第七十六話 学園生活スタート(前編)
「なるほど。学園と街が地下にあるのか……。随分と天井が高くて広い空間だな」
「この空間ができた経緯は不明で、昔、ゾフ王国がたまたま発見したに過ぎません。自然にできた空間なのか、もしかしたら、古代国家が掘った可能性もあります。スペース的にちょうどいいので、ここに学園と地下街を建設したのです」
「なるほどな。よくわかった、ゾフ王国のアリス王女殿下」
「どういたしまして、サクラメント王国のリリー王女殿下」
季節は変わり、桜の咲く頃……この世界に桜はないみたいだけど……ゾフ王国の王都郊外にある地下都市内の学園において、入学式が執り行われていた。
「上級貴族の子弟ばかり……。ということもないのですね。私たちと同じ下級貴族出身者と、平民までいるとは凄い」
「ユズハ、操者でない整備員志望の人たちも多いみたい。姫様、ゾフ王国は随分と多くの学生を受け入れたのですね」
「それでも実力本位で選んだと、エルオールから聞いておる。上級貴族だからという理由のみで合格はできない入学試験になっている……実際にそんな試験内容であったと妾も感じたぞ。他国だけでなくサクラメント国でも、入学試験に落ちた上級貴族の子弟は多い。彼らはこれまで通っていた学校に通い続けることとなり、試験に落ちたのが恥ずかしいのか、この学園のレベルが低いと、校内で批判しておるそうじゃが……」
「負け犬の遠吠えですね、姫様」
「自分は試験に落ちておいて、それはないですよ」
「ライム、それを言うな。彼らはそうでも言わないと、己の矜持を保てないのじゃから」
各国から優れた操者と人材を集め、魔物、無法者、異邦者の脅威から人々を守る人材を育成する。
そういう趣旨の下、復活したゾフ王国が開校した学園には様々な国籍の徒たちが多数入学していた。
他国に留学できる。
これまでは個人的にならともかく、大勢が公式に海外留学できる制度がなかったため、世界中の多くの者たちが入学試験を受けた。
ゾフ王国は他国にも人を派遣して入学試験を行い、優秀な生徒たちを集めたわけじゃ。
操者のみの募集ではないので、貴族ではない者たちの応募も多数あり、実力があれば身分に関係なく合格できたため、入学試験は大盛況だったそうだ。
この学園以外に、この世界で平民が入れる学校などほとんど存在しない。
平民は教会学校か、学のある者が開く私学に通うしかないのが現状だったからじゃ。
そのくらい、この世界では貴族と平民との身分差は大きい。
そんなこの世界で、こんな思い切ったことをするとは、さすがはゾフ王国中興の祖と称されるゾフ王よ。
ただ逆に言えば、いくら身分が高くても、それだけでは学園の入学試験に合格できない。
とりあえず海外留学して箔をつけよう、と軽く考えた上級貴族の子弟で不合格になった人は多く、彼らは引き続き元々通っていた学校で学び続けることとなった。
彼らは試験を受ける時、自分たちは上級貴族の子弟なので、必ず合格させてもらえると思ったらしい。
自国の学校がそうだからであろうが、不合格だった上級貴族の子弟たちは無駄にプライド高いので、新設で得体の知れない場所だから行かなくてよかったと、学園をバカにしているそうじゃ。
『バカだから入学試験に落ちたくせに』……と、周囲の者たちに密かにバカにされながらじゃが。
どのみち各国の学校も必要ではあるので、棲み分けができてよかったと思うことにしよう。
優れた生徒たちはゾフ王国の学園へ。
そうでない上級貴族の子弟たちは自国の学校に残り、ますます両者の差が開いてしまったため、ゾフ王国もなかなかに悪辣なことをすると、グレゴリー兄が愚痴っておったの。
『ゾフ王国の学園を卒業した者たちはほぼ全員が優秀だろうから、彼らが卒業後に帰国すると考えれば、サクラメント王国は損をしていないのか……。そのようなことで各国に恩を売りつつ、親ゾフ王国の上級貴族の子弟を増やす策か……。リリー、ゾフ王をただの優れた操者だとは思わぬことだな』
『はい。できる限りの情報も集めてきます』
『頼むぞ』
そんなわけで、妾、ライム、ユズハはゾフ王国の学園に留学することとなった。
学園にはエルオールもいて、これからも魔晶機人の操縦を教われそうでよかった。
初めて国を出て、王族ではなく学生として暮らすことも楽しみで仕方がない。
学生ならば、放課後に街に出てクラスメイトとお茶やお菓子を楽しんだり、買い物をしたりと。
サクラメント王国では絶対にできないことを楽しめるとなると、留学を決意して正解じゃったの。
「(それに、もしかしたらエルオールと……ふっ、二人で街にでっ! デートができるかも……)」
「姫様、どうかしましたか?」
「顔が赤いですよ」
「なっ、なんでもないぞ! ライム、ユズハ」
とにかくじゃ。
このままサクラメント王国の学校に通い続けても、得られるものは少ないからの。
せっかくのチャンスを生かして、大いに楽しもう……ではなく、さらに操者としての腕前に磨きをかけようではないか。
「エルオール、二年間よろしく頼むぞ」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「エルオール、よろしくお願いしますね」
「アリス王女、そなたはゾフ王という婚約者がいる身。臣下とはいえ、エルオールを名前で呼ぶのはおかしいと思わぬのか?」
「操者としての余はエルオールの弟子なので、特におかしなことはありません。陛下はお忙しい身なので、魔晶機人の操縦はエルオールから教わっているのです。陛下も、エルオールの力量を認めているからこそ、私はここにいるのです。それともリリー王女は、エルオールが公私混同をして余に手を出すような不埒者だと思われてるのですか?」
「そっ、そんなことはない! 不幸がなければ、エルオールは妾の指導役を続けていたはずなのじゃから。陛下もグレゴリー兄も、エルオールの操者としての腕前を認めておったぞ」
「それなのに、エルオールはゾフ王国貴族に……。それは不幸でしたね」
「……」
「(アリス、あまりリリーを虐めないで!)」
すでに入学式は始まっていたが、私は両隣を姫様とアリスによって挟まれ、大きなプレッシャーを感じていた。
この二人、どうも相性がよくないような気がする。
すでにアリスは、自分はゾフ王の許嫁だと他国にも公開している。
そして私、ゾフ王国貴族グラック男爵に対する彼女のスタンスだが、リリーの時と同じく魔晶機人操縦の先生という扱いで、私のことをエルオールと、名前で呼ぶようになっていた。
今は共に、私の弟子という扱いで……それなら仲良くしてくれてもいいのに、世の中上手くいかないものだ。
「アリス王女、妾はお主よりもだいぶ前から、エルオールに操縦を教わっている身じゃ。この学園では身分は関係ないと聞く。師匠と弟子の尊い時間を邪魔しないでほしいの」
「それならば、余も同じではないですか。師事した期間の長い短いは関係ないですね」
アリスは、グラック男爵から操縦を習っている。
ということになっていた。
実際、このところ政治向きの仕事が忙しくて腕前が鈍っていたそうで、本当に私が操縦を教えていたのだけど。
「聞けばそなた、ゾフ王の許嫁であろう? 婚約者以外の男性と親密なのはよくないと思うが……」
私がゾフ王である事実は隠しているので、見ようによってはアリスは夫以外の男性と親しくしようとするふしだらな女、という風にも受け取れる。
だがリリーも未婚なので、あまり私にかまけると、姫様も同じことを言われるかもしれないのだ。
「エルオールは腕のいい操者なのです。自分よりも優れた人物を敬い、教えを乞うことはおかしなことではないと思いますが……。下種な勘繰りは、サクラメント王国の伝統なのですか?」
「そんなことはない!」
「ならば無用な心配でしょう」
アリスは自信満々に言うが、実は私と彼女は婚約者同士の関係。
だが、私たちの卒業と、ゾフ王国が安定するまで、グラック男爵とゾフ王は別人ということになっていた。
リリーは勿論、他国の人間は一人もこの事実を知らないけど。
「あのう、入学式の途中なので……」
こういう時に頼りになりそうなリンダは、二年生扱いなのでここにいない。
ヒルデも技術科の二年生という扱いなので、ここにはいなかった。
誰も私を助けてはくれないのだ。
「入学式はこれで終わりです。それぞれ掲示板に名前を書かれていた教室に移動してください」
入学式が終わると、事前に発表されていたクラスへと移動する。
学園の運営だが、ゾフ王国は王都を放棄して百年以上、教会学校や私学以外の大規模な学校を経営したことがなく、すでにマニュアルがなくなっていた。
そこでアマギのデータベースを参考に、講師たちの研修や、教育マニュアルの作成が行われ、それを基に学園を運営することになった。
生徒も講師もみんな新人という、変わった学園なのだ。
「妾もエルオールもAクラスか……当たり前じゃな」
「余もいますよ」
「いたのか」
「なんとか、Aクラスになれるくらいの実力はありますので……」
他の学科は違うが、操縦科は入学試験の成績順でクラス分けがされていた。
AからEクラスまであり、Aクラスは成績優秀者が集められたわけだ。
リリーは当然として、アリスも自分で言うほど下手ではないからな。
アリスは、オールマイティになんでもできるという感じだ。
「私たちもいますよ」
「グラック卿……じゃなかった男爵のおかげですね」
Aクラスには、ライムとユズハもいた。
この二人、リリーの護衛をするために実力で入学試験を突破してきたのだ。
リリーと一緒に、魔晶機人の操縦を教えた甲斐があった?
元から才能もあったのだろうが。
「両脇が王女様たち、前後を美少女操者二人で囲まれているなんて。いいなぁ」
「そうかな? ええと……君は?」
「俺は、リック・ラ・ゾルトバルト。十四歳で、マーカス帝国の出身だ」
私に声をかけてきた長身のイケメンは、私と同じ年で黒い髪と黒い瞳のクラスメイトであった。
マーカス帝国は、連合軍にも参加している大国である。
操者の数と質ではサクラメント王国に劣るが、この国には大きな利点があった。
中央集権が進んでいて、皇帝が大きな力を持ち、在地貴族はおらず、国力も大きかったのだ。
サクラメント王国とは国境を接しておらず、北方の大国という扱いであった。
絶望の穴にも多くの戦力を送っているが、それは唯一の弱点である操者の質の低さを、実戦を経験させることで解決するためだと言われている。
入学試験対策にかなり気合を入れたようで、マーカス帝国出身者は特に操縦科に多かった。
「俺は男爵家の次男でね。将来は帝国軍に入るから、操者としての腕を磨きたいのさ。それと、ゾフ王国の魔晶機人改にも興味あるね」
ゾフ王国の魔晶機人の性能がいいという事実に、さすがに他国も気がつき始めていた。
だからといって、ゾフ王国の操者たちが機体の性能に頼りきりというわけでもないけど。
ゾフ王国が改造した魔晶機人は、性能も燃費も整備性も優れており、学園に入学した操者たちの目的の一つに魔晶機人改の性能を見定めるというのがあった。
学園に入学する生徒たちは、自分の国から機体を持ち込めない決まりとなっており、学園から貸与された魔晶機人改で講義を受けることになっていたからだ。
このリック・ラ・ゾルトバルトも、魔晶機人改が気になるのであろう。
気にならない生徒は一人もいないか。
「明日からの講義で実技もある。実際に乗ってみればわかるさ」
そして彼らは、性能もそうだが、魔晶機人改の燃費に驚くであろう。
マジッククリスタルの消費量が、従来の魔晶機人の十分の一近くまで落ちたのだから。
だが、現状で他国はそれを真似できない。
なぜなら、魔導炉の材料である合金の冶金技術、加工技術が上がらなければ真似できないのだから。
そもそも、まだどこの国も魔導炉の完全な修理すらできず、魔導炉の損傷で全損扱いの魔晶機人と魔晶機神は多かった。
他の無事な機体の部品取りに使われ、あとは研究に回されるが、魔導炉の新規製造ができるのは、ゾフ王国……正確にはアマギの艦内工場のみであった。
それにしても、今は魔晶機人改が用いる中型魔導炉のみで、魔晶機神、キャリアー用の大型魔導炉は、既存品か発掘品の改良が精々であったけど。
なお現在のゾフ王国は、どんなに壊れた魔晶機人や魔晶機神でも他国から買い取り、それを再建して魔晶機人改と魔晶機神改の所有数を増やしていた。
「楽しみだな。できれば売ってほしいけど」
「それは無理だな」
最先端の兵器を他国に売る国家なんて、そうないと思う。
学園の生徒たちはゾフ王国の技術力に驚き、それが故郷に伝わって、戦争を仕掛けようなどと思わなくなる。
一種の抑止効果を狙っての、学園における魔晶機人改の使用許可というわけだ。
生徒たちを通じて、『親、知ゾフ王国派』を増やそうというわけだ。
「大要塞クラスを落とし、サクラメント王国の郷士から、ゾフ王国の男爵にまで成り上がった君が言うんだ。売ってはくれないんだろうな」
「そういうことだ」
今の私は、ゾフ王からその腕前を認められ、他国出身の貴族なのに男爵にまで昇爵した身。
ゾフ王国の中枢にも近いと、リックは思っているのであろう。
本当は、私自身がそのゾフ王なのだけど……。
「それは惜しいが、我がマーカス帝国は操者の質が低い……。実際、立て続けに起こった大異動により、多くの機体が落とされ、死んだ操者の数も多かった。絶望の穴に派遣されていた操者たちは、帝国でも腕利きだったので損害は大きい。その回復を早めるため、ゾフ王国の訓練方法を学ぶという目的もあって、帝国の若者が多数入学しているのさ」
まさか、これで絶望の穴から二度と異邦者が湧き出てこない……なんてことはなく、連合軍に参加している国は操者を派遣しなければならない。
大異動がなくても年に十人前後は殉職する戦場なので、質のいい操者の育成はどこの国も急務であった。
なにも、マーカス帝国だけの話ではないのだ。
「外国で学べて、学生気分も味わえる。帝国軍に入る前のモラトリアム期間だな。そういう意図もあって入学試験を受けた奴も多い」
気持ちはわかる。
前世の私も軍に入ってからは、ノンビリやっていた学生時代を思い出すことが多かったのだから。




