第八十話 戦備
「もう一つ、近接戦闘で武器を振り回すと、それもマジッククリスタルを多く消費するし、魔晶機人の関節部品の摩耗も増すだろう。それだけ魔晶機人の運用コストが上がる」
「確かに……」
夫君からの指摘には目からウロコが落ちるのであった。
数を倒せないのに魔晶機人の運用コストが上がれば、ゾフ王国の開発を大きく遅らせることになるだろう。
ゆえに、未熟な操者たちが遠方から安全に魔物を倒せる火器、銃が必要だった。
まずは魔獣との遠距離戦闘に慣れさせて練度を上げつつ、近接戦戦闘の訓練も施す。
そうすることで、低コストで安全に操者を鍛えられるというわけか。
「チリ積だけどね」
さらに、試作された二十ミリ銃を量産、配備できれば、小型、中型の魔獣を遠方から一方的に駆逐できる。
大型の魔獣には効果が薄いが、それこそ腕のいい操者の出番であろう。
「もしくは火器の弾を大きくし、火薬の量を増やせば大型魔獣にも通じるはずだ。銃身の強度を上げないと暴発の危険があるけど、魔晶機人改用だからあまり大きく重たくできない。素材や設計の変更も必要だから、少し時間がかかるかな」
今は魔晶機人改用の銃の量産が最優先なので、魔晶機神改用の大型銃は試作に留めた方がよさそうだ。
夫君はそういうこともよく理解しているので、話していると楽しくなる。
余は幼き頃から神童と呼ばれ、ゆえに最高執政官となったが、夫君も神童であろう。
よく自分は魔晶機人改の操縦に長けているだけと謙遜するが、ゾフ王国の文官と軍政官たちは、夫君の頭のよさと合理性に舌を巻いているのだから。
だからこそ、余も含めたゾフ王国の者たちは、彼を真のゾフ王として認めておるのだから。
「それならば、魔晶機神改用の大型火器の方が無理な軽量化も必要なく、大きな弾を撃てる火器を取り扱えるのでは? 特殊用途になると思うが……」
「私もそう思います。魔晶機神改自体の数が少ないですし、それなら次々と大型火器の試作品を開発、性能試験をしてそのデータを魔晶機人改用の武器に活かした方が、かえって効率がいいかもしれません」
「なるほど。それもありだな」
これまで静かにしていたヒルデが、自分の意見を述べた。
彼女は父親とフィオナと共に、様々な火器の開発責任者となっている。
当然魔晶機神改用の火器も試作しているが、魔晶機神改を動かす機会は少ないので、火器は威力重視で量産性は二の次の方がいいだろう。
数が多い魔晶機人改用の火器こそ、量産性と整備性を重視すべし。
夫君もそう言っていたのを思い出した。
「大半の魔獣は小、中型で数の多さが売りだ。壊れた魔晶機人の買い取りと、魔晶機人改への再生は続けて機数を大幅に増やしているから、魔晶機神改を新規に作る意味はないかな。一応、フィオナに魔晶機神改の新型機の設計はさせているけど、今は少数の試作機を作るのが精々だな。あって邪魔にはならないし、今後必要になるかもしれないけど」
今後、もしかしたら特殊使用目的で魔晶機神改が必要になるかもしれないので、もしもに備えて量産できるように開発だけは続けておくのがいい、という夫君の意見だ。
「さすがは我が夫君。魔晶機人の操縦だけでなく、軍備についてまでよく考えて」
「このくらいのことは、誰でも思いつくでしょう」
夫君は謙遜するが、十四歳で確固たる戦術、戦略眼を持つ者などそうはいない。
自分には、王としての能力やカリスマ性はないと常々口にしているが、本人以外が誰もそう思っていない。
夫君は、ゾフ王国の救世主なのだから。
「ところで話は変わるが。夫君、実は他国からの問い合わせがあり、クロスボウを輸出することになった」
「他国の学生たちが実際に使って、その性能を実感しているからだろうけど。いい宣伝になったと思うよ。いいんじゃないかな?」
夫君は、学生たちにクロスボウを使わせることでわざと他国に情報を流し、これに興味を持たせ、二十ミリ銃の情報を隠そうとしている。
そして、他国がこぞってゾフ王国から魔晶機人改用の大型クロスボウを輸入するように誘導。
これの利益で、『火薬』を用いた銃の開発を進めさせる策のようだ。
工作技術の問題で、この世界では魔晶機人用の弓とクロスボウはほとんど普及していなかった。
人間用はいくらでもあるが、魔晶機人と、ましてや魔晶機神が使う巨大な弓矢やクロスボウは耐久性の観点で量産が難しかったからだ。
当然他国もそうなので、まずはゾフ王国から入手し、これを分析して自国でも量産したいはず。
「フィオナさんが設計した魔晶機人改用のクロスボウは性能も然ることながら、使い勝手、整備性に優れていて、私も今彼女に教わって一生懸命勉強しています」
ヒルデは、魔晶機人改の整備、新装備の開発、生産など。
裏方として夫君をよく支えている。
余も、彼女が夫君の側室になることを歓迎していた。
「フィオナさんによると、これから巨大クロスボウの量産は、アマギの外に移す予定だそうです」
「それがいいと思う。艦内工場は、常に新しいものの試作や先行量産に使いたいから」
巨大クロスボウの性能を決める、工作精度が高く耐久性に優れた重要部品を作れる専用の工作機械をアマギの艦内工場で製造し、それを王都郊外の工房に移して量産させる。
特に性能に関係ない部品は、続々と王都に戻りつつあるゾフ王国の民たちに作らせる予定だと夫君は続けた。
「民たちに仕事を与えるのも、為政者の大切な仕事ですから。機密保持などの仕事は増えますけど問題ありません」
夫君は、郷士家の跡取りとは思えないほど経済にも詳しい。
だから余の話や提案をすぐに理解してくれるし、説明も楽だった。
だから優れた操者なのに、文官たちにも支持を受けているという面もあったのだ。
「その辺の難しいところは、アリスに一任するよ」
なにより夫君は、余を信用してすべて任せてくれる。
これから余と夫君は正式に夫婦となり、お互いに支え合って死ぬまで生きていく。
「(悪い気がせぬどころか、夫君以上の夫などそうおらぬ)」
今はまだ、余も夫君も未成年だが、成人した時すぐに結婚式を挙げられるようにしておこう。
一日でも早くウェディングドレスを着てみたいし、新婚生活というものに憧れてもいた。
なにより、早く結婚しないと他国の王女たちがよからぬことを考えるかもしれぬのだから。