第八十五話 反乱者
「陛下、百年前の王都失陥からずっと、南方各地に分散居住していたゾフ王国の民たちですが、大半が王都に集まりました。王都を中心に強大な結界が張られ、広大な領域の魔獣が駆逐されたためです。ですが、いまだ避難地で暮らす民たちがおり、彼らの多くは王都への帰還を希望しているため、これよりさらに移住、開発を促進します」
「父や祖父たちはすでに亡くなりましたが、その子、孫である私たちは無事王都に戻ることができました。これもすべて、陛下のおかげです」
「ここが王都……。これより、もっと栄えるのでしょうな」
「無事の帰還、ご苦労である。これより新しきゾフ王国のため、新天地で頑張ってくれ」
「新たな土地を我らに与えていただき、感謝の言葉しかありません」
一応ゾフ王国の王である私は、王都失陥以降、南方にある狭い避難地に分散居住していたゾフ王国民たちと謁見。
このところ軍と学園の生徒たちに魔獣を駆逐させた、王都周辺の土地を分け与える儀式に顔を出していた。
「ゾフ王国が王都を取り戻し、広大な土地を得られたのは、すべて陛下のおかげです。そのことを努々忘れぬように」
「「「「「「「「「「ははぁーーー! ありがたや」」」」」」」」」」
「(そこまで大げさに感謝してくれなくてもいいけど……)」
アリスがゾフ王国宰相として、王となった私の功績を強く説明しているが、この国の実質的なトップは彼女なので、そんなに目立たなくてもいいと思うんだ。
お飾りの王は、いつもはグラック男爵として、学園の生徒たちに魔晶機人改の操縦を教えているくらいなのだから。
グラック男爵=ゾフ王であることがバレると面倒なので、私とアリスが学園を卒業し、成人になって正式に結婚するまでは目立たなくてもいいと思うのだけど……。
「亡くなった祖父さんも、死ぬまでずっと王都に戻りたいと常々言っていました。その夢は叶いませんでしたが、遺骨を王都郊外のお墓に埋めてあげられるのは陛下のおかげです」
「まさか、生きて再び王都を見ることができるなんて……。しかも、こんなに賑わっていて……。陛下、ありがたやぁ」
私に感謝している民たちの中には、あきらかに百歳を超えている老婆もいて、子供の頃に王都から逃げ出したのだろう。
まさか、生きている間に再び王都に戻れるとは思っていなかったようで、涙を流しながら私を拝んでいた。
「みなが、新しい暮らしに早く慣れるよう、ゾフ王国からもできる限り支援をしよう」
「ありがたき幸せ」
次々と王都に戻ってきた貴族やその家臣、臣民代表と顔を合わせ、なるべく王様らしく振る舞ってみるが、やはり慣れないな。
元が庶民だからだろう。
ますます、アリスに任せようという気になった。
「アリス、これで終わりかな?」
「いえ、あと一人。イタルクはまだ顔を出していないようだが、どういうことなのです?」
珍しくアリスが語気を強め、貴族たちにイタルクなる人物の所在を尋ねた。
「アリス、イタルクって?」
「傍流ながら、王族で公爵です。余の最高執政官就任に最後まで反対していた人物で、自分こそがゾフ王国の王に相応しいと、常々口にしていました」
「そんな人なら、私みたいな余所者が王になったら、余計に反発するのでは?」
「夫君は、ゾフ王国の悲願であった王都奪還を成し遂げたのです! それを認めず、夫君の召集命令を無視するなど、不敬以外の何者でもありません! 夫君をバカにしているとしか思えません!」
珍しくアリスが激昂していた。
私は、そりゃあいきなり見ず知らずの人物がゾフ王国の王になれば、反発する人もいるだろうと思っただけだけど。
「アリス様、いかがなされますか?」
「決まっている! 王都を失い、バラバラに住まざるを得なかった我々が王都に帰還でき、再び国際社会に認められ、発展も見込めるようになったのは誰のおかげなのか。そんなこともわからぬのなら、たとえ公爵でも討伐するしかありません」
とある貴族の問いに、強い口調で応えるアリス。
そんな彼女も凛々しくて美しいが、口にしている言葉が非常に物騒だ。
「討伐? ちょっと結論を急ぎすぎていないかな?」
前世では、命令どおり惑星反乱を鎮圧していた私だけど、まずはちゃんと詳しい状況を確認してから、討伐を口にした方がいいと思う。
もしかしたら、なにか行き違いがあるのかもしれないのだから。
「ゾフ王国は、今が一番大切な時なのです。不協和音を掻き鳴らす者は許せません!」
「傍流とはいえ、王族なんでしょう?」
まずは本当にゾフ国に従わないつもりなのか、詳しく調べた方がいいと思う。
さらに突然、傍流とはいえ王族を討てば、貴族や民たちの動揺も大きいと思うのだ。
「なによりイタルクは、多くの民たちと戦力を束ねています。そのままにして独立されたり、サクラメント王国と組んでゾフ王国を挟み撃ちにする事態もあり得なくはない。討たずとも、降らせる必要はあります」
「その危険もあるのか……」
確かにもしそんなことになったら、私の傀儡王プチリッチ生活が実現できなくなってしまう。
「(惑星反乱のようなものか……)では、私も出陣しよう」
「私も同行しますので、ご安心を」
こうして私は学園の講師業を休み、ゾフ王国に反抗したイタルク公爵を討つため、アリス、リンダ、ヒルデも連れて南方へと出撃するのであった。
※※※※
「なに? エルオールが、ゾフ王による反逆者討伐に同行しただと?」
「はい、この話は特に秘密にされていないようです」
「反逆者か……。よもやグレゴリー兄は、その反逆者と連絡を取り、ゾフ王国を挟み撃ちするような策を考えておらぬよな?」
「さすがにそんなことはしないと思います」
「まさかとは思うが、一応聞いてみたかったのじゃ。ちなみに、反逆者の名は?」
「イタルク公爵だそうです。ゾフ王も、アリス宰相が最高執政官になった時ですら、それを認めていなかった人物だそうです」
「反逆者の討伐か……。エルオールの腕前なら、ゾフ王から指名されて当然か。なにより、反逆者は公爵だからの」
「はい、かなり大規模な反乱鎮圧になるのではないかと……」
学園に登校したら、エルオールは公休を取り、ゾフ王の出陣に同行したとライムから聞かされた。
本拠地を失い、彷徨える国であるゾフ王国は一枚岩のような気がしていたが、そんなこともなかったか。
どこの国にも、不穏分子とはいるものじゃな。
「ゾフ王は勝てるでしょうか?」
「負けることなどあり得ぬな」
ゾフ王は凄腕の操者であり、エルオールも彼と同等かそれ以上の実力を持つ。
妾は、あの二人が負けるとはとうてい思えぬ。
いかにイタルクという反逆者が公爵だとて、そこまでの戦力を持っているとはとうてい思えぬ。
凄腕の操者だという噂も聞かぬからの。
「彼らと戦うイタルク公爵が不憫でならぬの」
「イタルク公爵とやらが、自ら魔晶機神を操ってゾフ王やグラック男爵と戦うでしょうか?」
「戦う。戦わねばならぬ」
なぜなら、イタルク公爵とやらはゾフ王とアリス宰相の統治体制にケチをつけて反逆し、この二人の討伐軍を迎え撃とうとしているからじゃ。
自分こそがゾフ王国の王に相応しいと思っておるイタルク公爵は、必ず自ら魔晶機神に乗ってゾフ王とアリスを討たねば、自分を支持している貴族や兵士たちも納得すまい。
「魔獣退治とは違うのでな。討伐効率よりも、多くの貴族、兵士、民たちに対し、自身が優れた操者であることを証明する必要があるのじゃ」
「それは、イタルク公爵とやらは不幸ですね」
「イタルク公爵に従っている者たちもじゃな」
イタルク公爵が討たれる前に、敵味方にどれだけの犠牲者が出るか。
なるべくそれを少なくするには、妾のように時には一目散に総大将に突っ込む必要もあった。
「そんな戦法、よほど特別なことでもなければやらぬ方がいいとは思うが……」
「姫様も色々と反省したのですね」
「……」
ライムの奴。
妾が気にしていることを……。
まあいい。
エルオールがいないのであれば、課題であるクロスボウ部隊を指揮する練習を続けるのみよ。




