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第七十五話 学園

「これが、新型の小型魔導炉か……」


「さらに小型化が進み、出力、耐久性、整備性、燃費のすべてが大幅に上昇しています。小型なので、魔法道具にも搭載しやすく、これまでのものとは違い、魔力が少ない人でもマジッククリスタルがあれば動かせます」


「それは凄いな」


「魔導炉が魔法技術の産物でも、性能と冶金技術との関連性は同じです。魔導炉の素材の純度や品質と、工作精度が性能に大きな差を出すのです」


「科学の力で、高性能な魔導炉が作れるわけか」


「魔導炉の中心素材は、チタン、セラミック他十数種類のレアメタル、レアアースが用いられた特殊な合金です。近代的な精錬技術を用いずに製造できた古代の超文明は凄いですが、性能ならアマギの艦内工場の方が圧倒的に上です。艦内工場は規模が限られているので生産量はさほどでもないですが、今は生産効率で補い、将来はアマギの外にも工場を作りたいですね」


「となると艦内工場は、試作品と技術流出を防ぐために防諜が必要な中心部品の製造に特化した方がいいな」


「ええ、他の部品はアマギの外に工場……工房を作るべきですね」


「なるほど。バルクとヒルデに相談するかな」


「それがいいですね」


 フィオナから、新型小型魔導炉の試作品が完成したと報告が来た。

 アマギに出向いて見てみると、かなり小型化された魔導炉を見せられる。

 歩留まり、出力、燃費、整備性。

 すべてが、古い魔導炉よりも圧倒的に上だそうだ。

 実は古い魔導炉ですらすでに製造技術をロストしており、魔導炉は無事な発掘品を掘り出すしか手に入れる方法がない。

 先日のような紛争で敵から鹵獲する方法もあるが、そんな機会は滅多にない。

 むしろ紛争や戦争で魔導炉が破壊されたら、もう二度と使えなくなってしまうのが、この世界の技術レベルであった。

 高性能な小型魔導炉の生産と、壊れた中、大型魔導炉の再生ができるアマギがあれば、ゾフ王国はこの世界で強国になれる。

 つまり、その王である私はノンビリ暮らせるはずだ。

 王とはいえ、私はゾフ王家の血を引いていない。

 余所者が出しゃばっても反発が大きいだけなので、ここはお飾り、傀儡に徹した方がいいだろう。


「この小型魔導炉を用いた場合、理論上は、魔力がゼロでもマジッククリスタルがあれば動かせます。まだまだ性能を上げていく必要はありますけど」


 この世界で魔力がゼロという人はいないので、実際に確認はできないそうだけど、完全なる新型小型魔導炉を用いた魔法道具を誰でも使えるようになるとは凄い。

 これまでどんな魔法道具でも、使用者の魔力が一定量必要であったものが、マジッククリスタルだけで動くようになる。

 つまり、汎用性が大幅に上がるわけだ。

 今の性能でも、車両、工事機械、農業機械、エアバイク、その他の魔法道具で、性能と燃費のいい品が多数普及するようになる。

 ゾフ領内の開発が早く進むであろう。

 新型魔導炉や中心部品のみアマギの艦内工場から提供し、残りは王都郊外に数ヵ所建設予定の大規模な工房で量産という計画だ。

 今、バルク、ヒルデ、ゾフ王国の魔法技術者たちが王都内にある工房で魔法道具の量産を始めているけど、そこだけだと手狭なので、生産量を増やすため、広大な組み立て工房を土地が余っている王都郊外に建設中というわけだ。


「我が国は安定するでしょう。これも夫君のおかげです」


「そう言ってもらえたら」


 いきなり王にされてしまったが、『ゾフ王国の黒王』などと名乗ってコスプレしているから正体はバレていないし、ゾフ王国の人間からすれば、余所者の王にあれこれ口を出されるのも嫌なはずだ。

 つまり、私は傀儡みたいなもの。

 サクラメント王国からも脱した今、私の将来はバラ色に輝いている。

 実務はアリスに任せ、私はノンビリ暮らせるのだから。


「学校には通われるのですね」


「約束だからねぇ……隣国の王族の推薦だからちゃんと卒業しないと」


「そうですね。リリー王女ですか。プライドが傷つけられたと感じると、のちのち面倒かもしれません。ですが……」


「アリス?」


 唯一アマギに入れるアリスは、私にその端正な顔をグッと近づけた。

 さすがはお姫様。

 いい匂いが……肌も綺麗だな。

 ゾフ王国人はちょっと日本人に似ており、肌が白くきめ細やかな女性が多かった。


「リリー王女は、操者としても、その美しさでも評判の姫君。なるべくお会いしたいのでは?」


「否定はしないけど、彼女と私はそういう関係じゃないよ」


 郷士の頃は、完全なる身分違い。

 今も、将来アリスが私の正妻になるし、ヒルデとリンダもいるからな。

 私と姫様が結婚するなんてことはまずない。

 アリスの考え過ぎというものだ。


「そうですか……しかしながら、夫君」


「はい?」


「余はゾフ王国のため、という理由のみで、将来夫君に嫁ぐわけではありません。余個人としては、エルオール様にとても好意と興味を持っているのです。ですので、先日の校内における決闘騒ぎは心配でした」


「それはすまない」


 まともで、自分を客観視できる人たちはそんなことをしなかったので、もう大丈夫だと思うが……。


「それに、私も実は夫君と同年齢です。学校というものに興味はあります」


 もの凄くしっかりしているし、大人顔負けの政治能力なので忘れてしまいがちだが、アリスは私と同年齢……体の方だけど……だ。

 年頃の少女としては、学校にくらい通いたいのかもしれない。


「ゾフ王国にはないの? 学校」


「当然昔はありましたよ。ゾフ湖に近い街に、サクラメント王国と同じく学園があったのです」


 アリスは、リンダの問いに答えた。

 しかし、ゾフ湖の近くに学校と都市なんてあったかな?

 これでもかなり綿密に偵察したことがあるんだが、そんな形跡はなかった。


「夫君は、魔晶機人で上空から偵察したのでしょう?」


「そうだね」


 あの時はまだ結界も張られておらず、下手に着地して魔物に襲われる危険があったからだ。

 狩猟ならそれでいいんだが、その時はあくまでも偵察が目的。

 無用な戦闘をする意味がなかった。


「実は学園のある都市は、地下にあるのです」


「地下?」


 ゾフ王国って、地下に都市を作る技術があったのか?


「技術はともかく、手間と予算の点で困難ですよ。元々その場所に巨大な地下空洞がありまして。王都と同時に放棄されたのですが、入り口の封印が機能しており、魔物が入り込んでいなかったのです。そこを学園都市として復活させます」


 ゾフ王国の学校か……。

 つまり、私はサクラメント王国の学校を卒業してから、またそこに入学するのか?


「来年に開校できるよう、準備を進めています。それと同時に、学園は操者育成のためという目的を作ります。外国からの生徒も受け入れる予定です。我が国も、連合軍においてようやく認知されるようになったので、ここでもう一押しというわけですね」


 連合軍では上位にあるゾフ王国の操者たちの実力を利用し、その学園で若い操者を鍛えるわけか。


「もしかして私は、サクラメント王国の学校を中退するのかな?」


「夫君に決闘を挑むおバカさんたちがあんなにいる学校では、臣下の者たちが不安がっているのです。夫君にもしものことがあれば、紫水晶の結界が維持できなくなるのですから」


 実はそれについては、現在フィオナがアマギの工場で必要魔力が低く、今の規模の結界を維持できる水晶柱を試作中だから問題ない。

 ただ、完成には少し時間がかかるらしい。

 最低でも、あと一年私は死ねないというわけだ。

 それがあれば、魔力量が三万あれば結界を維持できるとフィオナが言っていた。

 王城地下の紫水晶柱は、性能はいいが、必要魔力量が高すぎる。

 それは、結界を維持できなくなって王都を放棄する羽目になるよな、と思ってしまう。

 現在、グラック領、ゾフ王国領各地に設置された水晶柱も、アマギの艦内工場で再構築された高品質品に順次交換している最中だった。

 これでだいぶ、使用魔力量が落ちるはずだ。

 あとは、魔晶機人、魔晶機神用の魔導炉の新型が導入されたら、稼働に必要な操者の魔力量が大分下がる。

 多少魔力が低くても、操縦の才能がある人を操者にできるようになるだろう。

 起動させるのに必要な魔力量が高いと、操縦の才能がないのに、魔力量が高いからという理由で操者にされてしまう者が出てくる。

 特に魔晶機神がそうだ。

 既存機には、操者との相性というわけのわからないハードルも存在し、リンダなどはそれで魔晶機神を与えられていない。

 これも改良計画を立てているので、そのうち腕のいい者だけが操者になる時代が来るはず。


 元々、実力本位だったゾフ王国では取り入れている方策だった。

 魔晶機人に乗っていなくても魔力が多い人は、キャリアーの艦長、結界の維持要員、魔法技師などとして活躍すればいい。

 その分野でも操者と同じように評価される制度を、私は作るようにアリスに頼んでいた。

 他の国はとにかく操者が一番なので、だから大した腕でもないのに、魔晶機神に乗れるという理由だけで、上級貴族やその子弟があんなに威張っていたのだ。

 サクラメント王国のみならず、各国共通の問題らしいけど。


「操者を育てる操縦科。キャリアーの艦長や乗組員を育てる艦船科。魔法技師を育てる技術科。こんなものですね」


「艦船科と技術科かぁ……商売?」


「夫君は敏いですね」


 現在、魔導炉を改造して燃費が大幅に上がった小~大のキャリアー(空中船)が多数ゾフ王国の空で人や物の輸送に貢献していた。

 元が発掘品なので他国にもあるものなのだが、いかんせん魔晶機神以上に燃費が悪く、動かすとマジッククリスタル代だけで涙が出るレベルなので、試験運用と研究、上級貴族や王族の見栄のためにしか使われていなかったのだ。

 そこに、ゾフ王国軍がすべての機体をキャリアーに積んで連合軍に参加した。

 連合軍の将兵たちは、ゾフ王国のキャリアーは安く運用できる事実を知る。

 欲しがるのは当然であろう。

 頑なに輸出禁止にすると各国の恨みを買うことになるので、隻数をゾフ王国でコントロールすることになったわけだ。

 そして、これを操船する人員を教育する学園と、他国からの生徒の受け入れというわけだ。


「ゾフ王国は、他国に野心はないので。どこの国にも恩を売っておき、すると彼らは『ゾフ王国は国際社会への早期復帰を目指しているのだ』と勝手に思います。我が国というか、アマギの成果ですが、これを狙う国が出ても、連合軍でけん制し合っている間は少し安心できるというわけです」


「策士策に溺れる。連合軍で一斉に攻めて、成果を山分けするという方法もあるわね」


「リンダ、そこに警戒していないわけではないのですが、連合軍はそこまで一枚岩ですか?」


「それはないわね」


 もしそうなら、先日のサクラメント王国貴族有志による紛争。

 これに乗じる国があってもいいはずだ。


「ゾフ王国と連合軍が戦えば数の上で不利ですが、その間に絶望の穴で異邦者たちの活動が活発化すれば意味がないではないですか。まさに本末転倒というやつです。この二回の大異動で、どこの国も魔晶機人と魔晶機神の損害が酷いとも聞きます。補充には時間がかかるでしょう」


 さらにこの世界では、他国に攻めるには、結界がない魔物の楽園を横断しなければいけない。

 隣同士の貴族たちはよく紛争を起こしているが、あれは隣り同士だからで、そう簡単に戦争などできないという事情もあった。

 補給が難しいのに、現地調達に頼ることも難しいからだ。


「学園を国際的に認知させ、他国からの学生たちにゾフ王国をよく知ってもらい、その技術の産物を購入してもらう。サクラメント王国も手は出せないか」


「そういうわけなので、来年からは夫君は学園に通ってもらいます」


「そういう事情があるのなら」


 それに、今の私は十三歳の少年だ。

 学園に通っても不思議ではない。


「余も入学します。操者としての余は、それほどでもないので」


 と謙遜するが、さすがに姫様には勝てないが、十分な腕前を持っていた。

 ゾフ王国軍でも十分活躍できるはずだ。


「そうは言いますが、訓練で余を子供扱いしている夫君がそれを言いますか?」


「アリス様、私も子供扱いみたいなものですから」


 リンダも、今の実力ならゾフ王国軍でも十分に活躍できるだろう。

 私の場合、コンバットスーツ乗りとしての経験と、念波が使えるのが大きい。

 相手の動きを未来視してしまうから、それに対抗できる特殊ななにかがないと、私に勝つのは難しいのだから。

 今の私は子供の体なので、念波の使用に制限があるのが欠点かな。


「マルコもそうでしたね。彼も早熟の天才と呼ぶに相応しい操者なのですが……」


 マルコは、もっと大きくなったらさらに強くなるはずだ。

 なにしろ私が直接教えているのだから。


「学園ですが、選抜試験は厳しくやらせてもらいます。他国の上級貴族の子弟はボンクラばかりではなく、ちゃんと上澄みが選抜されてくるはずなので」


「入学しますかね?」


「します。なにしろ、講師は我がゾフ王国の国王陛下なのですから」


「へえ……王様が……って! 私か!」


 私が、操縦科の講師になるのか……。

 では、グラック卿がゾフ王であることを公表するのか?


「それこそまさかです。もう少しゾフ王国が安定するまでは、両者は別人ということにしておいた方が都合がいいのですから。グラック男爵は生徒。そして、ゾフ王は操縦科の講師というわけです。ゾフ王の絶望の穴での活躍は広く有名です。さぞや多くの生徒が入学してくるでしょう」


「客寄せ?」


「軍備や内政を整えて、貝のように引っ込んでばかりというのも芸がないので。他国の王族や貴族たちとの交流も外交の一種ですよ。なにしろ彼らは、将来各国でそれなりの地位に就くのですから」


「なるほど」


「マルコも通う予定です」


「学園ですか。楽しみですね。兄様と一緒に通えますから」


 アリスが、訓練を終えて戻ってきたマルコに対し学園に入学するように言うと、目を輝かせながら喜んでいた。

 サクラメント王国にいたままだったら、マルコは学校に入れなかったかもしれないからな。


「夫君がゾフ王国の学園に移るというのであれば、リリー王女も移るかもしれませんね」


「王女様がですか?」


「我が国は、他国からの賓客に害を加えるような野蛮な国ではないとアピールできる。まあ、リリー王女にその度胸があればですが……なにしろ、余もいるので」


 挑発のようにも聞こえるアリスの発言であったが、彼女の予想は当たった。

 後日、ゾフ王国が学園構想を各国に説明すると、多くの国がここに生徒を送ると宣言したからだ。

 そして、サクラメント王国でも……。


「エルオール、妾もゾフ王国の学園に入るぞ」


「大丈夫なのですか?」


「父上から許可はもらった。この前の紛争の件もある。両国の関係修復のため、王女である妾も入学する。おかしな話ではない」


「グラック卿、私も姫様の護衛も兼ねて入学しますよ」


「私もです。試験が難しいと聞きますが、落ちないように頑張ります」


 その後、姫様、ライム、ユズハの三人は入学試験に合格し、翌年からゾフ王国内に新設された学園へと入学を果たしたのであった。

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