第八十一話 指揮能力
「(とりあえずは、すべて順調なようでよかった)」
運命のイタズラで王様になってしまったが、私の能力では傀儡の王になるのが精々だ。
新参者の私が下手に王として頑張っても、ゾフ王国の人たちに嫌われるだけ。
それなら、『よきに計らえ』的なバカ殿の方が反感も少ないだろう。
幸いにして、ゾフ王国にはアリスという最高の為政者が存在する。
私が『アリスに一任する』と言えば、みんなが幸せになれるのだから。
「あの……。夫君は、すべてご自分が王として、直接他の家臣たちに命じたいと思わないのですか?」
「いや、少なくとも今はないかな。現時点の私はよそ者みたいなものだし、これまでアリスがゾフ王国を上手く引っ張ってきたんだ。下手に変えるといいことはないし、私の政治力なんて、アリスの足元にも及ばないさ」
アリスが予想外のことを聞いてきたが、私はそもそも王になんてなりたくなかったのだ。
彼女が為政者として優秀なら、私は安心して傀儡になれるというもの。
方針を伝えるだけで、すべてゾフ王国の貴族、軍人たちに根回しして実行してくれるのだ。
それに不満なんて覚えるわけがない。
「ありがとうございます、余をそこまで認めてくれて」
「適材適所ってやつだよ」
前世の私は軍人だったので、政治の経験なんてない。
軍上層部から少なくとも叱られないように報告をしたり、反乱鎮圧時に惑星政府の高官たちと交渉するのは、厳密には政治と言えないのだから。
「余の気が変わって、夫君を王の座から降ろすかもしれない、と考えたことはないのですか?」
「波風立てずにそうなったのなら、それでいいんじゃないかな? アリスがそんなことをするとは思えないけど……って! 泣くことか?」
むむむっ、女の子というのは実に扱いが難しい。
せめて、魔晶機人くらい上手く扱えればいいのだけど、私にはとても難易度が高いように思える。
不幸が重なり、余は幼くしてただ一人のゾフ王国直系王族となってしまった。
それに加えて、魔力量の不足で王都の結界を作動させることができず、最高執政官としてこれまでゾフ王国を引っ張ってきたが、これまで苦労の連続だった。
余は、本拠地を奪われたゾフ王国の人口、国力、軍人力を殖やすことに成功したが、王都の結界を動かせなかったので、批判的な者たちもいた。
余は、普通の女の子としての暮らしをすべて諦め、これまでゾフ王国のために生きてきたのに、他者に批判されれば気持ちが落ち込むこともある。
だが、我が夫君は余を心から信用し、評価してくれた。
余の夫君となってくれて、ゾフ王国の統治をすべて任せてくれるばかりでなく、多くの恵みをゾフ王国の者たちに与えてくれる。
夫君は自分を飾りの王だと思っているようだが、決してそんなことはない。
もし我が夫君をゾフ王国の者たちが軽視し、別の者を王に立てようとするのであれば、余は国を捨てて彼に妻としてついていく覚悟なのだから。
「構え!」
「撃て!」
「次の隊、前へ!」
さすがに量産が始まったばかりの二十ミリ銃を、大半が他国の貴族や王族、その子弟である学園の生徒たちに使わせるわけにいかない。
まずは、他国に輸出する予定のクロスボウの使い方を実習で教え、その便利さを自国に宣伝してもらう。
クロスボウを知った他国から大量注文が入れば、工房で量産すればするほど利益が出て、火器の開発と量産資金に回せる。
他国には性能の低い武器を売り、自国では最先端の武器を揃える。
そんな方策を考えたのは私だが、別に特別珍しいことをしているわけではない。
汎銀河連合だって、古い武器やコンバットアーマーを惑星国家に売却し、その利益で新しい兵器の導入をしていたのだから。
クロスボウの撃ち方だけでなく、三列の隊列を作らせ、魔獣の群れに順番にクロスボウの矢を放つ戦術『三段撃ち戦法』の指揮の仕方も教えていた。
ゾフ王国軍ではとっくに習得済みだが、他国の軍人が見ればすぐに真似できるものなので、先に教えて恩を売っておこうというわけだ。
学園に通う他国の学生たちが、将来自国の軍で出世してくれたら、『親ゾフ王国派閥』を作ってくれるかもしれない。
なにより、三段撃ち戦術をするには多くのクロスボウが必要なので、沢山クロスボウが売れるというのもあった。
他にもクロスボウは矢の装填に時間がかかるので、魔物を安全に倒すにはこの戦法が効率よく安全だ。
必ず三段撃ちに拘っているわけではなくて、別に二段撃ちでも、五段撃ちでもいいのだけど。
この実習で習得すべきことは、状況に応じて最適な列数の隊列を組ませ、最前列の隊が標的に対し一斉に矢を放ったらすぐに後ろに下がり、次の出番がくるまでに再びクロスボウに矢を装填させることだ。
操者は強力な魔晶機人を操るためか、王族や貴族なのに指揮に慣れていない人が多い。
倒しても倒してもキリがないとされる魔物を効率よく駆逐するには、飛び道具や火器を用いた集団戦が必要であった。
それらの武器を用いなくても集団戦は必要なのだけど、これまで学園の生徒たちはそれを習う機会が少なかったようで……。
「二列目! 横一列に並んでないぞ! 注意しろ!」
「はい!」
「最後尾の者たちが、クロスボウに矢を番えていないぞ! 射撃の間隔が広がると、魔獣の接近を許してしまい大変危険だ! 最前列の者たちの成果を『ボーーーッ』と見ている場合か! 手を動かせ!」
「すみません!」
魔晶機人の操縦は上手くなったリリーたちだけど、魔晶機人隊の指揮となるとまだ駄目だな。
そもそもいい年をしたゾフ王国の操者たちですら、最初は魔晶機人隊の隊長になってもただ纏まって戦っているだけで、集団戦が全然できていない人が多かった。
彼らを私が直接指導し、フィオナがコンバットアーマー用の集団戦、指揮マニュアルを魔晶機人用に修正して渡したので改められつつあったが。
ただ纏まって戦うのと、集団戦とはまったく別のものなのだから。
これでは、数多いる魔物の駆逐など夢のまた夢だ。
私は一応元上級大佐なので一通りの指揮を習い、経験もしていた。
そこで、生徒たちに順番にクロスボウ隊を指揮させ、魔獣の群れを駆逐する訓練を続けていたのだ。
指揮官を作るには時間がかかるので、今から教えておかないと。
「グラック男爵は、軍人の経験がお有りなのですか?」
「グラック領で、開墾の指揮は執ったことあるよ」
「それだけで、未熟でクセ者揃いの魔晶機人改隊を指揮して、大量の魔獣を倒せるものなのですか?」
「やろうと思えばやれるのでは? フィオナが配ったマニュアルのおかげかな」
まさか『前世は軍人でした』とも言えず、私は教官役のゾフ王国軍操者の問いに対し、そう答えて誤魔化した。
彼は私がゾフ王である事実を知っているが、それを学生たちの前で話せないため、必ずグラック男爵と呼んでいる。
実はかなり人数は少なかったが、最初から魔晶機人隊を上手く指揮できる操者もゼロではなかった。
ただそれは、軍人としての経験も長い人であった。
当然だが、軍には歩兵、騎兵などの部隊も存在しており、彼らは集団戦ができないと、容易に魔獣に殺されてしまう。
指揮官教育をしっかりと受けており、その中に操者もいなくはなかった。
軍は常に人手不足なので、操者と兼任している者もいるのだ。
ただ、腕のいい操者ほど魔晶機人の操縦に専念する傾向にある。
操者は自分一人で高い戦力を持つため、軍人の教育がなおざりになるというか、そんなものよりも操縦訓練に集中する傾向があるというか。
個人戦に頼る者が多いのが、この世界の操者であった。
「最前列! 放て! 後方に下がって次の列……なんじゃと! まだクロスボウに矢を番えておらぬだと? 急げ! もう魔獣が! 抜剣!」
「……(二列目をちゃんと見てなかったな)」
リリーは、魔晶機人の操縦では私を除けば首席だけど、魔晶機人隊の指揮はかなり苦手なようだ。
「(魔晶機人隊の指揮は、部下に頼り切りだったんだろうなぁ……)」
私は急ぎフォローに入る。
「最前列! 魔獣の群れを押し込め! 倒すことに拘る必要はない! 二列目! 急ぎクロスボウに矢を番えろ! 第三列も同じだ!」
「はいっ!」
私の指示を聞いた生徒たちは、これまでの混乱ぶりが嘘のように、落ち着いて行動を開始する。
「指揮官が慌てて指示を出すと、その動揺が部下たちにも伝染します。落ち着いて指示を出してください。最前列! 第二列の射線から外れながら、魔獣との戦いをやめて最後列の後ろに! 隊列を組み直したら、クロスボウに矢を番えるんだ!」
「わかりました!」
「第二列! 撃て!」
突如戦いをやめ、自分たちに対し背中を向けた第一列を追跡しようとした魔獣たちは、待ち構えていた第二列から放たれたクロスボウの矢の雨をモロに食らってしまった。
そして、その多くが体から矢を生やしながら倒れ伏した。
「後方に下がったら、クロスボウに矢を番えるのを忘れるな! 第三列、撃て!」
リリーの指揮で一時混乱したクロスボウ部隊だったが、私の指揮ですぐに落ち着きを取り戻した。
「リリー様、次は落ち着いて」
「うっ、うむ」
その後も魔晶機人改隊を指揮し続けるリリーであったが、どうやら彼女に優れた指揮官としての資質は今のところ見られなかった。
「(優れた操者なんだけどなぁ……)」
どうやらリリーの魔晶機人改隊は、全員が優れた操者だから強かっただけのようだ。
各々が阿吽の呼吸で連携できるものだから、逆にリリーの指揮能力は成長できなかったのであろう。
むしろ、彼女の兄であるグレゴリー王子の方が指揮能力が上かもしれないな。
「第一列、クロスボウ隊、発射、後方に下がったら、クロスボウに新しい矢を番えるのを忘れないように。第二列、発射」
一方アリスは、魔晶機人の操縦ではリリーに勝てないが、魔晶機人隊の指揮では圧倒的に上だった。
今日初めて指揮するクラスメイトたちを冷静に指揮し、順調に戦果を積み上げていたのだから。
「なるほど、ただ魔晶機人の操縦が上手くなればいいという話ではないのか……。ここに帝国が他国を超えられるヒントが隠されているな」
「単機で魔物と近接戦闘のみをしていた頃と、戦い方を大きく変える必要があるのですね。貴族に相応しくないと、怒る方もいらっしゃるでしょうが……」
「強い魔物や無法者、異邦者との戦いでは、操者としての個々の実力が必要だが、そうそう遭遇するものではないからな。小、中型の魔物を駆逐するには、操者たちを上手く指揮する能力が必要なのがわかった。アーベルト連合王国も操者の個々の実力に拘る傾向があるので、これは早速軍上層部に上申してみよう」
リック、ケイト、クラリッサたちも、最初は指揮に戸惑っていたけど、次第に慣れていった。
他の学生たちも同じだ。
学園の厳しい入学試験を突破してきただけあって、対応力が高いのだと思う。
「姫様、魔晶機人改部隊の指揮には慣れましたか?」
「ライム、それを聞くな」
そのあとも引き続き、リリーにクロスボウ部隊の指揮を任せてみたのだけど、彼女は指揮に慣れなかった。
結果的には多くの魔獣を倒しているが、それはリリーの指揮が優れているからではなく、クロスボウ部隊の兵士役をしている同級生たちが慣れただけで、リリー自身の指揮能力はあまり上がっていない。
「どうだ? エルオール」
どうやら本人はそれに気がついていないようで、私に上手く指揮官としてやれているのか尋ねてきた。
「みんながクロスボウの扱い方に慣れ、部隊としての動き方を覚えて、勝手に動いているだけなんだよ。これでは、不意に初めての部隊を指揮する時に、部隊が崩壊してしまう危険がある」
「そうか……。ううっ……。なんとかせねば」
まさかリリーが、魔晶機人の指揮を苦手とするとは。
魔晶機人部隊だろうと、人間の兵士だろうと、上手く指揮するには周囲に気を配る必要がある。
リリーは単機で強いがゆえに、周囲を、他者を気にすることができないのだと思う。
「(これは困った。だが、訓練を続けるしかあるまい)」
そのままでも問題ないといえば問題ないが、他の生徒たちは順調にクロスボウ部隊の指揮を覚えつつあるのに、リリーだけ落ちこぼれるなんて想定外だ。
彼女は指揮官というよりも戦士なのだろうと思う私であった。