第八十六話 イタルク公爵討伐
「問題は、イタルク公爵やその取り巻きたちは討っても問題ないのですが、他の操者たちに一人でも犠牲者を出したくないという点です」
「兵士たちは?」
「イタルク公爵が預かっている避難地で守りを固めていると思いますが、彼が討たれたら降伏すると思うので問題ないです。避難地にいる民たちも同じです」
イタルク公爵討伐軍は、大小十数隻のキャリアーとそれに搭載された魔晶機人と魔晶機神、そしてわずかな歩兵で構成されていた。
旗艦である大型キャリアーの中にある司令室で、私とアリス、艦長、主立った貴族たちによる作戦会議が始まった。
イタルク公爵はアリスの従兄にあたり、王都からかなり南にある、王都を失ったゾフ王国が王都の住民を避難させた最大の避難地を預かっている。
最大の避難地を預ける公爵が反乱を起こした。
普通に考えると大騒動なんだが、残念なことにイタルク公爵には、アリスに逆らってでも彼についていくと、多くの民や貴族たちに思われるほどのカリスマ性はないらしい。
「たまたま自分たちが生活している居住地のトップが反乱したから、仕方なく付き従っている感じかな?」
「はい」
「ならば余計に、他に犠牲者を出せないな」
先行させた偵察部隊によると、イタルク公爵たちは動かせる限りの魔晶機人を動員し、避難地の上空で私たちを待ち構えているそうだ。
ゾフ王国は人が住める領域があちこちに点在している関係で、魔晶機人の飛行パック装着率が高いというのもあった。
「数は?」
「百機以上は。二百機は超えていないと思います」
「そうか……」
「夫君、余たちはその三倍近くを動員し、さらにすべてが魔晶機人改だ。負けぬとは思うが……」
「操者に犠牲者を出したくないんだよ」
「うむ。彼らはイタルク公爵に心酔しているわけではない。彼がこの第三避難地の管理者だから従っているだけのはず」
「上が残念な人だと、下も大変だよなぁ……」
「イタルク公爵の愚行につき合わされて犠牲が出るのを、なるべく防ぎたい」
ゾフ王国は、サクラメント王国よりも操者の数が少ない。
アリスとしては、イタルク公爵討伐はしなければならないが、他の操者に犠牲者を出したくないのだろう。
「降伏を呼びかけた結果はどうなんだ?」
「第三避難地は、イタルク公爵に任せていただけに規模が大きい。降伏してこちらに合流した操者は極少数だが、そういう者たちは、天涯孤独な者たちが多い」
「避難地に家族がいると、実質人質みたいなものか……」
「とはいえ、イタルク公爵を討伐しないわけにもいかぬ」
イタルク公爵に従っている操者たちに犠牲者を出したくない。
今の戦力差なら私たちの圧勝だろうが、命がけで抵抗する者を確実に生かして倒すのは難しい。
どうしても操者に犠牲者が出てしまうので、アリスも貴族たちも頭を抱えているのだろう。
「夫君はどう思う? なにかいい策はないか?」
「なくはないかな」
「あるのか?」
「あっ、うん。操者の犠牲者をゼロにできるか不明だけど、極力減らせると思う」
「陛下、ぜひその策を教えてください」
「「「「「お願いします!」」」」」
「それは……」
私が提案した策はすぐに認められ、早速反乱鎮圧を始めることとなった。
「陛下、このシールドはとても大きいのですね」
「魔晶機神改用の装備だからな。魔晶機人改なら、全身が隠れるだろう?」
「防御力は十分でしょうが、これでは戦えませんよ」
「別に戦わなくていいんだよ。向こうは旧式の魔晶機人だけど、こっちは最新の魔晶機人改で数も多い。二機一組になって、向こうの攻撃を防ぐだけでいい。よほど油断しなければ、今のみんななら、そう簡単にやられないはずだ」
私は、新しい訓練マニュアルをフィオナに作らせ、それを参考にゾフ王国の操者たちを訓練させていた。
キャリアーの操船と運用も、軍艦のマニュアルを参考にしたマニュアルを基に訓練させている。
操者は個人プレイを重視する傾向があったけど、チーム、集団戦の訓練もさせ、訓練時間も燃費が大幅に下がった魔晶機人改なら以前よりも増やせた。
そんなわけで、ゾフ王国の操者たちは急速に腕を上げている。
「私が、イタルク公爵を梟首する。それまでみんなは、仕方なく彼に従っている操者たちを抑えてくれ。イタルク公爵が討たれたら、アリスが操者たちに降伏を呼びかける。まさか、上司が死んでも戦い続ける者はいないはずだ」
イタルク公爵にカリスマがあれば彼に殉ずると言って降伏しないかもしれないけど、今のところそれはあり得なさそうだ。
「必ず二機一組で、一機の敵に当たるように。攻撃はせず、防御と敵の動きを抑えることに徹してくれ。いくぞ!」
私は、ゾフ王国の魔晶機人や騎士、兵士たちが好んで使う、片刃の剣(刀に似ている)を二刀流で装備し、新型の魔晶機神改で反乱軍の最後方にいるイタルク公爵が搭乗する魔晶機神めがけて突進を開始した。
「二機で一機を、さらに機体の性能差まであるんだ! しくじるなよ!」
「「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」
味方の魔晶機人改部隊が反乱軍に突進し、二機一組で一機の敵魔晶機人を盾で押さえ込む。
「このぉ! なんだこのシールドは?」
「新装備ってやつさ。お前たちの攻撃は通じない。降伏したらどうだ?」
「……」
シールドは、軽量で頑丈な合金と魔物の外殻と骨で作った板の複合素材製であり、反乱軍の魔晶機人が持つ剣では傷一つつけられなかった。
「(大丈夫そうだな)」
味方は、大半の敵魔晶機人の動きを封じることに成功したようだ。
作戦は順調なので、あとはこの状況でも一番後方に下がったままのイタルク公爵を討つのみ。
味方機の盾のせいで動きと攻撃を封じられている敵機を潜り抜け、私はイタルク公爵の機体へと迫る。
『きたな! 傀儡のゾフ王め!』
魔法通信機越しに、少年と思しき操者の声が聞こえてきた。
アリスの従兄だから、若くて当然か。
味方に動きを封じられていない、一機の敵魔晶機人が立ち塞がってきたが、止まって相手をするのは時間の無駄だ。
「(イタルク公爵を一秒でも早く討てば、それだけ損害も減るからな)邪魔だ!」
私は二刀流の刀で、進路を塞いだ敵魔晶機人の両腕を斬り落とした。
「なっ! 一瞬で!」
「それでは戦えまい。死にたくなければ、主君を守る騎士気どりはやめるんだな」
飛び道具がない敵の魔晶機人は、腕をなくすと攻撃手段をほぼ失ってしまう。
私に一瞬で自機の両腕を斬り落とされたショックで、その場に浮かんだまま呆然としているのがわかった。
「っ! まだだ!」
と思ったら、私が背を見せた瞬間、蹴りを入れてきた。
これは少し油断したかも。
だが私には念波があるので、すぐにこれを察知し、今度は両足も斬り落とした。
ただ、まだ体が成長しきっていないからか、あまり長時間は使えない。
イタルク公爵に辿り着くまでと思って発動させたが、短時間でも頭痛が止まらない。
「さすがにもう攻撃できないだろう」
「クソッ!」
両手、両足を失い、機体重量が軽くなった機体に、飛行パックの出力は過多だ。
飛行中に飛行パックの出力調整もできず、集中してコントロールしないと、最悪バランスを崩して地面に叩きつけられてしまう。
さすがにその状態では、私に攻撃はできないだろう。
「今度こそ、もう攻撃手段は……」
「ボクを舐めるなぁーーー!」
両手、両足の重量を失った分、飛行パックのコントロールが難しくなったのに、今度は私に対し頭突きをかましてくる、敵の魔晶機人。
これはちょっと予想外だった。
「根性も然ることながら、恐ろしいまでのバランス能力と腕前だな」
とはいえ、いつまでも彼の相手をしているわけにいかない。
私は敵魔晶機人の頭部も斬り飛ばすと、一瞥もせずにイタルク公爵の魔晶機神を目指してスピードをあげた。
「(あいつなら、あの状態でも墜落はすまい。まだフリーの敵機体がいるな)」
敵味方含めて、これだけの機体が入り乱れると、数に勝っていても抑えきれない敵もいたようだ。
さらに、二機の魔晶機人が私の進路を塞ごうとするが……。
「邪魔だ」
「えっ? 見えなかった」
「強い……」
先程の操者ほどの腕前と根性はなかったので、すれ違いざまに両腕を斬り落とすと、私を攻撃もせず、その場に浮かぶのみであった。
彼らが普通の操者の反応なので、先程の操者が特別なのだろう。
「(あの操者を殺さなくてよかった)」
私には教官としての経験は少なかったけど、彼はいい操者になる気がするのだ。
そんなことを考えている間に、私は結局一番後ろで陣取ったままだったイタルク公爵の眼前に立った。
「いざ、一対一で勝負!」
『私の計算どおりだ! 偽りのゾフ王よ! お前を倒せば、私が真のゾフ王だとみなが思い知るだろう』
「それは間違ってないかな」
いきなりゾフ王になった私が、ゾフ王国の貴族と民たちに支持されているのは、王都の結界に魔力を籠められるのと、強い操者だからだ。
もしイタルク公爵が私を倒せたら、新しい王に相応しいと思う者は多いだろう。
だが……。
魔晶機神に搭乗しているが、訓練不足なのか、イタルク公爵が一瞬で操者としては未熟者だとわかってしまった。
油断は禁物だが、よほどのヘマをしなければ負けることはないだろう。
「(なんか、その場に浮かんでいるだけなのに、プルプル震えてるしなぁ)」
飛行パックで空中停止するには、それなりの技量を必要とする。
とはいえ、少し訓練すればできるようになるので、イタルク公爵は普段操者としての訓練をしていないんだろうなと。
「最後通牒だ。降伏すれば命は取らない」
こんな奴でもアリスの従兄なので、降伏すれば飼い殺しにはなるが、命までは奪わない。
アリスが奴の助命を求めたわけではないが、私も可能なら人殺しはしたくないというのが本音だった。
『……』
「どうだ? 王に逆らって処刑されないんだ。ありがたく受け入れ……」
『舐めるな! 偽王が!』
「やっぱり駄目か……」
『私は傍流王族ではない! ゾフ王になる資格のある尊き血の持ち主なんだ! お前のような、よそ者と違ってな!』
「はぁ……」
イタルク公爵はアリスの従兄だが、ゾフ王族の本流とは見なされず、傍流扱いであることに不満を抱いていたのだろう。
ゾフ王家直系の一族がアリスだけになってしまったので、自分がゾフ王になれると思っていたら、肝心の彼女が王都の結界を再稼働させることに成功した私を新しいゾフ王だと認めてしまった。
イタルク公爵としては、決してそれを認められなかったんだろう。
『アリス! 生意気な小娘め! この私をゾフ王として認めぬとは!』
『そなたには、王都の結界を再稼働させる魔力がない。それができぬ者は、ゾフ王になれない。だから余は、最高執政官であったのだから。そんなことすらわからぬ者を王にできるわけがない』
魔法通信機越しに、イタルク公爵の声が敵味方を問わず、周辺に広がった。
負けじとアリスも言い返すが、誰が聞いてもアリスの言い分の方が正しいと思う者が大半だろう。
『そのような古い決まりをいつまでも守っていたところで、ゾフ王国は王都を奪還などできぬ! 王都を取り戻すためにも、王は必要なんだ!』
『その問題は、我が夫君であるエルオール様が解決された。新ゾフ王国は王都を奪還し、連合国にも加わって他国から正式に承認された。今さらおかしな屁理屈を捏ねて反乱を起こしたそなたに大義などない。余はエルオール様の王妃となり、生まれた子たちが次代の王家を盛り立てる。それで問題ないのでは?』
『いくら魔力があろうとも、敵国の農民と変わらぬ郷士風情が、新しい王だなんて認められるか!』
『王都の結界も張れないそなたに、王を名乗る資格などあるわけがなかろう。それに、ゾフ王国は実力主義が国是となっている。王都の結界を動かせないそなたに、王の資格などない』
『小娘が、生意気な口をーーー!』
なんというか、このイタルク公爵はただ自分がゾフ王になりたかっただけなんだろうな。
「(こんなのに付き合わされる部下たちが可哀想だ)降伏しないのであれば、お前を討つのみだが……」
『ふん! もう俺に勝った気か? 偽王も、偽王に尻尾を振るアリスも殺す!』
やはり説得は無駄か……。
私は、イタルク公爵を必ず討とうと決意した。
こういう人を中途半端に生かしておくと、なんの罪もない人たちの犠牲が増えるからだ。
「さて、覚悟してもらおうか」
『少しくらい腕が立つからといって、いい気になりやがって! 私には切り札がある!』
「切り札?」
イタルク公爵は操縦が下手なんてレベルじゃないのに、私に勝てる切り札とはなんなのか?
『見よ! 魔晶機神専用のマジックソードを!』
イタルク公爵が自機の腰に差していた剣を抜くと、なんと刀身が赤く光っていた。
「魔力の刀身か?」
「あーーーはっはっ、よくわかったな! これがあれば、新型だか、新素材だか知らないが、盾などまるでバターのように切り裂けるのさ」
「魔力の刀身かぁ……」
確かにその刀身で斬り裂かれたら、魔晶機神改でも、コンバットアーマーでもひとたまりもないだろう。
だが、イタルク公爵は考えなかったのだろうか?
どうして、魔晶機人と魔晶機神用のマジックソードが普及していないのかを。
「死ねい!」
勝ちを確信したイタルク公爵が斬りかかってきたが、私はそれを余裕を持ってかわした。
ちなみに、念波は使っていない。
イタルク公爵の操縦は下手なので、そんなものを使わなくても簡単に攻撃を回避できるからだ。
「下手クソには必要ない武器だな」
『俺をバカにしやがってぇーーー!』
私の挑発で激昂したイタルク公爵がさらにムキになって斬りかかってくるが、動きのパターンが単調なので、余計に回避しやすくなった。
そして数分間ほど、私がイタルク公爵の攻撃をかわし続けていると……。
『あれ? 魔法の刀身が出ないぞ! こら! 刀身よ出ろ!』
「魔力切れだな」
マジックソードの欠点その1だが、常に高威力の魔力の刀身を出し続ける剣は燃費が悪いという点だ。
これまで試作品すら見たことがないということは、燃費の問題で実用性が皆無なのだと容易に想像できる。
現にイタルク公爵は、魔力の刀身が消えてしまったマジックソードを、機体の頭部越しに眺めているだけなのだから。
「念のために聞くけど、他に切り札は?」
『……』
「ないのかぁ。じゃあ、これ以上時間をかけても仕方がないな。悪いが死んでくれ」
私は刀を、イタルク公爵機の操縦席に突き入れた。
断末魔の悲鳴すら聞こえてこないが、楽に殺してあげるのはせめてもの情だ。
「反逆者イタルク公爵は死んだ! まだ抵抗するのであれば、イタルク公爵の次にゾフ王たる私があの世に送ってやろう! まだ私と戦う者はいるか?」
私が魔法通信の拡声機能で、イタルク公爵側の操者たちに再度降伏を促すと、味方機の攻勢で身動きが取れなかった彼らは武器を捨てて降伏した。
『第三避難地に、占領部隊を送れ!』
アリスの命令で第三避難地に突入した味方の軍勢であったが、反乱を起こしたイタルク公爵が死んだところを地上から見ていたので抵抗することなく降伏し、反乱は首謀者であるイタルク公爵の死だけで収めることに成功したのだった。
ただ……。
「第三避難地に溜め込んであったマジッククリスタルは?」
「それが、イタルク公爵が使っていたマジックソードのエネルギー源として使われてしまわれまして……」
「燃費悪すぎ!」
数分間振り回しただけで、ゾフ王国でも一番広い避難地に溜め込んでいたマジッククリスタルの在庫を使いきってしまうなんて……。
やはり現時点では、魔力の刀身でなんでも焼き切る武器の実用化は難しいようだな。