第八十三話 評価
「クロスボウ隊! 構え! 撃て!」
私の目前で、小型魔獣たちに何本も矢が刺さって倒れ伏した。
なんという効率のよさだ。
激しく動かすと、関節部分の消耗やマジッククリスタルの消費量が増える魔晶機人だが、クロスボウを装備させて集団戦闘をおこなわせると、それを大きく抑えられる。
練度が足りない操者たちに集団行動を叩き込み、クロスボウへの矢の装填、発射を命令どおりできるようにすれば、これまでとは比べ物にならない数の魔獣が倒せる。
そんなことは当たり前だと言われたらそれまでだが、これまでゾフ王国以外はどこも実践していなかった。
私もサクラメント王国の郷士のままだったら、絶対に実現できなかったはずだ。
操者の犠牲を減らす効果も高い。
まず練度の低い操者に剣や格闘戦を行わせること自体が無謀だ。
優れた実力を持つ操者というのは、長年の弛まぬ訓練と、大量のマジッククリスタル、魔晶機人の消耗部品を費やさなければならない。
つまり、金がかかるのだ。
さらに、そこまで操者を強くしたところで、基本的に操者は単独か、よくて数機で戦うことが大半であろう。
王国軍も、動かすと金がかかる魔晶機人を一度に多数動かしたがらない。
そんなわけで、いくら優れた操者がいても、倒せる魔獣の数には限りがあった。
素人操者に訓練がてら集団行動を叩き込み、クロスボウで魔獣を仕留めさせる。
イレギュラーには指揮官であるベテランが対応すれば、素人操者の訓練を低コストで行いつつ、より多くの魔獣を倒せるメリットがあった。
「成果が出ているようだな」
「はい、段違いの成果です」
魔獣の群れを駆逐し、矢が刺さった魔獣の死体の回収を兵士たちに指示していると、大隊長であるサムソン子爵が声をかけてきた。
「やはりクロスボウの性能か?」
「従来の近接戦闘では、こうはいかなかったでしょう」
集団行動とクロスボウの使い方のみを教えた半人前の操者たちでは、ベテラン操者のような戦い方ができないどころか、そんなことをしたら魔晶機人を壊してしまう。
この戦術で魔晶機人を動かすことで、無理をせず半人前の操者たちの練度を上げつつ、運用コストを下げ、遠距離から攻撃させることで安全も確保しつつ、多くの魔獣を倒せる。
よく考えたものだ。
「魔晶機人用の大きなクロスボウは、サクラメント王国の職人たちでは主要部品の強度が保てず、ゾフ王国から輸入するしかないのが辛いところだがな。だがクロスボウがあれば、半人前の操者たちの訓練を安全にできる、魔晶機人改の集団運用を提案したのは、元グラック卿なのがさらに辛いところだな」
「元グラック卿ですか……」
リリー様が執着していたという、郷士だった操者か。
領地が復活したゾフ王国と接しており、バカなルシャーティー侯爵たちの無謀な出兵に巻き込まれて領地を占領され、ゾフ王国貴族にならざるを得なかった人物だ。
若くして大変優れた操者で、大異動の時に大要塞クラスを一人で落としたという話は聞いている。
そこまで活躍しても陞爵できなかったと聞いて、私はこの国の閉塞感も洒落にならなくなってきたと思ったものだ。
まれにある例外にすら、杓子定規の慣習を適用してしまうのだから。
「惜しい人材をゾフ王国に取られたものだ。正直なところ、今ゾフ王国に留学しているリリー様よりも惜しい」
「リック子爵、それは不敬罪では?」
「姫様がいかに優れた操者でも、倒せる魔獣の数には限りがある。このような戦術を若くして考えつくグラック男爵の方を、軍人なら評価して当然だな」
「はあ……」
それは事実だけど、サムソン子爵は新進気鋭の軍人にして優れた操者でもあったが、躊躇わずに上層部批判をしてしまう悪い癖がある。
そのせいで、いまだ大隊長に留まっているのだが、兵士たちの人気は高かった。
彼は操者なのに歩兵の指揮も上手く、兵士たちを厳しく鍛えるが、それは兵士たちが魔獣に殺されないためだと、彼らも理解していたからだ。
兵士たちの待遇改善にも熱心で、だから予算を無駄に使うと、軍上層部から嫌われているという事情もあったのだけど。
「グラック男爵も、わざわざサクラメント王国に戻って郷士には戻りたくあるまい。ところでサクラメント王国でも、設置式の大型クロスボウをリリー様が作らせたと聞くが?」
「すべて壊されてしまい、その後の研究は予算を止められたとか」
「続けてくれれば、魔晶機人用クロスボウの重要部品が作れるかもしれないのに……」
「もし作れるようになっても、量産できるようになるまで時間がかかりますし、ここだけの話、ゾフ王国のクロスボウは安いそうです」
「自国で作れることに意味があるってのに、相変わらず軍上層部は理解してくれないな。それに、事態は思ったよりも深刻だ」
「深刻なのですか?」
「ああ。まずゾフ王国において、クロスボウなど陳腐化した武器にすぎず、格安で販売しても利益が出てしまう代物でしかないということだ」
「もしやゾフ王国は、クロスボウ以上の遠距離戦用武器を開発、生産、配備しているということですか?」
「私はそう考えている。こうなってくると、ゾフ王国との戦争がないことを祈るよ。現在ゾフ王国は、増強した戦力を魔獣に叩きつけ、人間の住む場所を増やしている、だから、サクラメント王国と戦争になることはまずないと思うが……」
もしなにかの間違いで、ゾフ王国がサクラメント王国に戦争を仕掛けた場合、まず勝ち目はないということか……。
「そうならないことを祈りますよ」
サムソン子爵でも提言が無視されるのに、騎士爵でしかない私が軍上層部になにかを言ったところで無視されるだけだ。
今はただ、操者と兵士の練度を上げるしかない。