第八話 狩猟無双
「そうか。エルオールは自分の魔力だけで、長時間魔晶機人を動かせるのか。ならば、魔物を狩れば現金収入を得やすいな。エルオールはグラック家の跡取りとして、この村に責任がある。領民たちを飢えさせず、できれば少しでも生活を豊かにしてやる。これこそが領主の務めなのだ」
「わかりました」
父上は、善良な人物であった。
自分は村を預かる郷士なので、領民たちに責任がある。
私が魔晶機人を巧みに動かせる以上、それを用いてグラック村を少しでも豊かにするようにと、私に命じた。
将来は私が継ぐ村だし、将来のプチリッチ生活のためには村を豊かにしなければいけない。
なにしろここは田舎で、漫画も、アニメも、ネットも、娯楽なんてほとんどないので、魔晶機人の訓練はいい退屈しのぎになるのだ。
私が、魔晶機人の操縦が好きというのが一番大きかったけど。
「わかりました。早速魔物狩りに向かいます」
「ベテランの猟師でもある、ラウンデルの助言をよく聞くのだぞ。魔物は強くて危険だ。狩猟中の死亡事故など珍しくもない。なにより強力な魔物は、魔晶機人を破壊することだってできるのだから」
「わかりました。十分に気をつけます」
「うむ」
魔物を、野生動物に毛が生えた程度だと思うと危ないのかもしれない。
私は気を引き締め直してから魔晶機人に搭乗し、ラウンデルや村の猟師たち数名と共に結界を越えた。
「結界って、普通に越えられるんだ」
『結界は、物理的な障壁ではないのです。魔力により魔物に忌避感を抱かせ、結界の中に入れないようにする仕組みだそうです』
効果は抜群のようだが、子供などが勝手に結界の外に出てしまいそうだな。
「薄暗い森だな……」
ラウンデルたちがよく狩猟をするグラック村の南側に出てみたが、魔物の住処はそうでない森に比べると日当たりが悪く、ジメジメし、そこにいるだけで心が沈んでくるような気がした。
「ラウンデル、動かないのか?」
魔物を探すのなら、もっと南に移動した方がいいような気もするが、ラウンデルたちはその場で身構えただけであった。
『お坊ちゃま、じきに来ますから動く必要はないのです。魔物は、結界の外に出た人間の気配を感じると向こうからやって来るのですから』
「なるほど」
野生の動物とは、やはり違うようだな。
そういえば、この世界に動物っているのかな?
などと考えていたら、なにか巨大な動物のようなものが接近する気配を感じた。
どうやら、私の念波はこの世界でも使えるようだな。
若干衰えた気がするが、これはエルオールの体に引きずられたのかもしれない。
こちらも訓練を続けるか。
『お坊ちゃま、キラーボアです』
「デカッ!」
私が初めて遭遇した魔物は、全高二メートルほどの巨大な猪であった。
毛の色はダークグレーで、その毛はとても硬いような印象を受けた。
「ラウンデル、大きいな」
『魔物の中では弱い方ですよ』
全高二メートルの巨大猪でも弱い方なのか。
強い魔物って、どれほどの大きさなのであろうか?
『お坊ちゃま?』
「行くぞ」
『わかりました。キラーボアとの戦い方ですが、突進をいなすことが重要です』
ラウンデルによると、キラーボアは強烈な突進で相手の骨をバラバラにしてしまうそうだ。
雑食のため、突進で即死したり、致命傷を受けて動けなくなった人が、よくキラーボアに食われてしまうらしい。
『魔晶機人の中ならば殺されることはないはずです。落ち着いてくださいね』
私は魔晶機人があるからいいが、アレと生身で戦っているラウンデルたちは大変だな。
などと思いながら、私は大剣を構える。
キラーボアは前に出た私に向けて突進を開始するが、私は直前でそれを回避してから、大剣でキラーボアの首筋を斬りつけた。
切り裂かれた首と頸動脈から大量の血が噴き出し、突進していたキラーボアは地面につんのめってからその動きを止めてしまう。
初めての狩りは、私が思っていた以上に呆気なく終わった。
「これでいいのかな?」
『初めての狩猟なのに、随分と落ち着かれていますね。まるでベテランのようだ』
「なにもわかっていないからだと思うよ」
狩猟はしたことがないけど、敵のコンバットスーツや軍事車両、軍用機はかなり落としている。
そのせいか、落ち着いて魔物を狩れたようだ。
それをラウンデルに教えることはないけど。
私は、なにも知らずに魔物を狩る向こう見ずな少年。
そういう評価の方がいい。
「また来たな」
魔物は強く大きな存在のため、その殺気を探りやすい。
魔晶機人にはレーダーなどの探知機はついていないが、エルオールの魔法と、私の念波が合わさって、魔物の殺気に敏感になっているようだ。
「『デスグリスリー』だ! ラウンデル!」
『キラーボアの血に引き寄せられたか……。お坊ちゃま、気をつけてください! そいつは厄介な魔物です!』
ラウンデルから注意が飛んだが、確かに灰色の巨大熊は私の乗る魔晶機人とそう大きさに差がない。
彼の慌てぶりからして、想定外の魔物なのかもしれない。
「ラウンデル、これは強い魔物なんだな?」
『ええ、あくまでも人間からすればですけど……』
彼の言いようだと、もっと巨大で強い魔晶機人か魔晶機神でなければ歯が立たない魔物もいるというわけか。
「つまり、これくらい倒せなければ森の奥に行けないんだな?」
『はい。もっと南に行けば、さらに大きく強い魔物が出ますので』
「なら、これは倒さなければな」
私は大剣を構え直してから、デスグリスリーという巨大な熊に斬りかかった。
熊は、私の大剣を片手のみで弾き返してしまう。
なるほど。
魔晶機人に乗れないラウンデルたちが慌てるわけだ。
多分、今いる猟師たちと協力しても、この魔物を倒せるかどうかわからないのであろう。
「こい!」
『グァーーー!』
背筋が凍るような叫び声をあげながら、デスグリスリーは鋭い爪を振り下ろしてきた。
そのスピードは、その巨体からは考えられないほど速かった。
『お坊ちゃま!』
この攻撃は、魔晶機人初心者の私にはかわせないと思ったのであろう。
ラウンデルが悲鳴をあげるが、それは無用な心配だ。
「(使えるな)」
体は他人でしかも子供に戻っても、私の念波は今までどおり使えるようだ。
数秒前に、デスグリスリーが爪を振り下ろす攻撃を事前に察知していた私は、最小限の回避行動をとりつつ、大剣で心臓の部分をひと突きした。
『グギャーーー』
どうやら狙いはドンピシャだったようで、心臓を大剣で貫かれたデスグリスリーはそのまま地面に倒れ伏してしまう。
その巨体のため、私もデスグリスリーが倒れた直後、地面の揺れを感じることができた。
「次!」
『お坊ちゃま……いえ、若様! あなた様にこれだけの操者としての才能があるとは! このラウンデル、一生お仕えすべき方を見つけましたぞ!』
えらくラウンデルが感動しているが、中身はプロの軍人だからこれくらいはできて当たり前というか……。
魔晶機人なんて、コンバットスーツに比べれば操縦は簡単だし。
「ラウンデルが褒めてくれるのは嬉しいけど、今日は訓練がてら沢山魔物を狩りたいんだ。マジッククリスタルもなるべく予備があった方がいいでしょう?」
今のところ、私の魔力だけで数時間は動かせるけど、万が一に備えてマジッククリスタルの予備があった方が安全だと私は考えたのだ。
「マジッククリスタルは高く売れるというし、グラック村のためにもね」
『おおっ……若様は、そのお年で旦那様と同じく、この領地のことを一番に考えていらっしゃるとは……さすがは若様です!』
いや、あの……。
とても感動しているところを悪いのだけど、私はこのグラック村で死ぬまで平穏に暮らす人生設計を考えているんだ。
なので、この村が貧しければ私もプチリッチ生活が送れない。
これも、領民たちが喜んで税を納めてくれるようになるためで、もの凄く領民たちのことを考えているとか、そういうことはないと思う。
悪政は働きたくないので、私がプチリッチ生活を送るためには、彼らの生活レベルを向上させたい。
一方で、魔晶機人の操縦を上手くなりたい自分もいる。
できれば、色々と改良もしてみたい。
しかしそれにはお金がいる。
ならば沢山魔物を狩るしかないでしょう、というわけだ。
「ラウンデル、また来たぞ」
そんなことを考えていると、今度は次々と魔物が押し寄せてくる気配を感じた。
二匹倒した魔物の血に引き寄せられたのであろうと、ラウンデルが説明してくれた。
『若様?』
「悪いが少し下がっていてくれ」
残念ながら、この身はまだ十歳の子供であり、さらに私の意識との多少のブレ。
そして、コンバットスーツと魔晶機人の性能と操作性の差など。
いまだ私は、機種変更訓練は始まったばかりといった感覚を覚えていた。
つまり、どういうことかと言えば……。
「(実戦ほど、それらの不具合を修正できるものはないということだ。魔物とやらが強くても、旧式のコンバットスーツにも劣るものでしかない。撃破する際にパイロットを殺す心配もないのだ)」
そして、なによりも大切なことがあった。
「(魔物は、肉は領民たちへの食料に。素材は様々な用途に。マジッククリスタルは、魔法道具や魔晶機人のエネルギー源として高く売れる。つまり、私のプチリッチ生活の原資となるのだ)」
グラック村は辺境にあり、それほど裕福ではないはずだ。
彼らから搾取したところでたかが知れているし、反乱を起こされたり、逃げられでもしたら意味がない。
最悪、サクラメント王国から改易されてしまうであろう。
ならば……。
「(私は、魔晶機人の操縦も気に入っている。ただ動かすと金がかかるので、私に素材とマジッククリスタルを沢山くれ!)」
私は大剣を構え直してから、そのまま全速力で次々と襲いかかってくる魔物の群れに突撃を開始した。
先ほど倒したキラーボアたちに、巨大な狼ワイルドの群れ、鋭い角で人間を串刺しにして殺してから食べてしまう肉食の鹿、ニードルバンビなど。
私に近い順から順番に斬り倒していく。
急所である首筋に一撃入れて頸動脈を断ち、出血多量にして殺す。
魔物でも、急激に体内から血がなくなれば死んでしまうのは他の生物と同じだからだ。
「(ううむ……。このレベルの魔物は難なく倒せるが、やはり私の思考と魔晶機人の動きに齟齬やズレが多すぎるな。私が自分で動くわけではないので、体の小ささはそれほど問題ないようだ。今はとにかく、一匹でも多くの魔物を倒して、この魔導機人を完全に操作できるようにならなければいけない」
そんなことを考えつつも、油断しないよう次々と魔物を大剣で斬り殺していく。
廃村となった村の広場には、私が倒した多数の魔物死体が散乱し、大量に血を流していたので、広場は大量の赤い血で染まってしまった。
まさしく血の広場と化したわけだが、この村は無人で村人に迷惑がかかるわけではない。
実戦形式の訓練を続行しようではないか。
と気合を入れたのだが、すぐに魔物たちが接近する反応がなくなってしまった。
「ラウンデル?」
『魔物もバカではないので、この大量の血に恐れ戦いて近づかないのでしょう』
「そうか。なら持ち帰ろう」
『予想以上に大猟ですな。旦那様も大喜びでしょう。これでしばらくは狩猟をしなくても大丈夫でしょう』
「いや、明日以降も訓練と並行して魔物狩りを続けるぞ。魔物はすぐに増えるんだろう? ならば手を抜くわけにいかない」
軍でも狭き門とされるコンバットスーツ乗りとなり、特殊部隊にも選任された私が、大好きな人型機動兵器の操縦で、こんな無様をいつまでも晒すわけにいかない。
とにかく訓練を重ねて、一日でも早く腕前を取り戻さなければ。
『若様、ご無理をなされては……』
「私は子供なので無理はしないさ。心配するな。それに、食料も素材もマジッククリスタルもなるべく多くあった方が領民たちも困窮しないで済むのだからな」
私は郷士の嫡男なので、領民のためと言っておけばラウンデルたちも納得してくれるはず。
これからも頑張って、魔晶機人の訓練を続けるとしよう。
できれば改造とかできないのかな?
あとで父に相談してみよう。
「(エルオール様は天才だ!)」
思えば、エルオール様は賢いお子であったが、あの落馬事故以降、大きく変わられた。
進化されたのだと思う。
グラッグ家伝来の魔晶機人を初日からほぼ完璧に動かし、旦那様と先代様、先々代様の悲願、グラッグ家の当主が魔晶機人を操るという夢を果たし、旦那様と奥様を感動させた。
そして今日、魔物との戦闘でも魔晶機人を縦横無尽に動かし、これまでに見たこともない成果をあげた。
貴族としては最下級、子爵以上の貴族たちからすれば同類扱いしてくれるなと言われている郷士家の子が、あそこまで巧みに魔晶機人を動かすとは。
騎士爵家の出ではあるが、魔晶機人を動かせない私などとは違い、エルオール様は可能性の塊であった。
これからいかほどの偉業を成し遂げるのであろうか?
私は、英雄の誕生をこの目で確認したのだ。
「(若様、このラウンデルは、一生若様についていきますぞ)」
なんでも先祖は魔物の襲撃で滅び、その不手際で改易されたため、私はグラック領の近くにある領地で猟師の家に生まれた。
さらにその領地も魔物のせいで消滅してしまい、そのあと旦那様に拾っていただいた。
その後仕事ぶりを評価していただき、さらに旦那様は仰ったのだ。
『私にではなく、才能ある次期当主エルオールに仕えてほしい』と。
実際に私は、自由裁量権を与えられて日々を過ごしている。
そんな私に不満を持つグラック村の人間もいたが、旦那様は彼らを抑えてくれた。
この私が、エルオール様に忠実に仕えてくれていると、旦那様が評価してくれたのだ。
「(私は、終生仕える主を見つけました。旦那様、感謝いたします)」
この私が若様に勝てるものなど経験しかなかったが、ならば若様が遥か遠くにある目標を目指すあまり、足を滑らせてしまうことを防ぐのが私の仕事というわけだ。
どんな天才にも油断はあるし、予想外のアクシデントもある。
それが訪れた時に、私が身を張って若様を守ればいい。
「(明日からは忙しくなるぞ)」
若様は頑張ってらっしゃる。
私もそれに負けないよう、頑張らないと。