第七話 魔晶機人三昧
「父上より正式に許可が出た! これより、魔晶機人の機動訓練を開始する」
翌日の午後から、早速私は魔晶機人の訓練を開始することにした。
ちなみに午前中には貴族に相応しい教育があったのだが、なにしろ私は大学と士官教育を受けた身である。
そして、なぜかこの世界の言語と文字は日本語ということもあって、屋敷の書斎にある本を順番に読んで、ラウンデルの設問に答えるだけで終わってしまった。
すでに習ったような内容ばかりなので、本当に内容を確認しただけだ。
ラウンデルは先祖が貴族というだけあって、知識量もなかなかのものだ。
父が特別扱いして、私付きにしたのも納得できる。
「お坊ちゃまは、お屋敷の書斎の本の内容をすべて理解しておられるのですな」
「どういうわけかね」
「記憶を失う前のお坊ちゃまも、書斎で熱心に勉強されていましたよ。私はよく覚えていますとも」
私が乗り移る前のエルオールは、文武両道で両親のお気に入りで、弟にも慕われる優等生だったようだな。
それなのに落馬事故で死んでしまうとは、人生塞翁が馬とはよく言ったものだ。
「では、早速動かすか」
「お坊ちゃま、お気をつけて」
昨日と同じ作業ののち、ついにグラッグ家の魔晶機人は第一歩を記した。
これも普段から狩猟でマジッククリスタルを集めていたラウンデルのおかげだな。
「まずは歩いてみるか」
魔晶機人の操縦だが、特にひじ掛けの先端にあるスティックが必要というわけでもないようだ。
というか、スティックを動かしても反応しない。
頭で念じるとそのまま動いてしまうので、コンバットスーツよりも圧倒的に操縦が楽だ。
スティックを握った時と、握らない時の動作を確認してみる。
わずかに、スティックを握った方が反応がいいかな。
スティックは、私の思考を読み取る装置なのかもしれない。
でも、その装置は操縦席の他の場所にも設置されているようで、だからスティックを握らなくても魔晶機人は普通に動くのであろう。
『お坊ちゃま、凄いです! いきなり歩けるなんて!』
私が魔晶機人を普通に歩かせると、なぜかラウンデルがとても感動していた。
歩かせるくらい、そう難しいことでもないだろうに。
コンバットスーツだって、歩かせるくらいなら初心者でも余裕でできるぞ。
オートで操作できるからだけど。
「そんなに凄いことなのか?」
『普通の操者だと、歩かせるのに三十~五十時間はかかると聞きますが……』
「そうだったんだ」
これはあれだな。
魔晶機人はイメージで動かせるけど、そのイメージが下手だと上手く動かないのであろう。
その点私は念波使いであり、コンバットスーツはオート操作を補助に、複雑な操作手順を厳しい訓練を覚えていくものだから、正確に動いた時のイメージを常に頭に思い浮かべろと、教官からよく言われていた。
それが役に立ったのであろう。
「ラウンデル、走らせていい?」
『どうぞ』
続けて魔晶機人を走らせてみるが、これもスムーズにできた。
思っていたよりも速く走れるし、どういう仕組みなのかそれほど揺れないのだ。
「人が走るよりも速いな」
歩幅は広いし、魔力で動いているから、人よりも魔晶機人の方が速くて当然か。
再び走り出して元の場所に戻ることにする。
この世界は結界の中しか安全ではなく、魔晶機人で走ると、思っていた以上にグラック村は狭かった。
これでは、養える人口に限りがあって当然か。
余った人間は、都市部に出稼ぎにでも出るのであろうか?
『お坊ちゃま、あまり頻繁に走らせない方がいいと思います。足の関節部品の損耗が早まるそうで』
やはりそうか。
コンバットスーツも、足回りの部品が一番摩耗するんだよなぁ。
これだけの重量物を走らせているのだから当然であろう。
コンバットスーツの訓練課程で、足周りの部品が損耗しにくくなる動かし方を学んでいたのでそれを応用してやっているが、これで少しはマシになるのかな?
「次は、武器でも振り回してみるか……大剣と大斧だけだよね?」
『はい。でも、他の魔晶機人でも同じようなものですよ』
やはり、火器の類はないのか。
魔法があるので、魔晶機人で魔法は放てないのかな?
『魔法ですか? 魔晶機神の一部に、そういう機体もあると聞きます。魔力で弾を飛ばす武器もあるそうですが、値段がとてつもなく高いとか』
魔力で弾丸を撃ち出す銃はあるが、非常に高価なのか。
魔晶機神のみというが、実際のところは製造、運用、維持コストが高すぎるので、大貴族や王族しか使えないのかもしれない。
「無理に手に入れようとは思わないけど」
どうせ私は郷士の跡取りだ。
他の郷士も銃なんて持っていないだろうし、手に入れるには大貴族や王族など、雲の上の人たちと関わらなければいけないかもしれない。
グラック村はかなりの辺境にあるし、このままそういう人たちとは関わらず、この魔晶機人で魔物を狩りつつ、田舎領主としてノンビリ生きていく。
それがいいと思うんだ。
「武器を持つと重みを感じるな。不思議だ」
早速、背中に背負った大剣を抜いて振り回してみるが、なぜか腕に重さを感じた。
この機体で、これ以上重たい武器は使えないかもしれない。
『おおっ! 凄いですね!』
「まあね……」
といっても、私には剣の心得が最低限しかなかった。
特殊部隊の訓練で基本的な動作を習ったのみなので、名人というわけでもない。
「試し斬りしたいのだけど、なにかあるかな?」
『では、こちらへどうぞ』
私は、ラウンデルの案内で村の外れにある畑へと向かった。
するとその真ん中に、巨大な岩が鎮座しているのが確認できる。
『この岩をどかしたいのですが、このままだと重たくて運べないため、分解していただけたらと思う次第です』
「了解だ」
この大剣にも『状態保存』がかかっているので、経年劣化はしていないはず。
この大岩なら斬り裂けるか?
いや、待てよ……。
「これは、地面から引き抜いた方が早いだろう」
『大丈夫ですか?』
「駄目なら、剣を使うよ」
巨岩の地面から出ている部分は高さ三メートルほど。
これなら、魔晶機人で動かせるはず……だと思うことにしよう。
駄目なら、大剣で横に真っ二つにすればいいのだから。
と思いながら、私は巨岩を両腕で抱えてから力を込めて地面から引き抜いた。
『動いた! これほどの巨岩が!』
地面の下に埋まった部分が思っていたよりも少なかったようで、巨岩は簡単に地面から引き抜けてしまった。
なるほど。
稼働時間さえあれば、魔晶機人は重機の代わりを十分に務められるのだな。
『訓練初日でこの成果。さすがはお坊ちゃまです。次はこちらです』
「えっ?」
どうやらラウンデルは、私を稼働時間ギリギリまで使い倒す算段のようだ。
結局この日は、夕方まで村の畑で邪魔な巨木を、ようやく大剣で斬り倒し、重たい岩をどけ。
甲冑の巨人は、開墾作業に汗……は流れないけど、懸命に働くのであった。
操作は私がしていいるのだけど。
「ところでラウンデル。稼働時間なんだけど」
『待ってくださいね』
父から一時間の稼働が限界だろうと言われていたのに、すでに四時間くらい動かしているのだが、魔導炉が停止になる気配がなかった。
ラウンデルにマジッククリスタルを入れる燃料ボックスの中身を確認してもらったのだが、当然マジッククリスタルは一欠片も残っていない。
「これってつまり?」
『マジッククリスタルのみでは、どう頑張っても一時間が限界です。お坊ちゃまの魔力が、三年でここまで成長しているとは! このラウンデル、感動いたしましたぞ!』
「なら、もっと訓練できるな」
というか、自力で三時間以上も動かせるのなら、もうマジッククリスタルはいらないな。
なにかのための備蓄と、現金獲得のため販売に回した方が効率もいいだろう。
「どうしてこんなに魔力が増えたんだ?」
魔晶機人から降りた私は、どうしてここまで私の魔力量が増えたのかを考えていた。
エルオールも魔力は多めだと聞いているが、まさか魔晶機人を数時間動かすことはできないだろう。
ということは、私が彼の体に乗り移ったからなのか?
「魔水晶があればわかるんだが……」
「お坊ちゃま、地方巡検は五年に一度なので、あと二年は来ないですよ。魔水晶は非常に高価で、作るのに手間がかかりますので」
私の魔力がどうなっているのかわからないが、とにかく魔晶機人を動かせるから問題はない。
それよりも、ただ魔晶機人を動かすのではなく、今日の開墾作業のように、上手く生かして領地を富ませて税収を増やし、悠々自適の地方領主生活を目指さなければな。
共和国の増税しか能がないメガネ首相とは違って、俺は領民たちの稼ぎを増やすことを決めた。
同じ税率でも税収が増えるのだから当然だ。
「明日は、魔物退治でもしようかな」
こんな辺境の村ではお金を使う機会も少ないだろうけど、私もお小遣いくらいは欲しいので、一番換金しやすいマジッククリスタルを手に入れるのが最善だと思うから。