ***




「てめぇらちったぁ大人しくしてるとか出来ねえのか!!!人が珍しく感慨深くなってる時すら昨日までに引き続き各々のカスムーブ好き勝手かましやがっていい加減ぶち殺すぞクズ共がああ!!」


「ぶ、ぶひいいい!?」


 2番目に入ってきた女、リネットが連れていたデブが、アタシの声に驚いたのか尻尾巻いて出ていった。あ、いや、豚のしっぽは元々丸まってるか。


「あっ、ちょっ……もおお、せっかく捕まえてきたのにぃ!あんたいきなりでっかい声出すんじゃないわよ!あの歳の童貞っていうのはあんたみたいなヤンキータイプに対してとても敏感で臆病なの。下から見上げて目線を合わせ、静かな声で話しかけてあげなきゃいけないのに!」

「知らねーよんなもん、愛玩動物の赤ん坊じゃねーんだぞ!毎度毎度共同で使ってる部屋に男連れ込むなっつってんだ!」

「何言ってんのよ。女連れ込んでる時もあるわよ」

「何を誇らしげに語ってんだ快楽中毒重篤患者が!!死ね!この世に存在するありとあらゆる性病にかかって10回死ね!!」


 金髪ツインテールの美少女。本名リネット・ストーカー。

 釣り目がやや勝気な印象を抱かせるが、間違いなく世の男共が年齢趣味問わず振り向くであろう美貌。更に神から最上の寵愛を受けた証、『聖女』に選ばれた世界最高峰のヒーラー。

 ……だが裏の顔は、暇さえあれば……いや暇がなくとも、性欲をもてあましてそうなのを男女問わずナンパして自分が満足するまで性的に襲い尽くす快楽主義者。歯に衣着せない言い方をすればビッチ。


 肩で息をしながら怒鳴り散らかすと、続いてペラペラと紙をめくる音がしたのでそっちを振り向いた。


「ひーふーみー……ちっ、しけてるねぇ」

「何我関せずみてーに金数えてんだこのバカ!スリは足がつきやすいからやめろって何度言ったら理解するんだよ!?」

「ふっ……舐めないで欲しいねぇ。ウチがそんなヘマをするとでも?スリが足つきやすいって言われるのは素人が下手な取り方してすぐに気づかれるからさ。だがウチの早業の前では誰もが買い物する直前まで財布がないことに気づかない。更に普通は捨てられる財布や個人情報は闇オークションで売りさばく。全てを無駄なく再利用する……SDGsってやつさ。ねえリオン」

「にゃおん」

「聞いてねえええ!万が一気付かれたらここまでアタシがてめぇら上手く使って築き上げてきた信頼がパァになるって話してんだよ!もう昔みたいには行かねぇんだよそこ理解しろ!出来ないなら死ねよ!金の延べ棒で撲殺されろ!」


 肩に猫を乗っけた薄紫髪の美女。本名フューリィ・ユグドラ・グリンヘルム。

 エルフの王族であり、魔術の起源であるエンシェントエルフの先祖返りとすら噂される天才魔術師。

 ……だがその本性は、金のためならば詐欺窃盗サラ金闇バイト、自分の身売り以外ならなんでもやる金の亡者。


 既に声が掠れてきたが、とても残念なことにまだ1人残ってる。

 アタシは最後の1人、最悪の問題に顔を向けた。


「とりあえずビッチと金の亡者は放っておいて、私の方をどうにかしてくれませんか」

「何呆れた顔してんだよテメェが1番問題なんだよ!むやみやたらに殺人を犯すなって1億回くらい言ってるよなあ!?そのイカれた人斬り衝動を何とかしてやるためにアタシが苦労しながらも優先して重罪犯の討伐依頼とか受けてきてやってんのに全部無駄にしやがってどういうつもりだ!」

「だって、そこの裏路地を通っていたら声をかけられて……壁に追い込まれて、強引に身体を掴まれて……むかついたんですが、よく見ると肉付きが私好みで……つい……♡」

「陰キャで押しに弱い女学生が不良の強引さにキュンとして〜みたいなテンションで人斬りをするんじゃねえ!頼むから死んでくれよー、その刀でぶった斬ってきたすべての生命に憑り殺されろよクソサイコ殺人鬼がよぉ!」


 東方の民族衣装を身にまとう黒髪の大和撫子。本名ナギサ・クゼシラセ。

 魔族を斬り伏せることを生業とする家に生まれ、幼い頃から実践的な剣術を身体に叩き込まれた。それだけでなく、今まで様々な敵と戦い、その動きを吸収し学習し、強くなってきたパーティ最強の剣士。

 ……だが実際は、生物の肉を斬ることに快感を覚え、数多の命を己が欲望のままに散らしてきた殺人鬼(シリアルキラー)



 今更ながら、なんでこうなってんだ?

 アタシは勇者を見つけるために旅に出た筈だ。

 魔王―――あのクソ親父をぶち殺すための戦力として。

 だけど今行動を共にしてるのは。


 生物みな肉人形に見えてる殺人鬼と?

 生きとし生けるすべてが棒と穴にしか見えてないビッチと?

 この世のすべてが自分の財布だと思ってる詐欺師?


「強い」というアドバンテージを他のクズさがかき消して余りあるこの愛せない外道共と、何が悲しいのかアタシは今まで旅してきた。


「はあ、ほんっと……今からでもこいつら憲兵に突き出して、仲間集めからリスタートしようかな……」

「何を言うんです!そんなことしたら魔王を斬り殺せないではないですか!あとさっきから貴方にクズと呼ばれたくないですよクズ」

「魔王を殺せば烏合の衆と成り果てた魔族を食べ放題バイキングって言ったのあんたでしょ!?自分の発言に責任持ちなさいよクズ!」

「魔王を殺した実績と信頼を使って金を稼ぐ方法をこちとら大量に思いついてるんだ!今更なしなんて言わせるわけないだろうクズ!」

「うるせえ黙れクズ共!」


 もう感慨深さとか充足感とか全部消えた頭で、アタシは考えていた。

 そうだ。アタシは最初はちゃんと順当に魔王を殺すための計画を立てていたんだ。

 それがこいつらと関わったことで全部狂い始めた。

 2年行動を共にしても、まったく情の湧かないこの外道共と。


「ハァ〜〜……とりあえず明日仕事なんだからお前ら余計なことすんなよマジで……。とりあえずリネット、どうせお前ヤらないとやる気出ないって言うんだからさっさとあの豚捕まえ直してこい。ヤることヤったらちゃんと記憶消えるまでぶん殴れよ。フューリィ、量が量だから高そうな財布と適度に金持ってそうなやつの身分証だけ見繕ってあとは燃やせ。売れないもん抱えてたってどうしようもないだろ。ナギサは殺した現場教えろ、死体使ってアリバイ工作すっから飲み屋でも行って目撃証言作ってこい」

「こいつ、自分だけはマトモみたいなムーブかましておいてナチュラルにクソ発言するわよね」

「今までそこの詐欺師が外道な方法で金を稼いでも、『返してこい』って言ったことありませんしね」

「それどころか犯罪の証拠隠滅に走るあたり、本当に天性の外道だよねぇ」

「その罵倒してるアタシがいなけりゃお前ら全員賞金首レベルの犯罪者だって分かってるかあ!?アタシの外道ムーブの8割はテメェらの尻拭いから派生した行動だからな!?」


 殺人鬼、詐欺師、ビッチ。

 一見ビッチは別に犯罪じゃないように見えるが、このクソ聖女の場合、好みのやつがいると逆レしてでも襲うわ、しかも自分が気持ちよければそれでいいから薬使ってでも相手をその気にさせるとか普通にやるわのえげつない性犯罪者だ。この女に泣かされた被害者を何十人見たことか。何百人か?

 要するにこいつら全員、罪状合わせたら最低10回は死刑になるレベルの極悪外道共。


 それを何とかしてやってるのがアタシだが……母親の人間の血が色濃く出てくれたおかげで外見は完全に人間だから紛れ込めてるけど、実際はアタシは魔族。しかも魔王の娘。もし人族に正体がバレればそりゃもうえげつない目に遭わされること請け合いだ。

 つまりアタシら全員すねが傷だらけ。頭おかしいのしかいねぇこのパーティが奇跡的に辛うじて機能してるのはここが大きいと思う。

 だけど、あくまで機能しているだけだ。そこに普通のパーティの当たり前は通用しない。


 パーティ同士の絆?

 パーティ内での淡い恋?

 なんだかんだ認め合うライバル関係?


 ねえよそんなもん。想像するだけで吐き気するわ。

 ここにあるのはただ純粋な、利害の一致だけだ。


「とりあえず、人生早退したくなけりゃさっさといいから言う通りに動けええええ!!」



 ***



 翌日。

 昨日証拠隠滅に走らされたにも関わらず、今日もまた仕事だという事実にこの世のありとあらゆる神への暴言を頭に浮かべながら、アタシらは依頼人の家を訪れていた。


 アタシらの仕事は冒険者―――と呼ばれていて聞こえはいいが、要はフリーランスの何でも屋みたいなもんだ。

 国際冒険者機構に登録後、設定した住所の付近で、かつ登録された情報に基づき達成可能確率が高いと判断された依頼が送られてくる。

 それを達成すればジョブポイントが増え、達成出来なければ減る。


 最初期はマジで簡単な、それこそ害虫駆除とか雑草駆除とかそんな仕事だったもんだけど、今やアタシらもそこそこ名の知れたパーティ。

 なんと今回の仕事はお貴族様の依頼だ。報酬も多い。その分難易度は高いだろうが、実に素晴らしい。丁度全員の装備を見直す必要があると思っていた。

 ちなみにフューリィの馬鹿が儲けた金は武器とか防具には使わない。だって嫌だろ気持ち的に、ゲスな手段で集めた金で買った装備に命預けるの。

 まあそれはともかく、依頼内容は直接依頼人から聞くって話だったからまずは会わないとな。

 アタシは魔族の中では王族とはいえ人族としては一般人。決して粗相のないようにしなければ。

 アタシは街でも有数のでっかい屋敷のベルを鳴らした。






「……というわけで依頼内容だ。何度言っても玉ねぎを食べない息子を矯正してほしい。なんとかしてくれ」

「冒険者を管理栄養士か何かだと思ってやがります?」


 依頼人と会話して5分、早くも粗相が顔を出し始めたことを自覚しながら、それでもアタシは言わざるを得なかった。


「お手伝いさんにでも頼めばいいじゃない……ですか」


 流石のリネットもここはマトモな感性をしていたようで、呆れ顔で突っ込み始めたわ。


「それは無理だ。如何なる手段をとっても玉ねぎを克服させられなかったので、つい先日全員クビにしてしまった」

「息子の好き嫌いより先にあんたの思いやりの心を矯正しろください」


 今までの訳分からん依頼ランキングベスト3に入るやつきたなこれ。


「期間は3日。それまでに玉ねぎを息子が克服出来れば依頼達成ということにさせてもらう」

「何故そこまで玉ねぎを……?」

「ふっ。君たちのような若者には分からぬだろうが」


 アタシとフューリィはお前より絶対年上だけどな。


「玉ねぎとは―――可能性なのだ。分かるかね」

「わかんねえっす」

「では姿勢を正して聞きたまえ。玉ねぎとは―――」


 貴族のおっさんの超絶意味不明な玉ねぎへの熱い思いを語る、今世紀一番訳分からん時間が始まった。


「そう、つまりこの玉ねぎの形状は黄金比との密接な関わりが―――」

「ぐぅ……」

「寝るんじゃないよナギサ。気持ちはわかるが。一応依頼人でお貴族様だ」

「はっ」

「そして最後に―――息子は如何なる料理からも玉ねぎを残してしまう。我が領地の親愛なる玉ねぎ農家の皆様に、それは申し訳ないと思わないかね?そう考えるだけで、私は身を引き裂かれるような思いになる。……どうかね?少しは玉ねぎのことが分かったか?」


 ―――パチパチパチ。

 一応全員空気を読んで拍手をした。

 なんだこれ。なんだこの私の人生に絶対要らねえ時間。すごく嫌だ。

 つーか農家の方々にそこまで感謝の気持ち持てるなら、そのリスペクトをちょっとはお手伝いさんたちに回してやれよ。今頃路頭に迷ってるぞ。


 依頼が達成させられるかはとりあえず置いといて、とにかくまずは息子とご対面しないと始まらない。

 アタシたちは玉ねぎのおっさんに連れられて息子の部屋の扉の前に立った。


「ここだ」

「失礼しまーす……」


 ノックをしたが返事が無かったので扉を開けると。

 そこには。


「……息子いないっすけど」

「な、なにぃ!?」


 おっさんが扉を勢いよく開けて中に入り、アタシらもそれに続く。


「いない……いない!そうか、私がまた玉ねぎを食べさせようとしているのを察知して逃げたのだな!」

「聡明な息子さんですね」

「母親似なんだろうねきっと」


 しかしこりゃ参った、息子がいないと依頼が達成出来ない。

 まずは連れ戻すところからかあ?なんて面倒な。


「いや、探す必要はないみたいだねぇ」

「あん?どういう意味よフューリィ」

「これ、見てみなよ」


 仕方ないから開いた窓から飛び出そうかと思っているところに、フューリィから紙が差し出された。


「なにこれ」

「そこの机に置いてあった。読んでみな」


 それを受け取ると、10枚くらいの紙にびっちりと文字が書かれていた。

 時候の挨拶、おっさんを気遣う言葉、玉ねぎについて、最近の時事、玉ねぎについて、玉ねぎについて……

 反射的に破りそうになったその手紙の重要な部分をピックアップして読んでみると。


「なんか、息子さん誘拐されたみたいですけど」

「なんだとおおお!?」


 おっさんはアタシから手紙を引ったくり、たっぷり5分かけてその手紙を読んでいった。なるほど、手紙を長くするとその分時間稼ぎができるのか。今のところ今日唯一マトモな知識を得た気がする。


「……ぬあああああーー!!」


 あ、破いた。


「手紙と一緒にこれも机に乗ってたよ」

「ん?」


 フューリィからなにか差し出された。

 受け取るとそれは―――。


「なんっっでまた玉ねぎなんだよ!?もういいよ玉ねぎ!いい加減にしろ!」

「いや!見たまえ。これはただの玉ねぎでは無い……」

「あん?」

「みろ、この形状を。パッと見では分かりにくいが、これは我が農地で品種改良を行う前の玉ねぎだ。……おのれそういうことか!おのれ旧玉ねぎ派め、かつての味を取り戻すだとか抜かしおってからに、ついに強硬手段に!」

「私帰っていいですか?」

「それは全員思ってるけど誰も言わないことだやめろ。帰りたくなって―――」


 ……天啓!


「すいませーん。仕事の確認なんですが玉ねぎ伯爵」

「今はそれどころでは無い!あと私は子爵だ!」


 玉ねぎって呼ばれるのはいいのかよ。


「いや、それがこの一大事に関係してるんですよ玉ねぎ男爵」

「なんだと?どういう意味だ。……そして子爵だと言っているだろう、何故2ランクダウン?1で良かったんだぞ」

「息子さんに玉ねぎを食べさせるってのが今回の依頼でしたが、それ今だったら受注前なんで変更効くんですよ。その依頼内容、息子さんの救出ってことにしませんか玉子」

「おい、タマゴになってしまったではないか!略すな!」

「いやぁ正直ね?好き嫌いを治すとか我々の仕事内容からちょい外れてるんで、こちらとしても上手くいくか分からないんですよ。ですが誘拐からの救出、それなら本業です。確実に成功させてみせますよ。どうですかカツ丼」

「タマゴと玉ねぎを使った代表的な料理に仕上げるな!……しかし……うーむ……」


 こいつはアホだが、バカじゃない。

 息子を救う手段があるならその手を打ってくる筈だ。

 あとついでに息子の命救ったらアタシらは恩人だ、恩人への報酬を「なんか失礼なこと言われたから」で減らすやつはいない。てなわけで憂さ晴らしにちょいとイジってみたけど結構ノリいいなこのおっさん。


「……出来るのか?」

「ほぼ確実に」

「では任せよう」


 よし、案の定交渉成立だ。

 そうと決まれば早速動く。こう見えて給与分の仕事はするタイプだ。


「まずなぜ誘拐されたか、だけど」

「決まっている、以前の玉ねぎを取り戻すとか抜かしている旧玉ねぎ派の仕業だ!私の品種改良のどこが悪いというのだまったく!」

「どうでもいいけど、今日玉ねぎって聞きすぎてゲシュタルト崩壊起こしそうだわ」

「ていうかこの街って、そんなに玉ねぎの名産地みたいなところだったかい?」

「いや全然。ここの名産はコケシと梅干しだぞ」


 ますますこのおっさんとその旧玉ねぎ派とやらがそんなに玉ねぎに情熱かけまくってる理由がわからん。





「まあいいわ、誰が相手でも。フューリィ、リオンに追跡させららるっしょ?」

「いけるかいリオン?」

「んなう」

「いけるそうだ」

「んじゃよろ」


 とにかく仕事だ。まずはフューリィの愛猫リオンに警察犬よろしく匂いで追跡させる。

 リオンはするりとフューリィの肩から降りて、鼻をピクピク動かし始めた。


「にゃうっ」


 間もなく少し顔を顰めた。多分玉ねぎの匂いが強かったんだと思う。

 そのままリオンは窓の外に飛び出し、結構な速度で遠くへと消えていった。


「フューリィ、どう?」

「今住宅街だねぇ。……お、立ち止まったよ。ここらしい。ただ」

「ん?」

「……血の匂いがするねぇ」

「マジ?」


 リオンと感覚を共有しているフューリィが少し顔をしかめた。

 まさか殺ったのか、旧たまねぎ派。


「な、なんだとぉ!?息子は……息子はぁ!?」

「騒ぐんじゃないよ、今見てる。……殺されてる中に息子らしき人物はいないねぇ。代わりにその旧玉ねぎ派とやらが数人死んでいる」

「なんで分かんの玉ねぎだって」

「服に『新玉ねぎは邪道!』と書いてある」

「ああ、そりゃそうだわ。なんでだよ新玉美味しいじゃん」

「ベーコンとカブと煮ると美味しいわよね」

「丸ごとシチューに入ってるとテンション上がります」

「言っている場合か!?じゃあ息子はどこに!」

「さっきまで玉ねぎについてしか語ってなかったあんたにそこ言及されたくないんだけど。どう?」

「姿は無い。けど匂いは残ってるねぇ。……うぇっ、体臭がキツイやつの臭いが一緒に7人分残ってる」

「そいつらが殺したのかね」

「おそらく。……いや待て、1人だけまだ息がある。話を聞けるかもしれない」

「よしリネット、ゴー」

「ったくしゃーないわね。《ヘイスト》《ハイヘイスト》」


 自分にバフの魔術をかけたリネットが、かなりの速度で窓の外に飛び出した。

 すると約2分後、フューリィが呟く。


「ああ、着いたねぇ。コイツだコイツ。おお、みるみるうちに治っていく」

「ま、あれでも聖女だしね」


 腕だけは確かなアイツだ、死んでなけりゃ治せる。


「ここに座ってるだけで済めばよかったけど、そうもいかなそうだね。アタシらも行くか」

「仕方ないですね……」

「はいはいっと」

「た、頼んだぞ君たち!息子を!」

「分かりましたよっと」


 少し小走りで現場へと向かう。

 向かっている途中、一応聞いておかなければならないことを聞いた。


「一応聞くけど犯人お前じゃないよねナギサ」

「違いますよ、私は殺したらちゃんと言います」

「まあだよね。……いやだよねじゃねぇわ、そもそも殺すなボケナス」


 あっぶな、感覚麻痺してた。


「ていうかあなた方足遅すぎませんか」

「お前が速すぎるんだよ」

「魔術師と才能ゼロに身体能力求めるな」


 ひいこらひいこら言いながら走り、目的の場所へと着いた。


「おいリネット、ど……」


「やだぁ、お兄さんデカいじゃん♡ねぇ〜この後暇ぁ?死にかけてたんだし生存本能とかで性欲増してるんじゃない?この近くに宿とってんだけどさ、ちょっとそこでさあ、ね?」

「えっ……あの、その……」


 …………。





「さて、じゃあ話を聞かせてもらいたいんだけど」

「え、あ、はい……あの、そこの方は……」

「気にしないでいいよ、あれは生まれつき脳に性欲って名の寄生虫を飼ってる悲しきメス猿だから」

「はあ……?」


 3人がかりで殴る蹴るの暴行を加えたリネットがうつ伏せで倒れたまま自分に治癒魔術をかけているのを他所に、アタシは唯一の生き残りに話を聞いた。


 要約するとこうだ。まずあの依頼人のおっさんが数年前、玉ねぎの品種改良を行い、古くからの味を変えてしまった。それに反発した者たちによって「旧玉ねぎ派」が誕生。何言ってんだこいつとこの時点で思ったけど一旦飛ばす。

 んで、いくら言っても品種改良した種を使うのをやめないおっさんに痺れを切らし、こうなればと、


「あのおっさんが溺愛してる息子を誘拐して改良前の玉ねぎ食わして美味さを思い知らせ、味方につけようと?」

「はい」

「はいじゃねえよ。頭沸いてんのか」


 よく家庭菜園の延長みてえな畑でとれる野菜にここまで狂気的な情熱かけられるな。


「……で?」

「は、はい……それで息子を攫おうとしたのですが、我々やはり農家ですので誘拐のいろはなど知らず……途方に暮れていた時、誘拐を専門とする組織があるという話を偶然耳にし、そこに依頼を」

「馬鹿なの?なんでそういう所に力入れちゃうの?」

「そ、そしたら……身代金を払わせろと!しかし我々金など興味はなく、ただ玉ねぎを食べさせようとしたのみ!すると誘拐屋は自分たちへの報酬をどうする気だと言い出し!」

「そりゃ当たり前だろうに」

「何を訳分からんこと言われたみてーなテンションで言ってんだよ、向こうもビジネスだぞ」

「そこで、袋いっぱいの玉ねぎを渡したら……急に奴ら、我々を……!くっ……!」

「なに?裏組織を玉ねぎでこき使えると思ったの?ねえ、お前らにとって玉ねぎってなんなの?」

「これ、まさかとは思うけどウチたちへの報酬も玉ねぎだったりしたりしないだろうねぇ?」

「その場合はあの男を斬り殺して金品を奪いましょう」

「やめろバカ、一時の怒りに身を任せるな。半殺しにして出させるんだよ」


 まあ、ともかく話はわかった。

 要するにナギサ以上の頭パッパラパーの馬鹿共が下手に裏組織に手を出して殺されたのか。

 ……やっべぇー、まったく同情できん。

 これ、アタシが外道だからか?違うよな、普通の感性だよな。

 アホらしくなってきた。帰りたい。


「……どうする?」

「まあ、ここまでやって仕事失敗してジョブポイントが減るのも金が貰えないのも腹が立つし……とりあえずその誘拐屋から息子取り戻すべきだろう」

「まあ、そうね」

「ところでエイプリル」


 アタシはもうやる気ゲージが下がってきていたが、そうでも無いやつが1人。


「裏組織ということは、消えても問題ない。そういうことですよね?」

「ん?……あー、うん。そうなんじゃね?」

「と、いうことは?」

「……へいへい、斬っていいよ。どうぞご自由に」

「ふふふふふふふふふふふふ」


 腰に提げた、もう禍々しいという言葉の代名詞みたいな刀を撫でながら、ナギサは嗤った。

 つーかお前は昨日、消えると困るやつらを斬ったばかりだろ。


「リオンに追わせるかい?」

「うん、よろ」


 とりあえずこの生き残りのバカは誘拐犯の1人として警察に突き出すとして。


「とりあえず潰しにかかるよ。金目のもんは全部はぎ取れ。今月マジピンチだから」

「いい感じの奴いたら食っていい?」

「ふざけんな、お前はナギサとフューリィにバフかけてあとはアタシと一緒に2人が殺したやつの金品を漁る作業だ」

「はぁー?なんでアタシだけ!」

「なんで金がないか分かるか?テメェが男娼で遊び呆けて使いやがったからだよ!!給料はくれてやってんのに!テメーが!路銀を使うからだ!!」

「この女またやったのかい。また売り飛ばすかい?」

「それはやめましょう、前に売った時はややこしい目にあったじゃないですか。それよりいい案があります」

「……ほう、言ってみ」

「彼女、聖女でしょう?治癒魔術がずば抜けてるじゃないですか。眼球とか内臓を私がくり抜いてからそれを売って、治癒した人体をまたくり抜いてって繰り返せば無限にお金を稼げるのでは?」


 ……!!


「ナギサ、おまっ……!?天才か!?今まで脳の出来は人間よりゴブリンに近いとか思ってて悪かった!お前馬鹿だけど馬鹿じゃなかったんだな!」

「は?」

「しかもお前の人斬り願望もそれで緩和できるってか最高だね!よっしゃそうと決まれば物は試しだ、フューリィとっ捕まえて磔にしろ!」

「よしきた大人しくしなドナー金脈!」

「ちょっ!あんたらふざけんな、やめっ……」

「ナギサ、刀構えとけ!腹かっ捌くぞ!あ、ただし内蔵は傷つけないようにね!」

「お任せ下さい」

「離しなさいよ!離せっ……離せって言ってんだろクズ共!!」


 ギャアギャア喚く金脈の口を塞ぎ、フューリィが魔術で羽交い締めにしてナギサに差し出し……、


「あのー」

「フューリィ、臓器の相場ってどのくらいなの?」

「うむー!むー!」

「優良企業……といっても闇の方だけど、信用出来るところで売れば内蔵・眼球・頭皮・歯、色々ひっくるめて3000万は堅いね」

「ひゅう〜。焼肉食べに行こう」

「私寿司がいいです」

「天ぷらとか良くないかい?高いやつ」

「それもいいですね。お酒が進みそうです」

「あの……」

「酒いいねぇ。アタシ、1回でいいから『この店で1番高いやつ』って言ってみたかったんだよね」

「え〜、それウチが言いたいよ」

「ジャンケンだ、ジャンケン」

「むむ!むむーっ!」

「なんだよ。ああ安心しな、お前にもちゃんと食わせてやるから」

「むぐー!」

「あの!」

「さっきからうるさいな!こっちはパーティの金銭事情が今まさに解決しそうなんだよ邪魔するんじゃねえ!」


 ずっと何かを問いかけてくる空気の読めない犯罪者に、アタシは怒鳴った。

 するとそいつはびくっとしながらも、ボソッと。


「……誘拐の解決は?」


 ……あ、一瞬忘れてた。




 ***




 まあ、とりあえず一時リネットを解放し。

 人でなしだのクズだのカスだの外道だの、散々アタシらにブーメラン発言をするリネットを無視しながら、リオンの後をついていく。

 30分ほど歩いてたどり着いたのは、街外れにあった小さな洞窟だった。


「あれか」

「軽く偵察してみたけど、中にいる敵は15人みたいだねぇ。捕まってるやつを含めるともう少しいるよ」

「小規模寄りの中規模ってとこか」


 洞窟内に15人。

 そして、見張り役が1人か。


「ふーっ、ふーっ、16人の……斬っていい、肉体……!」

「鎮まれサイコ辻斬り。慌てずとも今回はリネットに食わせないんで独り占め出来るから、な?」

「ちっ。でも実際どうする?皆殺しはそりゃナギサがいれば簡単だろうけど、息子救出しなきゃなんでしょ?」

「ナギサを突っ込ませると、血と肉を見て暴走して高確率で息子ごと斬っちまうからねぇ」

「なんて言い草を。私をなんだと思ってるんです?」

「人でなしのカス」

「クズ殺人鬼」

「サイコ糞外道」

「あなた方に言われたくありません」

「まあそんな当たり前な話は置いといて。アタシが行くからナギサ、あの見張り誰にも気づかれないように斬ってこい」

「ああ、なるほど。()()使うのかい」

「そ。死体ちゃんと引っ張ってきてよ」

「ふふっ、了解です」


 ナギサはペロリと気色悪い舌なめずりをして、刀の鍔を左手の親指で押し上げた。

 そして右手で柄を握り、しゃがんだまま姿勢を正して。


 ―――ザシュッ。


「はあっ……♡」

「うっわ」


 音速近い速度で見張りの首、胴、右腕を斬り裂いた。

 体を4つに分けられた男は訳の分からない顔をしたまま死に、ナギサは右腕だけをキャッチして再び戻ってきた。


「どうぞ」

「どーも」


 こいつの変態はいつものことだ、いちいち気にしてられん。

 とりあえずやることやろう。アタシは差し出された右腕をタッチし、その辺にぽいっと捨てた。

 そして。


「……どう?」

「そっくりだねぇ。見た目も声も服も」


 1度瞬きをして、鏡を確認した。

 そこにはさっきまでの超絶可愛い美少女は消え、むさいやたら身体が細い男に変貌したアタシの姿が。


「そういう能力だからね」

「じゃあさっさと息子助けておいでよ」

「へいへい」



 ***



 この世界では人族と魔族―――つまり知的生命体に該当する生物は、全員が生まれながらに『能力』が与えられる。

 能力の性能はピンキリ。ていうかほとんどが日常生活がちょっと潤ったりする程度だ。

 “布に染み込んだ水分を消失させる”とか、“最初の1歩だけ水の上に浮ける”とか。ぶっちゃけ別に要らないものがほとんど。

 だけど稀に、戦闘やその補助なんかに有用な能力を持ったやつが出てくる。アタシら4人は全員がそっち側だ。

 他にも魔王軍幹部、アタシの兄弟たち、人族最大戦力の真神騎士団、その辺は全員が強力な能力を持っている。


 さてこの能力、基本的には1人に1つ。

 だけど混血の場合、2つ以上の能力を持って生まれてくることがある。ただ、2つ持ちなら超レアだけどいないことはないけど、3つ以上だと本当にほぼいない。


 だけどアタシは、能力を4つ生まれ持った。

 母のエルフと人間の血、クソ親父の魔人と竜人の血、その全てに能力が発現している。

 まあすごいと思う。マジでうん十年うん百年に1人レベルのレアケースだ。

 だけど問題なのは、その全てが()()()()()()()使()()()()。もう全部補助か防御にしか使えない。4つもあるのに。

 つまりアタシは魔王を殺せない。どう足掻いてもアイツに及ぶことが出来ない。

 だから探したのだ。あのクソ親父を殺せる人族たちを。


(……その結果があのクズ共かよ)


 4つの能力の1つ『触れたことがある死体と同一人物に変身する』能力で見張りに変化したアタシは、頭に愚痴を浮かべながら中を歩いた。

 キョロキョロと辺りを見渡すと、そこにはまあまあな数の男共が我が物顔で歩いている。

 たまに檻に囲まれているところがあって、そこには主に女子供が打ちひしがれたような顔で座っていた。

 正直アタシは知ったこっちゃないけど、まあこれから助かるんじゃないか?


(“長さ4センチ以内の針の貫通力を2倍にする”能力、こっちは“人工甘味料の毒性を無効化する”能力……ああこいつはそこそこ強いな“投擲物の射出速度を2.2倍にする能力”か)


 アタシが潜入した理由は、息子の保護に加えてもう1つある。

 4つの能力のその2『視界に全身が収まっている生物の能力を確認できる』能力で敵の全容を予め把握することだ。

 ハンドサインでリオンに合図し、フューリィに情報を伝える。これで不意の能力に足元すくわれるようなことはない。

 ……これで全員確認し終わったか?アタシの変身を見抜けるタイプの能力持ちもいない。よし、じゃあ息子助けに行くか。

 男臭い洞窟の中を進み、最奥の部屋まで小走り。

 辿り着いた先には、とっ捕まってる依頼対象が鎖で繋がれていた。


「フューリィ、見つけた。アタシが守っとくからナギサ突っ込ませて」


 息子の鎖を外す方法は今は無い。鍵とか探せばあるんだろうけど、アタシは変身するだけで記憶は読み取れないので分からない。かといって探し回れば怪しまれる。

 ならもういっそここのやつら全員殺して、後からゆっくり探せばいい。

 ナギサのボケカスが暴走するのも心配ない、アタシがいれば安全だ。


「んなう」

「ん?」


 と思ったらリオンが地面になにか書き始めた。

 なになに?『他の捕まってる人はどうするか』?


「……いや、別に良くね。依頼対象じゃないし。ナギサは男斬るのは好きだけど女子供はあんま斬らないし、運良く暴走状態に巻き込まれなけりゃ大丈夫でしょ」


 あいつが人斬りする理由は『肉を斬る感触が好き』だからな。その過程で人が死ぬだけであって別に殺人が目的じゃない。そしてあいつは難易度が高いほど燃えるらしく、肉が柔らかい女子供はつまらないと言って積極的に狙わない。ああ、女子供でも戦いに参加してたりして肉が硬そうなやつは容赦なく斬るけど。

 今更ながらなんでやつだ、死んだ方がいいんじゃないか?

 まあそれはいいとして、このままナギサを投入してもあの誘拐被害者たちが狙われない可能性は十分にある。

 まあ確実じゃないけど。


「だからもうちゃっちゃと終わらせようよ。……あん?『人質の家族から礼が貰えるかも』?だから助けるってかあの金の亡者……」


 まあ……金は大事だな。

 ちょっとの労力で貰えるものが増える可能性があるならやるべきか。


「じゃあナギサと一緒にお前も突入して、人質を魔術で檻ごと地面にでも埋め込めばいいんじゃん?檻の10分の9くらい埋めて隙間から空気確保すれば窒息もしないしナギサも手出さないだろ。……『それだと自分がナギサに斬られる』?知ってるよんなもん。リネットいるんだから即死しなけりゃ大丈夫だろ。アタシは他の人質がどうなろうが別にいいんだからあとはお前次第だ」


 アタシがそう言うと、リオンはうろうろした後に元来た道を戻って行った。フューリィが呼び戻したか。

 てことはそろそろ……。



 ―――うふふふふふふふ、あははははははははははははははははははは!!!




 ……聞こえてきた瞬間、それが便宜上アタシの仲間に該当する人物が出している声であることを恥ずかしく思うくらいに高らかな笑い声を上げながら、ナギサが洞窟に入ってきた。

 2秒に1回くらいのペースで、血が吹き出す音と断末魔の叫び声が聞こえてくる。SAN値が削れる恐ろしい光景が広がってるんだろうが、アタシは慣れた。

 高い声の叫びが聞こえないってことはフューリィが人質を守ったか。じゃああいつもう斬られてるな。今頃どうなっているのやら。


「ふー……ふー……」


 フューリィの無惨な姿を想像して心を躍らせていると、この部屋にもナギサが侵入してきた。

 ダメ元で声をかけてみるが。


「……おいナギサ、アタシだ。目覚ま」

「ヒャアアアアアアアア!!」


 ダメだこりゃ。

 ナギサは目にも止まらぬ速度でアタシの胴体目掛けて刀を振ってきた。



 ―――ギンッ!



「!?」


 だけどアタシの身体はそれを弾く。

 ナギサの身体は大きく仰け反った。


 アタシの4つの能力の中で最も強力な能力。それがこの《母なる過保護(オーバーアシスト)》。


 “生物によってもたらされるあらゆる攻撃を無効化する”能力だ。


 物理精神問わず、アタシには如何なる攻撃も通用しない。パッシブだから自分の意思でも切れない。

 ほぼ無敵の、自分だけ安全圏にいられる最強の防御。


「……マジ、才能ザコのアタシが持っててどうすんだって能力だよ」

「シャアアアアアアア!!」


 ナギサは立て続けにアタシを斬ろうとするが、何度やっても斬れない。


 ちなみにナギサの能力《戎具の君主(スサノオ)》は『あらゆる武器を装備出来て、しかも装備によるデメリットの一切を無効化する』とかいうクソ出鱈目能力だ。

 例えば聖女が勇者のために生み出す聖剣や、強力だけど振るうだけで命を削る魔剣。

 選ばれた者しか装備できないとか、使うことで命を削るとか、そういうルールの一切を無視して装備できる。

 ナギサの持つ武器、妖刀マガツイクサもそれ系だ。装備者の身体能力を4倍にし、しかも刃は血を吸えば吸うほどより強固に、より斬れ味が鋭くなっていく。ただしその代わりに1度装備したら最後、手放すまで妖刀に意識を乗っ取られて無差別に生物を斬り刻む鬼と化してしまう。

 だがナギサは能力によってそのデメリットを完全に打ち消している。そう、打ち消しているのだ。

 打ち消して……。


「ギャオアアアアアアアア!!」

「能力あるのに自主的に暴走してんじゃねえええ!デメリット回避の意味ゼロじゃねえか!!」


 アタシはナギサの顔面をグーで殴った。

 全体重を乗っけた攻撃たが、ナギサ相手だと歯の1本すら抜けやしない。だけど多少の痛みは与えられたようで。


「……はっ」

「正気に戻ったかクレイジーサイコキラー。……いやお前元から正気じゃないか」

「……斬り足りない」

「じゃあもうテメーの脚でもぶった斬ってろ!毎度毎度暴走まで織り込んで作戦立てるこっちの身にもなれ!」


 お子様ランチだけじゃ足りなくて大人の食ってるやつ物欲しそうに見る子供みたいな顔しやがって!


「あー……とりあえず敵は全部斬ったわけ?」

「はい、多分。……あ、そういえばフューリィを斬った気もします」

「それは別にどうでもいいわ」

「そうですね」


 息子は……無事だな。ぐっすりと眠ってる。

 少し部屋を出て探してみると、案の定鎖の鍵が。


 ガチャリ。


 よし外れた。あとはこいつを送り届ければ依頼達成だ。


「よっとおおおって重お!ガキってこんな重かったっけ!」

「どれ。……全然じゃないですか。相変わらずクソザコですね」

「うるせえ。でもそのまま運んで」

「仕方ないですね……」


 殺人鬼に任せるのはあまり気乗りしないけど背に腹はかえられん。

 まるで荷物のように小脇に抱えたのは気になったけどまあいいだろ。

 そのまま小部屋を出て進むと、縦横に身体を両断された死体がまーたくさん。

 そしてその奥の方には。


「ぐぶぉっ……」

「んなーう!」

「ああ、リオン……お前悲しんでくれるのかい……?」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ、死なないわよあたしが治してんだから。いいからさっさと人質地面から引っこ抜きなさい」


 身体が横に真っ二つになったフューリィと、それを面倒くさそうに治してるリネットが。


「おう、調子は?」

「来たねぇ殺人鬼とその仲間……げほっ」

「おい、死ぬな。お前にまだ保険金かけてないんだ。あとお前も一応同じ仲間ってカテゴリに入ってるぞ」

「大丈夫、もうくっつくから」


 両断されたフューリィの身体は、傷口のみが淡い光に包まれてみるみるうちに再生していっていた。


 通常治癒魔術は全身を覆う。何故かと聞かれれば、全ての患部を把握出来ないからだ。

 切り傷とかの軽傷ならまだしも、今のように致命傷やそれに届かずとも重傷を負うと、そこから入る細菌やら血の不足による他の部位へのダメージやら色々ある。その全てを瞬時に把握するのは不可能だから、全身治癒魔術に浸して全部丸ごと治すのが普通だ。

 だけどこの場合治癒速度は遅くなるしマナも無駄に消耗する。なので治癒してる側が途中でマナ切れとか、治してる最中に間に合わず死ぬとかも起こり得る。


 だけどリネットの能力《全てを晒す(メディカルチェック)》は”対象の構造や身体の不調などをを瞬時にミクロ単位で把握出来る”という、医者半泣きの診察を可能にする能力。

 更にリネット自身の卓越した治癒魔術の運用によって、損傷箇所()()を局所的に治癒することを可能としてる。治癒範囲が狭いってことはその箇所に効率的に治癒を注げるってことだ。

 だからリネットは死んでなければ如何なる致命傷も瞬時に回復できる。しかも治癒の箇所自体はめっちゃ狭いからマナの消耗も限りなく小さく、傷の度合いにもよるけどほぼ無制限で使用が可能。

 頭はどピンクのビッチでも実力だけなら人族、いや全知的生命1位のヒーラーだ。


「……その頭どピンクが致命的なんだけどな。なんでその頭の致命傷は癒せないんだよ」

「は?何言ってんの?性欲があるってのはその分元気ってことよ。世界一の癒し手である聖女のあたしが一番元気なのは自明、つまり聖女は一番性欲があるのは当然なの。お分かり?」

「歴代の全聖女に謝れ」


 ただこいつの場合、その世界中の医者や回復使いが喉から手が出るほど欲しがる能力を、夜の街で自分と相性の良さそうな身体したやつ探すのにばっか使ってるからな。

 チ○コの大きさ見るとか。感度を数値化して確認とか。

 世界の全てに謝れ。


「ふー……痛みが引いてきた」

「リオンに感謝するのね。あの子と接続してマナにもの言わせた自己強化してなかったらワンチャン死んでたわよ」

「そうだねぇ……それがあるからこういう無茶も出来るわけだけど」

「便利でうっとおしいですね」

「お前とりあえず斬ったこと一応謝ったら?」


 フューリィの能力も中々に壊れている。

 《永年の相棒(オンリートラスト)》という生涯1度しか使えない能力だが、効果は『自分が信頼する生物を自身の魔力によって運用される魔力生命体に変化させる』というもので、フューリィはこの能力でリオンを魔力生命体に変化させている。リオンは感覚や記憶を共有できるだけでなく、フューリィが死なない限り不死身の猫。しかも真骨頂はそこじゃない。

 リオンはフューリィのマナを際限なく貯蓄出来る性質を持っている。つまりその日1日に使わなかったマナをリオンに流し込んでおけば、次の日以降に持ち越せるってことだ。そしてリオンに触れている間に限り、フューリィはその貯めた魔力を使えるため、フューリィは実質自身の何十倍ものマナを保有している。


「ふぃー、助かったよ。リオンもありがとうねぇ」

「うにゃんっ」


 フューリィ自身はその大切なリオンを利用して街から情報を集めて詐欺を行うようなクズだが、リオンは可愛いのでアタシの癒しだ。

 てかこいつを加入させた理由の9割はリオンと言っても過言じゃない。

 可愛くて優秀な猫仲間にしたらその代償に目がドブみてえな色したド外道詐欺師がついてきた。アタシの中のイメージはそんな感じだ。


「なんだいエイプリル、人の顔をじっと見て。金取るよ」

「なんでお前の顔見て金取られなきゃいけないんだよ。……ま、とにかく全員お疲れ。あとはそのガキンチョ届ければ依頼完了だ」

「まったく……人騒がせな依頼でしたね」

「お前が言うんじゃないよ」

「まったくだ。まあ言いたいことは分かるけどね。息子に罪はないけど随分と……」


 アタシはちらりと息子を見て。


「んん?」

「「「?」」」


 つい癖で、このガキンチョの能力を覗いてしまった。

 他人の能力を探るのはプライバシーの侵害に当たるんだけどついみちゃうんだよ。

 そして。


「どうしたんですかエイプリル」

「ふっ……ふふふ」

「うっわ、ゲス顔」

「引くわあ」


 全てに、気づいた。

 そういうことか。

 なーるほど?


「お前ら喜べ。報酬にかなり色を付けられるぞ」

「「?」」

「なんだって!?」



 ***



「おお……おお!我が息子よおお!」

「薬か何かで眠らされてるけど、すぐに起きると思いますよ」


 依頼人の屋敷に戻ってきた。

 おっさんは顔を見るに堪えないレベルでぐちゃぐちゃにしていた。

 感動の親子の再会だ。水を差すもんじゃない。


「息子よおおお!!」


 ―――ヒョイ。


「……え、あ、ん?」


 ま、アタシらは差すけどな。


「その前に……おいおっさん、ちょいとビジネスの話をしようじゃないの」


 アタシはさっきまで申し訳程度に残していた敬語を完全に取り払って、おっさんに顔を近づけた。


「……無礼な女だな。なんだ早く息子を返してくれ。さもなければ恩人といえども容赦せんぞ」

「はてさて。必要としているのは息子自身か?それとも息子の能力か?」

「!?」


 おうおう、顔色が変わったな。


 必要最小限のくせにやけに力が入っている玉ねぎ農業。

 この男が行った突然の品種改良。

 そして、さっき覗いてしまった息子の能力。


 全てを重ね合わせると、1つの真実にたどり着く。


「”特定の成分をアンフェタミンに変化させる”能力ねぇ?いやー、えっげつないけど金の匂いがする能力だなあ?お父さん」

「な、何故それを……!?」


「……フューリィ、アンフェタミンとは?」

「強力な中枢興奮作用を持つ薬だねぇ。少量なら医療にも使われるけど基本は―――覚醒剤の主な主成分だ」


 妙だとは思っていたんだ。貴族の変な趣味なんて珍しいものじゃないけど、それにしたって力の入れ込み具合が異常だった。

 加えてあの旧玉ねぎ派のやつら。いくら品種改良が嫌だからってあそこまでやるかと感じていたが、話を聞いてみると、品種改良後の玉ねぎはもはや玉ねぎすら言えない、ただ辛くて目に沁みるだけの何かになってたそうだ。

 そこに息子の能力。アタシはピンときて、1つ思い切って玉ねぎを食ってみた。


「するとアタシびっくりなことに、なんっの味も感じなかったんだよね」

「……なるほど?そういうことかい」

「え、待って全然わかんない。どゆこと?」

「さっきエイプリルが言ってたアンフェタミンの元となる”特定の成分”ってのは硫化アリル……玉ねぎの目に沁みる作用と辛みを起こすあれなんだろう。で、品種改良された玉ねぎは、おそらくその成分が極端なほどに増やされていた。そして?」

「その硫化アリルたっぷりの玉ねぎを息子が触れるとあら不思議。外見上はただの新鮮玉ねぎにしか見えない覚せい剤の完成ってわけだ!」

「それをエイプリルが食った。だがエイプリルには『生物由来のダメージを無効化』する能力がある。成分変化は能力によるものだから人為と判断され、覚せい剤の効果を弾いたんだろう。その結果、大部分を占めていた辛み成分が完全に抜けた、無味の玉ねぎを食った感触になったってことさね」


 流石はド外道エルフ、金になりそうな話になると頭が回るな。


「ははあ、なるほどねぇ?辺境の街の子爵家にしては金の匂いが強いと思っていたんだよ。その薬漬け玉ねぎを売っぱらって悪どい金稼ぎしてたってわけかい、こいつはとんだ悪党がいたもんだ」

「しょしょしょしょ証拠は……!」

「つまらないこと言うなよおっさん。大量の玉ねぎ、流通網、ちょっと警察が目むけて叩けばホコリがわんさか出てくる状況じゃん?いやぁ~最初は貴族を鼻にかけない気さくなおっさんだとおもったのにこんな外道だとは。残念無念」


 ここまで言うともうおっさんの顔は凄かった。

 怒り、焦燥、恐れ。まー色々と出て真っ赤になったり真っ青になったり。

 やがておっさんはがくんと膝をついて、


「た、頼む……!このことは誰にも……!金なら出す!だから」

「うん、じゃあいくら出せる?」

「……えっ?」

「いくら出せるかって言ってんの。最初に言ったじゃん、ビジネスの話をしようって。フューリィ、あとよろしく」

「任せな。さあお兄ちゃん、ちょいと通帳と金庫見せてごらん?」

「え、あの……本当にいいのか、通報とか……」

「何を言ってるんだい、そんなことしたって一銭の得にもなりゃしない。正義やら良心やらで商売出来たら苦労しないよ。本物の商人ってのはね、人の足元を見て、掬って、ローリスクであぶく銭を稼ぐのさ」

「うわあ……さすクズ」

「世界中の正しい心を持った商人に謝ってほしいわ」


 フューリィのドブみたいな目の色を見てマジだと感じ取ったらしいおっさんは、観念したように立ち上がってとぼとぼと引き出しに向かい、金庫の鍵を取り出した。




 ***




 夕日に照らされながら、アタシらはホクホク顔で宿へと戻っていた。

 今回元々提示されていた報酬額は60万。それがなんと300万も貰えてしまった。

 ま、金庫から取り出した現金を丸々貰っただけからそんなもんだろ。通帳にはもっとでかい金額が入ってたけど、小切手とかでアタシらが金交換したらあのおっさんが捕まった時に共犯と思われる可能性があるからな。

 だけど300万でも十分すぎる。これでしばらくは路銀に困らない。


「ところで1つ、分からないことがあるのですが」


 テンション爆上げで帰路についているところで、ナギサが口を開いた。


「あん?何よ」

「あの男、何故玉ねぎを食べさせるために私たちを雇ったのでしょうか?今回は誘拐事件解決に注力してしまいましたが、元々そういう話でしたよね?」

「あー、そうだったわね。なんだろ?」


 出てきたのは案の定の疑問。まあ気になるわな。


「あー、それは多分……」

「あいつ、元はアタシらをはめる予定だったんだよ」

「……え?あいつそんなにでかくなかったし持久力も微妙そうだったから別に要らないんだけど」

「そのハメるじゃねーよ黙れビッチ。自分の策略に利用するって話だ」

「どういうことですか?」

「息子の誘拐、あの作戦自体を立てたのは多分あのおっさん自身だ」

「はあ?」

「推測だけど、おそらく元の作戦はあの旧玉ねぎ派とやらを一掃するものだったんだろ。何せあいつらが玉ねぎにかける情熱は異常だった。このまま抗議運動が活発化していくとそのうち自分の玉ねぎの成分分析とかされるかもしれない。そうなれば自分が麻薬の売人をやっているのがばれる」


 だから何らかの方法―――多分それも少量の薬漬け玉ねぎでも使って判断力を鈍らせるとかだろう。そして誰か1人を買収するかスパイを潜らせるかして、息子の誘拐を企てさせる。判断力が鈍った興奮状態の連中はそれを承諾。

 ここまではよかった。作戦通りに進んだんだろう。だけど。


「予定外は連中が想定以上に馬鹿だったことだ。勝手に誘拐屋を雇って、する必要のない華麗な誘拐をしやがった」

「そんでその馬鹿共は誘拐屋を怒らせてお陀仏、と」

「ぶっちゃけこれでもあのおっさんの目的は達成されたけど、そのまま誘拐屋に息子が誘拐されちまった。息子の能力なけりゃ薬漬け玉ねぎはもう作れない、慌てただろうねあのおっさん。しかしそこには誘拐を『解決する役』に雇ったアタシらの姿が」


 つまり、元は自分の計画に利用しようとしたアタシらを本当に誘拐から救うために雇い直したってわけだ。

 だがアタシが能力看破の能力を持っていたせいでおっさんの目的が露呈し、ぼったくられる結果となった、と。


「……つまりなんです?あの男、元々は自分の茶番に私たちを利用する予定だったと?」

「ま、そゆこと」

「はぁー?むかつくんだけど!」

「安心しな、それはアタシも同じ気持ちだ。だからこそ、足がつかないように現金しか受け取らなかったし、その金は冒険者機構を通さずにこっそり裏金で受け取ったわけだからね」

「どういうことです?」

「あとはあのおっさんが死ねば、アタシらがこの金受け取ったってことは誰にも知られないってことだよ。……違う違う誰がお前に殺して来いっつった!戻れぇ!」


 回れ右ダッシュを始めたナギサの服を慌てて掴んで止めて。

 そしてアタシは、能力を使った。


「何する気よ、エイプリル」

「アタシの能力の1つ忘れてない?……よし発動。今この瞬間、アタシらがあの家にいたって話はすべて消滅した」

「ああ、《木を隠すなら森の中(ハイドアンドハイド)》かい」


 そう、4つの能力のその4。”自身が隠したい任意の情報を1つだけ、絶対に秘匿する”能力。

 今回はあのおっさんの家でアタシらが依頼を受けた、その情報自体を秘匿した。これであのおっさんの口から、万が一にもアタシらの情報が漏れることは無い。

 金を脅し取った事実も、絶対に漏れない。


「この国の法では、薬物の製造と売買は殺人より重い罪だ。あんなあくどい方法で金稼いでたんだったら、ぱっぱと死刑になっちゃうだろうね、あのおっさんは」


 能力を使ったうえで、アタシは近くにあった連絡用魔道具の公衆電話に手をかけた。

 そしてお金投入口の下にある赤いボタンを押し。


「あ、もしもしポリスメン?」




 ***




 アタシらが金を受け取った情報を持つおっさんは、アタシからのタレコミであっという間に捕まり、異例の速度で処刑が決まった。

 2週間ほどおっさんに貰った金を使って遊び惚けていると、おっさんが首ちょんぱされたという話を耳にしたのでそこで能力を解除。

 これでアタシらがあの場所にいた証拠とかは一応復活したが、解決した事件をわざわざ捜査するもの好きはいない。アタシらは裏金ゲットしたことを隠せて、しかもまんまとアタシらを利用しようとしたムカつく男も死んだ。一石二鳥よ。


「そういや、息子はどうなるんだろうね?」

「別に大丈夫っしょ。あいつは自分の能力がどういう能力か分からず親に利用されてただけ、お咎めはないはずだ」

「あの能力も、使い方によっては真っ当な方法で食っていけるのに利用できるだろうしねぇ」


 フューリィも言ってたけど、アンフェタミンは少量なら過眠症なんかの薬になる。

 それを玉ねぎやらニンニクやらの硫化アリルに触れるだけで大量生産できるんだ。金には困らないだろう。


「しっかしエイプリル、あんたも悪だよね。金受け取っておいて5分で契約破るとか」

「犯罪者との契約と障子は破っていいっていう世界のルールを知らないわけ?それにあのおっさん放っておいて後々アタシらの関係ない所で捕まったりしてみろよ、道連れでアタシらの名前出すかもしれないだろ。そうなる前に情報秘匿の能力でアタシらのこと話せない状態にしたうえで死んでもらうのが一番安全だったんだよ」

「うわあ……クズ」

「最悪だね」

「お前らに言われたくねぇよ、散々あのおっさんから儲けた金で遊んでただろうが」

「ふむ、違いない」


 はっはっはと平和に笑い合いながら、アタシらは次の街へと向かう準備をしていた。

 すると、早めに荷物をまとめ終わっていた女からため息が聞こえてくる。


「なによ、ナギサ」

「いや……ふと思ってしまいまして」

「ほう、なにを?」

「こんな、人を簡単に陥れたり襲ったり騙したりしているあなた方を見ていると……」

「殺してるお前よりマシだろ」


 ……あ、今回は間接的に殺したか。

 まあそれも別にそ



「何故私が、こんなクズたちと旅をしているのか……と」



 ………は?


「おま……なんつった……?」


 ……お前がそれを言うのか。

 この旅のきっかけとなったお前が。


 そう、こいつは―――!



「元はといえば、お前が()()()()()()のが原因だろうがあああ!!アタシだってこんな予定なかったわ!!お前が!!お前が勇者をぶった斬ってなきゃ、アタシが関わるのはリネットだけで済んでたんだよこのクソ殺人鬼がぁ!!」

「え?……ああ」

「忘れてたかあ?忘れてたってかこのウルトラクズ外道がよぉ!」


 アタシはナギサに掴みかかった!

 そうだ、大本を正せば、アタシが苦労して見つけた勇者とその仲間を、こいつが殺しやがったのがこのクズ共と旅をするきっかけだった。

 あれさえなければアタシは勇者パーティに上手いこと潜入して、あの品行方正な勇者を誘導して魔王を殺すための道具として使えたのに!


「まあまあ、落ち着きなよエイプリル」

「そうよ、死んだもんはしょうがないでしょ」

「お前らこそ焦れよ!怒れよ!人族の希望殺したのこいつだよ!?特にリネット、お前相方になるはずだった勇者死んでんだぞ!」

「え……別に顔もチ○コの大きさも分からん男殺されたって言われても」

「むしろウチは裏カジノで、勇者が途中で死ぬに賭けてたからぼろ儲けできたよ。むしろ感謝したいくらいだ」

「クズ共ぉ!!」


 人族の希望。魔王と対を成す英雄。

 そんな勇者に選ばれた男が殺されているというのに、それをまったく気にせず、それどころかその殺した加害者と手を組む外道共。

 なんでこんなやつらと旅をしているのか、だって?アタシが聞きたいわっ!何故こうなった!


「てかあんたこそ、自分で利用しようとした勇者が殺されたからってナギサに乗り換えた外道じゃない」

「勇者を殺したのを魔王軍の仕業に見せかけたの、お前だって話じゃないか。誰にもクズと言う権利ないよ」

「普通は私を突き出して然るべきなのに、自分の目的に利用するためにわざわざ私を庇っていますからね」

「うるせええええ外道共があああ!!」


 アタシだって、別の奴にチェンジできるなら今すぐにそうしたい。

 けどダメなのだ。こいつらくらいしか、アタシの目的のために使える駒となるポテンシャルを持っていてかつ自由に動ける人族がいない。

 アタシはもう、こいつらといるしか道がないのだ。


 使えるものはなんだって使う。

 人を陥れる必要があるなら陥れる。

 騙す必要があるなら騙す。

 殺す必要があるなら殺す。


 良心?誠実?そんなもんで魔王を潰せるか。

 才能がないアタシは特にそうだ。だから綺麗事なんて絶対に言わない。こんなクズたちでも、今は我慢して利用する。



 全てはあのクソ親父―――魔王をぶち殺す、その日のために。

ここまでお読み頂きありがとうございました!

近日中に連載についての情報を出せればと思っています。


面白いと思ってくださった方は、高評価・ブクマ・いいねをどうかよろしくお願いします。

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