第九十七話 知られた
「エルオールよ。少し時間は空いておるか?」
「少しなら」
「まっ、魔晶機人改の操縦で聞きたいことがあっての。たっ、立って話すのもなんなので、まっ、街のカフェででもどうじゃ?」
「カフェ、いいねぇ。行こうか?」
今日は魔物狩りはお休みで、放課後に突然リリーから街のカフェに誘われた。
魔晶機人改の操縦に関する質問があるみたいだけど、彼女にお茶に誘われるなんて珍しい。
なんか緊張しているように見えるけど、魔晶機人改の操縦で聞きにくいことなんてあるのかな?
「「「「「「「「「「うそ……」」」」」」」」」」
やはりこれまで一度もなかったことなので、他のA組の生徒たちが目を丸くさせていた。
リリーは美少女だが、王女なので自分から男性をお茶に誘うなんて普通ならあり得ない。
だが、学園内で身分を振りかざすのは禁止だ。
そう考えると、リリーの行動は学生時代だけの特権と言えなくもなく、クラスメイトたちはこちらを窺っていた。
……みんなの視線が刺さって、なんか恥ずかしい。
「では参ろうか」
「あっ、うん」
とはいえ、魔晶機人改の操縦に関する質問だそうなので、私に断る理由なんてなく、素直に了承した。
このところサクラメント王国とは色々とあって、リリーとは話しづらかったというのもあったと思う。
王女様と二人きりでデート……と思われることもないだろう。
なぜなら、常にリリーには護衛として、ライムとユズハが同行していたからだ。
アリスもそのくらいなら問題ナシと思ったようで、止められることはなかった。
今日は学園にいなかったけど、私になにかあれば、彼女はすぐに動くはずなのだから。
「好きなものを頼んでくれ」
「じゃあ、私はこのケーキを……」
前世の癖が抜けていないからか、私はお酒をほとんど飲まないかわりに甘い物が好きだった。
リリー、ライム、ユズハも同じケーキを頼み、それを楽しんでから話を始める。
最初は、魔晶機人改の操縦に関する質問ばかりであったが、それが終わると、リリーは正面を見据えながら私が一番されると困る質問をしてきた。
「エルオール、このところ妾を避けておらぬか?」
「そうかなぁ? 気のせいだと思うよ。なにしろ私は講師なのだから」
と言い訳しつつ、実は避けていた。
なぜなら、どう言い訳をしても私……ゾフ王は、リリーの実の兄を討ってしまったからだ。
彼女は私がゾフ王だとは知らないが、ゾフ王国貴族である以上、兄の仇であることには違いがなく、話しかけづらいに決まっている。
それでも私は、リリーには魔晶機人改の操縦を教えているので、必要最低限の会話はしていたのだけど。
「のぅ、エルオール。妾はそなたを兄の仇などとは思うておらぬから、安心して話しかけてくれ」
「私は講師だから、ちゃんと魔晶機人改の操縦などについては話しているんだけどなぁ……。リリーが、少しでも魔晶機人改の操縦が上手くなりたいのがわかっているから……」
「そうではなくて、妾はエルオールとはもっと普通に話したいのじゃ。グラック領で魔晶機人の操縦を習っていた時のようにな。講師だからそんなことはない、などと言われてしまうと妾は寂しいぞ」
「……うっ、うん」
思わず動揺してしまった。
いつもは魔晶機人改の操縦のことばかり聞いてくるようなイメージだったのに、急に可愛くなるなんて卑怯というか……。
リリーはもの凄い美少女なので、前世も含めて女性慣れしていない私にはちょっと荷が重いかも。
「今のエルオールはゾフ王国貴族じゃが、妾はそなたを兄の仇などとは微塵も思うておらぬ」
「しかし……」
「まあ聞け。そなたは家族と仲がいいから想像できぬかもしれぬが、妾と兄たちとの関係は決して良好とは言えなかった。なにしろ、三人とも母親が違うのだから当然じゃ。妾が生まれて王女だと母方の祖父が知った時、ガッカリと肩を落としたそうじゃ。王女では、王位継承の芽がほぼないからの」
「王太子殿下が、王位を継承することが決まっていても?」
「ラングレー兄に、なにかあるかもしれぬではないか。実際、王太子の座はグレゴリー兄に回ることになった。妾に操者としての才能があるとわかった途端、妾を女王にと考えた貴族たちも少なくない。たとえ当人同士の仲がよかったとしても、貴族たちによる後継者争いが大きくなれば必ず悪化する関係よ。表面上は仲のいい兄妹のフリをしつつな」
「そうだったのか……」
第二の人生で付き合いの短い家族だけど、私は恵まれているんだな。
「結局のところ、妾の操者としての評判はサクラメント王国のための宣伝に使われた。王太子であるラングレー兄とお義母様のためにじゃ。ところがラングレー兄は、そのことで妾を恨んでおっての」
「自分の王位継承を助けていたのにですか?」
「実はラングレー兄も、優れた操者として評判じゃった。じゃが、王太子が前線で魔晶機神に搭乗して、魔物や異邦者と戦うわけにいくまい。妾が代わりに戦うことになり、操者としての評判が上がるのは妾のみよ。ラングレー兄は、表面上は妾を褒めてくれたが、内心は妾に嫉妬しておった。自分も妾と同じくらい……いや、それ以上に上手くやれると……」
だから王太子は、魔晶機神に乗って前線にいたのか……。
操者として自ら前線に立ち、敵を撃破してグラック領を落とすことに拘った。
なんだかんだ言われつつも、王族や貴族が優れた操者ならば評価、尊敬されるからだ。
そして功に焦って、俺に討たれた。
「ラングレー兄の操者としての腕前は、残念ながら妾に及ばぬ。じゃが本人はそれを認めたくなく、ゆえに妾を嫌っておったからの」
王太子としては、優れた操者であるリリーを、共にサクラメント王国を支える王族として称賛、引き立てる必要があった。
だが王太子であるばかりに、リリーほど魔晶機神に搭乗できず、魔物狩りや、異邦者と戦いで戦績を稼げなかったのがよほど悔しかったのだろう。
だから、あのような無謀な戦を仕掛けてしまったのか。
「言うまでもないが、ラングレー兄がゾフ王に勝てるわけがない。戦など起こさなければ、ラングレー兄は死ぬことなどなかった。グレゴリー兄には王太子になりたい野心などなかったのに、焦りから戦功目当てで勝手にゾフ王国に戦争を仕掛け、討たれたのじゃ。エルオール、そなたが気にする必要などない」
「はあ……」
「ラングレー兄は、西部開拓の停滞と、グラック領を守りきれなかったことで評価を落とし、その焦りからあの無謀な戦争を起こした。エルオールは気にする必要はないのじゃ。明日からは、前のように妾に話しかけてくれると嬉しい」
「わかったよ」
リリーにそう笑顔で言われると、ドキッとしてしまう。
私には、アリスかいるというのに……。
「(ただなぁ……)」
じきに、私がゾフ王であることもバレるであろう。
そうなった時に、本当にリリーは私を恨まずにいられるだろうか?
などと思っていたら彼女は席を立ち、顔を近づけたかと思うと、小声で囁いてきた。
「(エルオール、たとえそなたがゾフ王だとしてもじゃ。妾を嫌いにならないでくれよ)」
「はい……(なぜバレた?)」
驚きのあまり、私は『はい』と返事をするのが精一杯だった。
私がゾフ王であることを知る者は、まだ少ないというのに……。
リリーの整った美しい顔と、ほのかな石鹸の香り、衝撃の発言の三重奏に、私の心臓の高鳴りは止まらなかった。
これは、リリーへの恋心なのか。
それとも、私がゾフ王だとバレてしまったショックからきたものなのか。
断念ながら、恋愛では経験が少ない私にはよくわからなかった。
「エルオールにも色々と事情があるのは理解しておる。妾は口を噤むし、ライムとユズハも同じよ。のう?」
一緒に頷く二人。
そういえば、この二人もいたよなぁ……。
「はははっ……。それはありがたいなぁ」
「エルオール、明日からもよろしく頼むぞ」
「……はい」
まさか、サクラメント王国にゾフ王の正体が私だとバレてしまっていたとは……。
これは、急いでアリスに相談しなければ。




