第九十四話 講和会議
「ではいくぞ」
「はあ……」
「どうかしたのか?」
「陛下自らがご出席されるのはいいんですが、顔は隠すのですね」
「それは当たり前さ。まだゾフ王の正体は隠さないといけないんだから」
サクラメント王国の敗戦から一週間後、ようやく講和会議が始まった。
講和会議開始が遅れたのは、あきらかにサクラメント王国が負けた戦争なのに、向こうが無駄な抵抗を続けたからだ。
負けたくせに、『講和会議はサクラメント王国で開くから、お前たちが王都まで来い』と言ってみたり。
そもそも敗者が勝者を呼び出すなどあり得ず、これはなかなか講和交渉に応じないサクラメント王国に焦ったゾフ王国が、呼び出しに応じたらラッキー程度の牛歩戦術だった。
今回の戦争は一地方での戦いだったため、いまだ詳細を知らない国や貴族は多い。
そんな時に、ゾフ王国の交渉団がサクラメント王国の呼び出しに応じたら、戦争はゾフ王国の負けだったと勘違してしまう人が大勢出てしまうだろう。
だからゾフ王国は、サクラメント王国が諦めるまで、焦らず静かにしていたわけだ。
確かにゾフ王国軍は援軍を呼び、サクラメント王国の逆襲に備えてグラック領とサクラメント王国領内の放棄地を防衛、占領していたが、それで財政破綻するほどの負担ではない。
燃費がいい魔晶機人改を用いている点も、サクラメント王国よりも有利だった。
むしろ講和会議を長引かせたせいで、財政負担が大きいのはサクラメント王国の方なのだから。
サクラメント王国も、放棄地とはいえ自国の領地を占領されてしまったので、南部諸侯に動員をかけ、防衛を強化していた。
この負担がかなり大きいそうで、南部に領地を持つ貴族たちの不満が大きいそうだ。
魔晶機神と魔晶機人をいつでも戦える状態にしなければいけないからお金がかかるのに、負け戦のあとの防衛なので褒美も期待できないから当然か。
サクラメント王国の王太子が個人的な理由で勝手にゾフ王国に出兵して負けたのに、自分の領地が攻められるかもしれず、無駄な戦費を負担させられるのだ。
不満が出て当然だろう。
一週間で講和会議になったのは、南部諸侯からかなり突き上げを食らったせいだと思われる。
なお、サクラメント王国側の全権特使はグレゴリー王子だった。
王様は出てこないようだ。
子供の不祥事の不始末に、親が出てくるのは大人げないと思っているのか。
それとも、もしグレゴリー王子が駄目だったら、いよいよ自分の出番だと思っているのか。
グレゴリー王子は十数名ほどで構成された全権特使団と共に、ゾフ王国の王城に到着した。
サクラメント王国が国王を出さないのであれば、ゾフ王国は王様自らが、つまり私が出席すれば格では勝てる。
その代わり、グレゴリー王子に私の正体がバレると面倒なので、前に絶望の穴に出陣した時と同じく仮面をつけての登場であったが……。
「陛下、さすがに仮面で顔を隠すのはどうかと思われますが……」
「失礼、このところ他国の者たちに命を狙われることが多くてね。安全が確保されるまでは、なるべく顔を知られないようにしているのだよ」
やはり、グレゴリー王子は手強い交渉相手だ。
普通ならビビって指摘しないことを、ズバズバ言ってくる。
その代わり私も、仮面をつけてるのは、顔を知られて他国の差し金による暗殺を防ぐためだと言い張った。
グレゴリー王子は、自分の兄がイタルク公爵の反乱を鎮圧して帰還中の私を襲撃させた件を知っているはずで、その件で揺さぶりをかけるためだ。
仮面を外すと、私の正体が元グラック卿だとバレるので絶対に外せない。
だから、私が仮面をつけていることの正当性を確保しないといけないからだ。
「声も隠されているのですね」
「ようやく王都を奪還したゾフ王国はまだまだ発展途上なので、万が一にも私になにかあってはならないのです。実際イタルク公爵の反乱を鎮圧した際、私の暗殺を狙って、百機を超える魔晶機人部隊に襲われましたからね。ああ、そういえば……」
「そういえば?」
「襲撃者たちの多くを捕らえて、彼らの身元を調べたのですが、そのすべてがサクラメント王国の操者らしいのですよ」
「……」
グレゴリー王子、もう交渉は始まっているんだ。
私の暗殺を謀った襲撃者たちが、王太子が捨て石としてゾフ王国に潜入させた者たちであることなどすぐに調べられた。
彼らも全員が死ぬ覚悟でいたものの、いざ捕らえられると命が欲しくなるもの。
拷問なんてしなくても、一人一人隔離して『みんな白状した』と言うと、多くの捕虜たちが正直に話してくれた。
「(さて、グレゴリー王子は、彼らをどうするかな?)」
そんな者たちは、サクラメント王国の風上にも置けないと言って見捨てるか。
もしくは、その事実を認めて引き取るか。
彼らは捨て石要員なので下級貴族の子弟ばかりであり、それに加えて跡取りではない者たちぱかりだった。
だが、私を確実に殺せないと意味がないので、腕はいい操者ばかりだ。
王太子が率いてグラック領に攻め入ろうとした操者たちは大半が討ち死にしてしまったので、私なら貴重な人材だから取り戻すが……。
「すべて王太子が勝手にやったことで、彼らに罪はない。お世話になっているようなので、必要経費をお支払いしようと思う」
「必要経費ですか……」
グレゴリー王子に、捕虜たちを見捨てる気はないようだ。
彼らは命を懸けて王太子の命令に従ったのに、ここで見捨てたら、サクラメント王国の下級貴族及び下級貴族家出の操者たちの士気が下がるなんてものじゃないからであろう。
ただ、サクラメント王国はゾフ王国操者の捕虜を取っていないので、捕虜交換ができない。
この場合、身代金を支払うのだが、捕虜が少ない方が戦争で負けているパターンなど滅多にない。
身代金を支払うとサクラメント王国が負けたことになるので、捕虜たちを預かってもらった必要経費を支払うとグレゴリー王子は言ったわけだ。
「必要経費ねぇ……」
「ええ、必要経費です。ああ、それと。我が国の放棄地を一時管理してくれたそうで、その管理費もお支払いしますよ」
グレゴリー王子は、かなり譲歩してきたな。
これが並の貴族や王族だと、なかなか譲歩できないで無駄に時間を使ってしまう。
プライドやメンツの問題もあるとはいえ、下手に交渉を長引かせると、余計に戦費がかかることだってある。
今回のケースもそうだ。
交渉を延ばして譲歩を引き出せたとしても、意味がなくなってしまう。
だがグレゴリー王子は、負けを想像させる身代金や賠償金は支払わず、必要経費を支払うと言った。
言葉遊びのようなものだが、これはサクラメント王国向けの対策だろう。
いくら負け戦でも、賠償金や身代金は支払うのは反対だと騒ぐ者たちがいるからだ。
それに加えて、領地については寸土も渡すつもりはないらしい。
保障占領しているサクラメント王国の放棄地だが、その必要経費も払うと言ったのだから。
「まあいいでしょう。時間を無駄にしたくない」
こちらとしては、反ゾフ王国派である王太子を討てたし、グラック領を守りきれた。
グラック領よりも北にある放棄地なんて手に入れても開発と管理が面倒なので、サクラメント王国のメンツを潰してまで欲しくなかったのだ。
「細かな金額は、責任者を連れてきたので、その者にお任せします」
「こちらも、担当者に任せますので」
講和交渉を始めるまでに時間がかかったので、交渉自体も長引くことを想定していたが、早く終わってよかった。
グレゴリー王子なら王太子のような無謀なことはしないだろうから、交渉で領地を譲渡せずに済んだことと、賠償金と身代金を支払わずに済んだ……必要経費は実質賠償金と身代金だが……。
これはサクラメント王国内にいる、ゾフ王国に譲歩するな派への対策だろう。
そういう貴族たちは現実を理解していないくせに、『世界一の魔晶機人大国であるサクラメント王国が、新興国であるゾフ王国に負けるわけがない! 理由はどうあれ、始まった戦争は勝たなければ意味がない! 交渉でいい条件を引き出せなければ継戦だ!』などと大騒ぎする。
実は、このまま戦争を続けるとサクラメント王国の方が先に財政破綻するし、魔晶機人と操者の損害が増すのだが、どこの世界でもこういうバカな政治家や軍人は少なくなかった。
「(グレゴリー王子は、極力ゾフ王国に譲歩した。これは受け入れる必要があるな)」
『勝者が譲歩する必要などない!』と言うゾフ王国貴族も少なくないが、ここで講和交渉が纏まらないと、ゾフ王国とサクラメント王国はどちらかが滅ぶまで戦わないといけない。
よほどのことがなければゾフ王国は勝てるだろうが、少なくない時間、金、物資、優秀な操者、連合国内での立場を失ってしまうだろう。
滅ぼしたあとの旧サクラメント王国の統治にしても、ゾフ王国に負担が大きすぎる。
どんなに上手く統治しても、反乱祭りが発生するのは目に見えていたからだ。
長い歴史がある元大国の貴族や国民が、新しい支配者への反発が強いのは当たり前のことである。
そもそも、ゾフ王国領内の開発だって人手が足りず、実習と称して学園の生徒たちに魔物を狩らせているのだから。
「(この条件なら、ゾフ王国の勝利だと各国は思うはずだ)」
各国の為政者たちもバカではないから、必要経費が実質的な賠償金や身代金だと気がつくはず。
この戦争での勝利でゾフ王国の国威は上がったし、話がわかるグレゴリー王子が次の王様になった方が色々と都合がいいというのもあった。
「(この講和条件を結ぶグレゴリー王子は、確実に人気がない王太子になるだろうからなぁ……)」
露骨に支援はできないが、密かに手を貸す必要はあった。
彼が潰れてしまうと、またゾフ王国に対し好戦的な人物が 立太子されるかもしれないからだ。
「では、細かな条件は担当者に任せるということで」
「そうですね。講和が纏まってよかった」
グレゴリー王子が安堵しているが、彼自身もわかっているはずだ。
サクラメント王国に戻ると、イバラの道が待っていることを。
いくら死んだ王太子が起こした無謀な戦争でも、講和交渉の席で自国の負けを認めてお金を払うことを決めたグレゴリー王子を、積極的に支持する者など少ないのだから。
「ゾフ王国は労力はかかるが、なんの柵もない未開地を開発することに集中したい。二度と戦端が開かれないことを祈る」
「私も、誰にも邪魔されずに西部開拓をしたかったのですが……。またこのような講和交渉が行われないことを祈ります」
やることが沢山あると言って、そのあとすぐにサクラメント王国へと戻っていくグレゴリー王子。
彼の疲れていそうな背中を見て、私は彼に心から同情するのであった。
なぜなら前世で私も、銀河連邦軍と現地惑星政府の板挟みになって苦労した経験があったのだから。




