第八十八話 奇襲
「……」
「防御するのが精一杯で、全然打ち込めない!」
「へえ、こちらの攻撃を回避しても機体のバランスを崩さず、すぐに即応態勢を取れるか。やはり、バランス感覚が抜群にいいな」
「陛下に、全然攻撃が当たらないよぉーーー!」
「夫君に攻撃を当てることなど、余も不可能だから安心してくれ」
「アリス様も凄腕なのに?」
「だからこそ、我が夫君はゾフ王に相応しい」
イタルク公爵の反乱を鎮圧した船団は、第三避難地の住人を多数乗せ、王都から南に丸一日の地点まで北上していた。
その間、私はアリスとネネ、他の操者たちと魔晶機人改を使って訓練を続けていたが、やはりネネには才能がある。
「陛下、バランスがいいって、操者に有利な資質なんですか? ボク、魔晶機神にも乗れませんし……」
「それは問題ない」
なぜなら、すでに魔晶機人改と魔晶機神改の性能差はほぼないところまで縮まっていたからだ。
機体の小さな魔晶機人改は、これから高出力で巨大な火器が正式採用されると取り回しの問題が出てくるけど、大型の特殊火器はかなり特殊な運用となるので、普通に戦う分には魔晶機人改の部隊運用の方が戦力も集中できるし、コスパもいい。
そして、なにより……。
「(余っているコンバットアーマーを動かせるパイロットを任せられそうなんだよなぁ)」
実は、コンバットアーマー乗りになるのは、操者になるよりも難しかった。
正直なところ、前世の私が適性試験に通ったこと自体が謎だったくらいなのだから。
とにかく非常に狭き門で、それはこの世界の操者でも同じだ。
アマギにあるコンバットアーマーが動かせるか、ゾフ王国の操者たちには特別に試作した新型魔晶機神改だと偽って適性試験をしてみたが、合格者はこれまで一人もいなかった。
その時は、すぐに転んだりして大変だったのを思い出す。
他国の操者たちは試していないが、コンバットアーマーは操縦が難しいからなぁ。
その点、一定以上の魔力があって、念じれば動く魔晶機人と魔晶機神の操縦の方が楽といえば楽だ。
魔力があるがゆえに、コンバットアーマーパイロットの適性がない、と言わんばかりに適性者の少なさで、私はようやく適性がありそうなネネを見つけて安堵していた。
ネネは魔晶機神を操縦できないが、コンバットアーマーなら操縦できるはず。
コンバットアーマーのパイロットである私には、ある程度彼女の資質がわかるのだ。
だから私は、彼女を囲おうとしていた。
リリーたち他国の操者たちにコンバットアーマーパイロットの適性があるのかは調べていないけど、まさか乗せるわけにいかないからな。
そんな事情があって、私はネネを訓練していた。
一日でも優れた操者にするためだ。
「明日には王都につく。学園でも頑張ってくれよ」
「はい」
やはり、操者としてもネネは優れている。
貸与した魔晶機人改をすぐに乗りこなしているので、どちらに乗せてもかなり活躍できそうだ。
魔晶機神には乗れないが、これはうちでは欠点にならないからなぁ。
「さて、そろそろ終わりにするか」
私たちは、魔物が多い森林上空を飛行するキャリアー艦隊に置いていかれないように訓練を続けていたが、食事の時間なので一旦旗艦に休憩に戻ろうと思った瞬間、魔物がいるはずの森の奥から、なにやら光るものを発見した。
「この輝きは……金属! 敵襲ぅーーー! 全機出撃!」
私は全艦に、眼下の森の奥に敵機が、それも魔晶機人と思われる機体が多数潜んでおり、艦隊を襲おうとしていると魔法通信機で告げた。
完全な確証はないが、もし間違いでも訓練だったで言い訳ができる。
それよりも、命令を躊躇って艦隊が先制攻撃を受けて被害を受ける方が嫌だった。
「陛下?」
「ネネは私の傍から離れるな! アリス! 火器使用フリー! 整備班! 二十ミリ銃と予備の弾倉を!」
私は躊躇うことなく、最速で艦とぶつからないように旗艦の格納庫に突入。
そこにあった二十ミリ銃と予備の弾倉を引ったくり、外に飛び出した。
「やはり、待ち伏せていたな!」
私は森の中に潜んでいる、敵と思われる所属不明の魔晶機人に対し二十ミリ銃を放った。
数機に命中するが、残念ながら小、中型の魔物とは違って、かなりの弾を命中させても、なかなかその動きを止めることができなかった。
「完全に威力不足だな。装甲を貫けないとは……」
弾丸の口径と火薬の量を増やさないと駄目か。
あとでフィオナに報告をあげよう。
「ならば、着弾箇所を集中させるのみだ!」
二十ミリ銃を連射して、敵魔晶機人の装甲がない関節部分を狙っていく。
だが、この世界でようやく試作、先行量産された二十ミリ銃は、弾倉にわずか二十発しか弾が込められず、フルオートで撃つこともできない。
弾幕を張った……とまではいかず、弾倉一つ分撃ち尽くして、ようやく一機を歩行不能にすることしかできなかった。
全弾命中とはいかず、装甲のない関節部………特に足の部分を狙って破壊していく。
機体の腰に吊るした新しい弾倉に交換しながら撃ちまくっていると、段々命中率も上がってきて、持っていた予備の弾倉五つと合わせて合計六つ、百二十発で七機の敵……所属不明の魔晶機人を撃破した。
「足の関節を狙え! 歩行不能にすればいい!」
私に遅れて二十ミリ銃を持って出撃した味方に、魔法通信で戦い方を教えていく。
遅れて出てきた味方機が二十ミリ銃を発射するが、やはり射撃に慣れていないせいか、命中率はイマイチだ。
それでも敵への牽制になり、臣民たちを乗せたキャリアーが襲われていないので、今のところはこれで問題ない。
「(銃は訓練で沢山撃たせないと、腕前が上がらないからなぁ)今は弾をバラ撒くことでキャリアーへの接近を許さないことが大切だ」
ただ、あまりにも敵機を撃破できないでいた。
さすがにこのままだと問題なので、腕自慢のゾフ王国の操者たちが、剣を抜いて敵機と戦い始める。
元々ゾフ王国の操者たちの平均技量は高く、それに加えて私がコンバットアーマーの訓練方法を参考にした教本を作り、それを参考に訓練をした成果が出たようだ。
味方で倒される者は少なく、敵ばかりが倒されていく。
暗黙の了解というか、魔晶機人同士の戦いでは操縦席を狙わない。
たまに不運があって死ぬ操者もいるらしいが、視界の範囲内では機体を撃破された者だけのようだ。
機体を失った敵兵たちだが、ここは魔物が生息する森の中なので逃げおおすことは不可能に近い。
破壊された魔晶機人の操縦席から出てきて、両手を上げる者が続出した。
『コラァーーー! ビンセント! 魔晶機人改に搭乗しておいて、ただの魔晶機人に負けおって! あとで居残り訓練だ!』
『すみませーーーん!』
小隊長から、自機の足を失って戦闘不能になった味方操者が怒られていた。
確かに性能差は大きいが、稀に魔晶機人で魔晶機人改を撃破できる者もいる。
そういう者を世間ではエースと呼ぶ。
ビンセント隊員を撃破した謎の敵のエース君は、飛行パックを駆使して機動力を稼いていた。
その手があるのかと思う人は多そうだが、実はかなり難しい操縦の仕方だ。
その理由は、飛行するための飛行パックで通常動作の機動力を強化するため操作が尋常でないほど難しく、下手糞がやると地面に激突したり、木に衝突して負傷、死んでしまう。
リリーですらやらない無茶と言えば、どれだけ難しい戦い方かよくわかるはずだ。
「(こいつ、ただ者じゃないな……。それはそうと、魔晶機人改に飛行パックでない補助バーニアをつけて、ジャンプ力や加速力を増やす必要がありそうだ)尋常に勝負!」
「……」
「私はゾフ王だ」
「っ!」
魔法通信で正体を明かしたら、エース君は超低空で飛行パックをふかしながら超高速を維持し、私に一直線で襲いかかった。
飛行パックは空を飛ぶものなので、常人がこんなことをやれば地面に激突してしまう。
操縦技術に自信があった味方操者たちは、敵エースのまさかの戦い方に驚愕していた。
『こんなの真似できるか!』
『飛行パックを全力でふかして、まるで走っているかのように移動する! なんて技量だ!』
魔晶機人改に搭乗している自分たちなら、動きの遅い魔晶機人なんて余裕で倒せる。
そう考えた味方は、エース君の見事な操縦テクニックと、飛行パックを使った大胆な戦法に対処できなかった。
「いいだろう、勝負を引き受けよう」
私は腰に差した剣を抜き、敵エースを迎え撃つ。
飛行パックの速度を活かした一撃は重たいが、耐久力も強化した魔晶機人改には通用しない。
余裕で受けきることに成功した。
『……っ!』
追加の一撃は行わず、敵エースは再び距離を取った。
「だろうな」
『夫君? 大丈夫か?』
『ああ、旗艦での指揮、ご苦労様』
アリスは一度旗艦に戻ってから、指揮官として味方魔晶機人改の出撃に尽力してくれたようだ。
さすが、戦略眼に優れているだけのことはある。
『うぉりゃーーー!』
『やるじゃないか、ネネ』
ネネも、私と同じく二十ミリ銃を装備したのはいいが、残念ながら初めての使用だったので一機も敵機を倒せず、剣に切り替えて初戦果をあげたようだ。
彼女の面倒を見ていたベテラン操者に褒められていた。
つい数日前まで反乱に参加していたのに、数日で操者たちに気に入られるネネは凄いと思う。
「敵エース君は、なにをするにも飛行パックを全力でふかさないと、魔晶機人改には勝てないのさ」
『なるほど。機体の性能差か。とはいえ、さすがに飛行パックをふかしながら近接戦闘はできないか』
「一撃離脱が限界だろうな」
魔法通信越しに、アリスの納得したような声が聞こえる。
『夫君、どうするつもりだ?』
「どうもこうも……」
戦場は、徐々に出撃した味方が増えてきて、敵も半数以上が戦闘不能にされ、こちらが圧倒的に優勢だった。
だが……。
「(こうなることは敵にも理解できるはず。ということは、もう一手なにかあるな)」
それに備えるべく、私は一秒でも早く敵エース君を倒す必要があった。
「もう一度、同じ手でくるか……」
敵エース君はまたも飛行パックを全力でふかし、そのパワーを利用して超高速で一撃離脱戦法を使ってきた。
飛行パックのおかげで速度は稼げるが、その場に留まって戦うことはできないので、それしか手がないという現実もあったのだけど。
「(性能に劣る魔晶機人で魔晶機人改を倒すには、速度を稼ぎつつ、相手の意表を突くしかない。それはわかるが、魔晶機人改でも同じことができるんだぜ!)」
私も敵エース君の真似をして全力で飛行パックをふかし、彼を上回る速度で急接近。
すれ違いざまに一瞬で敵エース君の機体の両手を、もう一度同じ戦法を用いて両足を斬り落とした。
『なっ……』
「あとは大人しくしているんだな……やはり!」
やはり長時間使うと頭痛がするため、短時間だけ使った念波のおかげで、私は謎の敵の第二の矢を見抜いた。
味方が敵魔晶機人部隊をほぼ壊滅させ、その後処理をしている隙を突き、五機ほどの魔晶機人部隊がノーマークだった森の中から飛び立ち、一斉にアリスのいる大型旗艦の艦橋に向けて突撃を開始したのだ。
その手には大型の斧を持ち、その目的が旗艦ブリッジの破壊……指揮官の抹殺にあることは明白だ。
「狙いは、私でなくてもいいのか!」
もしアリスになにかあれば、ゾフ王国は大きく混乱する。
敵魔晶機人奇襲部隊は私には目もくれず、旗艦の艦橋を目指す。
この突然の奇襲に、味方はまったく反応できなかった。
「やらせるか!」
こうなる可能性もある程度予想していた私は、二十ミリ銃をその場に捨てると、敵エース君の機体の剣も拾って二刀流となり、全速力で敵奇襲部隊に襲いかかった。
「させるか! 落ちろーーー!」
今回は、操者のことなど気にしていられない。
まずは一機目の胸部、操縦席のある部分に、利き手で持っている剣を突き立てた。
『ぎゃーーー!』
近いせいか魔法通信がよく声を拾い、敵操者の断末魔の声が聞こえてくるが、今はコンマ一秒を争う事態だ。
すぐに次の敵を狙う。
万が一にもアリスになにかあったら大変なので、私は操者を殺すつもりで戦っていた。
操縦席部分に剣を突き立てられ、落下する直前の敵機から新しい剣を奪い、それを二機目の魔晶機人の胸部に突き刺す。
もう二度、同じ攻撃を繰り返して敵機を倒すと、奇襲部隊は残り一機となった。
『お前には、操者としての誇りはないのか?』
「なくもないが、こんな卑怯な奇襲をかけてくるやつには関係ない話だ。まあ、お前は生かしておいてやるか」
『舐めるなぁーーー!』
足を止められ、空中に浮かんだままの魔晶機人など、さして脅威でもない。
私は二刀流を駆使して、敵魔晶機人の両腕、両足、飛行パックを斬り落とした。
胴体だけになった敵機は森へと落下していくが、その下には謎の敵魔晶機人部隊を全滅させた味方が捕虜の回収と、破壊した敵機の回収をしていたので、すぐに回収された。
負傷の度合いは不明だが、死んではいないはずなので、他の四人よりは幸運と言えよう。
「アリス、大丈夫か?」
「夫君のおかげでなんともないぞ。さすがは我が夫君よ」
「それはよかった」
可愛い女の子が、怪我なんてしない方がいいに決まっているのだから。
「それにしても、こ奴らは何者だ?」
「それは、王都に戻ってから調べよう」
反乱鎮圧の帰りに謎の敵に襲われてしまったが、無事に撃破することに成功した。
一機も逃げずに最後まで戦ったところを見ると、どこかの貴族なり国が……いや貴族はこの数を捨て石にできないか。
どこの国の操者なのかは、このあと王都でゆっくり取り調べればいい。
時間制限があるわけではないし、多くの捕虜を取れた。
誰かしらが喋るだろうし、私は軍人なので情報を引き出す方法も熟知しているのだから。




