第七十八話 魔物駆除
「あっ、リンダだ」
「学園中で噂になっているわよ。エルオールが、各国の姫様たちを侍らせてハーレム作ってるって」
「無責任な酷い噂だ!」
「でもみんな、エルオールに興味津々って感じね」
「そうかな? それはリンダの気のせい……」
「そんなわけないでしょうが……。操縦科一年生首席のエルオール君」
「リンダも二年の首席じゃないか」
「どういうわけかね。この学園、操縦科は一年生に逸材が集まったって感じね。私じゃあリリー様に勝てないから、一年生だったら首席なんて無理よ」
放課後、リンダと学園のある地下都市内にあるオープンカフェでお茶を飲みながら、学園でのことを話していた。
年齢や経験を加味してリンダは二年から学園生活をスタートさせたのだが、まず最初に行われた試験で彼女は見事首席となった。
学園で使用する魔晶機人改に乗り慣れていたというのが大きいのと、私の指導の成果も少しはあるのかな。
ある程度年齢がいっていて、一年間しか留学する余裕がなく、操者としての基礎ができている生徒の多くは二年生からスタートしていた。
ただ年齢の条件はわりと曖昧で、二年間通学する余裕がある生徒は一年からスタートしていた。
「魔晶機人改は高性能だけど、これまで通常の魔装機人に乗っていた生徒たちは、その性能に振り回されてしまったようね。だから私が二年生の首席なんでしょう」
本人はそう謙遜するが、リンダは地道に訓練を続けて大幅に腕前を上げていたからなぁ。
そして一年生も主に模擬戦を用いた試験が行われ、その結果私が首席ということになった。
学園の教育カリキュラムの大元を作り、魔晶機人改に乗り慣れており、これでもリリーたちの先生なのだから当然……他国のイレギュラーな天才に期待したのだが、残念ながら優秀な生徒は多くても、突き抜けたとか、型破りな生徒はいなかった。
今後の成長に期待しようと思う。
「(私を倒せるような操者と戦ってみたいものだ)」
これも、前世から受け継いだパイロットの職業病とでも言うべきか。
前世では、私を超える腕前の天才たちが複数いたってのもあるのか。
なお、一年生は私が首席で、リリーが次席、クラリッサが僅差で三席、ケイトが四席、アリスが五席。
あと、リリーと一緒に入学したライムとユズハが九席と十席であった。
この二人、地味に優秀だったのだ。
「エルオール様、リンダ様。ここにいましたか。ちょっと遅れてしまいました」
とここで、整備科二年首席になったヒルデが合流してきた。
整備科に関しては、元から才能があり、アマギで情報を自由に閲覧でき、フィオナから指導を受けられるヒルデが群を抜いて優秀だった。
「エルオール様。リリー様たちが、エルオール様を巡って模擬戦をしたというのは本当ですか?」
「それも無責任な噂だ!」
席次決めの模擬戦を、どうしてそんな風に受け取るのか?
世間とは、世界が違えど本当に無責任なものだ。
「そういえばリリー様は? ここに急ぎやって来て、エルオール様の隣の席を取りそうな気がしますが。複数のライバル出現でかなり焦りつつも、エルオール様にご執心だったと、サクラメント王国出身の生徒たちが噂していましたよ」
あの騒ぎが、もう整備科まで流れてしまったのか。
ケイトも、リリーも、クラリッサも。
美少女たちに好かれるのは素直に嬉しいが、今の私の立場を考えたらあり得ないな。
正室アリス、側室リンダ、ヒルデはもう決定事項みたいなもので、これ以上奥さんが増えるのは勘弁してほしい。
ところで今の私は、田舎でプチリッチな生活からどんどん遠ざかっているような……。
いやいやいや。
まだアリスの傀儡になり、彼女に仕事を丸投げする策があるから大丈夫……なはず。
「(夫君、浮気はなりませんよ)」
「これは、アリス様」
「ここでは仕方ありませんね。グラック男爵」
今のところ、グラック男爵とゾフ王国の王は別人という設定だ。
アリスによると、いつかは同一人物だと公表するつもりらしいけど、それまでは二重生活になることが決まっていた。
「もう少しゾフ王国領内の魔物を駆逐し、結界を設置、魔力を流して可住領域を増やしたいですね」
「言うは易しの典型例だけど、エルオールがいるからね」
「そういうことです」
学園で首席の生徒を演じつつ、空いた時間に魔物を駆除しなければ。
結局、魔晶機人も魔晶機神も、繰り返し動かせば必ず腕前が上達するものだ。
一応学園なので講義や実技が主体であったが、成績優秀者には狩猟の許可を出す予定であった。
魔物を倒し、素材やマジッククリスタルを売却して生活費に充てる。
アルバイトを許可するわけだが、当然成績優秀者にしか許可は出ない。
入学試験自体は非常に厳しいものだったので、どうせすぐ全生徒に許可は出ると思うけど。
「(夫君、明日からお願いしますね)」
「(了解)」
明日からは、暫くゾフ王の姿は消えるそうだ。
なんでも、影武者にゾフ王国領内の巡幸をさせるそうだ。
「(王様らしい行事だけど、本物じゃないんだな)」
「(他国から人を多数受け入れたので、万が一ということもあります。影武者もなかなか優秀な操者ですし、もし暗殺者に襲われたら反撃してもいいと命じています)」
「(大胆ですね。アリス様)」
「(ゾフ王は優れた操者ですから。返り討ちにでもしてくれれば、本物だと勘違いする人も増えるでしょうから)」
なるほど。
これまでの功績を考慮すると、ゾフ王なら暗殺者くらい簡単に始末できる。
むしろそうした方がゾフ王らしいというわけか。
王の暗殺なんて、未遂でも死刑になることが多いからな。
返り討ちにして、結果的に先に処刑したことになっても問題ないわけか。
「私も狩猟に参加します。やはり腕が落ちています」
とは言うが、それでも席次は五位なんだよな、アリスは。
文武両道なんてものではないだろう。
しかも、私好みの和風感もある美少女ときたものだ。
元日系人だからか、黒髪はいいよなと思ってしまう。
「このケーキ、美味しいですね」
「アリス様もそう思います? 他のケーキも試してみましょうか?」
「それはいいですね。この限定のケーキが食べたいです」
「うわぁ、美味しそう。早速注文しますね」
でも、やはり普段は普通の女の子なんだと思う。
オープンカフェで、お勧め限定のケーキをおかわりして、リンダとヒルデと共に楽しんでいるのだから。
そして翌日の放課後。
「まずは学園の周囲からか……」
「まだ完全に安定したとは言えませんからね」
王都と学園の間には、まだお肌のシミのように結界が届かないエリアが点在している。
ここにいる魔物を退治しつつ、現在アマギで量産中の新型水晶柱や、拾った水晶柱を設置して魔力を流していく。
これにより、『無法者』以外は防げる安全な結界が張られるわけだ。
「まずは、とにかく魔物の数を減らす」
王都とその周辺に結界が張られたのに、いまだ人の手が入っていないからか、魔物がいる土地が残っており、実質残敵掃討作戦とも言えた。
幸い、結界のおかげで新たに魔物が入ってくることもなく、すでに結界の外に逃げてしまった魔物も多かったので、学生に任せて問題ないという判断だった。
学生たち全員に魔晶機人改を貸与しているので、強い魔物でなければ後れを取る可能性は低かったという理由もあった。
「結界内の魔物の掃討が終わったら、次は結界の外にいる魔物をできる限り倒してもらう」
そうすることで、魔物がいない安全な土地を増やし、ゾフ王国の領地を増やす。
学生たちにもいい訓練になるだろう。
結局、操者として腕を上げる最良の方法は実戦が一番というわけだ。
学園のカリキュラムを変更し、午前は従来どおり、座学、学園内の訓練場での操縦訓練や、魔晶機人改同士による模擬戦闘。
そして午後は、結界の外での魔物の討伐という形に落ち着いた。
学生たちが操る多くの魔晶機人改が、ゾフ王国王都郊外で魔物の討伐を続けている。
学園の生徒たちは腕を上げるべく、実習の一つとして魔獣の駆除を続けていた。
魔晶機人の訓練で実際に魔獣を狩らせることは多いが、それはただ訓練で魔晶機人を動かすだけでは、マジッククリスタルや整備コストが嵩むから、という事情もあった。
だが、ろくに訓練していない操者をいきなり魔晶機人に乗せて魔獣と戦わせれば、操者と機体を失ってしまうリスクがある。
魔晶機人を動かすのにコストがかかるから、操者の訓練がなかなか進まないというジレンマがあったのだけど、学園では既存の魔晶機人よりも遥かにに燃費がよく、高性能な魔晶機人改を実習に用いている。
なにより、学園に入学した操者たちは腕がいいので、どんどん実際に魔晶機人改に乗せて魔物と戦わせ、経験を積ませていた。
「これで十匹目!」
「やりますわね、リリーさん」
「ケイトこそ。妾も含めて、ここにいるのは成績優秀者ばかり。すでに魔物との戦いも多数経験しているからの」
「そうですね、アーベルト連合王国において、魔物の駆除など日常生活の一環。スムーズにこなせなければ、この学園の生徒に相応しくありませんから」
「ゾフ王国の操者たちと同じ、魔晶機人改を貸与されているからね。クロスボウもあるし、俺たちは腕を磨くのみさ」
リリー、ケイト、クラリッサ、リック、そしてアリスの成績上位組で組ませているのだが、順調に成果をあげているようだ。
実は成績優秀者と下位者を組ませようか悩んだのだが、全員が半人前の学生で、さらに魔晶機人部隊の指揮になんて慣れていない者が大半だ。
さらに、一日でも早く魔物がいない土地を増やしたいので、たとえ学生でも戦力としたい。
そこで、同じような成績の生徒同士で組ませ、成績下位のグループには、ゾフ王国軍の操者が指揮官としてつくことになった。
このグループは、私が指揮官という扱いだけど。
「いくぞ」
「はい」
私とアリスは連携し、クロスボウを用いて次々と魔物を仕留めていく。
「(さすがだな、アリスは)」
アリスの成績は五位だけど、他者と連携して戦うのは私よりも得意かもしれない。
「(戦術的、戦略的に戦う時には、アリスに任せた方がいいかもしれないな)」
私も前世の士官学校で教育を受けたが、結局特殊隊として働いていた期間が一番長かったので、人を指揮した経験がそれほどない。
フィオナはアンドロイドだし、アマギに積まれているロボットに指示を出していたが、やはり最高執政官としてゾフ王国貴族と民たちを率いてきたアリスの方が指揮官としては向いているのだろう。
「(今はただ、一匹でも多くの魔物を駆逐するのみだけど)」
「エルオール、ゾフ王国製のクロスボウは使いやすいな。帝国のクロスボウは、一回使うと整備に時間がかかるし、強度がイマイチな部分が多くてすぐに壊れてしまう。魔晶機人用のまともな飛び道具が量産されているなんて、一操者として感動しているよ。同時に、我が国にはないので悲しいとも思っているがね」
リックの祖国である帝国は、国力はあるが魔晶機人後進国みたいだ。
当然、専用の装備の開発も進んでいない。
ただ他国もそう変わりはなく、一点物なら優秀な職人が作れるかもしれないが、量産はできないだろう。
ただクロスボウを大きくすればいいというわけではなく、様々な技術が必要だからだ。
「壊れにくいですし、整備科の同朋が、整備しやすいとも言っていました。アーベルト連合王国も、一つでも多く手に入れようと、ゾフ王国と交渉を重ねているとか……」
ゾフ王国製のクロスボウの話を聞き、学生たちにその詳細を手紙に書かせ、試作を始めている他国はかなり多いはずだ。
だが、クロスボウの部品の品質や加工精度は一朝一夕には解決できない。
「(なにより、すでにゾフ王国軍の操者は、先行量産した二十ミリ銃を装備して使っているからな)」
今後、もし他国が苦労を重ねて高性能なクロスボウの量産に成功しても、ゾフ王国では魔晶機人改、魔晶機神改用の銃や火器の配備が始まっているので、今後もアドバンテージを保てる。
「(サクラメント王国が無茶をしなければ、ゾフ王国は戦争をせずに済むはずだ)」
将来そうなったら、私は傀儡の王として、毎日コンバットスーツと魔晶機人改を好きな時に動かし、プチリッチに過ごせるはずなのだから。
「(さすがは、夫君。他国から優れた操者の卵たちを集め、ゾフ王国に魔物がいない領域を急速に広げさせるとは……)」
ゾフ王国の操者たちの中には、我が国に続々と量産、配備されている魔晶機人改やキャリアーを他国の操者、船員、整備士に自由に操縦、整備させた結果、もし機密が漏れたら大変なことになると心配する者も少なくなかったが、余はそれは杞憂だと断言した。
「なぜなら、魔晶機人改や、高性能なキャリアーは、古の天の船である『アマギ』でしか作れぬからだ」
夫君の命令しか聞かぬ『アマギ』の管理者を名乗るフィオナによると、魔晶機人改の構造は、従来の魔晶機人とほとんど変わらぬという。
使用している素材の品質と、加工した部品の精度が隔絶しているがゆえの高性能ぶりなので、他国がこれを真似するには、基礎的な技術力を大きく上げねばならぬ。
それには時間がかかるし、我が国も夫君から様々な技術データを得て、懸命に研究を進めておる。
そう簡単に、他国がゾフ王国の技術には追いつけぬはずだ。
一部、これを知られるとすぐに真似をされてしまう構造などは、フィオナいわく『ブラックボックス』化しているため、学園の整備士たちがいくら機体を整備しても、盗み取ることはできないと言っていた。
「(余の判断は間違っていなかった)」
余はゾフ王国の王女として生まれたものの、魔力が足りずに放棄された王都の結界を動かすことができず、『最高執政官』の地位に甘んじていた。
自分なりに懸命に努力を重ねた結果、本拠地がないゾフ王国の人口と国力、戦力の増強に成功した余をゾフ王国の者たちは支持してくれるが、やはり悲願である王都帰還は難しく、その日に備えて力を蓄え続けるしかなかった。
そんな日々を送っていたところに、突然王都の結界が再稼働したという偵察部隊の報告が入ってきた。
いったい何者が?
焦る気持ちを抑えつつ、余は王都の結界を再稼働させた夫君と初めて顔を合わせることとなった。
スカウターで膨大な魔力を持つことを確認してはいたが、どのような人物なのか。
『王都の結界を再び動かしたのは自分なので、お前たちは出ていけ!』と言われることも考慮し、余は一つ覚悟を決めていた。
それは、彼をゾフ王国の王と認め、余がその妻となること。
ゾフ王国の王族として生まれた以上、好きな男性と結婚できないことを覚悟していたが、せめておかしな人でないことを期待して、自分の魔晶機人から降りたところ……。
『(よかった……)』
王都の結界を再発動させた人物は、なんと余と同年代の少年で、とても優しそうに見えた。
『(この人となら……)王都の結界を張れる人物こそ、ゾフ王国の王に相応しい。はじめまして、我が夫君よ』
エルオール・グラック。
彼ならば、余も妻となって彼を愛せるような気がする。
その予感は当たり、彼のおかげてゾフ王国は見事復活を遂げた。
余ができなかったことをやり遂げたからこそ、余は夫君を尊敬し、心から愛そうと誓ったわけだが、夫君の素晴らしさに気がつき、狙う者たちが多くて困る。
「あそこにいるわよ! 見逃さないで!」
余たちの近くで隊を率い、中型の魔物を次々と倒している二年生にして首席のリンダは、元々我が夫君の婚約者であるが、側室候補なので問題ない。
同じく側室候補である我が夫君の専属整備士であるヒルデと共に、余は良好な関係を結んでおる。
「姫様!」
「ライ厶、ユズハ、いくぞ!」
「「はい!」」
リリーは、サクラメント王国の王女にして余よりも優れた操者であり、元は自国の郷士であった我が夫君を引き上げようとしていた。
それも、今の夫君が紆余曲折の末にゾフ王国の貴族になったので諦めたかと思いきや……。
従者のライムとユズハと共に、いまだ我が夫君を諦めておらぬのは明白だ。
「……」
女性しか王族になれない、普段は鎖国をしている謎の国、アーベルト連合王国の王女クラリッサ。
彼女はとにかく冷静に、我が夫君を自分の婿に迎え入れようと企んでおる。
注意しなければ。
「さすがは、ゾフ王国の魔晶機人改。素晴らしい性能ですわね」
ラーベ王国の第三王女にして、銀髪縦ロールのお嬢様、ケイト。
彼女は一見、我が夫君を男性として見ていないように思えるが、隙があれば婿として手に入れようとしているのが丸わかりだ。
「魔晶機人改は素晴らしい性能だ。我が国にも配備してほしいよなぁ……。難しいだろうけど」
大国マーカス帝国の男爵の次男にして、イケメン操者であるリック……は、関係ないか。
夫君はノーマルのはず……少し弟のマルコと仲がよすぎる気も……いやいや、無責任な女官たちの噂話を信じてどうする!
「(とにかく、我が夫君を他国の王女たちに渡すわけにはいかない!)」
今日の魔獣の討伐が終わり、地下都市にある学園の格納庫に全員が機体を戻した。
これから整備が始まるので、操者たちが機体から降りてくるのだけど、その前に……。
「グラック男爵、今日も素晴らしい成果でした。今夜の夕食は一緒にとりましょう」
「あっ、ええと……」
「早く参ろうぞ。今夜は”陛下”も同席する予定だ」
「えっ? あっ、はい」
ゾフ王であることは秘密なので、今の夫君はグラック男爵ということになっており、余が表立って将来の妻として振る舞うことはできない。
それもあり、ゾフ王国の王妃が臣下であるグラック男爵を食事に誘ったことにすれば、我が夫君は断ることができない。
さらに念を入れて、陛下も同席なさると言えば、他の王女たちも邪魔はできない。
「(陛下とは夫君のことなのだが、同席するので嘘はついていないぞ。これぞ、他の王女にはできない戦術よ)」
夫君を食事に誘えなかった王女たちは悔しそうだが、これもゾフ王国のため、余の妻としての幸せのためだ。
これからは毎日こうやって夫君を独占し、悪い虫がつかぬようにしなければ。
なぜなら、我が夫君であるエルオール様は、余の大切な旦那様なのだから。