第七十九話 火器
「確かに、リリー様などはエルオールを諦めていませんからね」
「やはりリンダもそう思うか」
「はい……。というか、リリー様こそが最初にエルオールの操者としての才能を世に出そうと努力していましたし、それは無意識に、彼の身分を自分に近づけ、自分と結婚できるようにしたかったからでしょうから。これまでリリー様は操者一筋で男女の機微に疎く、ご自分の気持ちに気がついていなかったのでしょうけど……」
「随分と回りくどいやり方よ」
「リリー様は王女で、エルオールは郷士だったので……」
「ゾフ王国では、そんなことを気にする者はほとんどおらぬ。身分よりも実力なのでな。では、夕食としよう」
夫君のいない場所で利害関係が一致するリンダと話をしてから、やはり同志であるヒルデとも王城で合流し、王城内にある食卓の間へと向かう。
「今日もお腹が減ったなぁ」
「余たちも魔物狩りでお腹が減ったゆえ、急ぎ準備させよう」
余の合図でメイドたちが配膳を始め、夫君と婚約者のみ参加できる夕食となった。
朝食と昼食は忙しいので、せめて夕食だけでもと続けておる。
とにかく、隙あらば夫君を余から奪おうと暗躍する他国の王女たちと、彼との接触時間を増やすわけにいかない。
その対策として、このところ毎日余が彼を夕食に誘い、上手く他国の王女たちの企みを阻止し続けている。
勿論、意味もなく我が夫君を独占などせず、リンダとヒルデに協力させる見返りとして、夕食を共にしておるぞ。
「今日も、予想以上の成果を出せてよかった。ゾフ王国の復興と発展が順調に進めば、私も王として、安心できるというもの」
夫君は、ゾフ王国の者たちから厚い支持を受けていた。
優れた操者であるばかりでなく、自分の親族や旧グラック領の家臣たちを必要以上に引きあげず、完全に実力主義本位の人事を行なったからだ。
これが並の王なら、夫君の親族が外戚の専横の原因となるところなのに、ゾフ王国ではそれが起こっていない。
我が王君の弟にして、余の義弟であるマルコは将来近衛隊を率いる予定であったが、彼は我が夫君には負けるにしても、優れた操者としての才能を持っている。
妥当な人事とされており、ゾフ王国の者たちからも不満は出ていなかった。
他の親族や家臣たちも、相応に地位や報酬が上がった程度だ。
「(さすがは、我が夫君。私欲の欠片もないとは)」
「アリス、明日も頑張って魔獣を討伐して、一日でも早く王都周辺を落ち着かせたいものだな」
「はい。そのために、学生たちも動員しておりますから」
「いい実戦訓練になるから、文句は出ないと思うけど。それに魔晶機人改なら、狩った魔物から獲れたマジッククリスタルで動かせる。さほど赤字は出ていないはずだ」
「学園の実習ゆえ、狩った魔物の素材もゾフ王国のもので、これの売却益もあるので黒字だが、その分学費と寮費も無料にしているのでトントンというところだ」
「大赤字じゃなきゃ、このまま続けられるから問題ないな」
「はい」
我が夫君は、ゾフ王国の民たちにも優しく、まさに神がゾフ王国に与えてくれた恵みのようなもの。
余は、エルオール様の妻になれることが嬉しくて仕方がない。
これからも、他国の王女たちからのアプローチを、上手くかわし続けないと。
※※※※
「(私が学生たちに、実習で魔物を狩らせることを提案したら、アリスは反対意見も上手く抑えてくれたし、その成果で学費や寮費を無料にしてくれるなんて、実によく考えているよ。それに比べて私は、やっぱり王様の器じゃないよなぁ……)」
とはいえ、魔晶機人改の操縦を楽しみつつ、操者としては役に立つと評価されれば、上手く傀儡の王になれるはずだ。
ゾフ王国は私の国という感覚もなく、アリスが実質の王として国を治める方が、ゾフ王国の貴族も民たちも不満はないのだから。
念のため、将来は操者として優れた才能を持つマルコを近衛隊の隊長にするけど、他の一族や家臣たちはなぁ……。
元々は田舎郷士家の親族や家臣なので、引き上げすぎてゾフ王国の者たちに嫌われ排除でもされたら可哀想だ。
名誉職的なところや、権限や権力よりも実入りで報いてあげた。
将来私が傀儡の王になった時、外戚の専横なんていう批判が出て、私の死後に旧グラック領の関係者たちが粛清されたら嫌だし、能力があれば引き上げるから、旧グラック領関係者たちも頑張ってほしい。
私は、仕事がない傀儡の王を目指すつもりなのだから。
「やはり、コンバットアーマーの新規生産は現時点では無理ですね」
「だろうなとは思ってたけど」
「アマギの艦内工場では、コンバットアーマーの動力炉は作れませんから。魔晶機人改の量産、改造と、魔晶機神改の改造で戦力を増やします」
「フィオナ、魔晶機神改の新規生産はしないのか?」
「ええ、魔晶機人改の性能が大幅に上がったため、今のところ、わざわざ大きくて資材を沢山使う魔晶機神改を作る意味がなくなったので」
「それもそうか。今後、射撃武器などを導入して火力を増強すると、的の大きい魔晶機神改は不利になるか……」
「しかしながら、今後強力な魔獣や無法者、異邦者が現れない保証もなく、これを倒す強力な火器を導入する際、機体の大きいコンバットアーマーと魔晶機神改が必要になる可能性も考慮し、研究と試作は進めておきます」
「うん、備えあれば憂いなしだな」
アマギの艦内工場では、放棄地で拾ったり、遺跡から発掘したり、稼働不能になった機体を他国から購入したりしたものが、魔晶機人改として改造、再生され、新たに生産されている機体もあった。
ところが、魔晶機神は魔晶機神改として改造はされてはいるが、新規建造はされていない。
少数の試作は続けているけど。
その理由をフィオナに聞くと、すでに魔晶機人改と魔晶機神改に性能差はあまりないそうだ。
それなら多くの資材を使わず、燃費もいい魔晶機人改を量産した方が合理的ではあった。
すでにある魔晶機神を小さくはできないので、改造した機体はそのまま使い続けるそうだけど、万が一魔晶機人改では歯が立たない魔物や異邦者が出現するかもしれないので、魔晶機神改の性能アップを目指して、試作は続けると説明してくれた。
「(動力の大幅なパワーアップと、小型化、軽量化により、大型の機体が駆逐されるなんて、皮肉な話だ)コンバットアーマーの試作は無理か……」
「コンバートアーマーの動力である、核融合炉を作るのは不可能です。今残っている機体を大切に使うしかありません」
アマギの艦内工場は生産能力が高く、材料さえあればコンバットアーマーの大半の部品やパーツが作れた。
だがさすがに、心臓部である小型核融合炉までは無理だ。
それなら、機体が大きくて拡張性のある魔晶機神改の性能を上げた方がいいという結論に、フィオナは至ったわけか。
さすが、私よりも優秀なだけはある。
「旧式の大型コンバットアーマーが内蔵していた内燃機関の試作はできなくもないのですが、性能が魔晶機神改以下になってしまうので意味がありません」
「資材の無駄遣いだな、それは」
実は昔のコンバットアーマーは、私が乗っているものの倍ほどの大きさがあった。
ところが、小型で高出力、防御力にも優れた新型に駆逐されてしまったのだ。
以前私は、その巨大コンバットアーマーを惑星反乱で発見して撃破したことがあるけど、大きさがゆえに鈍重な動きであったのを覚えている。
そして、あっという間に私の乗る新型に撃破されてしまったこともだ。
生物とは違って、コンバットアーマーも魔晶機人もパワーは動力出力に比例する。
機体が大きければ、その分大きな動力を積めるが、重さのせいで性能が上がらないこともある。
今は、小型の魔晶機人改を優先した方がいいという判断だ。
機体重量が軽い方が整備しやすく、その頻度も低くなるという利点もあった。
重たい人型兵器は、そこに存在するだけで各部品や関節などが劣化していってしまうのだから。
「無事、火器の試作品も完成しました。試作品なので性能はイマイチですけど……」
「最初はそんなものだし、まずは弾が飛べばいいのさ。長距離攻撃手段を手に入れることが大切なんだ」
魔晶機人の欠点の一つに、中、長距離用の武器がないというのがあった。
魔法がある世界だからなのか、火薬の製造方法が伝わっておらず、魔力を動力に弾丸を飛ばす銃もなかった。
魔晶機人を動かせない魔力量しかない人たちが魔法を放つのだが、魔晶機人や強い魔物には敵わない。
操者が魔晶機人越しに魔法を放つことも構造上できず、ゆえに私は火器を強く切望していた。
そこで、アマギの艦内工場で火薬を製造させ、カートリッジ式の火薬銃をフィオナに作らせてみたというわけだ。
「口径は二十ミリで、一つの弾倉に二十発を入れられる。連射はできないのか。まあ生産量から考えたら、あまり景気よく弾をバラ撒けないよなぁ」
早速私は、アマギ艦内にある試射場で的に向けて撃ってみる。
「おかしな癖もなくて、素直に当たるのがいいな」
コンバットアーマーの装備としては威力不足だが、普通の魔物相手には十分だ。
問題は……。
「あっ、当たらない!」
「凄い武器なのはわかりますけど、慣れないと当たりませんね」
密かに呼んだリンダとアリスにも試射させてみるが、なかなか的に当たらない。
二人ともというか、この世界の人間は銃というものを撃ったことがないので、これはただ単に射撃に慣れていないせいだと思う。
「リンダとアリスには、空いている時間にここで練習してほしいんだ」
二人だけなのは、まだ火器と弾薬の製造量が少ないのと、しばらくは他国の学生たちに隠しておきたいからだ。
「ゾフ王国軍にもできる限り回すので、密かに訓練しておいてほしい」
「ゾフ王国が他国に先んじて、中、長距離用の武器を手にする。素晴らしいことです」
「問題は、これをアマギの艦内工場以外で製造できるようになるかだけど。この手の武器は、弾薬の生産量がないと役に立たないから、量産体制の構築を急がせようと思う」
「ハズレ弾の多さを考えると、沢山弾を製造しないとすぐに弾切れになってしまうものね」
「リンダの言うとおりなんだよなぁ。とはいえ、これを普及させないと魔獣の討伐効率が上がらないのは確かだ」
「魔晶機人用のクロスボウでも、以前よりも各段に成果は上がっているけど、もう少しって感じもするわ」
魔晶機人の欠点は、飛び道具がないので一部の凄腕を除き多くの魔獣を倒せないことだ。
なにより、操者になったばかりの素人がいきなり格闘戦で魔獣を倒すことは非常に難しい。
私も初陣で敵コンバットアーマーと格闘戦になってしまったが結局撃破できず、先輩パイロットに倒してもらったことがある。
そのくらい、新人が格闘戦で敵を倒すのは難易度が高いのだ。
なにしろ、リリー王女のような天才は一握りしかいないのだから。
魔晶機人を動かせるようになった操者が剣や斧を構え、初めて一体の魔獣を倒せるようになるまで、かなり時間がかかる。
魔晶機人に搭乗しているとはいえ、人間よりも大きく、自分を殺そうとする魔獣と命のやり取りをするのだ。
大半の操者は体がすくんでしまい、初陣でいきなり魔物を倒すなんてできない。
それなのに、魔晶機人を動かすマジッククリスタルや部品の費用が高いので、連続して長時間の訓練を施すのも難しい。
ゾフ王国は、かなりの部分を犠牲にしてまで操者の訓練を優先したからこそ、高い練度を誇っていたのだから。
「クロスボウは、矢の装填に時間がかかるという欠点もあるから」
先行量産品のクロスボウを学生たちに使わせているが、アリスによると、魔獣に対し矢を放ち、再びクロスボウに矢を装填する間に魔獣の接近を許し、パニックになる者たちが出たという。
その対策でゾフ王国軍から教官を出し、交代で生徒たちに隊長をやらせて対策しているが、一人前の操者……魔獣を倒せる……を育てるには時間がかかった。
「フィオナと相談して、急ぎ王都やその周辺にも『火器』と『弾薬』の生産工場を作らないと」
「機密管理が大変だけど、そうしなければなるまい」
実習名目の学園の生徒たちまで動員して、ようやく王都とその周辺の土地から魔獣が消えつつあった。
併合したグラック領との間の土地や、王都南の土地にも結界を張るため、急ぎ大量の魔獣を駆逐する必要があったので、魔獣の討伐効率を上げる火器の普及は必要だ。
そもそも、他の国がなかなか人間の住む領域を広げられないのは、魔晶機人が近接戦闘だけで魔獣を倒しているからだ。
「火器の取り扱いに慣れた操者を育て、火器と弾薬を備蓄できれば、しばらくはゾフ王国も安泰だ」
魔獣、無法者、異邦者、敵国の魔晶機人。
どれにも対応できるので、急ぎ量産体制に移行できるよう、フィオナに指示を出しておかないと。