第九十五話 模擬戦闘
「ネネ・ミアです。よろしくお願いします」
「色々とあって今は学園への転入生が多いけど、仲良くしてあげてください」
「エルオールさん、いつの間に担任になられたのですか?」
「教官不足で、なぜかこんなことに。まあ、自分よりも年下の担任ってどうかと思うけど、これも人手不足のせいってことで」
「エルオールさんは私たちに魔晶機人改の操縦を教えてくれる教官ですから問題ありませんけど、大変ですわね」
「ケイト、わかってくれてありがとう」
サクラメント王国との戦争が終わって日常に戻った。
リリーは実の兄を失ったのでショックを受けていると思ったが、表面上はそう見えなかった。
今回の戦争の経緯や、講和交渉の内容はすでに多くの生徒たちに祖国経由で伝わっていたが、サクラメント王国出身者をバカにするような人はあまりいなかった。
王太子が討ち死に、それも呆気なくゾフ王……私だが……に討たれたので、話題にするのもタブーという状態だったからだ。
そんななかで、ゾフ王国南方の避難地から王都に帰還した若い操者、整備士、キャリアーの船員候補たちが多数、学園に編入してきた。
若者を育成しないと国の未来が危うくなるので当たり前のことだが、ゾフ王国はどこも人手不足だ。
そこで、これまでは魔晶機人改の実習教官だった私が、操者の成績優秀者が集まるAクラスの担任も兼任するように。
前世で経験がないわけでもないが、どうも人に教えるのは性に合わない気がしてならない。
それでもゾフ王国は人手不足なので、引き受けざるを得なかったのだけど。
そんなAクラスであったが、以前はイタルク公爵に仕えていて、反乱鎮圧時に私と戦ったネネが編入となった。
彼女の腕前は私が確認しているから、Aクラスでも落ちこぼれる心配はないはずだ。
「エルオール、ネネって子はやるのか?」
「あとで試してみればいいじゃないか」
「それもそうだな」
そんなわけでネネは、午前の実技の講義でリックと模擬戦をすることになった。
学園では頻繁に模擬戦を行うので、特に珍しいことではないが、ギャラリーは多かった。
みんな、新入りなのにAクラスに編入されたネネの実力が気になるのだろう。
「こうも頻繁に模擬戦ができて羨ましい限りです」
「アーベルト連合王国では、あまり模擬戦をしないのか?」
「しませんね、マジッククリスタルの経費がかかるので」
経費かぁ……。
身も蓋もないけど、お金の問題は大きいよなぁ……。
「エルオールは、以前にボンクラ貴族の子弟たちに決闘を挑まれたので気がついておらぬかもしれぬが、実戦形式の模擬戦をすると、機体が壊れて修理代がかかる可能性が高いからの。高頻度でできる操者は少ない」
「そうだったんだ。この学園ではそんなことないけど」
「整備科もあり、なにより予備部品が豊富じゃからの。魔晶機人が壊れても、部品がなくて修理を諦めたり、酷い応急処置をする操者も多い」
ということは、以前私に決闘を挑んだ上級貴族たちがなにも考えてもいなかっただけなのか。
確かにあいつらは、実家の魔晶機神を勝手に持ち出していたからな。
もしくは、無傷で私に勝てると思っていたとか?
「技量は金で買えるのじゃな」
「その言い方はなかなかに辛辣だけど、他国は魔晶機人の運用コストが高額な証拠なんだろうね」
操者の練度を維持、向上させるには時間がかかるわけだ。
「ゾフ王国は、魔晶機人の運用コストが安いのか。学生に制限なしで使わせておるからの」
「予算不足で、実技講習と模擬戦を中止することはないよ」
修理と改良に使う魔晶機人改、魔晶機神改、キャリアーの部品が、アマギの艦内工場から続々と生産されていたからだ。
あまり精度や製造技術を必要としない部品も、ゾフ王国の工房が作っているので問題なかった。
次々と彼らにできる仕事を流して技術力を高めさせ、稼いでもらって経済を回す。
前世でも汎銀河連合は、民生用も含めたコンバットアーマー産業の規模が大きく、それで食べている惑星国家があったほどだ。
多くの部品を使うため、下請け、孫請けの工場が企業城下町を形成していた。
ゾフ王国の王都や郊外に、私はそれを作らせているところだ。
幸いにして、輸出用のクロスボウも注文が殺到しており、ゾフ王国の工房は未曾有の好景気にあった。
王太子と戦った時に私は狙撃用ライフルを使ってみたが、私以外は貫通力を強化したクロスボウを用いており、これに以前なら貫通させられなかった操縦席前の装甲ハッチを貫かれて死んだサクラメント王国の操者は多く、その情報を知った各国がクロスボウを買い漁り始めたのだ。
「(クロスボウは魔物にも効果的だから、ゾフ王国の工房に仕事を与えつつ、技術力を上げるのにちょうどいい)あのぅ……」
リリーは兄を失ったはずなのに、まったく悲しそうな表情を見せなかった。
本当は悲しいし、兄を殺したゾフ王……私のことだが……を恨んでいるが、気丈にもその悲しみを隠しているように見えなくもなくて気になる。
サクラメント王国のやらかしは、多国籍な学園において平穏な学園生活を送るため、誰も表向きは指摘しない。
だが裏では、『王様の暗殺まで目論んだくせに、よく何食わぬ顔で学園に通うよな。普通、退学しないか?」などと陰口は叩かれているようだ。
表立って悪口を言われたり嫌がらせを受けたわけではないので、サクラメント王国の生徒たちはなにも言えず、そもそも彼らの陰口には一理ある。
だが、ここでサクラメント王国の生徒だけが退学すれば、将来魔晶機人大国であったはずのサクラメント王国が衰退しかねない。
サクラメント王国の生徒たちは、肩身が狭い思いをしながら通っていた。
グレゴリー王子からも、歯を食いしばって学園に残り、技術と知識を習得してくれと訓示を貰ったそうだ。
ただ彼らは、今回の戦争はすべて王太子の暴走で、彼がすべて悪いと思うようになった。
リリーは王女なので、彼らから悪口を言われることはないが、実の兄がすべての元凶だと言われてショックかもしれなかった。
「エルオール、ラングレー兄のことか?」
「ええと……(なんとも答えづらい)」
「気にする必要はない。今回の戦争は、残念ながらすべてラングレー兄が悪いのじゃから」
「それは否定しないけど、実のお兄さんじゃないか」
「母親が違うし、年齢も十五歳も上だったからあまり接点がなくての。なにより妾が生まれる前はグレゴリー兄の母親に。妾が生まれてからは、妾の母に父上の寵愛が向いたせいで、ラングレー兄の母である王妃は、グレゴリー兄の母と妾と母を憎んだ。妾たちは兄妹ではあるが、ほとんど兄妹としての交流などなかったのじゃ。ゆえに、冷たいと思われるかのしれぬが、ラングレー兄が死んでもあまり悲しくなくての……」
「兄弟は他人の始まりかぁ」
「その格言は言いえて妙じゃの。だからエルオールは気にするな」
「わかった」
私は突然、この異世界に住むエルオールの体に魂が移ってしまったが、そんな私に第二の家族であるグラック家の面々は優しくしてくれた。
エルオールの記憶がないので、『記憶喪失だ』なんて嘘をついているのにもかかわらずだ。
「血が繋がっていようと、いまいと。家族の仲がいい悪いには関係ないのかもしれない」
「そうよな。他国では、継承権争いで殺し合いになるケースも少くないとか。それよりも、エルオール」
「なんだい?」
「妾に敬語で話しかけなくなったの」
「それは……」
今の私は学園の講師で、生徒は出身国と爵位に関係なく平等に接しようとしているからだ。
リリーが、すでに主君筋の娘ではないというのもある。
「そんな理由からだけど」
「それでも、妾に敬語を使わなくなったのは大きな成果じゃ。今後もこの調子で頼むぞ、先生」
「先生って柄じゃないけど」
「腕前は十分に先生じゃぞ。自信を持て」
「そうだな」
「はい、そこで二人だけで楽しそうに話さないように。ネネさんが困ってますよ。対戦相手のリックさんも」
「じゃあ始めてくれ」
「わかりました!」
「なんか調子狂うよなぁ……。では」
ネネとリックによる、魔晶機人改を使った模擬戦が始まる。
「さて、どちらが勝つと思う?」
「リックさんでしょうね」
「私もリックさんだと思います」
ケイトとクラリッサは、リックが勝利すると思っているのか。
「その理由は?」
「リックさんはこのところメキメキと腕を上げていますし、ネネさんは今日転入されたばかりですから」
「私たちはここ数ヶ月、魔物の駆逐実習込みで実戦に近い経験を積んできました。それに比べて、ネネという子は魔晶機人改の操縦に慣れていないでしょう」
ケイトとクラリッサ他A組の学生たちは、魔物を狩る数を大幅に増やしていた。
それが自信に繋がり、たとえ成績優秀で編入したとしても、操者としての経験は未知数なネネが同級生であるリックには勝てないと思ったのだろう。
確かにネネが魔晶機人改を動かした時間は短いので、それなりに実機での訓練時間を積んだリックが勝つと思う者は多いはず。
だが彼女は、病弱な父親の代わりに操者として働いていたし、イタルク公爵が反乱を起こした時には、私に挑んできた。
その時に感じたのは、ネネはただ操者としての経験が多いだけでなく、他の操者が持ち合わせていない才能を持っていることに気がついた。
だから私は、彼女を囲い込んだのだ。
「……いくぞ!」
模擬剣を構えたリックが先制してネネの操縦する魔晶機人改に斬りかかるが、彼女は簡単に回避してしまう。
「やるな! だが!」
リックは連続攻撃に切り替えるが、これもネネは次々とかわしていく。
「このぅ! こうなれば!」
リックはもう一本剣を抜き、二刀流で息をつく暇もない斬撃を繰り返す。
だが、その連続攻撃もネネはすべてかわし続けた。
「なぜ当たらないんだ?」
二刀流ゆえに、回避するのは難しい攻撃もあったのだが、ここでネネの特技が出た。
普通の操者ならバランスを崩して倒れてしまうほど機体を傾けたり、反らしてもバランスを崩さず、すぐに元の体勢に戻れてしまう。
そう。
ネネは、とにかくバランスがいいのだ。
だから、他の操者ならバランスを崩して倒れたり、すぐに正常な体勢に戻れなくなるような無理な動作を多用することができる。
私がネネの機体の両手、両足、頭を斬り飛ばしても、彼女は飛んだままで同じ位置に停止できた。
彼女のバランスの良さはわかりにくい特技だが、リックは今焦っているだろう。
「当たらねえ!」
リックが二刀流なのを活かして多彩な斬撃を繰り返すが、やはりネネは次々と回避してしまう。
魔法通信越しのリックの声が、徐々に焦りの色を帯び始める。
リックはさらに斬撃を繰り返すが、もう当たらないだろう。
「はあ……はあ……」
リックに疲労の色が見えてきて、斬撃が鈍ってきたな。
「あっ!」
そして、ついにネネが反撃に出た。
彼女は魔晶機人改用のショートソードを腰から抜き、素早くリック機の後ろに回り込み、首筋に刃を当てた。
「まいった……。さすがは、ゾフ王が見出した逸材だな」
「やるではないか、妾も勝負してみたいぞ」
「リリーさん、それは後日といたしましょう」
「ネネさんも疲れているだろうから」
リックは素直に敗北を認め、この勝負を見ていたA組の生徒たちは、心からネネのAクラス入りを認めた。
「というわけで、ネネはA組に編入となりました。今日も座学から始めまぁーーーす」
「げっ、ボク、座学は苦手……」
第三避難地で病弱だった父親の代わりに操者として働いていたせいか、残念ながらネネは座学が苦手で、しばらくは勉強で苦労することになるのであった。
※※※※
「ネネ、この参考書を読んでおいてくれ。操者も魔晶機人改の簡単な整備くらいできた方が、いざという時に己を救うことになるのだから」
「わかりました。へい……じゃなかった。エルオール先生」
「おほん!」
「頑張りまぁーーーす!」
まさか、陛下がグラック男爵を名乗って学園の講師をしていたなんて……。
絶対に秘密にしろと、今日は欠席だったアリス様からも念を押された。
Aクラスの生徒って、他国の王族や大貴族の子弟ばかりだから、そうするしかないのはわかるんだけど……。
「(間違って、陛下って言わないようにしないと……)」
それよりも、第三避難地ではただ魔晶機人を動かすだけだったけど、学園では魔晶機人の基本的な構造、簡単な整備の仕方、魔物の種類や効率的な討伐方法、魔晶機人改部隊の運用し方まで習わなければならず、ボクも落ちこぼれないように頑張らないと。
「(それにしても、陛下って凄腕操者なだけじゃないんだ)」
尊敬するなぁ……。
ボクも頑張って勉強して、陛下のお傍で仕えられるように頑張らないと。




