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第八十七話 ネネ

「お前か。陛下相手に、機体の手足と頭を斬り落とされるまで抵抗し、そのあとも降伏するまで、ずっと空中に浮かび続けていた操者とは」


「はい」


「意外と大人しいんだな、とにかく陛下がお呼びだ」




 ボクの実家は、第三避難地の管理を任されているイタルク公爵家の寄子であるミア家という零細騎士だった。

 領地もなく、安い年金が頼りの貧乏騎士家で、さらに父は体が弱くて魔晶機人に長時間乗れない。

 そのうえ、ボク以外に子供がいなかったから、女の子であるにもかかわらず、ボクが父の代わりに操者として働くことが多かった。

 ボクは魔晶機人に乗るのが好きだし、腕前も褒められていたから、嫁入り前までの仕事として割り切っていたんだけど、まさかイタルク公爵様がアリス最高執政官を裏切るなんて。

 アリス様はゾフ王国百年の悲願だった王都奪還を成し遂げ、王都の結界に魔力を込めることができた人物を新しいゾフ王とし、自身は王妃となると宣言したのだけど、イタルク公爵様はそれが気に入らなかったみたい。

 自分こそがゾフ王に相応しいと、反乱を起こした。

 第三避難地に住む大半の人たちが、イタルク公爵様に勝ち目はないと思っていたけど、逆らえる空気になく、仕方なく彼に従ってしまった。

 ボクも、家族を人質に取られたみたいなものだし。

 内心、『イタルク公爵様を討伐にやってくるという新ゾフ王って、強いのかな?』なんて純粋な興味もあって。

 だから、ボクは全力で彼に挑んだ。

 他のみんなは、大きな盾を持った敵に動きを封じられてしまったけど、ボクは彼らの包囲網を突破し、ゾフ王の前に立ち塞がることができたんだ。


 ただそこまではよかったんだけど、彼は強かった。

 結局なにもできないまま機体の両手を斬り落とされ、どうにか一撃加えようと蹴りを入れたら両足を斬り落とされ、どうにかバランスを取りながら、とにかく一撃をと頭突きを食らわせようとしたら、頭まで斬り落とされてしまった。


 さすがにそこまでダメージを食らうと、墜落しないように空中に浮いているのが精一杯で、それからすぐにイタルク公爵様も討たれてしまって、ボクたちは降伏するしかなかった。

 正直みんな、イタルク公爵様に殉じる気持ちは一欠けらもなかったから。


 降伏したボクは武装解除され、討伐軍に接収されたイタルク公爵様のお屋敷の一室に軟禁されていた。

 拘束などはされておらず、その気になれば逃げ出せそうなほど警備も緩いけど、第三避難地は特に混乱もなく新ゾフ王とアリス最高執政官じゃなくて、今は王妃様にして宰相様の統治下に入っている。

 イタルク公爵様以外に死人が出なかったので、第三避難地の雰囲気も暗くなかったのは幸いだと思う。

 ただ、新ゾフ王である陛下がボクに用事があるだなんて驚きだ。

 ボクなんて、ただの零細騎士の娘なのに……。


「(もしかして、かなり陛下に抵抗してしまったから?)」


 もしかしたら、ボクって罰せられるのかな?


「(蹴りと頭突きを食らわせようとしてしまったから?)」


 よくよく考えてみたら、ボクは陛下に全力で逆らったという見方もできるわけで、あれは拙かったかも。

 本能で、どうにか一矢報いたかっただけなんだけど……。


「(どうしよう? もしかして処刑されるの?)」


「ようし、ここだ」


 ボクを連行してきた兵士に促され、執務室と思われる部屋に入った。

 黒髪の美しい少女は、アリス宰相様だ。

 ボクよりも年下なのに、ゾフ王国の統治で優れた実績を残されており、イタルク公爵様が『生意気な小娘だ!』とよく批判されていたとか。

 その美しさから、貴族や民たちからの人気も高い。 

 残念ながら、イタルク公爵様には彼女に勝てる部分はなく、だから反乱は失敗したとも。

 そしてもう一人、ボクよりも年下にしか見えない少年の姿もあった。


「ええっ! 新しい陛下って、ボクよりも年下?」


 あの稲妻のような機動と攻撃。

 そして、容赦なくイタルク公爵だけを討ち取る思い切りのよさと、冷静さ。

 そんな凄腕の操者が、まさかボクよりも年下だったなんて……。


「流れでそうなってしまったからね。ネネ・ミア。十五歳かぁ。第三避難地の操者の中で、一番いい腕前をしていたから呼んだんだ」


「はっ、はい……」


「うん? もしかして、反乱の件で罰せられると思っている? 首謀者であるイタルク公爵が死に、彼の命令で戦っていたみんなは降伏、帰順したのだから、全員お咎めなしだよ」


「イタルク公爵家は改易で全資産を没収だが、彼は両親もすでに亡くしており、兄弟、姉妹もいなかったから仕方ない。そのうち、我が夫君との間に生まれた子を新当主として再興させる予定だが」


「はぁ……」


「それよりも問題なのは、第三避難地が長年かけて溜め込んだ大量のマジッククリスタルを、あんなしょうもない欠陥武器にすべて使ってしまったイタルク公爵の愚かさだ」


「マジックソードですか?」


 噂に聞いた程度だけど、マジックソードは敵を盾ごと斬り裂ける素晴らしい武器ではあるが、とてつもない量のマジッククリスタルを使用するとか。

 イタルク公爵は、それを切り札として陛下に使ったのか……。


「数分間振り回しただけで、第三避難地に貯蔵していたマジッククリスタルをすべて使い尽したなんて……。イタルク公爵はその後の第三避難地のことを考えていたのかね?」


「ゾフ王として王都に凱旋する予定だったので、気にならなかったのだと思う。イタルク公爵とはそういう人だったので」


「なんて自分勝手な……。ただ、大量のマジッククリスタルの魔力をコンパクトに溜め込める、マジックソードの柄の内部にある魔力バッテリーには興味あるな」


「第三避難地にいる、魔法道具職人の試作品なのかしら? これまでにない高性能ぶりだから、必ず保護して囲い込まないと」 


「あの高出力のマジックソードが数分間も使えたんだから、高性能だよなぁ。あっ、ネネだったかな。君の処遇なんだが……」


「はいっ!」


 ボク、どうなっちゃうんだろう?


「君には操者としての才能がある。実は、王都には操者を育てる学園があってね。他国からの留学生も多く、切磋琢磨できるから、そこで学んでほしい」


「ボク、学園に通えるんですか?」


 第三避難地にも学校はあるけど、平民が基礎的な読み、書き、計算を学ぶところで、ボクは通っていなかった。

 貴族の子弟が通う学校もあるんけど、ボクは病弱な父に代わって操者として忙しかったから、通う暇がなかったんだ。

 騎士の娘なのに、自分よりも魔晶機人の操縦が上手だからって理由で多くの男性操者たちから嫌われていたのもあって、どうせ通えなかっただろうし。


「ボク、学生になれるんですね」


「勿論、卒業後は操者としてしかるべきところで働いてもらう予定だ」


「陛下、ありがとうございます!」


 よかったぁ、処刑されなくて。

 それどころか、学園に通えるなんて……。

 陛下って、ボクよりも年下なのに圧倒的に優れた操者で、とてもお優しくて。

 このご恩を返すため、学園でしっかりと腕を磨いて、卒業後は陛下のために働かないと。


「話はこれで終わりだ。こちらから呼び立てたので、そのお詫びにお菓子とお茶を用意した。遠慮なくどうぞ」


「うわぁ……お菓子だぁ。ありがとうございます!」


 第三避難地では甘い物が貴重で、騎士の娘くらいではそう簡単に食べられるものではなかったから、ボクは遠慮なくいただくことにした。


「甘くて美味しい……。幸せぇーーー」


「余も気に入っておる。王都では普通に食べられるぞ」


「本当ですか?」


「これも陛下のおかげよ」


 結界を張り直したばかりだって聞いていたのに、もう王都はそこまで復興しているんだ。

 イタルク公爵様が統治していた、第三避難地とは大違いだな。


「反乱の際に、イタルク公爵がこれまで第三避難地に溜め込んでいたマジッククリスタルをすべて使ってしまったため、しばらくは第三避難地に住める住民の数は大幅に減るであろう。王都帰還命令もあるので、大半の民と貴族は移住してもらう」


「王都暮らしかぁ……」


 みんな、喜ぶだろうなぁ。

 第三避難地ではなかなか医者にもかかれなかったから、王都なら父の病気もよくなるかもしれない。


「王都帰還まで数日の船旅だが、ネネは王国軍の操者たちに魔晶機人改の操縦でも習えばいいさ」


「いいんですか?」


「ネネの機体が、私に両腕、両足、頭を斬り落とされたのに、飛行パックで空中停止し続けていただろう? あの操縦はなかなかのものだよ。素晴らしいバランス感覚だ」


「普通の操者なら、すぐに墜落していたはず。ネネ、そなたには操者としての才能がある。夫君の操者を見る目は確かだ。安心して学園で学ぶがいい」


「はい!」


 陛下から、魔晶機人の操縦を褒めてもらえるなんて。

 でも陛下には全然及ばないから、頑張って学園で腕を磨かないと。


「夫君以外の操者たちも、みな驚いておったな。そんなわけで、せっかくだから入学前に少し操縦を習えばよい。帰り道は移動だけで暇だからな」


「ありがとうございます!」


 ボクは、アリス様からお土産のお菓子を貰って家に帰った。

 第三避難地に住んでいた大半の住民の移住が決まり、キャリアーという空を飛ぶ船に乗って王都を目指すことになった。

 第三避難地は維持を続けるけど、大分人口が減るみたい。

 避難地を維持するのに必要なマジッククリスタルを使ってしまったから、あまり大勢の人を養えないので仕方がない。

 ボクの家族も含めて、みんな王都に移住できるから、大喜びで荷造りをしているけど。


「ただいま」


「おお、ネネ。陛下から大層褒められたそうだな。王都の学園に通うということも聞いている。陛下の命令で、ミア家も王都に引っ越すことが決まったので、ネネも準備を手伝ってくれ」


「うん、わかった。王都行き楽しみだなぁ」


 そして翌朝、ボクと家族は大勢の第三避難地の住民たちと共にキャリアーに乗り込み、第三避難地をあとにした。

 学園での生活、楽しみだなぁ。

 その前に、ゾフ王国軍の操者たちから新型の魔晶機人改に乗せてもらえることになっている。

 学園でも魔晶機人改を使っているそうだから、一日も早く新型に慣れて、少しでも腕前を上げておこう。


 ボクの操者としての才能を認めてくれた陛下のために。






「ふんっ! イタルク公爵の奴め! 使えないな!」


「呆気なく、ゾフ王に討たれてしまいましたからね」


「まあいい、奴にマジッククリスタルを無駄に消費するからという理由で研究中止になった、マジックソードを渡しておいて正解だったな」


「愚かなイタルク公爵は、第三避難地に貯蔵していたマジッククリスタルをすべて使い尽くしました」


「そのせいで、第三避難地にはしばらく大勢の人が住めなくなった。とはいえ、ここは維持はしなければならないから、必要なマジッククリスタルを確保できる戦力を置いていかざるを得ない」


「ゾフ王の戦力を分散させ、反乱に勝利して油断しているゾフ王を討つ!」


「見つからぬよう、王都を迂回してこの地に伏せた甲斐がありましたな」


「ゾフ王を討てば、ゾフ王国は混乱する。陛下も殿下も、奪われたグラック領の奪還と、なんならゾフ王国王都の占領を考えてくれるはずだ」


 それにより、サクラメント王国は力を増し、世界を導く国となる。

 そのための尖兵が、我ら国を憂う貴族たちなのだから。

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― 新着の感想 ―
長年溜め込んだクリスタル、という表現からして微妙にでも黒字運営してきたのでは? 使い切ったとて大幅に人を減らす必要ありますかね?
敵は無能、こちらは有能なはずなのにこんなに簡単に国内に入り込まれて工作活動されてるのは気になるわ
ボクっこなの先に読者に見破られてるのなんなのw
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